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プログラ  作者: 広科雲
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1050 FOR I=0 TO 5

 文化祭が終了して一ヶ月が過ぎた。

 ゲーム研究部の面々は、以前の規則正しい部活動を取り戻すかのようにゲームで遊んでいた。

 桂はRPGロール・プレイング・ゲームでレア・アイテムを探し、志穂はFPSでゾンビを狩り、由愛しほは静かに将棋を打ち、頼子は恋愛SLGで理想男性に口説かれ、陽光ひかりは相変わらず弾幕をかいくぐっていた。

 けれど彼女たちにプレイへの情熱はなく、惰性で遊んでいるように理利子りりこには見える。理利子自身はみんなのお茶汲みをしなから、プログラムの勉強に励んでいた。

 理利子には理由がわかっている。彼女たちの祭はまだ終わっていないのだ。自分たちでゲームを作る喜びを知ってしまい、漫然と与えられたゲームをプレイするのでは心が満たされなくなっていた。しかし、新ゲーム開発中に能力不足を自覚してしまい、あきらめざるを得なかった。そのどうにもできないもどかしさを、ゲームをすることでゴマかしているのである。

「あ、レア・アイテム間違って売っちゃった」

「くっそぉ〜、あと少しでクリアだったのに」

「む、詰んだか?」

「えー、フラグ立たないの?」

「痛恨の1ミス……」

 そんな声が理利子の耳に次々と届く。文化祭明けの月曜日、次制作の企画会議を開いたときの興奮がウソのようだった。

 そのときのやりとりは次のようなものだ。


「さて、今度は何を作ろっか」

 ホワイトボードの前で、桂はペンを振りまわした。

「シューティング」

「却下。同じジャンルじゃつまらない」

 陽光の第一声を志穂が一刀両断する。

「そういう志穂は何がいいの?」

「そうだなぁ、横スクロール・アクションとかどう? ジャンプして敵を撃ったり、アイテムを拾うヤツ」

「最近減ったジャンルだよね。アリかな」

「テーブル・ゲームとかは……プログラムが大変か」

 由愛が理利子を見る。この中でプログラムを組めるのは彼女しかいない。

「規模によるけど、CPU対戦とかになると難しいかな。神経衰弱とかスゴロクぐらいなら組めるけど、将棋とか囲碁は無理だよ」

「複数人対戦プレイのスゴロクはいいですね。相手を蹴落としたり罠にかけたりできると最高です」

「ネクロヨリコンって、そっち方面にも開くんだね」

「だからそれなんなんですかっ」

 由愛に食ってかかるの頼子を、桂が「まぁまぁ」となだめる。

「CPU対戦じゃなければ、理利子は作れるの?」

「うん。思考アルゴリズムの部分が必要ないからだいじょうぶ。各プレイヤーの位置・状態を管理して、当てはまる画像を表示すればいいだけだから。もちろんイベントごとに処理は必要だけど、一つ一つ組んでいけば――」

「うん、わかった! もういい」

 桂が両手を突き出して静止をかける。理利子はハッとして下を向いた。

「ごめんね、聞かれもしないことをしゃべって……」

「いいよいいよ。理利子の得意分野だもん。わたしが理解できないから困っただけで」

「あたしもわかんないけどね」

「以下同文」

 志穂と由愛が追従する。

「横STGシュー……」

「はいはい、いつかね」

 食い下がる陽光を軽くあしらう志穂。

「ノベル・ゲームはどうですか?」

「ツールもいろいろ出てるし、とっつきやすいジャンルではあるけど、肝心のストーリーはどうするんだい?」

「もちろん、わたしは書けません!」

「自信満々に言わない。とうぜん、あたしも無理」

 志穂が残りのメンバーを見渡す。桂は大きく首を振り、理利子はうつむき、由愛は「書けるわけなかろう」と腕を組み、陽光にいたっては聞いているかどうかも怪しい。

「というわけで、満場一致で却下」

「は〜い」

 残念ではあったが、頼子としても強く薦めたいわけでもなかったのでそれ以上は言わなかった。

「同じ理由でRPGもナシだね」

「そうだね。ノベルほど凝らないにしても、話は必要だろう」

「それじゃ、アクション・ゲームが一番かな」

「妥当なところだな。とりあえずやってみようぜ」

「うん、それじゃ、ゲーム研究部・ゲーム制作第二弾はアクション・ゲームに決定っ」

 桂の宣言に、まばらな拍手が起きる。

「さっそく骨組みを決めよう。意見のある人」

 桂の呼びかけに部員たちは次々とアイデアを出す。一〇分もせずにホワイトボードが埋まる勢いだった。

 そこからさらに絞り込み、プロットが完成した。舞台は剣と魔法の中世ファンタジー世界。魔城に閉じ込められた冒険家が、トラップと敵をかいくぐりつつ脱出するステージ・クリア式の全方向アクション・ゲームだ。ステージのどこかにある鍵を手に入れ、扉に触れるとステージ・クリア。各所には宝箱があり、スコア・アイテムのコインや、ライフ回復アイテムが入っている。攻撃方法は体当たりと投剣。移動には慣性が働き、速度によって攻撃力やジャンプ力が変化する。

