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プログラ  作者: 広科雲
4/7

1040 GOTO @FESTIVAL

 それからの時間はあっという間にすぎ、文化祭当日を迎える。

 桂たちゲーム研究部は昨夜遅くまでバランス調整に励んでいた。そのため機材搬入は朝一番に行うハメとなり、パソコン部との共用展示室に27インチ縦置きモニタとパソコンを大慌てで設置する。電源をいれソフトを動かすと問題なく画面が現れた。ためしにゲーム・パッドでプレイしてみたが、エラーは出なかった。

「できた……」

「うん、おめでとう」

 理利子が笑顔を向ける。

「みんなのおかげだよ。いいものができたって胸を張って言えるもの」

「だな。いろいろあったけど、楽しかったぜ」

「よくもまぁ、完成したものだ」

「その原因の一つが由愛先輩じゃないですか」

「おかげで秀逸」

 部員たちの表情は明るかったが、それは、今までの苦労の裏返しだった。地上マップが気に入らず、何枚作ったか志穂と由愛ですら覚えていない。また、敵の硬度を1上下させるのに何日も口論した。軌道を作る計算に頭を悩ませ、編隊の順番を試行錯誤し、弾数もテストを繰り返して決めた。パワーアップ・アイテムの頻度、ボムの有無、連射速度もマップを変えるたび試験した。タイトル・ロゴはドット単位でレイアウトしなおし、BGMも再考し、美しい爆発パターンを探した。本当に矢のように日々は過ぎ、ついに納得できるものを彼女たちは作り上げたのだった。

「できればもう少し煮詰めたかったけどね」

「あるていどの妥協は必要だよ。一日経てば不満が出てくるものだし」

「それもそうだな。締め切りがなかったら卒業までやってそうだ」

「そのころには原型がなくなってるかもしれませんね」

「毎日がシューティング」

「ヒカリだけが喜びそうな日々だな」

「フフフフ」

 陽光は否定せずに笑った。

 「あら?」扉を開けて入ってきたのは、桐生美惑であった。

「ようやくセッティングが終わったの?」

「うん。勝負だよ、ミワちゃん!」

「勝負になればいいけど」

 そういって彼女は三台のパソコンとモニタに火を入れた。

「三つもゲームを作ったの?」

「ええ。パソコン部部員で三チームに別れ、それぞれがシューティング・ゲームをテーマに制作したわ」

 パソコン部はこの部屋以外にも、ブルートゥースを用いたロボット操作などの個人研究コーナーを別室に設けている。この部屋は桂と美惑の勝負の場として、ゲーム専用に借りていた。

「これがわたしのチームの作品」

 ゲーム研究部のすぐとなりのスペースが、美惑プロデュースのゲームだった。

「3D?」

「キレイな宇宙だね」

「弾幕かよ」

「オプション兵器式か」

「ボム付きですね」

「巨大ボス」

 デモ画面が現れた瞬間に、桂たちは特徴をあげた。ポリゴンで描かれてはいるが、形式的には2Dで高さ移動の概念はない。ただ、3Dならではの演出が成されており、発進シーンはかなりカッコイイ。

「全5ステージ、ザコ敵さえ各面で一新されるほど濃密なゲームよ。兵装も六種類×三段階。最後までプレイヤーを飽きさせない展開が待っているわ」

 美惑は冷静を装ってはいるが、高笑い寸前であった。「勝った」と確信している。なにせ対抗作が無料ツールとフリー素材をかき集めたシロウト作なのだから。

「スゴイよミワちゃん! こりゃ、勝てないかなぁ」

 桂は目をキラキラさせながら美惑に詰め寄る。

「……あっさり認められるのも悔しいんだけど」

「だってスゴすぎだよ! いいなぁ、わたしもミワちゃんとゲーム作りたいなぁ」

「……フ、フン。まぁ、気が向いたら――」

「でも、勝負は決まってないからね! わたしたちはゲーム性で勝つから!」

「なっ」

 上げて、落とす。桂の天然パターンだった。そういうところが美惑は大嫌いだった。

「勝てるわけないでしょ! こっちはまだ二つもゲームがあるんだから!」

 フォース・テイルを弾ませながら、美惑は残り二つのゲームも立ち上げた。一台は二足歩行ロボットによるサード()パーソン()シューティング()で、最後は拳銃型コントローラを使うガン・アクションだった。

 美惑がTPSの説明を始めた。二〇人同時対戦ができ、ルールは五分間で他のプレイヤーをどれだけ倒せるかを競うサバイバル方式。展示はデモ用で、実際のゲームはとなりのパソコン実習室でプレイできるという。

