1030 IF A$="Y" THEN @MAKE_GAME
ゲーム制作二日目。桂が部室に入ると、三人がすでに作業をしていた。志穂はヘッドホンをつけてフリーの音楽を片っ端から聞きまくり、由愛は画像データをフォルダに集めている。陽光は制作ツール上で敵キャラクターの動作を何度も再生しては手直しをしていた。
「ヒカリはもうツールを使いこなしてるの?」
「とても簡単。弾も発射できる」
「そっか、わたしもがんばんないとね」
桂は今日の授業中、めずらしく教科書に噛り付いていた――ように見せかけて、印刷した制作ツールの説明書を熟読していた。彼女らには時間がなく、せめてツール習得だけでも作業前に完璧にしておきたかった。
そのかいがあり、桂が作業を任されていた自機操作は思ったよりも楽に作れた。そう感じるのは、ツールのおかげである。
「パワーアップも簡単にできちゃった」
「見せて」
陽光が桂のディスプレイを覗き込む。興味津々なのか、いつもは目深に被る赤い帽子のツバは、斜め上を向いている。それでも彼女の目は長い前髪が邪魔をしてはっきりと見えない。
陽光はゲーム・パッドを取った。上下左右の移動速度、ショット・ボタンで出る弾、パワーアップ時の多方向ショットの角度などを確かめている。
「移動速度はこれくらい。でもショットがダメ」
「まだ細かい設定をしてないからね。今は弾速と連射速度がマックスになってる」
「弾速は4ドット減、連射は弾と弾の間隔が画像サイズの半分から1/4くらいになるのがベスト」
「はいはい。とりあえずはそれで調整しとこうか」
「パワーアップの二段階目はY字ショット?」
「あえて真正面は撃てない仕様にしてみた。Y字でなければ斃しにくい敵の配置を作るのもいいかなって」
「おもしろい」
陽光がニンマリする。彼女の脳内では、すでに敵パターンが構築されているのだろう。
「ちょっと待った。真正面に撃てないのは辛いと思うが?」
由愛が聞きとがめて口を挟んだ。
「三段階目では星型撃ちになるよ」
「そういう問題じゃない。素直に前方3WAYに真後ろの四方向ショットでよくはないか?」
「うるさいな、集中して聞けないだろが」志穂がヘッドフォンをはずして割り込む。
「そんなのすぐ修正できんだから、テストプレイのときに判断すりゃいいだろ」
「……たしかに」
「由愛はとにかく画像をどんどん拾いなって。こっちはあらかた終わったよ」
志穂が担当する音楽素材はそう多くなく、しかもシューティングゲームに合うものとなると候補はかなり絞られる。効果音は自機のショットと爆発音など、主なものはめぼしがついていた。
「それじゃこっちを手伝ってくれ。64×64か48×48のパターンで絞ってもそれなりにあって、どれがいいのか迷うんだ」
「だからとにかく保管しちゃいなよ。あとで吟味すればいい」
画面は横六〇〇ドット、縦八〇〇ドットで構成する予定だった。それを縦置き可能ディスプレイでフルスクリーン表示にする。画面比率4対3は今どきどうかとも話し合われたが、ツールの都合がなにより優先された。
「それとヒカリも自分の作業をやりな。連射速度だとかは全体のバランスをみて決めるものなんだから」
「わかった」
陽光は先輩の言の正しさに、素直に自分のパソコンへと戻った。
しばらくマウスのクリック音だけが響いた。合間に理利子と頼子も合流し、全員で作業に取り組む。理利子は陽光とともに敵のアルゴリズム開発、頼子は由愛の手伝いをする。
三〇分ほどしたところで、桂が「う〜ん」と唸りだした。
「どうした?」
それぞれに集中力が切れかけていたところなのか、全員の視線が桂に集中した。
「ボムの設定がうまくいかない」
「ツールの基本動作に入ってるだろ? サンプルゲームで使ったぞ」
「あるにはあるんだけど、スコアを0にできない」
「ボムでは得点が入らないようにするってルールか?」
「そう。そういう設定はないみたい。斃してしまうと設定した敵スコアが必ず加点されちゃう」
「設定できないならあきらめだよ。割り切りも必要」
「だね。こればかりはしかたないよね」
「いっそボムなし」
陽光の提案。
「それはそれで初心者がキツイだろう」
「代わりにショットで敵弾を撃ち落す。ただし地上敵の弾は消せない」
陽光の新たなアイデアを、由愛が考察する。