「タイトルはザ・キャッスル・オブ・ゼルス」

 陽光が帽子の奥でニンマリする。ストーリー原案はまたしても彼女であった。

「ゼルスってのはラスボスか?」

「古代魔法文明ゼルス王国の遺跡だから」

「……ヒカリはなにげに中二病の素質あるよな」

「中二病いうな」

「ちなみに今回はエンディングあるよね?」

「城を脱出しておしまい。それ以上、必要ない」

「相変わらずシンプルだね」

「アクション・ゲームはアクションが主役」

「それもそうだ」

 志穂が深く感心した。

「それじゃ、実際に制作に入るわけだけど、今回は素材も自分たちで作ろう。プログラムも理利子がやってくれるし、できるだけ自分たちだけで完成させたい」

「そうだね。借り物ばかりじゃ自分たちのゲームとは言えないからね」

「よっし、やろうぜ」

 この判断が崩壊のはじまりだった。身の程を知らず、自己過信に陥り、計画性もなく、勢いで実行しようとする。なまじ文化祭で満足できる物を作ったために、それ以上もできると思い込んでしまう。シロウトにありがちな慢心だった。

 証明するように、素材作りは進まなかった。一つを作っては以前の物が不出来に思えて作り直し、そうしてまた以前の物に不満を抱く。技量を持たない者が陥る悪循環だった。

 その間にもプログラムだけは順調に組みあがり、入れる素材がないまま四角や丸が動いている。それがまた、素材作成班にはプレッシャーだった。

「ごめん、理利子。わたしらに才能がないばかりに待たせちゃって」

「そんなことないよ。慌てることないもの。ゆっくりといい物を作ろう? ね?」

 理利子の本心であるのは誰もがわかっていた。が、責任感が強い者ほど、優しさは酷だった。

 一一月も一週目が終わろうとしていた。

 桂は重苦しい部室を眺める。制作がはじまったとき、かろうじて人だと判断できた主人公の画像が不気味なアニメーションで動いただけで喝采し、爆笑していた。徐々に直していけばいい、以前よりマシになった、でもやっぱり納得がいかない。そんなやりとりを重ねるうちに、どれも失敗作にしか思えなくなっていった。そして、楽しささえも忘れてしまった。こんなはずではなかった。完璧でなくてもよかったはずだった。けれど、どこかで求めてしまっている。出口のない迷宮だった。

 桂は一度天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。決断した。

「いったん休もう。しばらく気分転換して、それからまたはじめようよ」

 一時的な休息という意味には、誰もとらなかった。長い長い凍結期間のはじまりで、そのまま終わりを示す言葉だった。

「……そうだな」

 一人の賛同が、全員に伝播する。それだけ疲れていた。

 理利子が一人、何かを言いかけて、やめた。みんなの顔が微かに安堵していたのに気づいてしまったからだ。

「理利子、ごめん……」

 桂は深く深く頭を下げる。

「いいよ、桂ちゃん。いいから、頭さげないで……」

 そんな彼女を見ていたくはなかった。

「ホントにごめんね。無駄なことさせちゃって」

「いいってば。わたし、楽しかったよ? 勉強にもなったし、無駄なんかじゃなかったから。それに終わりじゃないよ。完成させようよ。いつか、ゼッタイ」

「……うん」

 桂の顔はまだ上がらなかった。いくつかの雫が、床にこぼれていった。

 理利子は泣きそうになる自分を隠すために、桂の頭を抱え込んだ。こうしていれば泣くに泣けなかった。理利子の涙を感じれば、桂がもっと落ち込むと知っていたから。だから理利子は泣かない。