「なんでファースト()パーソン()シューティング()じゃないんだ? それにメカ物ってのもなぁ」

 志穂はTPSよりもFPSが好きだったので、質問せずにはいられなかった。

「FPSは酔いやすい人がいるのよ。それに学校の文化祭で生身のスプラッタを見せるわけにはいかないでしょ」

「あー、そうか。いちおう考えてんだな」

「いちおうって、あなたに言われたくないわっ」

「で、こっちのガン物は?」

 二人の漫才にかまわず、由愛が尋ねる。

「それは短時間でどれだけ楽しめるかを追求したゲームよ。画面のカウントダウンが終わると同時に鬼と人質が現れるから、鬼だけを倒すの」

 1ゲームは3セットになっており、速さと正確さで得点が変わる。プレイヤーの初期ポーズが決まっており、手は腰に、銃口は下を向けていなければならない。

「つまり早撃ちを競うんだな」

 由愛が試しに銃を撃つまでの動作をやってみる。なるほど、お祭ゲームとしては楽しそうであった。

「以上三作品で勝負よ。一番投票が多かったゲームの勝ちでいいわね?」

「うんっ、それでいいよ!」

「あっさりとまぁ。いつまでその自信が続くかしらね」

「インパクトは弱いかもしれないけど、ゲームとしては絶対負けないからねっ」

「いいことを教えてあげるわ。人にプレイしてもらえないゲームは、いくらスゴくてもダメゲーでしかないの。まずインパクトを与えて集客を得る。これが第一なのよ」

「それには賛同するね。でも、そうとわかった上でわたしたちはこれを作った。一人がプレイしてくれれば、きっと広まっていくと信じた作品だ。そう簡単には負けない」

 由愛が銃口を美惑に向けてトリガーを引いた。音もしなければ弾丸も出ないが、美惑の自信にヒビを入れるていどにはダメージを与えた。

「……はじまればわかることよ」

 美惑は彼女たちに背を向けて、教室を出て行こうとした。彼女には部長として他の展示物の確認作業もあった。桂のように気楽でいられる立場ではない。

「待って!」

 その桂が真剣な声を美惑に投げた。

「……なに?」

「一つ、いいかな?」

「なによ?」

 いつになく真面目な顔をする桂に、美惑は内心でたじろいでいた。だが、長年の経験でわかっていることがある。時庭桂にシリアスはありえない。ゆえに先が読めた。

「好きにしなさい」

「このゲームで遊んでいい?」

 「え?」と桂が聞き返す。質問より先に答えが飛んできたのでとまどっている。

「あなたの考えそうなことはわかるのっ。まったく、何年つきあってると思ってるの。わかってるだろうけど、壊さないでよ?」

「ありがとー、ミワちゃん!」

 ゲーム研究部はお礼よりも早くゲームに飛びついた。もっとも高速だったのは野原陽光のはらひかりで、狙っていたように弾幕シューティングのパッドを奪い取った。

「ヒカリ、ズルいー!」

「早い者勝ち」

「クッソー、対戦ゲーは一人じゃできないよなぁ」

「この角度で銃を抜くのが一番早いか」

「由愛先輩、男装してそのポーズを取ってもらっていいですか?」

 にぎやかさに追い立てられるように、美惑はため息をついて教室を出た。

「ミワちゃん」

「リコ、なに?」

 追いかけてきた理利子の手には、美惑が貸したそれが握られていた。

「これ、ありがとう。完成したから見てもらおうと思って」

「そうなの?」

 理利子が差し出したのは、8インチ・モニタの付いたタッチパネル式モバイル機だった。画面の中でニワトリが歩き回り、ヒヨコが羽をパタパタさせている。

 理利子に言われるままニワトリを操作して、一面クリア。ありがちで単純な、面白さを見出すのも難しいゲームだった。

「得点もないの?」

「ないよ」

「そう。理利子らしいって言えばいいのかしらね」

 美惑から笑みがこぼれた。理利子はそれだけで満足できた。

「桂たちの感想はどうだった?」

「ミワちゃんと同じだったよ。『理利子らしい』って」

「そ。でも、技術的にはまだまだよ。わからないことがあれば教えてあげるから、いつでも来なさい」

「うん、ありがとう」

 美惑が背を向けると、理利子は手を振った。

 合わせるようにチャイムが鳴る。ホームルームがはじまる時間だった。 

「ああ、桂のバカに付き合ってて他のチェックが終わらなかったぁ!」

 美惑はホームルームをサボる決意をして、廊下をダッシュするのであった。


 ホームルームがすむと、生徒たちは各自の持ち場に散った。桂たちゲーム研究部の面々も例外ではなく、展示室に集合する。

「名目上はパソコン部とゲーム研究部の共同展示会としてあるわ。でないとゲー研に反感を持っている人からは公平な判定が受けられないからね。で、来場者にはこのコインを渡す」

 美惑はゲーム研究部部員たちにプラスチック製のカラフルなコインを見せた。

「年齢別に色分けしたコインを所持してもらい、出るときにあそこに並んでいる箱のどれかに入れてもらう」

 彼女の指差す先に、包装紙で包まれたダンボール箱が四つあった。それぞれにゲームのタイトルが書いてある。

「一番多くコインを獲得したゲームの勝ち……で、いいわね?」

「いいけど、なんでコインを色分けするの?」

「アンケートも兼ねているからよ。年齢によってどれが好まれるか、知っておくのも悪くないでしょ? いちおうペーパーのアンケートも用意してはあるけど、回答は任意でお願いするわ」

「せっかくのお祭に水を差すのもなんだしね」

「由愛の言うとおり、気が向いたときに書いてもらえれば充分よ」

「なるほど、それでコインか。さっすがミワちゃん。アッタマいいね」

「それくらい思いつきなさいよ、まったく。それから、コインの配布はこちらでやるから。あなたたちの顔が並んでたら、生徒は逃げていくわ」

「そこまで嫌われてないと思うけど……」

 ときおりクラスでもやっかみは言われるが、ロコツな嫌がらせを受けたことはない。それが副部長の人徳のおかげであるのを桂は知らない。

「じゃあ、わたしたちはどうしてればいいの?」

「好きにしなさい。どこかへ遊びにいくのもいいし、部屋の隅で様子を見ててもいいわよ」

「それじゃ、みんな自由行動ってことで。理利子、どっか回る?」

「わたしは、しばらくここで見てるよ。なにか問題が起きたときパソコン部の人だけじゃ困るでしょ?」

「あ、そっか。それじゃわたしもいたほうがいいかな」

「ううん、桂ちゃんは遊んできて。一人いれば充分だから」

「んー、じゃ、交代で待機しよ。わたし、一時間したら戻るから。そのあと志穂、次は由愛ね」

 志穂と由愛は了解し、出て行った。志穂はさっそくパソコン部のTPSをプレイするため、由愛は文芸部主催の古本市を物色するためだ。

「先輩、わたしたちは?」

「一年生は遊んでなさい。はじめての文化祭なんだから」

「いいんですか?」

「いーのいーの。でも、放課後の片付けは参加だからね」

「はーい」

 頼子は元気よく答え、陽光は一度うなずいて桂たちから離れた。「ヒカリ、男装執事カフェいこー」「ヤダ」と、そんなほほえましい会話が聞こえてきた。

「リコ、そこにあるイスと机、使っていいからね」

「ありがとう、ミワちゃん」

「それじゃ、わたしも別室の様子を見に行くわ。何かあれば連絡をちょうだい」

「ミワちゃん、いっしょにいこー?」

「わたしは遊んでるヒマはないのっ。一人で遊んでなさい」

 腕に絡みつく桂を引き剥がし、美惑は教室を出る。「つまんなーい」と桂が食い下がりながら付いていく。

 理利子は忙しく準備するパソコン部部員を眺めながら、穏やかな空気を吸い込んだ。

 文化祭がはじまる。


 最初のお客は、一年の校章をつけた男子生徒四名だった。配布されている文化祭プログラムを片手に、ウルサイくらいにぎやかに入ってきた。

 入り口で青いコインをもらい、部屋をうかがう。係員がアンケートの説明をしているが、聞いているかどうか怪しいものだった。ようやく入室が許可されると、食い入るように四台のモニタを見つめ、プレイ方法を記したインストラクション・カードを読む。

