テンションアップダウン第三回六月の花嫁は突然に衝撃編
車に乗りながら考えを巡らす、先程の後輩達の考えや行動その全てに考えを巡らす。
「お嬢様」
「な……『何、黒』」
運転しながら話しかけてくる黒眼鏡の男とバックミラー越しに目が合う。
今更デバイスを使って会話をする意味はないが一年もの間続けていた習慣は直ぐには抜けないだろう。
(結婚したらそうも言ってないんだろうけど)
「お嬢様……」
「『何?』」
「お嬢様は結婚について……やっぱり」
「『その話はしないでって言ったはずよね』」
「……失礼ながら一言言わせて頂きます」
黒とは五年以上の付き合いだ、私が十一歳の頃姉が家を出て行って少ししたときに新しく使用人兼遊び相手として家にやってきた、周りにいる使用人よりも日は浅いが執事長の「じいや」と同じくらい信用している。
一言で言えばお兄ちゃんだろう、多分。
「『何?』」
「テメェの人生なんだから勝手にすればいい、でも後悔がないように生きて笑え…………お嬢様は笑顔が一番素敵なのですから」
「一言以上喋ってるわよ…………ありがと」
私は黒の名前を知らない、私が勝手に黒と呼んでいるだけだ、黒は謎が多い。
「着きましたよお嬢様」
車の扉が開き外気が私を包む。
「黒、貴方今日も?」
「はい、本社の方へ向かいます」
「毎日行ってるのは知っているけど何かあったの?」
「旦那様の足をしております」
「……そう、私が跡を継ぐらしいからたつ鳥あとを濁さずってあの人に伝えて」
「……承知しました」
「お帰りなさいませお嬢様」
「ただいま、じいや」
じいやと他のメイドや執事達が出迎えてくれる、しかし私はみんなの……じいや以外のみんなの笑顔が好きではない、みんなは笑顔の下の気持ちを隠すのが下手だ。
(哀れみと、嘲笑……かな)
みんなの考えはわかる、私の結婚の話についての哀れみと今日の一件に対する後輩達への嘲笑。
彼女達の行いは普通に考えたら蟻が象と闘うようなものだ……しかし。
(やっぱり……黒はやりすぎね)
こんなことを考えてしまう私は甘い、我が社を将来的には引っ張っていかなければならないのに。
考えが上手く纏まらない。
じいや達が何か言うのを聞き流しながら自室に入る。
制服姿のままベットにダイブ。
「……」
明日はいよいよ結婚式。
「早起きは苦手なのになぁ……」
いつもならマナにモーニングコールをお願いしているのだが。
「流石に……」
デバイスを操作しながら独り言。
「……そう言えば!」
まだ肝心なことを後輩達に話していなかった。
「明日の式場の場所と時間をメールしなきゃ」
急いでメール画面を開くが、そこで一本の電話がかかってきた。
表示画面には私の婚約者の名前が表示されていた。
「もしもし…」
「丹沙さん、こんばんは」
「こんばんは衣織さん」
衣織麒郷は私と同じで金持ち、BLEBという世界的に有名な会社の次期社長兼私の婚約者。
「そろそろ僕の事を下で……麒郷と呼んで下さいよ」
「私、一人称が僕の男性は信用しないので」
「気の強いですね相変わらず、だがそこがまた愛おしい」
「用がないなら電話しないで下……」
「今からお茶でしませんか?二人で!」
「……今からですか」
ちらりと時計を確認する。
(もう直ぐ七時か……)
「明日も早いので……」
「……わかりました、また明日」
電話を切る直前電話越しに複数の女性の声がした。
「黒?」
「呼びましたかお嬢様」
「明日は五時に起こして」
「……わかりました」
彼は何か言いたげだったが言葉を飲み込んだ。
「もう直ぐお食事の準備が完了いたします」
少し考え自分があまりお腹が空いていないことに気づき首を横に振る。
「いらない、お腹が空いてない」
「ではお風呂の準備をさせましょう」
「お願い」
黒は一礼をすると私室から出て行った。
「…………」
ベットの上から降りデバイスを操作する。
「送信……っと」
後輩達に一斉送信でメールを送る。
長い廊下を歩きながらお風呂場を目指す。
「?」
父の書斎から声が聞こえる。
明日の結婚式の為に今日は家に居るのは知っているが、客人を書斎に入れるなど滅多にない。
「……お父様?」
ノックをして声をかける。
「どうした?」
何故か口調はいつもと変わらなかった、中にいる人は会社関係の人ではないらしい。
「入ってもよろしいですか」
「……大丈夫だよ」
静かに扉を開き中に入る。
「お客様がいらしたのでは?」
「帰って行ったよ……ほら」
お父様が窓に指を向ける、窓が開き風でカーテンが揺れている。
「……窓から帰られたのですか?」
「そうだよ」
「……お父様のお友達ですか?」
「違うようで違くない……ポジションで言えば情報屋かな?」
「……それは女の子でしたか?」
「……何でそう思った?」
「私の後輩にとても行動力ある子がいるので」
私の頭に浮かんだのはショートカットの後輩が窓から進入する姿だった。
「面白い後輩の子がいるんだね、多分その子だよ」
「……何か言ってましたか?」
「色々と昔話をしたよ」