「せっかくだから、今まで作った物を入れてみようか」

 由愛が明るい声で提案する。メンバーは重い空気を払拭するかのように積極的に同意した。

 一時間後、メロディーラインしか流れないBGMに乗って、ぎこちない冒険家が趣のないレンガ造りの迷宮を走りまわった。

「あは、ヘンな動き」

「コインが黄色い餅にしか見えない」

「このマップ・デザインは秀逸だね」

「そこ加速してジャンプです」

「タイム短い」

 それなりに動き、それなりに遊べた。それだけのゲームだった。

「きっと面白くなるよ、このゲーム」

 理利子が自信を持って告げる。

 桂は「そうだね」とだけ応えた。


 ゲーム研究部がかつての日常に戻って一週間、モヤモヤの漂う教室に新しい風が吹いた。

「なに、この辛気臭い空気」

 フォース・テールを派手に揺らし、桐生美惑が予告もなく登場した。

「ミワちゃん、何か用?」

「間違っても桂に用はないから。……はい、リコ」

 ズカズカと部室を横断し、理利子に一冊の本とファイルを渡す。

「なになに?」

 桂は手にしていた携帯ゲーム機を置いて、美惑の肩越しに覗き込む。本はタブレット端末に使われているOSの、プログラミング解説書だった。

「ちょっと前に、初心者向けの新しいスクリプト言語が出たんだけど、解説書が高くて買えなかったの。ミワちゃんに話したら持ってるから貸してくれるって。それがこれ」

「わー、さっすがミワちゃん。なんでも持ってるよね」

「桂、うるさい」

 赤い顔で桂を肘で追い返す。桂はかまってもらえるのが嬉しくて、そんな美惑にさらにベタベタと貼りついた。

「で、こっちは?」

「離れろっ。それは、その言語を使ったプログラム・コンテストの募集要項よっ」

「コンテスト?」

「実用アプリとかゲームを作って応募するのっ。理利子も目的があったほうがいいと思って」

 「ミワちゃん……」理利子はすべて理解した。彼女はゲーム研究部部員にハッパをかけにきたのだ。

「うん、張り合いになるよ。ありがとう、ミワちゃん」

 部員たちがゲーム制作をあきらめ落ち込んでいると、理利子は美惑に話していた。そのとき美惑は「そうそううまくいくもんですか」と鼻で笑っていた。けれど内心では励ます方法を考えていてくれたのだろう。理利子の知る美惑はそういう女の子だったから。

