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プロローグ

「負けた奴は罰として好きな女の子に告白すること」

 今時中学生でも面白がらないような罰ゲームである。だが、それが理由でもう高校も二年になるというのに、中川秀一は昼休みの屋上にかねてからの想い人である坂上瑠璃子を呼び出すことになってしまったのだった。

 夏の残滓がまだ色の濃い屋上で、中川は静かに心臓の鼓動を加速させていた。

「やめときゃよかった」

 中川は口の中でそう後悔した。最初にやろうと言い出したのは友人の鮫島だった。今にして思えば実に下らないゲームである。


「小便のキレが一番悪かった奴は罰ゲームな」

 アホだった。だが他にやることもなかった。とにかく暇だったのだ。昼休み、中川をはじめ連れ立ってトイレに赴いた四人の男子高校生は、そこで鮫島が急に提案したこの実に下らないゲームに嬉々として賛同した。

 こうして、四人はちょうど四つの小便器に横一列にきれいに整列して、ほぼ同じ手つきで制服のズボンのファスナーを下ろし、鮫島の掛け声と共に放尿を開始した。

 一番最初に水洗ボタンに手を掛けたのは鮫島だった。所要時間たったの四秒。世界記録にも手が届こうという好タイムである。それというのも、鮫島はこの勝負を見越して先にトイレを済ませてきていたのだが、当然の如く中川はそれを知る由もなかった。

 それから二着、三着とテンポよく水を流した。記録は実に十秒と十二秒弱。悪くない記録である。

 そして、二十五秒。放尿を終え、洗面台の前に集まっていた三人は、五十メートル走を二桁のタイムで走るデブを見るような目つきで中川を睥睨した。

「おせーよ」

 狭いトイレに声が響く。鮫島だった。

「でも、これでお前罰ゲーム決定な」

 謎の悔しさと敗北感が体中に渦巻くなかで、中川はむんずとズボンのチャックを上げる。

「何すりゃいいんだよ」

 不満たっぷりに、鮫島に視線を投げる。そんな中川をよそに鮫島たちはトイレの洗面台の前で鳩首凝議に興じ、やがて「よし、それで行こう」と三人同時にうなづいた。

「お前さ、今から坂上に告れよ」

 は? 

 中川は思わず間抜けな声をあげた。あんぐりと開いた口はふさがらずに、ぽかんと間抜け面を晒している。

 だが、それも無理はない話なのだ。それというのも、鮫島はよく中川や他の友人を誘ってはこのような「罰あり反則あり何でもありのルールなんて糞食らえ」のしょうもない勝負を仕掛けることが多いのだが、これまでにおいての大抵の罰ゲームは、やれジュースを人数分買ってこいだのやれ禿げかかったクラスの担任に「それはヅラですか?」と聞いてこいだの、ガキ丸出しな高校生らしい可愛げのあるものばかりだったのである。だから「どうせまた大したことのない罰ゲームだろう」と愚かにも高を括っていた中川は、この小便対決にも乗り気ではあったがそんなに真剣には取り組まなかったのだ。

 それがどういう風の吹き回しか。急に「好きな女の子に告白してこい」である。普段の罰ゲームとのギャップに、中川の頭の悪そうな間抜け面も理解できよう。

「待てよ。いきなりヘビーすぎんだろ」

 ようやく我に返った中川が異議を申し立てた。しかし、そんな異議は当然門前払いである。

「駄目だ。もう決定したことだからな。中川、今から告ってこいよ。そんで、砕けて来いよ」

 振られる前提で物言う鮫島に少し腹立たしさを覚えながら、それでも中川は反撃する。

「いやいやいやいや。いくらなんでもそれは」

「ゴタゴタいうなよ。ほら、行った行った」

 手を洗う隙も与えられずに、中川は三人に無理やりトイレの外まで引きずられ、勢いよく背中を押されながら、

「場所は、――そうだな、屋上がいい。鍵は開けといてやるから、そこに坂上連れて来い」

 本気かよ? とまだ冗談半分で話を聞く中川の顔を真っ直ぐに見据えて、鮫島は冷ややかに笑い、

「もしやらなかったら、その時はわかってるよな」

 わからなかった。だが、どうせ大した騒ぎではないだろうと思った。

 まだ冗談半分で話を聞いている中川の表情を読み取ったのか、鮫島の右隣で偉そうに腕を組みながら、記録十二秒の男は言って聞かせるように大げさに語りだした。

「やらないんだったら。俺らがやる」

 は?