「昔話ですか……どんな内容ですか?」
「お前が小さかった頃の話だよ」
「……変なことは話てませんよね?」
「僕は真実しか言わないよ」
「……明日も早いので失礼しました」
「丹沙!」
「?……何でしょうかお父様」
「……お休み」
「お休みなさい」
お風呂から上がったが食欲は湧かずそのまま寝ることにした。
「……メールがきてる」
後輩に送ったメールに返信が来ていた、内容は明日の結婚を祝福するものばかりで正直胸をなで下ろした。一番の危険人物であるショートカットの後輩までも祝ってくれている。
「…………」
返信はせずにそのまま枕元に端末を置く。
枕に頭を沈め、そのまま寝ることにした。
枕が濡れることなどお構いなしに。
翌日黒に起こされた私は支度を済ませると、家を出て学校に向かった。
「…………ふぅ」
「どうかなさいましたか?」
「昨日の今日だからね、あの子達が何をするか……」
「何かありましたら直ぐに止めて見せますから」
「そう……頼むわね」
車の窓から外を眺めつつもう一度ため息を吐き出す。
「ところで良いのですか?あの方が迎えに来られるのではなかったのでは?」
「学校に着いたら嫌でも顔を合わせるのだから朝ぐらいは見たくない」
黒はなにも言わずに肩を震わせたあと車を出した。
「お早いですねー」
学校に着くと若々しい見た目の女性が校舎の方からやってきた。
「フレイアさん、今日は私の我が儘を聞いて下さりありがとうございます」
「かかっ、気にしないでいいよー私と沙ちゃんの仲じゃーん」
「……テンション高いですね」
「友達の結婚式の為なら学校ぐらい貸してあげるよー」
「ありがとうございます」
「……変わったね沙ちゃん」
「変わってないですよ?」
「……かかっ、ならいいんだよ」
「…………」
フレイアさんの言葉に引っかかりを覚えたがそのまま去ってしまったため聞けなかった。
「やあ」
「衣織さん、今日は私の我が儘を聞いて下さりありがとうございます」
「気にすることはないよ、でも良かったのかい?学校で結婚式を挙げるんじゃなくて普通の式場で式を挙げる方が楽じゃないかな?」
「学校での最後の思いで作りみたいなものです」
「そう……」
私は今日この人と結婚するが、彼は今まで私をきちんと見てはいない。
「準備が出来たらまた来るよ」
「…………」
鏡に写る自分の姿を見ると思わず苦笑してしまう。
(これが私……か)
「お綺麗ですよ」
なにを思ったか的外れな事を言うメイドにまたまた苦笑いをしてしまう。
(結婚相手は何も言ってくれないけどね……)
自分は誰に言われたら嬉しいかと考えると衣織以外のみんななら普通に嬉しい、どんだけ嫌いなんだろう。
「だから言ってんだろ!形だけの結婚何だよ……一番はお前なんだから…あっ?この前は別の女に言ってただぁ?うるせーな!もうテメェの相手してやんねーぞ!……たくっ」
部屋の入り口から衣織の怒声が響く。
(内容を聞くだけで涙が出てくるね…)
「衣織さん!部屋の入り口で大きな声を出さないで下さい!」
メイドが突然大声を出したせいで私の顔は完全に鳩が豆鉄砲を喰らった時の顔をしているだろう。
「……メイド風情が新しい主人に対して無礼だぞ」
「私が仕えていますのは吠天家、しかも丹沙お嬢様です貴方のような下郎は主人だと思えません……いえ、思いたくありません!」
「……下女風情が、結婚式を挙げたら直ぐに解雇してやる!」
鼻息を荒くしながら何処かへ行ってしまう。
思わず笑みがこぼれてしまう。
私は自分のメイドの評価を間違えていたみたいだ。
「先輩、結婚おめでとうございます」
「……ドレス、似合ってます」
「おめでとう丹沙」
「みんなありがと……もう一人の後輩は?」
「……遅刻です」
「…………」
顔の筋肉が思わず固まってしまった。
「いつもは時間通りに来るのに……たく」
「まぁいいわそのうち来るでしょ」
「お嬢様時間です」
「ありがと」
席から立ち上がり講堂へ向かう。
「みんな…後でね」
私の姿が見えなくなるまでみんな手を振ってくれている、私の考えが杞憂で終わりそうだ。
私に割り当てられた部屋から出ると衣織が笑顔を顔に張り付けながら近づいて来る。
「行きましょうか丹沙さん、僕らの幸せの為に」
「……ええ」
「どの口がほざいていやがる!」と言いたかったがグッと堪えた私は大人だと思う。
結婚式のテーマソングが流れ始める講堂。
お父様と腕を組んで入場を待つ。
扉が開かれ中へと進んで行くが結局お互いに何も話さなかった。
私の友達や知り合い、衣織の友人や知人が拍手で迎えてくれている。ヴァージンロードを歩みながら周りに目をやる、マナや海苔ちゃんといった部活の面々やお母様の姿が視界に写り緊張が少しだけ解れる。
あと少しで私の学園生活に終止符が打たれるだろう。
「丹沙さん……とても綺麗だよ」
いつの間にか神父のおじさんの前にやってきていた。
衣織に話かけられたが無視する。
神父のおじさんが何かを言い始めたがそれも無視する。
(奴がいない……何故だ?)