「これ一番ハデじゃね? オレ、まずこれやるわ」

 まず飛びついたのは美惑のゲームだった。

「じゃ、オレはとなりのでいいや。古臭そうだけど」

「TPSってなに?」

「早撃ちか。時間つぶしにこれやってよ」

 客は正直だった。作った人間の苦労や気持ちなどお構いナシに、自分にとっていいゲームか、ダメなゲームかを判断する。それが当然なのだが、『となりのでいいや』で選ばれたのは理利子にとって少しさびしい。

 が、開始二分で好感度グラフが変化した。

「おい、弾幕キツすぎだろ? 一面もクリアできなかったぞ」

「こっちは逆に余裕だぜ? とにかく撃ってりゃいいし。タイムアタックだからもうクリアだ」

「マジかよ、じゃ、交代してみようぜ」

 そして彼ら四名はTPSゲーム以外をそれぞれ1プレイすると、意見交換で熱くなった。

「弾幕ゲーは当たり判定見切らないとゲームになんねーからイヤなんだ」

「でも画面は一番キレイだぜ?」

「美しさよりもゲーム性だね。クリアできなきゃ面白くねーよ。家でできるわけでもねーのに」

「まぁ、こっちは古臭いけど、隠しキャラとかいて稼ぎが熱い」

「え、隠しキャラなんていたか?」

「中盤の右隅に顔面石が出たろ? あれ壊すと星が出てきたぜ。インストにもハイスコアのコツで書いてあるじゃん」

「マジか、やり直す」

「オレはヌルいゲームよりはこっちだな。プログラム的にはぜんぜんスゲーし」

「おまえは弾幕派だからだろ? こんなので初プレイ三面いけりゃスゴいよ」

「ボムをうまく使うんだよ。そういうルートを見つけるのが楽しいんだ」

「オレ無理。反射神経でしかゲームしねーから。だから早撃ちもけっこう楽しかったな。見ろ、オレが今ンとこスコア一位だ」

 理利子は教室の隅で一人、感動していた。自分たちのゲームが受け入れられている。それだけで今までの苦労が報われた。

 男子生徒の一団が帰る前に、次々と客がやってきた。

 それぞれのゲームに列ができ、TPSの公開プレイを流しているモニタにも人垣ができていた。広くはない教室からさまざまな声が聞こえてくる。楽しさにあふれた声、不満の声、悔しがる声、失敗を笑う声、競い合う声、技術をほめる声とけなす声……

「なんだこれ、フリー素材じゃないか。どっかで見たことあるキャラだと思ったぜ」

「そうなのか?」

「たぶんこれ全部そうだせ。なんだよ、自分で素材も作れねーのかよ」

「そしたらこっちもか?」

「いや、これは見たことないな。こっちのクソ・シューティングだけだな」

「どうりでダセェわけだ。何十年前のゲームだよ」

 大笑いして美惑のゲームにコインを投じる二人組の男子生徒を見つめ、理利子はひざの上のこぶしをグッと握った。

「わたしにもっと技術があれば、バカにされずにすんだのに……」

 つぶやいた声は喧騒に隠れて誰にも届かなかった。

「いやぁ、言われちゃったね」

「桂ちゃん!?」

 顔を上げると、桂がタコ焼きを持って立っていた。

「いつからそこにいたの?」

「今だよ? 交代の時間だからね。これおみやげ」

「ありがとう……」

 渡されたタコ焼きはまだ熱かった。

「言われてもしかたないよね。フリー素材ばっかなのは本当だもん」

「ゴメンね、桂ちゃん」

「なんであやまるの? 理利子が何か悪いことした?」

「でも、わたしが――」

「理利子一人のゲーム研究部じゃないよ。問題があるとしたらわたしたち全員の責任なんだから。だから次があればもっとがんばろう。いっしょにね」

「桂ちゃん……」

「タコ焼き、熱いうちに食べよ」

「……うん」

 竹串に刺したタコ焼きを何度か息で冷まし、口の中へ。それでもまだまだ熱くて、理利子は口に空気を取り込む。

 桂はそんな彼女を見て「あわてなくてもいいよ」と笑い、理利子は「うん、うん」とうなずきながら、ちょっとだけ涙をこぼした。

 

 午後に入ると客足はいっそう増え、常時列ができるようになった。ゲーム研究部の四人の二年生は、ボーっとそれを眺めている。彼女たちは一通り出展物を見回ると行くところもなくなり、足は自然と展示会場に行き着いていた。