「お礼なんていいわよ。だいたいにして締め切りまで時間もないし。一人・・じゃまず無理ね」

「だよね。でも、がんばるよ。たとえ一人・・でもっ」

「なに言ってんの、理利子。わたしも手伝うよ」

 桂が乗り出す。

「プログラムの基礎も知らないあなたが何を手伝うって?」

「う……」

「あなたに妄想のゲームを作る以外のとりえでもあるわけ? アクションゲームの一つ、作れなかったくせに」

「うう……」

 桂はたじろぎ、頭を抱えた。言葉による精神攻撃は心をグサグサと抉る。

 代わって反抗したのは志穂だった。

「ちょっと待った。それはあたしらにケンカ売ってるのか?」

「あら、事実でしょ? 何か反論でも?」

「くっ……」

 あっさり後退。

「たしかに事実だ。だが言われっぱなしは悔しいね。今回は完成させてみせるよ」

 普段クールな由愛が目を鋭くし、憤りを隠そうともしなかった。

「ふーん。なら、わたしもコンテストに応募しようかしら」

「おう、勝負だ!」

 仲間を得て、息を吹き返した志穂が突っかかる。

「ジャンルは不問でいいわね。結果は審査でわかるものだし。せいぜい完成させて参加賞でももらうといいわ」

 高笑いでも残しそうな勢いで、美惑はゲーム研究部部室を出て行った。

「なにもケンカ腰にならなくても……」

 桂が困った顔で志穂をなだめる。

「さすがに頭くるだろ、あれはっ」

「あの子に本気で腹が立ったのは初めてだな」

 志穂と由愛の昂りは治まる気配がない。

「あのね、ミワちゃんは――」

 理利子が美惑の弁護を試みようとした。が、不発に終わった。

「あんなふうに言わなくてもいいだろ。そんなにヘタレか、あたしらは」

「まったくだ。美惑に心配されるほど落ちぶれてはいない」

 「え?」理利子は二人を凝視した。

「志穂ちゃん、由愛ちゃん、ミワちゃんのこと……」

「わかってるに決まってるだろ。あの超テンプレのツンデレ女だぞ? ああやって悪者ぶって奮起させようなんて見え見えなんだよ」

「理利子たちほどじゃないが、何年付き合ってると思ってるんだ」

「ミワちゃんはいっつもああやって心配してくれるんだよね。だからミワちゃん大好き」

 桂がニッコリとした。

「そっか。ちゃんとわかってくれてるんだ。よかった……」

「理利子にだけ優しいのが時々腹立つけどね」

「そうそう。この前も理利子にだけシュークリームをおごってただろ」

「そんなことないよ、みんなにだって優しいよ」

「わたし、いつもツンケンされてるよ」

 間髪いれず桂がボヤく。

「「それは桂が悪い」」

 志穂と由愛が同時にツッコんだ。

「わたし、ミワちゃんに何かしてるー!?」

「傍若無人」

「悪逆非道」

「ええー!?」

 そんな流れを経て、彼女たちは再度ゲーム制作に挑むこととなった。

 とはいっても、一週間前の悔しさを忘れたわけではない。そうそう簡単に実行可能なアイデアは出てこなかった。

「それ以前に、一年生の意見を聞いていなかったな。ヒカリと頼子ちゃんは参加するかい?」

「もちろんですっ。今度は完成させましょう!」

「当然」

「ならよかった。それじゃ、部長、さっそく企画会議といこう」

 「うん」桂がホワイトボードの前に立った。

「まずは理利子、コンテストの概要を教えて」

 名指しされ、理利子がファイルを開いた。

「応募資格は不問。個人でも団体・法人でもOK。内容は倫理にそぐわなければ何でも可。条件はこの言語を使用していること。画像や音楽などの素材が版権に違反しないこと。未発表作品であること。締め切りは一二月一〇日必着。一次予選を通過したアプリは、二三日開催予定のフリー来場イベントに出展。一般客からの投票で優秀作品を決定する」

「ちょうど四週間だね。たしかにちょっと厳しいかな」

「文化祭のときはできただろ?」

「あのときはツールがあり、素材も借り物だったからできたんだよ」

「そっか、一から作るとなると無理かぁ」

 企画前から葬式ムードに陥りかける。

 「できるよ! きっとできる!」理利子が力強く立ち上がった。

「やる前からあきらめちゃダメだよっ。まずは考えてみようよ、わたしたちができることを」

「……だね。ミワちゃんに連敗するのも悔しいし」

「タンカ切った手前、退けないよな」

「とは言っても、現実はなかなかに厳しい」

 一同は頭を抱えだす。具体案は何もでなかった。

「まずは何ができるかをまとめようよ。この言語ができる機能も知っておかないと、あとで困るしね」

 桂の提案に、理利子が解説書を流し読みする。図解と例題が多く書かれており、初心者には易しい。

「機能は文字の表示・修飾、タッチ・ボタンの作成、画像・動画の再生、データの保存・読込および別機との赤外線通信、カメラ機能。命令系は入力・出力・計算・分岐・繰り返し・関数・データベース・2D/3D画像処理・音声制御……と最低限はそろってるかな。変数は実数や配列もOK。あ、擬似スプライトも使えるみたい」

「なにそれ?」

「昔のゲーム機には必ずついてた画像表示機能。主にドット絵キャラクターを動かすのに使われるの」

「便利なの?」

「コリジョンとアニメ処理機能もついてるから、すっごく助かるよ」

「ま、それも表示する画像があればの話だけどね」

 志穂が聞き飽きたとばかりに伸びをする。理利子の話は半分も理解できなかった。

「結論からいうと?」

「キャッスル・オブ・ゼルスくらいなら問題なく作れる」

「わかった。あとはわたしたちの能力とアイデアしだいだね」

 由愛が口を隠すように左手をあてた。考え事をするときのクセだった。

「横STGシュー

 陽光がポツリとつぶやく。

「うん、それもアリなんだけどね。結局いきつく問題は素材なんだよね」

「いっそ画像なしってどうです? 文字だけゲーム」

「ノベルとか、アドベンチャー?」

「そうです」

「前に話したとおり、誰もストーリーが作れないからダメ」

「じゃ、文字シューティング」

 頼子が別角度で食い下がる――というより、彼女なりに道を模索しているようだった。ポジティブな消去法と言える。

「大昔のパソコン・ゲームにそういうのあったよね」

「お父さんの持ってる昔のプログラムの本にあったね」

 桂と理利子の顔がほころんだ。子供のころ見た投稿プログラム雑誌は、画像こそ文字を使った物であったが、アイデア勝負だったのが印象に残っている。そのいくつかを理利子は自分で入力し、美惑を含めた三人で遊んでいた。理利子のプログラマーとしての原点だった。

