1020 INPUT "ゲーム ヲ ツクリマスカ?(Y/N)";A$
文化部部室棟から離れた本校舎B棟三階にパソコン実習室はある。桂は鼻歌を交りに扉をノックし、理利子とともに入室した。
活動は静かなもので、各所からキーボードを叩く音が聞こえるだけだ。にぎやかな雰囲気を期待していたわけではないが、暗すぎるのも予想外であった。
「えーと、ゲーム研究部の時庭ですけど、ミワちゃんいますかー?」
パソコン部が一気にザワついた。
「何しに来たの、桂!」
部屋の中心にいた小さな女子生徒が飛び上がる。独特の長い四本おさげもいっしょに跳ねた。
「あ、ミワちゃんいた。ちょっとお願いがあってきたんだけど」
軽い足取りで桂は桐生美惑に近づいた。その後ろを「お騒がせしてすみません」と低頭して理利子がついていく。
「お願い〜?」
不信と不審を隠そうともせず、美惑が桂を睨む。桂の背後の理利子が、両手を合わせてジェスチャーで必死に謝っている。「ま、聞くだけ聞くわ」と譲歩したのは、理利子がいたからである。
「ありがとー、ミワちゃん。ゲーム作って!」
「帰れ」
美惑は一蹴した。本当に蹴らなかっただけ穏便である。
「えー、なんでー? いいでしょ、従姉妹同士だし、幼馴染だし」
「なんでわたしがあなたのためにゲームを作らないとならないの。こっちだって文化祭に向けて忙しいの。大方、出し物に困って安易にゲーム制作を思いついたのでしょうけど、そんな無謀・無策に付き合うヒマはないわ」
「スゴイなー、よく思いつきってわかったね」
「……リコ、このバカっ子を連れてさっさと帰って」
話の通じない相手をかまうのに疲れ、保護者へと訴える。
理利子は「ごめんね」と心底申し訳なさそうに桂の袖口を引いた。
「バカっ子はないよー。たしかにアタマは良くないけど」
桂が脹れる。動くつもりはないようだった。
「ともかく、わたしは手伝わないから。だいたい、あなたたちの研究部、評判悪いわよ? 何の成果もなくただゲームをしているって。そんなところに手を貸したら、こっちまで何を言われるか」
「そんなの気にしなければだいじょうぶだよ。わたし、ミワちゃんとゲーム作りたいなっ」
「……っ」美惑は思わず赤くなった。昔から桂は無邪気に笑いかけてくる。
「ダメダメ、そんな顔したって絶対ダメっ。むしろわたしはあなたの作るゲームと対決して、叩きのめしたいくらいなんだからっ」
「勝負したいの?」
「ええ、したいわねっ。今度こそ完膚なきまでに叩きのめせるってものだわ」
「そっか、ミワちゃんと勝負か……」
「桂ちゃん……?」理利子は心配になって桂の顔を覗きこんだ。どんどんと本題からそれていくどころか、あらぬ方向に進む不安が押し寄せてきていた。
「ダメだよ、桂ちゃん、ダメだからねっ」
理利子がパソコン室から連れ出そうと、力をこめて彼女の腕を引く。が、非力すぎてビクともしなかった。
「よーし、勝負し――ムガッ」
「ダメー!!!」
理利子が桂の口を押さえこむ。しかしやはり、非力は無力だった。
「なにするの、理利子。ミワちゃんと勝負の話の途中なんだから、邪魔しないでね」
「邪魔したいの〜」
気弱な幼馴染の訴えは通らず、桂は「ミワちゃん、勝負!」と言い切った。
「……本気で言ってるの? どうしたって勝ち目ないでしょ? というか、完成しないでしょ」
「だいじょうぶ、何とかなる!」
「まぁ、そっちがいいならいいわよ。こちらも張り合いでるし」
「うん、こっちもだよ。ミワちゃんと勝負するのは久しぶりだよね。なんかワクワクしてきた」
「……あぁ、そうね」
美惑は最後の敗戦を思い出し、頬がヒクついた。
「で、何を作るつもりなの? 題材くらいはそちらに合わせてあげるわ」
「シューティング・ゲーム」
「わかった。テーマに合っていれば何でもいいわね。勝負方法は両者のゲームを並べて、面白かったほうに投票してもらう形でいいかしら」
「おっけー」
「それと公平性を保つために、外部からの手助けはなしよ」