「……けっこう遊んでくれてるね」

「だねぇ」

「ハイスコアはどんなものだ?」

「一〇〇万ちょいが最高かな。ヒカリのスコアには及ばないみたい」

「あのコを基準にしたらダメだろ。やりこんでるんだし」

「それより早撃ちゲームがジワジワ売れてるみたいだよ。カップルがけっこうやってる」

「カップル……だと?」

「アイデアの勝利だよね。あれ、顔写真を取り込めるでしょ? カノジョの顔を人質の顔にして、カレシが撃つみたい」

「うまくいけばいいけど、人質撃ったらコワイな」

「うん、けっこうあったよ。でも本気で怒る人はあんまいない。お祭だからかな」

 「蜂の巣になってしまえ」物騒なことを志穂は言う。

「で、一気に二票獲得するわけだ」

「中間発表はないのかい?」

「それは決めてなかったね。気にしてもしかたないし、やれることはやったし」

「だね。……わたしは部室にこもるよ」

 由愛が立ち上がった。続いて志穂もイスを引く。

「あたしも行くわ。落ち着かないわ、ここ」

「わかった。あとはわたしと理利子で留守番するから、放課後まで休んでて」

「よろしく」

 ピッと指を振り、志穂が由愛を追って出て行った。

「そういえば、列ができたときのためにあれを作ったんじゃなかったっけ?」

 思い出し、桂が理利子のタブレットを見る。ニワトリとヒヨコの、ゲームとは言えないゲームを理利子が制作したのは、このような時のためだった。

「あ、えと、やっぱりダメ。こんなの出せないよ……」

「えー、いいじゃない。ほのぼのできて」

「ううん、ほのぼのさせちゃダメなんだよ。お客さんたちは、目の前のゲームに熱中したくて並んでいるんだから」

「うーん、それもそうかもね。並んでいるのも楽しいって思ってもらえれば嬉しいよね」

「うん。……あれ?」

 桂に応えた理利子は、教室の後ろでポツンとたたずむ少女を見つけた。

「どうしたの?」

「あのコ、迷子かな?」

 理利子が人をわけ、女の子に近づく。三歳か、せいぜい四歳くらいだろうか。ただうつむいて指をいじっていた。

「こんなところでどうしたの?」

 声をかけられ、少女は驚いた。が、理利子のやさしい表情に、少女は警戒心を解いた。

「お兄ちゃん待ってるの」

「どこにいるの?」

「ゲームのとこ」

 少女が指差す場所に、小学校高学年くらいの少年がいた。桂たちの作ったゲームの列に並んでいる。

「お父さんかお母さんは?」

「ママ、あとでお迎えにくる。お兄ちゃんと遊んでるようにって」

「そっか。それじゃ、あっちに座って待ってようか」

 理利子が少女の目線でイスを指す。少女は「うん」とうなずき、理利子に手を引かれて桂のとなりに座った。

「こんにちは。わたしは桂。あなたは?」

「絵梨菜」

「よろしくね絵梨菜ちゃん。あと一〇分くらいでお兄ちゃんもこっちに来るから、それまで待ってようね」

 とは言うものの、何をして過ごしたものか桂にはまったく思いつかない。自分がこれくらいの少女だったころ、何が一番楽しかっただろうか。

「ゲームしか思い出せない……」

 頭を抱える。ゲーマーの父が当時の愛娘に与えたのは、やはりTVゲームだった。喜んでやり倒していた自分の姿を想像し、何かが間違っているような気がした。そのとなりにはいつも理利子がいて、最新ゲームをいっしょに遊んでいた。あのころ最もやりこんだのは、理利子が持ってきた『魔甲少女るーる・ルー』のアクション・ゲームではなかったか。

 苦悩に打ち震える桂に代わって、理利子が絵梨菜の相手をしていた。

「絵梨菜ちゃんはゲームはやらないの?」

「むずかしいからやらない」

「そっか。それじゃこれはどうかな?」

 理利子がタブレットのスリープを解除して、ソフトを起動した。一面の草原に、ニワトリと二匹のヒヨコが離れ離れに表示される。

「ニワトリさんとヒヨコさん」

 画面に映る小さなドット絵の動物に、絵梨菜は笑顔になった。

「どこでもいいから画面を触ってみて。あ、ヒヨコさんは触ったらダメだからね」

「うん」

 少女は疑うこともなく、適当な場所を触った。すると、その点を目指してニワトリが走り出した。

「うわ、走ったぁ」

「うん。触ったところに向かって、ニワトリさんは走っていくんだよ。今度はヒヨコさんを触ってみて」

「こう?」

 少女が一匹のヒヨコにタッチすると、ニワトリがヒヨコに向かって走り、二羽がぶつかると羽ばたきして喜びあった。

「ニワトリさんがヒヨコさんをお迎えにいったんだよ。会えてよかったね」

「うんっ」

 少女の笑顔がまた大きくなる。

「じゃ、次のヒヨコさんにも会いに行こうか。どうすればいいかな?」

「ヒヨコさんに触るの」

「そうだね。やってみようか?」

 少女は喜んで実行する。そして希望どおり、ヒヨコを連れたニワトリが、指定したヒヨコのもとへと駆けつけた。

「ヒヨコさんはニワトリさんに会えたから、おうちに帰ろうね。ここにおうちがあるよね? 触ってみて」

 小さな指が赤い屋根の家に触れる。二匹のヒヨコをつれたニワトリが、おうちに向かってまっしぐらだった。

 画面が暗転し、夜をイメージする短い音楽が流れる。そして「コケコッコー」の音声とともにまた草原が広がった。

「今度はヒヨコさんが三匹になったよ。お花も咲いてる」

「お花に触ってみようか?」

 「うん」と少女が花の絵に指を重ねた。ニワトリが走る。けれど、花の上には行かなかった。

「ニワトリさんはお花を踏んで傷つけたくないの。だからお花の前ではとまっちゃうんだよ」

「ニワトリさん、やさしいね」

「うん。だからヒヨコさんのところに行くためには、お花を避けて進むの」

「わかった」

 絵梨菜は花を回避するコースを選び、ヒヨコをすべて回収する。そして家へと帰った。

「おもしろいね」

「じゃ、もう少し遊んでようか?」 

「うん」

 少女は夢中になってニワトリ・ゲームを遊んでいた。桂は絵梨菜と、いっしょに楽しむ理利子を見て和やかな気持ちになった。「理利子はスゴイ」と感心するのはこういうときだった。