「たしかにそういうゲームもある。利点は弾に囲まれても逃げる以外の選択肢があり、撃つ楽しさがでる。欠点は大味になり、死ににくいこと」
「死なないのは緊張感がないような」
「そこはマップ・バランス」
「地上敵の配置と攻撃方法か。まぁ、敵弾が撃ち落せるってのは、逆に言えば敵もこちらの弾を消せるってことだからな。それこそ弾速と連射、多方向攻撃しだいで難易度が大きく変わりそうだ」
「決まりすぎたゲームにするよりは、わたしたちらしさがあったほうがいいかも」
「らしさはともかく、面白い要素になりえる可能性はあるかな」
「クソゲーに成り下がる可能性もな」
「わたしはどっちでもいい」
どちらも好きだから、と陽光の笑みは語っていた。
「最後で投げっぱかよ! ……まぁ、あたしも正直どっちでもいいけど」
「由愛は?」
「わたしは一つの意見に別の意見を述べるだけ。どちらも正解と思える問いには答えない」
「楽なポジションだねぇ」桂はボヤき、しばし考える。
「よし、とりあえずボムなしで。ダメなら変更すればいいし、考えるよりテストして決めよう」
「攻撃パターンを凝ってみる」
陽光が一段とはりきってマウスを捌きはじめた。鼻歌までこぼれる始末だ。
「となると、わたしの作業は一段落だね。由愛の手伝いをしようか?」
「いや、頼子ちゃんがいるからだいじょうぶだよ。それよりも自機の画像候補は決めてあるから、実際に入れてみるといい」
由愛はパソコンの共通フォルダにデータを保存した。研究部内のパソコンはLANでつながっているため、データのやり取りは手軽にできるようになっている。
画像ファイルを確認し、桂は作業フォルダ下にあるグラフィック・フォルダへドラッグ&ドロップした。
「画像ロード、と」
ファイル名を指定してツール上に画像を呼び出す。テスト用に使っていたサンプル画像よりカッコイイ宇宙戦闘機が出現した。
「わ、いいねっ。左右移動時の傾き画像も細かいアニメしてるし」
「見せてっ」
陽光がすぐさま食いついた。
「おお〜」
感嘆し、小さく拍手をする。
「ショット画像も入れてあるよ。斜め方向は画像を回転させて表示できるはずだから、角度設定を忘れないように」
「あ、角度の項目ってそういうのに使うんだ?」
「きのうサンプルを一緒に見てただろうに」
「あはは、世の中便利になったよね」
「早く」
陽光が興奮して急かす。
「ちょっと待ってて」
通常弾のパラメータ設定を悪戦苦闘しながらも書き換える。
満を持して動作テスト。
「おおおお〜っ」
桂と陽光がハモる。パワーアップ三段階目に沿って、前三方向・後二方向に青く細長いビームが撃ち出される。
「あたしにも見せろっ。いや、むしろこの効果音もつけてやってくれ!」
志穂からの効果音データをLANケーブルを通して受け取る。彼女の指定するファイルを発射音項目に載せ、再度テスト。
「うおおおおおっ!」
三人が唱和する。桂の操作によって縦横無尽に飛び回り、輝くビームを撒き散らす。彼女らは初成果を前に、感動に打ち震えた。
「これは早く背景と敵を表示させないと……」
いつの間にか由愛も背後から覗いていた。ソワソワと落ち着かない様子だった。
理利子と頼子は画面に張り付きこそしなかったが、桂たちの盛り上がりに感化され、気分が高揚していた。それは、今までにない一体感だった。部活動でありながら個で活動をしていた彼女たちには、未経験の喜びであった。
「それじゃ音関係は終わりにして、あたしは背景と宇宙基地のタイル画像を探すとするよ」
宇宙基地は『地上敵』を設置する土台部分である。さらに奥画面にあたる背景は、銀河や星を描いた一枚絵を利用するつもりだった。
志穂に続いて桂も新しい作業に移る。スコアや残機などのステータス表示のレイアウトである。他にもタイトル画面、ハイスコア・ランキング表示画面も作らなければならない。
「そういえば、タイトルはどうする?」
「ストーリーでもあれば連想でつけられるが」
「ストーリーなんて謎のエイリアン襲来とか宇宙戦争とかでいいだろ。タイトルもシンプルにスター・ストライカーとか」
「そこできのうの――!」
「はいはい、また今度ね」
頼子の登場を志穂が取り押さえる。頼子は羽交い絞めから逃れようと必死に抵抗するが、力ではまったく勝ち目がなかった。
「ヒカリは?」
桂は頼子にかまわず、陽光に意見を求めた。すると彼女は語りだした。
