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黒い『それ』

それは、質の悪い噂話だった。

 昼休みに友達と話す話題のなくなった女子たちが、時間を埋めるためにしょうがなく話す程度の噂だった。

「この学校には幽霊がいる」

 無事に綾子の宿題を片づけ、瑠璃子は放課後に綾香とつれ立って向かったコンビニでシュークリームを奢ってもらい、駐車場に二人並んで座り込みそれを頬張っていると、隣で思い出したように綾子はそう切り出し始めた。

「ゆうれい?」

「そう。知らないるり? 今流行ってる噂」

 もちろん、「流行っている」という修飾語は噂話を大きくするための方便である。だが、そのことに気付かない瑠璃子は皮肉にもその「流行っている」という単語に惹かれた。

「何それ? どんな噂なの」

 瑠璃子が予想以上に食い付いたことに優越感を感じ、綾子は大げさに語り始める。

「部活の先輩から聞いた話なんだけど、」


 それは今年の夏休みの話。その女生徒は所属している陸上部の朝練のために夏休みにも関わらず朝早くから学校に来ていた。夏の早朝の独特な涼しさをあざ笑うかのように、おかまいなしに照りつける太陽を浴びて額に汗水垂らしながら、その女生徒はまだクーラーの効いていない職員室まで部室の鍵を借りに行き、手の甲で汗を拭いながら駆け足で校舎裏の部室長屋まで向かった。部室長屋までたどり着くと、階段を一段飛ばしで駆け抜け部室長屋二階の部室の前に滑り込む。女生徒は肩で息をしながら鍵を鍵穴に差し込み、勢いよくその扉を開けると、


 いた。


 誰もいないはずの部室に、夏の太陽の差し込む部室に、鉄アレイやら漫画雑誌やらがどっ散らかった部室に、『それ』はいたのだった。

 『それ』は確かにヒトの形をしていた。だが、どう見てもヒトには見えなかった。

「とにかく全身真っ黒で、最初は自分の影だと思った」

 その女生徒は後にそう語っている。誰もいないはずの部室にいたのは、ただひたすらに黒い『それ』だった。それだけでも不気味なのに、『それ』は部室の真ん中にぽつねんと突っ立ていたのだという。身長は160センチぐらいで、長い髪の毛らしきものが見えたらしい。

「自分の影ではないと分かった時、まず不審者だと思った」

 全身黒タイツでマゾッ気たっぷりの変態が、夜中の間にこっそりと女子陸上部の部室に忍び込んで常人では想像もつかない変態プレイに勤しんで一夜を明かすというのは、考えられなくもない話である。

 だが、そういう訳でもなかった。

「声を上げようと思ったその時、『それ』がこっちを向いた」

 ような気がしたという。全身黒では、果たして『それ』が今正面を向いているのかどうかを判断できない。だが、その時女生徒は確かに『それ』の「視線」を感じたのだという。

「そしたら、動けなくなって声も出せなくなった。いくら体を動かそうと思っても、ピクリともしなかった」

 まるで金縛りのような、ファンタジー映画に出てくる魔法で石にされたような気分だったと語っている。女生徒がそこから体を動かそうと必死にもがいていると、

「いつの間にか、それがいなくなってた」

 消えた。さっきまでそこにいた『それ』は、まるで初めからそこにいなかったかのように、足跡を全く残さず消えた。気が付けば、手足は自由で声も出せるようになっていた。それからその女生徒は『それ』がいた場所をくまなく調べたが、特にこれといったものは見つからなかったという。

 その女生徒はこの一連の出来事をふまえ、最後にこう思い至った。

「あれは、幽霊に違いない」

 

 以上が、真夏の早朝の学校にに現れたという幽霊の話である。その噂にも今では尾ひれがついて、その女生徒はその幽霊を見て以来行方不明になっているといういかにも嘘くさい、蛇足にもならない設定が追加されている。

「アホくさ」 

 瑠璃子は残りのシュークリームを口の中に詰め込んだ。少しは涼しい気分になれるかと思ったら、あまりにもくだらない怪談だった。

「何でよ。ちょー怖いじゃん。扉開けたらいきなり幽霊だよ? おしっこちびっちゃう」

 そんな事を大声で言うなアホ。瑠璃子は綾子の脇腹を肘でつつきながら、

「大体、よくそんな話をする気になったわね」

 くだらない、改めてそう思う。何が幽霊だ。何が全身黒タイツだ。どうしてこの手のオカルト話はこうも退屈なのだろう。瑠璃子は「流行っている」という触込みだけでその噂話に食い付いたこと後悔しながら、シュークリームを一息に飲み込んで、

「そもそも『それ』ってさ、幽霊なの? 聞いた限りじゃドッペルゲンガーとかそういう類じゃない?」 

 全身黒づくしの『それ』。仮に『それ』が今目の前に現れたとして、果たしてそれを幽霊だと認識するだろうか。

「ドッペルゲンガーも幽霊みたいなもんじゃないの? よく知らないけど」

 綾子はパックのアイスティーをストローですすりながら、通学カバンに突っ込んだコンビニの袋からまだ手を付けていなかったドーナツの封を切った。

「ドッペルゲンガーって一応実体があるんじゃなかったけ? 私も詳しくないけど」

 瑠璃子の言うとおり、幽霊とドッペルゲンガーは全くの別物である。幽霊とは実体のない、つまりは可視化できない存在のことをいうのだが、ドッペルゲンガーは現実にしっかりと確認できるのである。当然、どちらもまだ正確な目撃情報がないという点では同類だが。

「そうなの? でも当然消えたんだし、やっぱり『それ』は幽霊だったんじゃないのかなあ」

「――ねえもうこの話やめない?」

 唐突にそう言ったのは瑠璃子だった。それというのも、瑠璃子は今自分が置かれている状況を急に自覚してしまったのだ。何が悲しくて、青春の華である女子高生が放課後にコンビニの駐車場でヤンキーみたいに座り込んで友達とオカルト話に花を咲かせなければならないのか。

 だんだんめんどくさくなってきていた綾子も、すんなりと瑠璃子に同意した。

「だね。これからどっか行く?」

 綾子のその問いかけに、待ってましたと言わんばかりに瑠璃子は目を輝かせた。そして、満を持して一言、こう言った。

「カラオケ」


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