要注意人物である後輩の姿が見当たらない。
急いで黒に目配せする、黒も直ぐに察してくれ、周りへの警戒を強化してくれた。
「……新婦さん?」
「えっ?……あっ誓います」
「……では誓いの口づけを」
周りに注意を払っていたため神父のおじさんの言葉を聞いていなかった。
衣織は私の心中など興味はないという表情で淡々とキスをしょうとしてきた。
(あぁ、私の学園生活も五センチで終わりだ)
諦めて目を瞑ろうとしたとき、お決まりのタイミングとお決まりの台詞で後輩がやってきた……。
「ちょっとまったぁぁぁあああ!!!」
講堂の扉を開き中に走り込む。
新郎新婦はキスする直前の状態で固まっており、周りの視線も私に釘付けであった。
「ボクの婚約者に何しようとしてんだ!」
ドンドン新婦に近づいて行く、勿論タダで通してくれるはずもなく。
「何をしている!お嬢様をお守りしろ!!!」
黒の眼鏡をかけた禿が部下に指示を出してゆく。
「雑魚が何人集まろうが……止められる訳ないだろ!」
一人づつ丁寧にダウンさせていく。
一人また一人と倒れていく部下を見ていた禿が、こちらにボクシングの構えを取りつつ近づいて来る。
「また会ったな……次は手加減しないぞ」
「来なよおじさん」
おじさんと言う言葉に反応を見せる。
「俺はまだ若い!」
素人では見切れない速さで繰り出してくるいきなりのフック、それを受け流し隙ができたボディの急所に縦拳突きを入れる。
「うぐっ……」
モロに急所に入ったので膝を付く禿。
「お前……誰だ」
「ひ・み・つー」
気合いで立ち上がり私を睨みつけてくる。
「誰か!新郎新婦を安全なところに!」
「新郎様こちらに!」
「新婦様はこちらへ!」
新郎新婦が学校の生徒に引っ張られ姿が見えなくなる。
「やれやれ、面倒なことを」
「お嬢様の結婚式を止めさせるわけにはいかない!」
「周りは式よりこっちの方が良いみたいだよ?」
「五月蝿い!」
今度は真空跳び膝蹴りをして来たが腕で受け流す。
「甘いよ、甘々の甘ちゃんだよ」
「ふざけんな!」
構えとか形を無視した右ストレートを姿勢を低くして避けたが少しだけ掠り頭に乗せていたウィッグが落ちてしまった。
ぱさりと落ちるウィッグ。
隠していた黒くて腰近くまで垂れている髪の毛が舞う。
私の姿を見ながら固まるあの子の友人達。
「お前は……誰だ」
「判らないのも無理はないよ、初対面だもん」
「しかし、声や顔は昨日の子供にそっくりだ」
「あぁ……その節は妹がお世話になりました」
「いもう……と!?」
「「「えぇーーー!?」」」
黒眼鏡や妹の部活仲間も驚愕による叫び声を上げている、黒眼鏡は妹の事を男だった思っていたらしい。あの子が聞いたらブチ切れるだろう。
「私の名前は景、あの子のお姉ちゃんです!」
みんなが驚きを隠せないでいる。
「じゃあ妹さんは何処に……」
「答えなくても直ぐに解るでしょ、私達の目的を考えれば」
「!」
黒眼鏡は直ぐに理解しそのまま花嫁の後を追いかけようとする。
「ここまで説明しといて、そう易々と行かせる訳ないじゃない」
相手の手を掴み一瞬で床に押さえつける。
「動いたら関節が外れるわよ」
相手が動けないように関節をキメながら忠告をしてあげる。
「皆さん宜しければこのまま校庭の方へ向かって下さい」
どういう意図か解らないが取り敢えずと言った状態で式に参加していた人達がゾロゾロと移動し始める。
「はぁ…はぁ……ちょっと離して」
「それは出来ないよ吠天先輩」
「何で貴女がここにいるの?」
「式をぶち壊してくれたのはボクの格好をした姉です」
「貴女のお姉さんってあんなに強いの?」
「ええ、ボクなんかじゃ手も足も出ないですよ」
校舎内を走りながら目的地を目指す。