「最終手段としてはアリかな。でも、一次審査も通らないだろうね。むこうはこっちの技術レベルなんて考慮してくれないんだから」

「いちおうメモはしておこうよ」

 桂がホワイトボードに『画像のかわりに文字を使ったゲーム』と書き込む。

「タブレットってことは、タッチパネル対応なんだよな? それ、活かしたいよな」

「だね。それこそ理利子が文化祭のときに作ったヒヨコ・ゲームみたいに」

「あれを改良して、よりゲームらしくするってのは?」

「アリ、かなぁ。あれはあれで完成してる気がするんだよね。ヘタにルールを追加していくと失敗するパターン」

「簡単でかわいらしいのがいいんですよ」

 と、制作を手伝った頼子が言い切る。

「はじめはもう少し複雑なシステムだったんだけど、頼子ちゃんの意見を取り入れたの。子供が遊ぶのを前提にするならシンプルなほうがいいって。正解だったよ。ありがとう、頼子ちゃん」

 理利子は大切にしている黄色のコインを、ポケットの中で握った。

「お役に立ててよかったです。ゲームはシンプルなほど想像の余地が出て、自分だけのストーリーができますからね」

「頼子ちゃんのものとは思えない有益なアドバイスだね」

「どーゆー意味でしょうか?」

 頼子が頬を膨らますと、由愛は「褒めてる褒めてる」と苦笑いを返す。

「簡単、かわいい、タッチパネル、シンプル=想像力?……」

 桂がメモを取る。

「本体にもこだわってみようか。ユーザーの大半はタブレット・モバイルではなくスマートフォンだろうから、短時間で気楽にできるほうがいいと思う」

「ソーシャル・ゲームみたいな?」

「ソーシャル・ゲームでは御幣があるが、まぁ、そういったカンジのコレクション性の高い物とか、パズルみたいなものだね」

「コレクション、パズル……」

 桂のペンがさらに二つの単語を書き足した。

「う〜ん、単発アイデアはいくつか出たけど、まずはゲームの基礎が決まらないとダメかな。ジャンルを絞って――」

 桂の話は甲高い電子音に止められた。彼女の使用していた携帯ゲーム機からだった。

「電池切れを報せる音じゃない?」

「うん。ミワちゃんが来たときに放り出してそのままだった」

 桂は自分の席に戻り、ゲーム機と充電器をつなげた。

「セーブしてなかったから危なかった。けど、せっかくのレア・アイテムは間違えて売っちゃったんだけどね」

 失敗を笑い、ゲーム機を置いて企画会議に戻ろうとした。

 そのとき――

「……これだ」

 桂に啓示が降りた。

「どうしたの、桂ちゃん?」

「これだよ、理利子! これならわたしたちにもできる!」

 桂は理利子に飛びついた。

「できるって、作るゲームが決まったの?」

「うん! みんながヒントをくれたんだよ! 答えはもう出てたんだよ!」

 飛び跳ねて歓喜する桂に、理利子もつられて笑った。ポカンとしていた部員たちも、部長と副部長のさまに確信を得て、喜びの輪に加わった。

「作ろう、みんな! わたしたちのゲームを!」

「うん!」

「ああ、やろうぜ」

「全力を尽くして」

「がんばりましょう」

「最高のゲームを作る」

 六人の勝どきが上がった。


 一二月二三日、ゲーム研究部のメンバーはプログラム・コンテスト決勝会場にいた。

 一次審査を通過したグループごとに長机が用意され、制作者自らが一般客にプレゼンを行う。ソフト本体は主催者のサーバーから無料でダウンロードができ、来場者は気に入ったアプリケーションを、部門ごとに投票する。もっとも多くの票を集めたアプリが最優秀となり、また、部門ごとのランキングも発表される予定であった。