「絵梨菜」

 声をかけられて少女が顔をあげる。母親らしき女性が立っていた。そのとなりにはふてくされた顔をした少年がいる。

 桂が時計を確認すると、あれから二〇分が過ぎていた。

 「ママ」と少女が抱きつく。

「すみません、この子の相手をしていただいたようで。どうもありがとうございました」

 絵梨菜の頭をなでながら、母親が二人に頭を下げる。桂も理利子も恐縮して「こちらこそ楽しかったですから」と手を振った。

「それでは、失礼します。絵梨菜、バイバイね」

「バイバイ、お姉ちゃん」

 二人は小さな手に、「バイバイ」を告げた。 

 「オレ、まだ遊びたんないよー」とボヤく少年に母親が何事か言っていたが、ざわめきにかき消されて聞こえなかった。

「遊んでもらえてよかったね」

「うん。作ったかいがあった」

 二人が笑みを交わす。少女はもう見えなくなっていたが、母親の背中は出口にあった。ニワトリを誘導していた手は、今は母親の手をつかんでいるのだろう。

 が、何かおかしい。

「……あれ、まだ出て行かないね?」

「なにかあったのかな?」

 二人は気になって席を立った。

 近づくと、コイン回収係と絵梨菜の母親が話しこんでいた。ちょうどそのとき、異変に気づいた美惑も駆けつけていた。

「どうかされましたか?」

 美惑が女性に尋ねた。

「このコインを気に入ったゲームに渡すように言われたのだけど、この子のお気に入りの箱がないと……」

 少女は黄色のコインを握り締めて、泣きそうな顔をしていた。

 美惑は膝をついて少女の目を見る。

「こんにちは。わたしはここの責任者の桐生というの。お嬢ちゃんの好きなゲームって、どこにあったの?」

 普段の美惑からは想像もつかない大人びた、それでいてやさしい表情を浮かべている。理利子のときほどではないが、少女は安心して振り向いた。

「あそこの――あ、お姉ちゃん!」

 少女は理利子の足に抱きついた。

「リコ?」

「このお姉ちゃんと遊んだヒヨコさんがいい」

「ヒヨコさん? ……ああ、あれね」

 美惑は納得し、立ち上がった。

「お母様、大変失礼いたしました。こちらの不手際で、お選びいただいたゲームの投票箱が設置されておりませんでした。申し訳ありません」

「あ、そうなの? それじゃあなたに渡しておけばいいかしら?」

 「いえ」美惑はまたしゃがみこみ、理利子に貼りつく少女に微笑んだ。

「ゴメンね。コインはこのお姉ちゃんに渡してくれるかな? あれはね、このお姉ちゃんが作ったのよ。遊んでくれてありがとね」

「お姉ちゃん、すごーい」

 子供の憧憬の瞳はまぶしく、無関係の桂が照れてしまうほどだった。

「そんなことないよ。遊んでくれる人がいてくれて、お姉ちゃんのほうこそ嬉しかったよ。ありがとう」

 絵梨菜が差しだすコインを受けとり、理利子は少女の頭を軽く撫でた。

「また遊びにくるね」

「うん、待ってるね」

 少女は満足して母親のもとへ戻った。そして今度こそ「バイバイ」する。

「リコ、展示するならスペース作るわよ?」

「ううん。このコインだけで充分だよ」

「よかったわね」

「うん。ミワちゃんもありがとう」

 理利子は感極まって涙をこぼした。たった一枚のオモチャのコインが、こんなにも重いとは知らなかった。彼女にとって金貨にもまさる宝だった。

 桂は理利子と美惑を羨望する。自分の力だけで人を感動させられる物が作れる理利子。小さな子供の気持ちを理解し、安心できる答えを与えられる美惑。どちらも今の自分にはできなかった。

「いいなぁ」

「なにが?」

 理利子の背中を叩いて落ち着かせていた美惑が、桂のつぶやきを聞きとがめた。

「え、いや、その……理利子もミワちゃんも、人に誇れるものがあっていいなって……」

「桂ちゃんは、いいところいっぱいあるよ」

 目の端を拭いながら、理利子が即座に告げた。

「そうよ、誇れるものならあるじゃない」

 珍しく美惑も同意する。

「ホント?」

 いつもなら意地悪の一つもいう彼女が、素直に自分を認めてくれるのが桂には嬉しかった。

「たとえばゲームでネチネチとイヤらしく勝つところとか、セコイ戦術を駆使して相手を打ち負かすとか、ギリギリまで相手を勝たせておいて最後に逆転勝ちを狙う意地の悪さとか」

「それ誇れないよ! いや、そもそもそんなコトしたことないよ!」

 桂としてはツッコまざるを得ない。まったく記憶にないのだから。

 「クッ」美惑のこめかみに皺がより、眉が鋭角的に跳ね上がる。

「……そう、あなたは天然でやってるから気づかないのね。でもわたしは忘れないわ。格闘ゲームで投げハメされた憤りを。水属性レベル5の土地に封鎖モンスターを三マス連続並べられた屈辱を。最終コーナーで必ず転倒アイテムをぶつけてくる陰湿さをっ。ゼッタイいつか復讐してやるから!」

 美惑は怒りの矛先を求めるように、鼻息荒くこの場をあとにした。

「……わたし、そんなヒドイことしてないよね?」

「あはは……」

 理利子は返事に困った。

「えー、覚えてないよー!?」

「あははー」

 理利子はやはり答えられなかった。


 文化祭も終わりが近づいていた。ゲームコーナーは盛況で、人の流れは絶え間ない。アンケートもだいぶ集まっているようで、コインの在庫が底をつきかけていた。

「どうかな、勝ってるかな?」

「うーん、どうかなぁ」

 聞こえてくる声に耳を傾けると、ゲーム研究部の作品はそこそこ好評だった。第一にストレスをためずに楽しめ、第二にほとんどのプレイヤーがクリアまで行き着ける。第三にハイスコアを狙う要素が多数隠されており、プレイするたびに発見があった。情報交換をして再度プレイするリピーターも多い。ただしこれは諸刃の剣だった。アンケートが一人一回であるために、一部で人気が出ても投票数は伸びないのである。

 対してパソコン部側はどうか。メカ物TPSは一部のマニアには好まれたが、一般にはあまり人気はなかった。だがマニアは強烈で、いつの間にかギルドまで結成され、個人戦しかできないシステムでローカル・ルールを設けてチーム戦になるときがあるほどだった。そのマニアックさがよけいに人離れを起こし、得票率は高くなかった。

 早撃ちゲームはコンスタントに投票されている。年齢層は高め、もしくは低めで、手軽さを追求した点が評価されているようだった。また、他のマニアックなゲームを嫌う女性票も消去法で集まっていた。一番お祭に適したゲームだけに、老若男女楽しめるようだ。

 そして美惑の自信作は――

「これクソゲーだろ! クリアできねーよ!」

「オレ、けっこう観てるけど、最終ステージにいったヤツすらいないぜ」

「弾幕はりゃいいってもんじゃないよな」

 ここにきて評判はガタ落ちだった。クリアできない難易度のゲームは、もはやゲームではない。その対比として、気軽に遊べてクリアできる桂たちのゲームが余計に評価される。また一枚、研究部作品にコインが投じられた。

「クリアはできます」

 美惑は出るしかなかった。制作者が自らこのような発言をしなければならないのは恥である。本来、作品で語るべきものであるからだ。

「攻撃がキツイのは認めます。ですが、その回避策としてボムが用意されています。必要な場面で使えば必ずクリアできる設計です。実際、制作中に各面をテストし、わたし自身がクリアしています」