「大宇宙移民時代、地球型第五惑星アース・イー、通称イアーゼに開拓船団が到着。しかしイアーゼから放たれた謎の光が護衛艦隊の制御を奪う。同士討ちが始まり、艦隊は壊滅状態。最後に残されたのは最新鋭宇宙戦闘機ヴィーザルだけであった」
桂たちはポカーンとした。普段はほぼ片言でしかしゃべらない彼女が唐突に中二病のような物語を話し出しだすとは、まったくの予想外だった。
十秒ほどの間をあけて、桂はハッとした。
「即興で考えたの?」
「きのうの夜、考えた」
自信満々に答える。
「よし、その心意気に免じて採用」
「わーい」
「いいのかよ!?」
「他にアイデアがあるの?」
「ないけど」
「なら、いいじゃない。……で、タイトルは」
「イアーゼ……E・A・R・T・H・小文字のe」
ホワイトボードに綴りを書き、桂は読み直す。
「あーす・いー……読み替えでイアーゼになるわけね」
「そう」
「ちなみにこの話にオチはあるの?」
「あるけどいらない。ゲームに不要」
フフフフと彼女は笑った。意外と想像力豊からしい。
「決まったのはいいが、誰がタイトル画像を作るんだ? さすがにこれはネットにも落ちてないぞ」
「ワープロで文字変形させてそれっぽくかなぁ」
「作ってある」
と、陽光はカバンからケント紙を数枚取り出した。それぞれにEARTHeの文字をレタリングしたものが書かれている。
「スゴイやる気だね、キミは」
あきれながらも志穂が束をとり、一枚一枚テーブルに並べて見比べた。
「うーん、わたしはこれがいい」
「これもいいと思うよ」
「個人的にはこれだな」
「わたしは、これ……かな」
「……」
四者四様。桂、由愛、志穂、理利子はそれぞれの一枚を前に唸る。頼子だけ膨れてどれにも関心を示さなかった。さきほどの強制停止がよほど腹立たしかったようだ。
「頼子ちゃん、そんなに怒らないで」
「ぶー」
「今日の帰り、タイヤキおごるから、ね?」
「ホントですか? やったぁ」
頼子の機嫌はあっという間に戻った。
桂は苦笑いを浮かべつつ、作者の陽光に向き直った。
「ヒカリのお気に入りは?」
「これ」と志穂が選んだものを指差した。
「じゃ、多数決でこれ」
「わかった。スキャナで取り込み、画像データにしておく」
由愛が選ばれたデザイン画をとり、スキャナ付プリンターに向かった。
「なんか今日はずいぶん進んだ気がするね」
「このぶんだとけっこう早く上がるかもな」
「本番はこれから」
「ヒカリの言うとおりだよ。マップとギミック作成、そしてバランスとりと、ここからが大変なんだから。素材がそろって開発10%と思わないと」
「はいはい」
由愛に水を差され、志穂は肩をすくめた。
それからの活動時間は、画面とにらめっこをして終わる。どうにか素材が数だけはそろったところであった。
三日目。志穂と由愛、それに頼子はツール付属の地形配置エディタを使ってそれぞれにマップを作成していた。個性が出るところなので、三人のなかで評価が高いものを採用しようという算段である。
マップチップは32×32ドットで構成され、ゲーム上では4フレームに1ドットスクロールする。つまりフレーム・パー・セコンド――秒間フレーム数――が60の場合、秒間15ドットとなり、二分のトライアルでは単純に一八〇〇ドット分スクロールすることになる。そのほかに演出としてスタート時には表示させない八〇〇ドットの余白と、ボス用のスクロール・ストップがあるため、差額の計算が必要となる。また、横幅の表示範囲は六〇〇ドットであるが、左右移動の際にわずかにスクロールするため、チップ20枚分、ドットにして六四〇ドットで作成している。なお、一枚絵の奥背景は地上マップよりも遅く、30フレームに1ドットのスクロールで予定していた。
残りの三人は空中敵のアルゴリズムを引き続き作成。ツールが優秀なため、画像を指定し、プリセットの動作を組み合わせれば完成する。陽光はさらに特定フレームで作動するイベントを使って画像をアニメーションさせ、違う動きに変化させたりしている。
「スゴイね、弾の画像や発射タイミングもキャラクターごとに変えてるんだ?」
「このくらいは当然」
陽光はノリノリで作業を進めている。
桂の作る敵は、直線的な動きで弾を放出するザコばかりだった。理利子は少しひねって、硬いが遅い壁役や、自機に付きまとうお邪魔キャラなどを作っていた。