「ダメだよ、それじゃ本当にゲームなんて作れない!」
桂が考えなしに了承する前に、理利子が声を上げた。
美惑も思い至ったのか、修正案を出した。
「それじゃ学校内ではお互いの部員以外の助力はなしで、校外の人間はよしとしましょう」
「ありがとう、ミワちゃん」
理利子がホッとした。
「リコに免じてだからね。桂が一人で苦しむなら容赦しなかったのに」
「相変わらず意地悪だなー、ミワちゃんは」
ニコニコして桂は文句を言う。美惑に嫌われているとは露ほども考えていない。
「あなたに言われたくないわっ。それじゃ、がんばって完成を目指すことね」
「うん、おたがい、いいものを作ろうね!」
桂は気持ちよくパソコン室を出ていった。理利子が「失礼しました」と頭を下げ、扉を閉じる。
「まったく、相変わらず台風みたいなんだから」
一息ついたところで、パソコン部部長・桐生美惑は全部員に宣言した。
「というわけで、今回の文化祭はシューティング・ゲームを作ります。各自、チームを組んで作業に入りなさい。質問は?」
ギロッと一同を見回す。
誰もがおののくなか、おずおずと一年生が挙手した。
「あの、ボク、ブルートゥースを利用した遠隔操作ロボットの研究がしたいのですが……」
「なに?」
射抜くような眼光が下級生に突き刺さる。
「いえ、あの……」
「それはおもしろいわね。がんばりなさい」
「……いいんですか?」
「あたりまえでしょう? やる気のある人を応援するのが部活動というものよ。ただしやるからにはいいものを目指しなさい」
「はいっ」
一年生は感動して、こぶしを握った。
「他に別の研究をしたい者がいれば今のうちに言いなさい。文化祭まで時間がないのだから」
美惑という少女は、桂以外には話のわかる人物だった。
「で、その桐生先輩は、どうして桂先輩がキライなんですか?」
頼子が由愛と志穂に尋ねた。彼女たちは部長と副部長がパソコン部へ赴いてから、ずっと桐生美惑と時庭桂の話をしていた。
「本心からキライではないんだけどね」
「今もいっしょに遊んでるしな」
由愛と志穂がうなずきあう。
「ただ、ミワは桂と勝負するといつも負けるんだよ」
「その逆恨みといえなくもないが」
「桂はあの調子だから手加減なんかぜんぜんしなくてさ、完膚なきまでに叩きのめすんだわ」
「負の連鎖が積もり積もっているわけ」
「ははぁ」頼子は納得した。
「桐生先輩は、そんなにゲームがヘタなんですか?」
「いや、ウマイよ。でもあたしや桂には及ばない」
「時庭先輩は山岡先輩なみにウマイですよね」
「あいつも昔はアクション一辺倒だったんだけどな、RPGにハマってからはあんなカンジになった」
「ちなみに、美惑は思考系ゲームならわたし以上に強いよ」
由愛がさりげなく割り込む。
「そうそう。オセロとかならあたしらの中で一番だね。桂なんて盤面一色にされたことがあったな」
「勝てるじゃないですか」
「いや、ミワはあくまでアクションとかで勝ちたいみたいでさ。なんかこだわりがあるっぽいよ」
「そうなんですか、なんかおもしろいですね」
「他人事ならね」
由愛がそうまとめたとき、部長と副部長が帰還した。
「ただいまー。ゲーム制作勝負受けてきたよ!」
第一声に部員たちはコケた。
「ね? 他人事ならおもしろいだろ?」
「はい……」
頼子は由愛の言葉の重さを痛感した。
「おいおい、なんでそうなるんだよ! 協力が得られないのは覚悟してたけど、サイアクを極めすぎじゃないか!」
「ごめんね、志穂ちゃん」
桂にかわって理利子が謝る。
「いや、理利子のせいじゃないのはわかってるから。桂、どうするんだよ?」
「それをこれからみんなで考えるんだよ。だいじょうぶ、きっとなんとかなるから」
「なるかよ……」
ため息を連続でこぼしながら、「廃部決定か〜」と力なく席についた。
「まず状況説明を求む。理利子」
「はい、あの――」
説明しようとしたところで、彼女の携帯電話がメールを告げた。桂が気を利かせて説明役を交代する。