「本当かよ? なら、やってみせろよ」

「……わかりました」

 美惑は席に着き、ゲームを開始する。ミスは許されなかった。

 しかし彼女は重圧を撥ね退け、要所要所でボムを撃ち、ステージ3までノー・ミスでクリアした。

「さすがウマイな。ノー・ミスでここまでこれるのか」

「このぶんならクリアできるんじゃないか?」

 観客の声が変わってきた。不平不満から応援へと変化する。

 美惑も変化を感じ取り、緊張が一瞬解けた。と、緩みすぎたのか、ここではじめてミスをした。

 「あー」と周囲が落胆する。だが、まだ二機残っている。ボムも復活した。これならクリアできるだろう。誰しもがそう思った。

 が、美惑は蒼白になって動かなかった。

「おい、どうした?」

「はじまってるぞ?」

 声は届いていなかった。彼女は気づいたのである。このゲームは欠陥品であると。

 二機目もやられ、残り一機。それでも彼女は肩を震わせ、怯えていた。謝罪しなければならない。それが彼女の責任だった。

「様子がヘンじゃないか?」

「だいじょうぶか?」

 「あ……」心配される価値など、自分にはない。とにかくゲームの欠陥を認め、展示を中止する。すべてはそれからだった。

 ぎこちなく振り向いた美惑の青ざめた顔を、桂と理利子は見た。何が起きたのかすらわからない。わからないが、行動に出ていた。

「ミワちゃん!」

 ヨロめく美惑を抱きしめ、支える。

「ごめんなさい、わたし、あやまらないと……」

「え、なに? どうしたの?」

「保健室いこ? ね?」

 美惑は幼馴染の二人に助けられている自分が情けなかった。つっぱねて、いつものように強気でいたかった。けれど、今だけはできそうもなかった。

「そのまえに、あやまらないと……」

「プレイを続けられないことなんていいよ!」

「そうだよ、体の心配しなきゃ」

「そうじゃないの、そうじゃ……」

 美惑は桂を跳ね除けた。ここでゴマかして終わっては、桐生美惑の今までがすべてウソになってしまう。

「みなさん、このゲームは――」

「リベンジ」

 美惑の告白をさえぎるように、彼女が登場した。赤い帽子に長い髪、自作のジョイスティックを背負った女子生徒だった。

「ヒカリ!?」

「次はわたしの番」

 陽光は場の空気も読まず、美惑のゲームの前に立ちはだかった。ジョイスティックを机に置き、ケーブルを差し替える。

「待ちなさい、野原さん。このゲームは――」

「わたしがクリアする」

「クリアって、これは……」

「朝は五面の前半までしかいけなかったけど、今度はチャイムに邪魔させない」

「五面の前半!? ノーミスで?」

「とうぜん」

 周囲も驚いたが、美惑が一番信じられなかった。このゲームはノー・ミスではクリアできない。ボム残数がスコアで増えないという欠陥があるからだ。そして各面に最低一箇所は、ボムを使わなければ回避できない場所があった。つまり、最低でもボムは五つ必要になるのだった。

「ヒカリ〜、どんどん行かないでよー」

「頼子ちゃん?」

「あ、桂先輩、ヒカリったらヒドいんですよ? わたしと文化祭にも回らず部室でずっと変なポーズをとってたと思ったら、いきなりスティックを担いで出て行くし」

「精神集中してただけ」

「志穂先輩も由愛先輩もあきれて何も言わないし。で、けっきょくゲームなの?」

「とうぜん。わたしにクリアできないシューティングはない」

 陽光は口元に笑みを浮かべ、誰も寄せつけないオーラを放った。

「ゲーム・スタート」

 陽光は指をほぐし、スタート・ボタンを押した。

 鮮やかなさばきだった。豪快なようで繊細で、激しい音はリズミカルで、揺れる体はメトロノームのように余計なブレがなかった。

 観客が沸く。美惑がプレイしていたときよりも洗練された動きと滑らかな撃破に。人を魅了するプレイがあるとすれば、まさに陽光のそれであろう。

「もうすぐ……」

 美惑は一人、時を数えていた。彼女が作ったボム必須の弾幕がはじまる。超えられるわけがない。そういうプログラムを組んだのだから。桂に嫌がらせするために。

 その狭い心の代償が、多くのプレイヤーを不満にさせ、自身を苦しめた。いくら『シューティングの鬼』と呼ばれる野原陽光でもボムを使わずクリアなどできはしない。彼女のゲームが終わったら、今度こそ謝罪をしよう。奇跡なんて、コンピュータ上にはありえないのだから。

「ここ! くらえ、秘技・無炎のコマ!」

 陽光の腕の動きが大きくなった。一撃でレバーが左右にはじけ、ショットボタンは戻る間もなく埋まっていた。オート連射なので連打する必要はまったくないのだが。

「おお!」

 観客が驚愕に目を見開く。絶対に突破不可能と思われた弾幕を、陽光の戦闘機はすり抜けたのだ。

「ウソ、あんなところにあんな小さな隙間が……!」

 呆然とする美惑に、桂が問いかけた。

「ミワちゃん、あれ、ボムの回復ないでしょ?」

「……知ってたの?」

「さっきわかった。ずっと見てて、なんかヘンだなぁって」

「そう、欠陥ゲームなのよ。ノー・ミス・クリアができないなんて、理屈上あってはいけないのに」

「そんなことないよ」

「え?」

「そういうゲームだって開きなおっちゃえばいいんだよ。ゲームの形は一つじゃないんだから」

「桂……」

「バグから生まれる名作があってもいいじゃない。格闘ゲームのキャンセル・コンボだって、想定外からはじまったんだから」

 桂がニッコリと微笑みかける。美惑は彼女の笑顔が苦手で、けれど嫌いではなかった。

「わたしは計算づくで名作を作りたいのよ!」

「そっかぁ。それじゃ、楽しみにしてるね」

「フンっ」

「でも今は、ヒカリのプレイを観ようよ。みんなスッゴイ盛り上がってるじゃない」

「当たり前よ、わたしのゲームなんだから」

「うんうん。だから今度は、わたしとゲーム作ってね」

「おことわり」

「えー、ミワちゃん意地悪だよ」

 元気を取り戻した美惑に、理利子はホッとした。それが桂ちゃんのいいところだよ、と心でつぶやいて。

 陽光の神プレイは二面も三面も難なく撃破し、すべてのプレイヤーを打ち砕いてきたステージ4さえも危なげなく突破した。

「おー、ついに最終五面!」

「初めて見た。高速スクロールか」

「なんだよ、あの弾幕! 常人にはクリア不可能だろ!?」

 美惑が自信を持って贈る、全滅必須ステージだった。放射型、竜巻型、直線型とあらゆる弾幕が画面を埋め、避ける隙間さえ見出せない。

 しかしそれを可能にするのが、野原陽光という少女だった。高まった集中力と、脅威の動体視力、ありえない反射神経で弾丸の嵐をかいくぐる。

「でああああああああぁぁぁっ!!!」

 彼女の腕はすでに目で追えないほど超高速で動いていた。レバーから焦げ臭い煙が漂うほど、熱くなっていた。

「出るよ」

 桂は陽光から視線を外さずにポツリと言った。

 美惑は一度桂を見、すぐに陽光を凝視する。

「やあああああああああっ!!」

 少女の気合が教室にこだまする。と、彼女の赤帽子が変化を見せた。額にあたる部分に奇怪な模様が浮かび上がる。

「なに、あれ?」

「ヒカリが本気で熱くなったときだけ出てくるの。よくわからないけど、『ゲー・こん』……ゲーム魂マークとわたしたちは呼んでる。一説には伝説級のゲーマーだけが出せる神秘の印と言われているの」