「……で、なんでとなり同士なのかしらね?」

 美惑がイラついた声と態度で桂を威嚇する。

「いいじゃない。同じ学校なんだし。仲良くしよーよー」

「ジャレつくなっ。……まったく、こっちが個人出展なのをいいことに、ちゃっかりイスまで占領して」

「だって、机一つにイスが三つなんだもん。座りきれないよ」

「それでも一人分足りないけどね。ま、他のブースも楽しそうだから、交替しながら見て回るとしようか」

「賛成」

 ずうずうしい研究部の面々に、美惑のコメカミがヒクつく。が、「ごめんね、ミワちゃん」と理利子があやまると、毎度のごとく彼女は何も言えなくなるのだった。

「ミワちゃんのブースの接客はわたしが手伝うね」

「リコだけよ、わたしの味方は」

 美惑が理利子を抱きしめる。

「えー、わたしだってミワちゃんの味方だよー?」

「ゼッッタイにあんただけは敵!」

「ひどいよー」

 睨まれて、半ば本気で桂はいじけた。

 「フン」かまわず展示準備をはじめる美惑。倣うように研究部も画面写真を拡大したパネルを並べる。

「にしても、ミワは一人でこれを作ったのか? スゴイな」

 志穂が美惑のゲームを試遊する。はじめはありがちなゲームと思っていたが、気がつくと単純ゆえにハマっていた。

 美惑のゲームは『レインボー・ル』。画面上に点在する七色各二つの球をはじき、同色をぶつけることで消去できる。すべての球を消すとクリアだ。ビリヤードの要領で球どうしを弾けさせ、連鎖消しすると高得点となる。ステージにも工夫が凝らされており、当てるとスコアが得られたり、球速が低下するバンカーや球がワープする障害物なども登場する。また、ランダム・プレイを選択すると、ステージや球の初期配置がランダムで作られるので、毎回違うパターンで楽しめるようにもなっていた。

「タイトルがダジャレなのを除けば面白い」

「わ…わかりやすくていいでしょう!」

 真っ赤になって反論する。自覚があるだけに指摘されたくはなかった。

「ミワちゃんは絵が描けるのもアドバンテージだよね」

「へぇ、これ自作か」

「なんたって小学生のとき――」

「わーっ!」

 美惑は猛スピードで桂の口をふさいだ。

「モゴモゴ(なにすんの?)」

「黙りなさい。じゃないとこのまま首を折るからねっ」

 殺気を帯びた目つきに、桂は何度もうなずく。これにより、美惑の黒歴史は公開されずに終わった。

「物理演算たいへんだったでしょう? やっぱりスゴイなぁ、ミワちゃん」

「大したことないわ。参考資料は多いし。それに『らしく』見えればいいだけだから、けっこう単純化してるのよ」

 理利子に褒められると素直に嬉しくなる。この一事だけで参加してよかったと思うのだった。

「でも、ウチも負けてないけどねっ」

「その自信はどこからくるのかしら。こんなモノクロ」

 美惑の目は桂には冷たい。

「ふっふーん。侮っちゃいけないよ、ミワちゃん。このゲームはやればわかる、それこそ究極のRPGなんだから!」

「せいぜいお客さんにもそう言ってアピールすることね」

「勝負よ、ミワちゃん!」

 桂の意気込みと同時に、開場を告げるアナウンスが流れた。

 彼女たちの長い一日がはじまる。


 やればわかるゲーム。すなわちやらないとわからないゲームである。文化祭のとき話し合われたイベントでの失敗フラグを、桂たちは誇らしげに立てていた。

 対比するように一見してわかりやすい美惑のゲームは、そこそこに人を集めていた。スマートフォンを持ち歩く客のほとんどは、実用度の高いアプリか手軽に遊べるゲームを探してやってくる。そういった層に美惑のゲームはピタリとハマった。ランダムでステージが作られるのも、飽きさせない工夫として評価されている。さらに理利子の人好きされる人間性も、宣伝に一役買っていた。

 となりのブースの客を引き抜こうと、桂は懸命に宣伝をする。が、実行画面の拡大写真を一瞥し、客は興味を失って離れていった。

(いくらなんでも地味すぎでしょ)

 美惑は胸中でつぶやく。勝負にならないどころではない。カウントされているダウンロード数は、開始一時間で美惑が五〇を突破し、桂たちは0だった。だからといって彼女は手助けをするつもりはない――のだが。

(もうっ、さっさと気付きなさいよ! ゲームが地味なんだから、せめて宣伝はハデにやりなさいっ。まったく、五人も六人もいて誰も売りこむ努力をしないなんてっ。くぅぅぅぅぅ〜っ)

 美惑はイライラソワソワしていたが、彼女のいう五人目と六人目にあたる一年生コンビは、開場と同時にブースを飛び出していた。見学に出たまま戻る気配も連絡もない。さらにゲーム研究部ブースは桂・志穂・由愛の三人が呼び込みをしており、誰をとっても宣伝向きのキャラクターではなかった。