「……つまり、このメンツだけでどうにかしろってことだね」
「そういうこと。じゃ、がんばろうか」
「がんばるってもなぁ。まずプログラムが組めなきゃどうにもならないだろ? それこそ理利子にがんばってもらうしかない」
全員の目が理利子に注がれる。彼女も気づいたのか、携帯電話をポケットに入れ、口を開いた。
「あの、なんとかなるかもしれない」
「ホントに!?」
「えと、今はネットでゲーム制作ツールが出回っていて、シューティング・ゲームが作れるのも無料であるみたい」
「マジでか!」
「由愛ちゃん、ちょっと検索してみてくれる?」
「わかった」
パソコンでインターネットに接続し、検索サイトを起動。「シューティングゲーム」「制作ツール」で検索すると、多くのサイトがヒットした。
「おおおお、世の中便利になったもんだ」
「スゴイね、これなら問題解決じゃない」
「いっぱいあって困りそうです」
「シューティング万歳」
「理利子、お手柄だ」
由愛が理利子の肩を叩く。が、彼女は複雑な表情をしていた。
「どうした?」
理利子にだけ聞こえるように由愛が尋ねる。理利子は迷った挙句、自分の携帯電話を見せた。
「……そういうことか。あのコもたいがいお人好しだよね」
「うん、でも、助かった。あとでちゃんとお礼いわないと」
「だね。しかしあのコは、いつも理利子には甘いね」
理利子の携帯電話に届いたメールは、桐生美惑からだった。
『勝負にならないと困るから必要ないかもしれないけど一応教えてあげる。ネットでシューティングゲーム制作を検索しなさい。いくつか無料でも簡単なツールが見つかるはずだから。素材もフリーを探せば出てくるはずよ。それでわたしに勝てると思うなら利用するといいわ。わたしは絶対負けないけどね。それとこのメールはみんなには内緒だからね。とくに桂には言わないこと。いいわね。それじゃがんばりなさい』
「二人とも、どうしたの?」
「わっ」
理利子と由愛は驚いて飛び上がりそうになった。
「なんでもないよ、なんでも」
「そう? それじゃ早速、ゲームデザインの話をはじめよっか」
「う、うん」
理利子は携帯電話をしまい、自分の席についた。元気な桂が見られるのは美惑のおかげである。そうだ、今度またクッキーを作って持っていってあげよう。理利子も桂につられるように、気分が明るくなってきていた。
いくつかのツールからサンプルをダウンロードし、実際に遊んでみる。それによってできることとできないことがはっきりとわかる。主に縦スクロール式のものが多く、画像はドット絵による2D表示がほとんどだった。中には弾幕も簡単に作れるツールまである。
それらを踏まえたうえで、ゲームデザインの話となった。
「では、意見を――」
桂が言い終える前に、野原陽光が挙手した。
「二分程度のタイム・トライアル」
「時間制限のゲーム? なんで?」
「待ち時間が計りやすい。プレイを飽きさせない。規模が小さいから制作も楽……」
「なるほど」と由愛が首肯する。文化祭での出展ゆえに長時間プレイは推奨できない。また、短時間なら飽きのこない構成を出し惜しみせずに作れる。とうぜん、ステージも時間分一本作ればすむので、背景バリエーションも一つでよくなる。
由愛が陽光の意図を説明すると、桂たちも納得した。
「超大作なんてはじめからムリだしな。小規模でも面白くするほうに賛成だ」
「それじゃヒカリの案は可決で、これも基本にして話を進めるよ」
桂がホワイトボードに書いていく。
「弾幕は? コアなシューターは食いつくんじゃないか?」
「それは初心者お断りになるよ。文化祭には不向きだと思う」
志穂の意見に由愛が対抗する。由愛は思考型ゲームを好むと同時に、ゲームをシステム面から考察する趣味もあった。それだけにゲーム・バランスやユーザー・インターフェイスについてはうるさくもある。おそらくゲーム研究部本来の目的に近い活動をしているのは、彼女だけであろう。