だいたい三〇パターンほどできたところで、「ちょっと動かしてみない?」と桂が言いだした。
「やる」陽光が勢いよく立ち上がった。
「それじゃ各自で作ったデータを共通フォルダにセーブして。こっちのデータといっしょにするから」
「えと、エクスポートで出せばいいのよね?」
「たぶん。インポート機能の説明にそんなことが書いてあったはず」
「了解」
理利子と陽光はすぐに実行した。
データをインポートして設定に入る。本来なら空中敵も専用のエネミー・マップ・エディタで出現テーブルを作成するのだが、今回はテストなので20フレームに一度、ランダムに排出するモードを利用した。
「早く」
「慌てないの。じゃ、いくよ」
「う、うん」
緊張の一瞬であった。パソコンが彼女たちのゲームを動かすために内部でがんばる。その時間はわずか数秒ではあったが、三人にとっては高校の入学試験発表よりもドキドキだった。
志穂が選曲したBGMが鳴る。
修正もしていない陽光の直筆タイトル・ロゴが表示される。
桂が作ったレイアウトどおりにスコアとスタート文字が並ぶ。
「うわぁ……」
桂は感動して目が潤み、理利子が笑顔になる。陽光の帽子はピンと跳ね上がった。
「お、動いてるじゃん」
BGMにつられて、志穂たちも集まってきた。
「素材を入れただけだから、そうそうエラーはでないよ」
「感動のないやつだなぁ」
そんな会話も桂の耳には届かなかった。ゲーム・パッドを手に取り、一番ボタンを押す。
BGMが変わり、自機となる宇宙戦闘機が画面下からブースターを噴かして登場。
十字キーに合わせて宇宙戦闘機が飛び回り、ショットボタンで弾を吐き出す。
そして、敵。
秒間三機の敵戦闘機が現れる。桂が作った敵、理利子が設定した敵、陽光が凝った敵。無秩序に飛びまわる敵機を撃ち倒し、弾を避け、ときには弾ごと破壊して突き進む。桂の敵は直進なので撃墜しやすいが、理利子のは硬くてしぶとく、陽光のはトリッキーで手ごわい。
「あはっ」桂のテンションが徐々に上がっていく。とにかく斃して進む。正面にさえ捉えれば無敵だった。
「そうだよ、ゲームってこうじゃなきゃ!」
「先輩、代わって」
「もうちょっと」
「うー」
陽光は手をワキワキさせて禁断症状を訴える。しかし、彼女の待ち時間はそれほど長くはなかった。二分のタイムアタックに設定してあるため、一二〇秒後には自動的にゲームクリアとなる。
クリア後のBGMが流れ、スコアが大きく表示される。そしてクレジット入力画面へと移行。
「K・E・I……と」
一位の欄に自分の名前があるのは気分がよかった。
「わたしの番」
陽光がひったくるようにゲーム・パッドを手にし、スタートする。
「どうだった、桂ちゃん」
「……うん、いいよね」画面から目を離さず、桂は言った。すがすがしい笑顔だった。
「ゲームとしてはぜんぜんなんだけど、うん、自分で作るってスゴイよ」
感動のオーラを放出しまくる桂に、由愛がボソリとツッコんだ。
「冷静にみるとまだまだクソゲーだけどね」
「由愛ちゃん、さめすぎ!」
「だって敵の行動に美しさを感じない。やはりテーブルを用意して編隊を組ませないと」
「それはこれからっ」
もめながらも、おもしろさを模索しているときが一番楽しい。可能性は広く、想像は膨らむばかりだ。
「ハイスコア」
陽光が満足してパッドを置いた。
「え、なんでぇ? スゴイ差がついてる!」
「敵弾にもスコアがある」
「あー、そっかぁ」
「フフフフ」
わざと敵を放置しておくことで敵弾を増やし、出きったところで撃墜。陽光はシステムを理解し、もっとも効率的な稼ぎを実践したのだった。これは天性である。
「恐ろしいコだ。こんなランダム・ゲーでもきっちりスコアを狙ってくるとは」
「はじめてヒカリに感心した」
「わたしもあれくらいウマければ、アクション系もやるんだけどなぁ」
「リベンジぃー!」
「はいはい、テストはおしまい。調整作業に入る」
志穂がコントローラを取り上げた。
「えー、調整なんてないよ」
「あるだろ。敵の強さで得点を変えるとか、硬さをいじってみるとか。今のままじゃモロすぎだ」
「たしかに一撃で斃れる敵ばかりじゃ歯ごたえがなさすぎるね」
由愛がアゴに手をあてて首肯する。
「そういうのは地上マップできてからでしょ。どうなの?」