 桂がゴクッと唾を飲み込む。

 が、美惑は醒めたものだった。

「……帽子に仕掛けがあって、熱で浮かぶだけじゃないの?」

「それ言っちゃダメー!」

「ミワちゃん、シーッ」

 桂と理利子が同時に美惑の口を押さえる。

「こういうのは盛り上がりが大切なんだから! もう、わかってないんだから」

「そうだよ、ヒカリちゃんが楽しんでる証拠なんだから」

 桂だけでなく、理利子にまで責められては美惑は逆らいようがなかった。

「わかったわよ。伝説のげーこんね? 大根でもいいけど」

 三人の和やかな会話のわきで、陽光は最終ボスと戦っていた。すべての能力を注ぎ込み、一歩も引かず、恐れず、弾を突き刺し、かいくぐる。そして――

 ひときわ大きな爆発音が響いた。

「おー! 全面クリアしたぞ!」

「スッゲー、感動モンだ!」

「ヒカリー、ナイスプレイ!」

「あの子、ヒカリって言うのか」

「ヒッカッリ! ヒッカッリ!」

 ヒカリ・コールがこだまする。その中で野原陽光は一度大きく息を吐き、自分の出したスコアを見上げた。点滅する数字に、彼女は誇らしい満足の笑みを浮かべる。

「本当にノー・ミス・クリアされるなんて、喜んでいいのか、悔しがればいいのか判断に困るわね」

「喜んでいいと思うよ。多くの人を感動させたゲームを作ったんだから」

「……そうよね」

 美惑は素直にうなずき、陽光と同じ表情を作った。

 観客の熱はまだ冷めない。クリア可能を目にして、再挑戦するプレイヤーが列を作り出す。それに比例して、アンケート投票にも変化が現れた。

 そうなると、桂も手放しで美惑や陽光を褒めてはいられない。

「あー、ヒカリのバカぁ! このままじゃアンケートで負けちゃうよぉ!」

「いいゲームは評価されるべき」

 いつものおっとりした声で陽光は答えた。

「そうだけどさぁ……」

「次はウチのゲームをプレイしてくる」

「ホント!? よーし、宣伝いってこーい!」

「らじゃー」

 そしてまた、彼女の伝説が生まれる。


 文化祭終了の鐘が鳴り、喧騒に包まれていたゲーム・コーナーも静まり返っていた。パソコン部部員が後片付けに奔走している隅で、桂と美惑は睨みあっていた。

「開票するわよ?」

「望むところ」

 四つの机にそれぞれのゲームの箱が置かれている。桂はゲーム研究部の箱を開け、美惑は自作ゲームの箱を、志穂はロボットTPS、由愛が早撃ちゲームのコインを数えはじめた。

 もっとも少ない志穂が一番に数え終わり、十枚束のコインを三つと、余り三枚を積み上げた。やはり一部の熱狂的ファン以外からの人気は取れなかったようだ。

 早撃ちゲームは三八枚。コインの色はもっとも多色であった。年齢によらず楽しんでもらえた証拠だ。

「五七!」

 桂は律儀に色分けしてコインを山にしていた。一五歳以下が最も多く、一六歳以降ではほぼ均一だった。

 「フフ」隣席から聞こえた美惑の声に、桂は不安になった。

「わたしの勝ちね。七八枚よ」

「ウソ、そんなに差がつく!?」

「いいものはちゃんとわかるのよ。高度なプログラミングに美しい映像、完璧なゲームバランス。当然の帰結というものよ」

 勝ち誇る美惑。桂は素直に認めるのが悔しい。

「……ヒカリがいなきゃボロボロだったくせに」

「う……。そ、それも計算のうちよっ」

 桂がジトーっと見つめると、美惑は目を逸らした。

「それに、けっきょくヒカリしかクリアできなかったよね?」

「そうだったかしら……」

 美惑は視線を避けすぎて、フォース・テールがさっきまでの顔の位置になっていた。

「ミワちゃん、今からプレイしてみてよ」

「わたし、ゲームは一日一時間と決めているから……」

 とうとう体ごと逃げようとする。

「桂ちゃん、ミワちゃんをいじめちゃダメだよ」

 理利子が助け舟を出す。どちらかが不利になると、必ず理利子が弱いほうの味方についた。昔からの変わらない光景だった。

「わかってるよ。ちょっと言ってみただけ。負けは負けだからね」

「わたしとしては勝って当然だから自慢にもならないわ。でも、盛り上がりはしたし、それなりに意義はあったかしらね」

「わたしも楽しかったよ。ミワちゃん、ありがとっ」

 桂が手を差し伸べる。美惑はたじろぎ、ためらい、そして照れくさそうに握り返した。

「……ま、敢闘はしたようだし、わたしからも研究部の存続を認めてもらえるように口ぞえしてあげてもいいわよ」

「ん? なんの話?」

「桂ちゃん、ゲームを作った理由を忘れてる!」

 「ん? ん? ん〜?」理利子にツッコまれ、桂は三秒後に思い出した。

「あ、そうだった! うんうん、ミワちゃんよろしくね!」

「……ハァ、本当に張り合いのないコ」

 美惑だけではなく、ゲーム研究部の面々も呆れ顔だった。

「これが部長だもんなぁ」

「知ってはいたが困ったものだね」

「先輩、わたしのゲーム・ライフのためにしっかりしてくださいね」

「レバーのメンテ代……」

「だいじょうぶ、理利子がなんとかしてくれるから!」

「わたし!? ……うん、がんばるね……」

 一同もれなくため息がこぼれた。

「ところでさ、ミワのゲーム、コピーもらえないか? 考えてみると、あたし全然遊んでなかった」

「あ、わたしも欲しい!」

「わたしも」

 志穂についで、桂と陽光も手をあげる。由愛や頼子は口にこそしなかったが、興味はあるようだった。

「パソコン部の出展物として学校のホームページにアップはするから、そこから勝手にダウンロードすればいいわ。あなたたちも研究部の成果としてアップすべきね。活動している証明にもなるでしょ」