「けど、見た目はハデだろ? インパクトが必要ならアリじゃないか」
「弾幕に反対する理由はもう一つ。弾幕は避ける行為に偏るため、タイム・アタックには不向きだ。逆に言えばタイム・アタックでなければアリだともいえる」
志穂と由愛が「う〜ん」と悩む。要素としてはどちらも捨てがたい気がするので、強く反対できなかった。
そこに彼女が一石を投じる。
「シューティングは破壊」
「あれ、ヒカリは弾幕派じゃないのか?」
「嫌いじゃない。でも撃ち斃すシューティングは基本で爽快」
「今回はまずプレイヤーありきだから、タイムアタック優先で弾幕はナシでいこうか」
「弾幕ナシ、と」桂がホワイトボードに追加する。
「なんかヒカリのためのゲーム制作をやってる気分だ」
「フフフフ」
陽光はとても嬉しそうだった。
「なら、誰でも時間いっぱいは遊べそうな形にして、ギミックでハイスコアを競えるほうが面白いかな? 連続撃破数とか、隠しキャラとか」
「ギミックに懲りすぎるのはどうだろう、プレイの幅を狭めないか?」
桂の案に、由愛が反対意見を述べてみる。彼女なりに自分の役割と感じているようだった。
「プレイ幅といっても、一定パターンの敵が出現するテーブル式は突き詰めれば効率プレイでしょ? かといってランダム要素をいれたらタイムアタックの公平性がなくなるよ」
「ランダムはまずいが、不透明なスコア・ポイントはいただけない。特に今回は全員が初プレイになるんだから、ギミックよりも技能で差がでるような仕掛けにすべきだと思う。もしどうしてもギミックが必要なら、インスト・カードを用意して、さりげなく高得点のヒントを書いておくべきだね」
一人、沈黙を続けている副部長は、誰に頼まれるわけでもなく板書していた。ワクワクしていた。はるか昔、桂のとなりでゲームを見ていたころのように。そしてあのときの夢が叶えられそうな予感がたまらなくて。
「初心者救済・敵全滅ボムはどうでしょう?」
頼子が流れも読まずに割り込んだ。
「ボムって好きじゃないんだよねぇ」
「あたしは弾幕ゲームならあって欲しい派だね。けど、今回の場合は必要か?」
「初心者救済名目ならあったほうがいいね。安心感が違うし」
「でも、ヌルすぎるのもどーよ?」
「仮に二分のタイムアタックとすれば、使用回数を絞ればいいのでは。ただ、ボム用ボタンを操作するのにストレスが――」
「ないって。ボタンはショットとボムの二つだけにすればいいだろ」
「それじゃ、ボムでの全滅にはスコアが付かないようにしよう。あくまで救済用という名目で」
「困ったときのポチッとな、ですね」
「頼子はいつの生まれだよ」
ボムあり、とホワイトボードに追加。
「シューティングといえばパワーアップですよね。レーザーとかオプションとか」
「アイテムを拾うタイプなら『拾う』という行為にテクニックが必要となるわけだけど、これがプレイ・ストレスになるかどうかだね」
「ならないならない。それこそテクニックってものだろ」
「パワーアップはアリでいいと思うけど、多方向ショットでいく? それとも装備選択タイプ?」
「あたしはオプション装備とかのが好きだね。ハデだし」
「いろんな装備は初見じゃわかりづらいから、多方向ショットのがいいかな」
「わたしはいろんな武器を試したい派です!」
「いっそなしも面白い」
「みんなの意見わかれずぎっ。ちなみに理利子は?」
「わ…わたしはウマくないから、参考にならないよ」
理利子が大げさに手を振って拒否する。
「だから参考になるんじゃない。初心者にもいっぱいプレイしてもらえるような、面白いもの作りたいんだから」
桂の笑顔に、理利子は安心感を覚える。昔から桂の無邪気な表情が好きだった。
「それじゃ、できれば多方向ショットで。タイムアタックなのに選択した装備で強さが変わるのはどうかと思うし」
「なるほどね。じゃ、それで決定っ」
「異議なし」全員が賛同し、パワーアップも決定した。
「ところで通常ショットはオート連射か手動連射のどっち?」