「……まだ終わってない」
「じゃあ、志穂たちこそ作業再開してよ」
「はいはい」
マップ作成班の志穂と由愛が不平をこぼしながら自分の席へ戻った。
「あの、わたしはいちおう完成しました」
「え、頼子ちゃん、早いっ」
桂が喜び勇んで頼子のパソコンを覗く。
「……頼子ちゃん」
「はい?」
「やり直し」
「えー、なんでですか?」
桂と頼子のやりとりを見ていた陽光と理利子も画面を確認する。岩肌チップで埋め尽くされ、ところどころに鉄骨パーツが散らばっているだけのマップが延々と続いていた。センスがないにもほどがあった。
「これはヒドイ」
「ちょっと、使えない…かな」
陽光と理利子の感想を聞き、志穂と由愛もひょいと顔を出す。
「うわっ」
「彼女に向かない作業をさせてしまったわたしたちのミスだね」
「みなさんヒドすぎです……」
さすがに頼子も落ち込んだ。「どうせ美術は1ですよ」と隅で丸くなる。
「ゴメンゴメン。でもこれはちょーっとダメっぽいかなぁ。頼子ちゃんには別の作業をお願いするから、ね?」
「どーせ何をやってもダメですよー」
「イジけないで。今日はタコ焼きだからっ」
「ごちそうさまですっ」
「あははぁ」このぶんでは桂の出費はしばらく続きそうであった。
「といっても、テストプレイまではまだかかりそうだよね。取り急ぎやることってあったかな?」
「それならちょっとわたしのほうで手伝ってもらっていい?」
理利子が切り出した。
「いいけど、なにするの?」
「わたしのほうの作業も一段落したから、別のものを作ろうと思って」
「別のゲーム?」
「ゲームってほどじゃないんだけど、待ち時間の合間に遊んでもらえるようなものがあったほうがいいかなって」
「そんなに行列ができるかねぇ」
「志穂っ」笑う彼女をたしなめ、桂は理利子の別作業を快諾した。
「わかった、いいよ。おたがいに必要なときは協力して、いいものを作ろうね」
「うん、ありがとう」
「理利子先輩、わたしで役に立つんですか?」
「うん。むしろ理利子ちゃんのようなコの意見が欲しいの」
「ネクロヨリコンを開くのか。コワイコワイ」
「そっちじゃなくて!」
すぐさま否定して、理利子は頼子を連れて部室を出た。
「いいの、二人を別行動にしちゃって?」
「由愛も言ってたけど、向き不向きがあるからね。理利子は頼子ちゃんのいいところをわかって誘ったんだから、間違ってないと思うよ。それにさ、せっかくの文化祭なんだから、お客さんだけじゃなくみんなも楽しもうよ」
「ノウテンキな部長さんだ」
「まったく」
「あー、バカにした!」
「いやいや、褒めてるって。なぁ?」
「もちろん」
「うー」納得しきれず桂は唸った。
部室を離れた理利子は、頼子を連れたまま本校舎へ戻った。どこへ行くのか問われた理利子は「パソコン実習室」と答えた。
扉をノックする。
返事がして現れたのは、もう一人の幼馴染、桐生美惑だ。
「あら、もう部活は終わったの?」
「ううん、わたしたちだけ別行動してるの。桂ちゃんたちはがんばってるよ」
「そう。でも、わたしは負けないからね」
自信たっぷりに言い放つ。虚勢ではなく、根拠のある宣言だった。
しかし、理利子の前にはのれんに腕押しだ。
「うん、いい勝負しようね」
「……まったく、いつもながら張り合いのない」
「あは、ゴメンね」
「あやまらなくていいわよ。……で、これが例のブツ」
美惑が手に提げていた紙袋を突き出す。
「ありがとう。大切に使うから」
「いいわよ、こないだ新しいの買ったし。よければずっと使ってていいわよ」
「そうはいかないよ。文化祭が終わったら返すから。……それと、こっちもこれ」
「なに?」理利子からも小さめの紙袋が渡される。美惑の物よりずっと軽かった。
「クッキー焼いたの。これと情報のお礼」
「いいのに、そんなの。でも、ま、ありがたくもらっておくわ」
「うん、こちらこそありがとう。それじゃね」
「せいぜいがんばりなさい」
理利子はもう一度お礼を言い、パソコン室に背を向けた。彼女にまとわりつく下級生の女子生徒が「これなんですか?」と興味深そうに尋ねている。美惑は少しだけ、その女子生徒がうらやましかった。
「……さて、こっちもがんばらないとね」
思いを振り切るように教室へと戻る。彼女には彼女の役目と目標があり、どちらも他人任せにはできない大切なものだった。