 開始から二時間が過ぎても、ロビーに置かれた大型モニタは未だに彼女たちのアプリだけカウントを刻まないでいる。その結果が、さらに客離れを呼んでいた。

「こりゃ、ヘコむわ……」

 志穂が目を覆う。こうも最悪な結果を見せ付けられると、恥ずかしすぎて逃げたくなる。作ったことさえ間違いだったと胸が痛む。

「やってもらえればわかるのに……」

 いいわけがましい桂の言葉は、誰にも届かない。

「ちょっと飲み物でも買ってくるよ」

 由愛も疲れを隠せないでいた。落ち着くための小休止が欲しかった。

 「その必要はありませんよ」頼子が缶ジュースを抱えて戻ってきた。

「お疲れ様でーす。差し入れです」

 桂と理利子にはオレンジ、志穂にはスポーツドリンク、由愛にはお茶。美惑にもミルクたっぷりコーヒーを渡す。

「あら、ありがと。いくら?」

「いいですよ、部費で落としますから」

「じゃ、ありがたく」

 遠慮せずに美惑はプルトップを開けた。

 ニッコリとしていた頼子は、桂に向いたときには表情が硬くなっていた。

「先輩、ウチのゲーム、ダメじゃないですかぁ」

「言わないでよぉ……」

 飲もうとしたジュースが喉を通らなくなった。

「ちゃんと宣伝しましょうよ。こっから追い上げですっ」

「そうは言ってもね」

 結果がすでに物語っていた。二時間でダウンロード数0は、心をへし折り、砕き、焼き払うのに充分だった。

「一通り回ってきましたが、比べてもわたしたちのゲームはとっても面白いです。自信を持っていいと思います。その証拠に、一次予選だって通過したじゃありませんか」

「あ、あれは応募総数が少なくて、全員通過になったらしいわよ。運営の方にご挨拶に伺ったときに聞いたの」

 サラッと美惑が大きな波紋を起こす。

「だよね、そうだよね。でなければここにいないよね……」

 桂たちの心は灰となって風に飛ばされそうであった。

「桐生先輩、黙っててください。こちらの話なんですから」

「は、はい」

 意外な迫力に驚いて、美惑は素直に応えていた。

「とにかく、負けを認めるのはやれるだけやってからにしましょうよ」

「わかってるけど、どうしたらいいんだろ」

「まずは志穂先輩と由愛先輩はどこか見学にでも行っていてください」

「はぁ?」

 志穂はあからさまに不機嫌になった。

「せっかくの女子高生だけのブースなのに、目つきの悪い志穂先輩と、無愛想な由愛先輩がいたんでは印象が悪すぎです」

 「わーったよ」自覚のある志穂はあきらめて認め、由愛は「はっきり言うね」と苦笑した。先輩相手だろうと物怖じしない頼子を、彼女たちはそれなりに評価していた。そして意見が良くも悪くも的確なので、年長者としては笑って許容できた。

「わたしだけは笑顔がいいってことだねっ」

「桂先輩はのほほんとしすぎて頼りになるかどうか心配になります」

「ひどいーっ」

「よくわかってる」

 志穂が笑う。

「なので、理利子先輩をこっちに引き戻し、わたしと桂先輩と理利子先輩で接客をします。正直いいますと、理利子先輩一人で充分すぎるのですけど」

 言いつつ、頼子は理利子をイスごと自ブースに引っ張った。

「コラ、リコを返しなさい!」

「桐生先輩、理利子先輩はウチの副部長です。どうしても人手が欲しいなら志穂先輩をあげますよ」

「どんなイヤガラセ!?」

「おい」

 どちらからも必要とされないのはさすがに堪える。

「それと、ポップが地味すぎです。説明も必要ですが、煽りがたりません」

「あら、いい着眼点ね」

 美惑は感心した。まさに彼女の心情の代弁であった。

「というわけで、買ってきました」

 頼子が買い物袋を突き出す。中には厚紙が数枚と太字マジックペン、それにクラフトテープがあった。

「ヒカリ、出番」

「おっけー」

 今までどこにいたのか、野原陽光のはらひかりが頼子の背後から現れた。そして厚紙にマジックペンで何やら書き出した。

「ヒカリの中二病センスがここで活きるのです!」

「中二病いうなぁぁぁ」

「いいから書いて」

「むむむ……」

 一〇分後、すべての厚紙にマンガのフキダシと宣伝文句が書かれた。頼子はできたそばからハサミで切り抜き、クラフトテープで拡大画面写真に貼り付けていく。

『前代未聞の育成特化テキストRPG!』『ダンジョン最深部の魔術師を倒せ!』『エルフ・ドワーフ・ヒューマン・フェアリー 各種族の長所活かせ!』『四人で自由にパーティ編成』『最大二〇キャラ作成可』『レア・アイテムを求めて進め!』『手軽なようで奥深いシステム』『あなたの想像力を刺激する』『火・氷・雷の魔法で敵の弱点を突け』『最終目的? それはレベルアップと究極装備探しだ!』