「ゲーマーとしては手動と言いたいとこだけど……」
志穂が含みのある視線を由愛に向けた。
「今どきの初心者にはストレスだよ。手軽さと楽しませるのが大切」
「だとさ」
桂も志穂も異論はなかった。
「話がちょっとずれるんだけど、オート連射を見るたびに思うことがあるの。あれってボタンいらなくない? どうせみんな弾を流しっぱなしでしょ? だったらデモのときだけ弾が出なければいいだけなのに」
「いや、それは違う。ボタンを押しているという行為がプレイ意識を高めるんだよ。実際にショット・ボタンがないゲームをやったことがあるが、味気なかった」
「そういうもん?」
志穂の問いに、由愛は大きくうなずいた。
「てーことは、ボタンはショットとボムの二つで、空中と地上物の撃ちわけはなしか」
「そもそもその話が出てないよ。地上・空中はアリかナシか」
「アリに一票」
「わたしもアリで。画面に奥行きが出るのは視覚的に楽しめる」
「なら、アリで。ボタンは分けるべき?」
「わたしは分かれてるゲームは苦手でした……」
頼子が体験を語る。地上と空中とで、どちらかを狙うとどちらかがおろそかになってやられてしまう。判定がいっしょなら、気にせずに斃せて楽だった、と。
「もっともだね。それじゃショットは共通でいこっか」
「けど、それって地上と空中の差がないんじゃないか?」
「敵の速度差を利用するんだよ。地表部分の背景スクロールと地上敵を等速にすれば、空中敵との差が自然と出てくる。あくまで見た目だけど、これが大切」
「それと色彩」
陽光がボソリと言う。
「そう。地上と空中で敵の色彩に区別をつければ、視覚的にもわかりやすくなる。たとえば地上敵を青、空中敵は赤を基調にするとかね。もしくは建造物をイメージさせる形なら、おのずと地上物とわかるだろう」
熱っぽく語る由愛から一歩引いて、桂は苦笑いした。
「……えーと、そのへんはおまかせで」
「右に同じ」
志穂も頭を押さえてつぶやいた。
「あと決めないといけないことってあるかな?」
「いっぱいあると思うが、まず世界観か? これが定まらないと素材集めすらできない」
「すっかり忘れてた。シューティングといえば宇宙だし」
「先輩、そこであえて邪道ですよ!」
頼子が桂に詰め寄る。
「頼子ちゃん、ネクロヨリコン発動の顔してるよ……」
「なんですか、それは? わたしが考えているのは、ある国の王子が、魔王にさらわれた愛する隣国の王子を救うために――」
「なんで王子が王子を助けに行くんだよ!」
「そこが邪道なんですよ」
「自分で邪道とわかっているぶん始末が悪いな……」
「とりあえず却下」
「なんでですか?」
「ファンタジーは素材がないとは言わないが、少ないだろうからね。無難に宇宙物がいいと思う」
「むむぅ〜……」理由が理由だけに、頼子は反論に窮した。が、そこでヘコたれるほど彼女は甘くはない。
「あ、でも、設定だけはアリじゃないですか? ある惑星の王子が――」
「よしよし、そのへんは今度じっくり、ね?」
「むむむぅ〜……」
「そんな無茶な設定でいいならさ」志穂がニヤリとした。
「学校がゾンビであふれかえって、斧を投げて斃すってのもありじゃない? 間違って生徒を撃つと一発ゲームオーバー」
「ないない。展示をとめられるから。そもそも地上・空中物はどこにいったの!」
「逆に考えろんだよ。地上がメインで、空中にカラスが飛んでるとかでどう?」
「無駄にアイデアを出さないっ」
「面白そう」
「ヒカリもノリ気になるないのっ」
「でもそれ、オート連射だと絶対、生徒撃つよね」
「由愛も冷静に分析しなくていいから」
「ボムなら一発。開始一秒ゲーム・オーバー……」
「もういいって!」
こうして話は進み、その日はデザインがほぼ決まったところで解散となった。
外はずいぶんと暗くなっていた。夏休みが終わってまだ二週間だというのに、気の早い秋はもう準備をはじめているようだ。それでもセミの鳴き声は未だに耳に届き、暑さは和らぎを見せない。