 中川の顔面で再び間抜け面が生まれる。今度は鮫島の左隣、記録十秒の男が口を挟む。

「俺らが、お前の代わりに告白してやるって言ってんだよ」

 は?

 間抜けな表情の中で、中川は間抜けな勘違いをしていた。

 お前らも、坂上のこと好きだったのか?

「勘違いすんなよ。俺らがお前のメッセンジャーになるっていってんだよ」

 鮫島が一応言っておくが、という感じで補足する。中川はほっと安堵する。なんだ、そういうことか。それならいいんだ。それなら、

「よくねえよ!」

 突然声を上げた。長い廊下に木霊が跳ね返る。だが、そんな中川の叫びは昼休みの喧騒の中へと吸い込まれていった。

「――何が?」

 いきなり素っ頓狂な声を上げた中川を、ついにおかしくなったのかと本気で心配そうに鮫島が尋ねた。

「いや、だから勝手にメッセンジャーやられても困るって」

 なんだ、そういうことか。先ほどの中川の奇声に一瞬だけ飛び上がった記録十二秒の男が、腕を組みなおして納得したように呟く。左の十秒の男もうんうんと頷いた。

 そんな両脇の二人の中、鮫島は一人ニタニタ笑いながら、

「だろ? だったら今から告白タイムだ。安心しろ骨は拾ってやる」

 だから振られる前提で話を進めるな。口の中でそう突っ込んだが、ついに中川はここまで喉仏の辺りまで出かかっていた言葉を、言ってしまう。

「――マジでやんの?」

その問いに、鮫島は一層笑みを深くする。

「マジもマジ。大マジだ。お前坂上好きなんだろ? だったらいい機会じゃねえか」

その通りだ、と思ってしまった自分がどこかにいることに気づく。なるほど、確かにいい機会である、と。

「するにしても、罰ゲームで告白なんか嫌だよ」

言ってしまった。発言してから、中川は後悔した。ついに仮定の話をし始めた中川の心境の変化を、鮫島は見逃さない。あと一押しだと言わんばかりに、追撃を放つ。

「罰ゲームにでもしなきゃ、おまえ坂上に告白しないだろ。いつまでじっと眺めてるつもりだよ? おまえそれでもチンコぶら下げてんのか?」

 中川は追手から逃げるように、

「うるせえよ。だから、いつか告白するって言ってるだろ。もうほっといてくれよ」

 そうなのだ。おれにはおれのやり方があるのだ。だが、そんな中川に苛立たしさを感じたのか、鮫島の声にトゲが生える。

「駄目だ。今を逃したらおまえは絶対にこのまま終わる。わかったらとっとと屋上に行って来いよ。坂上もおれらが上手く呼んどくからさ」

 そこで鮫島は両脇の二人に目で合図を送った。鮫島の視線を受け取った二人はそこからまるで素早く示し合わせたかのように動き始めた。まず十二秒が中川の後ろにさっと回り込み両脇に腕を入れて力一杯身体を持ち上げる。「うわあ!」とおっかなびっくりの中川をものともせずに、わずかに体の浮いた中川の足首をすかさず十秒ががっちりと掴み、廊下と平行になった中川を担ぐようにして、担架で人を運ぶようなフォーメーションが完成した。

 ぱちん。鮫島は安いよ安いよと客寄せする魚屋のように手を叩き、

「それではお一人様。屋上まで」

「あいあいさー」

 がんばってなー。悪魔の笑顔で手を振る鮫島の姿は、二人に運ばれていく中川の視界の奥へと消えて行った。


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