 イガグリのようにとがったフキダシにレタリングされた数々の文章は、桂たちのゲームを端的かつ的確に表現していた。そしてそれが貼りつくことで、地味だった写真は生命を吹き込まれたように輝きはじめた。

「できあがりです」

 それを見た二年生たちは「おおっ」と心を奮わせた。

「そっか、こうやって宣伝するんだぁ」

「これならわかりやすいね」

「やるなぁ、二人とも」

「正直、あなどっていたかな」

「ていうか、あなたたちが率先してこういうことをやりなさいよ」

 美惑のツッコミに、研究部年長組は乾いた笑みで答えた。

 そんな漫才が終わらぬうちに、人影が立った。

「ねぇ、育成特化って?」

 パネルを見た青年が足をとめて桂に質問した。

 「は、はいっ!?」と桂は佇立し、緊張しながらも実機を用いて説明をする。言葉に詰まらずに応えられたのは、練習した成果であった。

「RPGの面白さの一端は、レベル上げと最強装備集めにあると思います。それを特化したのがこのゲームで、一本道のダンジョンをひたすら進んで敵を倒し、倒した敵から装備を手に入れるを繰り返すだけのゲームです」

「一本道? それっておもしろいの?」

 青年は不審な表情を浮かべた。

「ええと……」

 桂が言いよどむ。その質問に対する回答はなんであっただろうか。

 完全にパニクってしまった桂を見かねて、理利子が立ち上がった。

「好みにもよりますが、RPGにストーリーを求める方には合わないと思います。ですが、先ほどのお話どおり、育成やアイテム探しを楽しめる方なら、きっとハマれると思います。それに、携帯ゲーム向けに手軽に遊べるように工夫しておりまして、コマンド戦闘は1クリック……使用する武器を選択するだけです。移動も前進か後退を選択し、次の指示があるまでその行動をとり続けますから、操作も最低限ですみます」

「ちなみにアイテムってどのくらいあるの?」

「それはもうたくさんです!」

 頼子がニコやかに割り込む。が、その口はすぐに志穂に押さえられた。

「すみません、失礼しました。兵装は全部で一一種類。剣、斧、弓、杖、服、革鎧、鉄鎧、盾、指輪、兜、帽子。それぞれがランク20まであり、同じランクでも二〇種類ほどの特殊能力がランダムで最大五個まで付くようになっています。なので、かなりの数になります」

「ああ、そういうランダム付与タイプか。……ま、タダだし遊んでみるかな」

 そういって青年は去っていった。そして、ダウンロード・カウントが0から1に変化した。

「やった、一人目だよ!」

「いや待て、2……3になった。今の話を聞いてた人が、ダウンロードしてくれたみたいだ」

「スゴイ、やった! ミワちゃーん!」

 桂が美惑に抱きつく。

「桂、こっちは接客中! 離れろっ」

 頭を鷲づかみして引き剥がす。

「あ、ごめんなさい。つい嬉しくて……」

 桂は美惑と客に頭を下げたが、表情は緩みきっていた。

 美惑の客が去ったあと、改めて桂が飛びついた。

「だからくっつくな! まだ三人でしょうがっ」

「それでも嬉しいよっ。わたしたちの努力はムダじゃなかったんだから」

「おもしろいと思ってもらえなければムダよ。売り逃げ目的の粗悪乱造ゲー販売じゃないんだから」

「そうだけど……」

「そういった意味ではわたしだって同じよ。面白いと言ってもらえなければ、いくら数で勝っても意味ないわ」

 重い表情で語る美惑の前を、「ここのゲームおもしろいな」「けっこう遊べる」とスーツ姿の二人組がスマートフォンに指を滑らせながら通り過ぎていく。

「ミワちゃん、ズルイー!」

「なにがっ!?」

「わたしもあんなふうに言われたいー!」

「なら、しっかり売り込みなさいよっ」

「うー、がんばるっ」

 桂のやる気が届いたのか、イベント終了時にはダウンロード数はギリギリ五〇を超えた。美惑の二三〇には遠く及ばなかったが、彼女たちには満足できる数値であった。

 だが、最終結果はダウンロード数ではなく、プレイした上での投票で決まる。そこで彼女たちのゲームは誰からも評価されず、ダントツの最下位で終わった。

 彼女たちは呆然としたのち、会場の隅で泣いた。

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