二つの影を夜に溶かしながら、桂と理利子は並んで帰途についていた。年もいっしょで家も近い、十数年来の幼馴染だった。そもそも父親同士がゲーム仲間であり、趣味を通した交流は血として受け継がれている。なお、時庭桂と桐生美惑は母親どうしが姉妹だが両者ともにゲーマーではない。美惑がゲームを好きなのは桂と理利子の影響である。
「なんかワクワクする」
「自分たちでゲームを作るんだから、楽しみだよね」
「理利子は一人で作ったことあるもんね。このまえ遊んだのとか」
「インベーダー崩しね。ブロック崩しの要領で、左右に動くインベーダーを倒すの」
「そうそう、ちゃんとUFOまで飛んできて、意外と凝ってたよねー」
「でも、今のわたしにはあれで精一杯」
そういって照れたのは、本当に恥ずかしかったからだ。理利子の目標は、もっともっと高いところにあった。
「作れるだけいいじゃない。ああいうのが基本なんでしょ? ほら、昔いっしょに読んだマンガで解説してたプログラムの本も、壁打ちテニスが例題になってたじゃない」
「懐かしいね。あれでわたしの人生、決まっちゃった」
「まさか理利子がプログラミングにハマるとは思わなかったよ」
桂が笑う。
理利子も笑った。彼女にとってこの時間は、とても大切なひとときだった。
別のところでは、志穂と由愛が資料の物色をしていた。街でもっとも大きな書店で、ゲーム開発の本を広げている。シューティング・ゲームを題材にしており、さまざまな行動パターンのプログラムを解説していた。二人にはまったくわからないのだが、放物線移動や弾道の計算式は役に立ちそうだった。
「理利子が読めばわかるのかねぇ?」
「サイン、コサインとかなら志穂だってわかるでしょ」
「いやぁ……」志穂が頭をかく。数学は苦手だった。由愛の視線が冷たすぎて、話をそらせた。
「だいたい、ツールで作るんだからこんなの必要ないだろ?」
「今はね。けれど、基礎知識として覚えておかないと。いつかヒラメキにつながるはずだからね」
「そういうもんかね。で、買うの?」
由愛が背表紙を見る。税抜三千円だった。
「部費で落としたいところなんだけど――」
「マズイのか?」
「会計帳を調べたら残金10Kなかった……」
「マジかよ!」
つい大声がでた。周囲の視線に気づいて必要以上に縮こまる。
「まだ半年あるのに。そんなに使ったか?」
「みんな好き勝手に使ってるじゃないか。ちなみに一番高価なのは、志穂のヘッドホンだからね」
「ぐ……」
パソコンはパソコン部からのお下がり、ゲーム機は各自の持ち寄り、ソフトの大半も個人所有物だ。大半以外のソフトと関連書物と機材が部費でまかなわれていた。ちなみに二番目に高価なのは陽光の自作ジョイスティックだが、これはメンテナンスで部品交換が頻繁なためである。三番目が由愛の書籍代であったが、志穂には言わない。
「けど、本当に必要なら買っておくべきじゃないか?」
「……とりあえず保留しよう。残りの部費を考えると、決断が難しい」
「それも一理あるよなぁ」
二人はため息をついて、本を棚に戻した。
そのころ野原陽光はゲームセンターでシューティング・ゲームをプレイしていた。入店してノーミス全面クリアしたゲームが二台、今は三台目に挑戦しているところだ。大きな音を立ててレバーを操り、ボタンを叩く。ハタからは乱暴に動かしているようにしか見えないが、画面上の自機は実にスムーズに旋回し、敵を無駄なくしとめていく。数名のギャラリーが見とれているほどだった。
「スゴイなあのコ。プロじゃね?」
そんな声が陽光にも聞こえていたが、彼女自身は満足していない。「まだまだ」と悔しそうな顔をする彼女の顔は、赤い帽子と長い前髪に隠れて誰にも見えなかった。
ゲーム研究部最後の部員・清氷頼子が放課後に何をしていたか。彼女は家に帰るとすぐに、リセットを食らったゲームをやり直していた。
「聡くん、一四回目の攻略、待っててね」
彼女はマイペースに毎日を楽しんでいた。