「あ、そっか。うん、そうする」

 桂が感心してうなずいた。

「リコ」

「なに、ミワちゃん」

「あなたのアプリもアップしなさい。さっき、あの女の子のお母さんがいらして、あのアプリについて聞かれたの。調べてみてお母さんの携帯電話でも動作するようだから、後日、学校のホームページで公開しますと答えておいたわ」

「え?」

 理利子は無意識に黄色のコインに触れていた。自分のつたないゲームを楽しんでくれた少女の笑顔が、鮮明に思い出された。

「あの子が楽しみにしているのだから、ちゃんと提出しなさい」

「うん。ミワちゃん、ありがとう」

 泣きそうな笑顔の理利子の頭を、美惑はなでる。

「それと、これ」

 美惑はかわいい妹分から離れ、脇においていたファイルを取り出した。

「なにこれ?」

「記入アンケートのコピーよ。厳しい意見が多いから、覚悟して読みなさい」

 自主的に書かれるアンケートには不備・不満に関する回答が多い。とくに今回は、良い物であればコイン投票で意思表示されている。わざわざ労力を使ってまでアンケートに書こうとする者はごく少ない。

「それじゃ、行くわ。またね」

 美惑は手を振って教室を出た。パソコン部の機材はすでに撤収を終えており、残ったのはゲーム研究部の備品だけだった。

「よーし、掃除を終わらせて、部室で打ち上げしようか!」

 桂の呼びかけに、全員が賛同した。

 お菓子とジュースを買い込み、まずは乾杯する。パソコン部との勝負には負けたが、それはそれ、お祭は楽しくやるのが彼女たちの流儀である。

「では、さっそくアンケートを開いてみよう! このゲームに投票した理由はなんでしょうか? 答え、爽快感がよかった」

「おおー、わかってるねぇ」

「不満点はありましたか? ……すべてにおいて古臭い」

「わかってるね……」

「次いこう。投票理由。わかりやすくてとっつきやすい。難易度的にもオールド・ゲーマーにはプレイしやすい。……年齢三〇歳以上に丸ついてる」

「子供連れのお父さんかな」

「不満点。懐かしさを感じるが、ゲームとしての目新しさはない。悪い意味でいいとこ取りで終わっているのが少々残念」

「鋭いね、お父さん」

「次。投票理由は普通に遊べたから。弾幕ゲームがもう少しやさしければ向こうに入れてた」

「あー、わかります! わたしもどちらか選べと言われたら、たぶん同じ理由になるかもしれません」

「不満は、グラフィックに統一感がない。動きに対するアニメパターンが少ない。難易度が低すぎ」

「難しすぎても易しすぎてもダメなんですね」

 その後も桂はアンケートを読みすすめる。ほとんどが不満点を多く記しており、部員の口数は徐々に減っていった。

 「以上」桂がファイルを閉じる。他の言葉がとっさに浮かばなかった。

「……まぁ、しかたねーよ。こんなもんだって」

 志穂がわざとらしく笑った。半ば自分を慰める言葉にも桂には感じたが、それは自分も同じ気持ちがあるからだろうか。

「人の物の見方って面白いね。同じような内容でも、楽しいと感じた人もいれば、不満に思った人もいる。もともと全員を満足させるなんて無理なんだから、そう落ち込むほどでもない」

 由愛が冷静に告げる。彼女は普段から他人の評価分析をしてきていたので、どのような結果も中立に受けとめられた。

「でも、やっぱり、少し残念な気もします……」

 頼子の反応は、ごく一般的だった。必死にやったのだから評価されたい、それが大方の願望である。

 「次に活かせばいいよ」桂が熱のこもった視線を全員に向けた。

「次に作るときは、もっと面白いものになるようにがんばろう。わたしたちはまだまだこれからだよ」

 理利子や頼子は桂の決意を頼もしく思った。が、そうではない感情もあった。

「次って言ってもさ、もともとあたしらは作る側じゃないだろ? 今回だって廃部がかかっていたから作るしかなかった。ただそれだけじゃないか」

「それは、そうだけど……」

 意気消沈する桂に、由愛が助け舟を出す。

「アンケート回答数は二一、コインは五七枚。投票してくれた半数以上が満足してくれたってことになると思わないか? 書かれているのは事実に違いないが、書かれていない事実も存在する。もとより人の声は、好評より悪評のが大きいものさ」

「ならよけい、好評の声が聞きたかったね」

 志穂は肩をすくめた。

 「違うよ」桂がグッとこぶしを握る。

「声は聞こえてたよ。わたしたちは見てたもの。このゲームを楽しんでくれた多くの人を。ハイスコアを出したとき、隠れキャラを見つけたとき、危ない場面を間一髪抜け出したとき、みんなすっごく楽しそうだったよ。由愛の言うとおり、アンケートが全部じゃないよ。その風景を見ていたから、作ることができたから、勝負に負けてもわたしは誇らしくいられた。志穂だってこのゲームが失敗とは思ってないよね?」

「まぁ、それは。あたし的には面白いと思ってるし……」

「じゃあ、それでいいじゃない。わたしたちはまず、わたしたちが楽しい物を作っていきたい。そのうえで、足りない物をいろんな人の声を参考にして大きくしていこうよ。そしてみんなに喜んでもらえたら、それ以上はないよ」

 桂の演説は、個人創作レベルの理想論だった。けれどここにいるメンバーにはそれで充分だった。彼女たちは楽しいからゲームをやるのだから。

「……さすが部長だ」

 志穂が毒気の抜けた笑みを浮かべた。

「初めて部長らしい言葉を聞いたよ」

「先輩、感動です」

「次もシューティング」

 どさくさ紛れに陽光が要望をつぶやいた。テンションがあがっているのか、全員から「またか!」とツッコまれる。

 理利子はいつもどおりのメンバーにホッとし、携帯電話をポケットにしまった。液晶には一通のメールが表示されており、桂が立ち上がらなければ読もうとしていた文書があった。

『アンケートの結果なんて参考程度に考えなさい。全員の意見をいれた物なんてできはしないし、たとえできてもそれは自分の作品にはならないからね。桂のバカがそのへんをわかってないようなら、リコからちゃんと教えてあげるのよ。それと、このメールはさっさと消すこと!』

「ミワちゃん、いつもありがとう」

 理利子はにぎやかな仲間に囲まれて、自然と笑っていた。

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