「何処へ向かっているの?」
「もう少しで着きますよ」
階段を駆け上がり目的の最上部へと至る。
重い扉を開き外へ出る。
「着きましたよ吠天先輩」
扉を開けた先には雲一つない青空とコンクリートの地面、周りを囲む少し錆びたフェンス。
「これから何をするの?」
吠天先輩はかなり困惑している。
「直ぐに解りますよ……っと」
あらかじめ用意しておいた拡声器を片手に持ち先輩の手を引きながらフェンスに近づく。
「見えますか?」
屋上から見下ろす校庭には沢山の人が集まっていた。
「この人達は……まさか!」
「先輩の結婚式に参加されていた方々ですよ」
「何をする気なの……」
「ただ先輩に事実を知って貰いたいんですよ」
拡声器のスイッチを入れ下に向けながら喋る。
「『もしもーし、聞こえますか?』」
「『聞こえるよー妹』」
下でスタンバイしていたお姉ちゃんが返してくる。
「『そちらに灰頭梅華さんと吠天甲洩さんはいらっしゃいますか?』」
少しの間が開き言葉が返ってくる。
「『居るわよ』」
不機嫌な感じなのでこっちが梅ちゃん先生。
「『いるよ』」
優しい感じなのでこっちが甲洩さん。
「『何であたしを呼んだかは知らないけど、あたしはこの男の顔を見たくはないのよ』」
「『先生落ち着いて、じゃあ何で今日の結婚式に参加したんですか?』」
「『妹の結婚式だから仕方なくよ!』」
「『そうですか、じゃあ先生のお父さん嫌いを治しましょうか!』」
「『何言っているの!あたしは……』」
「『すみませんがちょっと黙ってて下さい。甲洩さーん』」
「『何かな?』」
「『昨日ボクに話をしてくれた話で姉妹の誤解を解いちゃいましょう』」
「『……無理だよ』」
「『無理じゃないですよ!このままじゃ二人とも誤解したままですよ!いいんですか!』」
「『わかった……ここにいる皆さんにも聞いて貰いましょう』」
少し前の話。
あるところに家族が大好きな男が居ました。
男は事業に成功し一気にお金持ちになりました。
娘達も元気に成長し何不自由なく暮らしていました。
しかしある日のこと男はプロジェクトで失敗し会社を傾けてしまいました。
急に纏まったお金が必要になり男は困りました。
そんなときに男元へ一つね話が舞い込んだのです。
男の長女を嫁に寄越せばお金を寄付してやると言う話でした。
娘には将来を誓った結婚相手が居るのです。
そこで男はあることを思いつきました。
「『もういい!沢山だ!!!わざわざ何でこんなときに……』」
「『最後まで話を聞きけ!』」
話を遮ろうとした梅ちゃん先生に怒鳴る。
「『甲洩さん、続けて下さい』」
そこで男はあることを思いつきました。
娘の婚約者に会社を手伝って貰おうと。
娘と娘の婚約者には差がありました。
方やお金持ち、方やサラリーマンの息子。
娘は気にしてませんでしたが婚約者は気にしていました。
なので婚約者に自分の会社を立て直す手伝いをしてもらい、会社で働くことで努力し重役の仲間に入りして貰えば差を気にすることもなくなり娘と結婚出来るだろうと。
勿論色々な条件を言いました。
仕事に集中して貰うために仕事以外で携帯を使うことや娘に会ってはいけない、しかし娘の側に居れるために執事兼ボディーガード兼妹の遊び相手として家に住み込みで働きなさい等だ。
しかし一つの過ちを犯してしまった。
これらの事を娘に伝えなかったのだ。
娘は男が婚約者を殺してしまったと勘違いし、男を殺そうとしました。
勿論殺そうとしたのは失敗に終わった。
そして直ぐに娘は家を出て行ってしまった。
その日は婚約者が住み込みで働き始める日だった。
「『うそ……嘘よ!』」
「『本当なんですよ梅ちゃん先生……』」
先生は拡声器を落としそのまま崩れてしまった。
「梅華……すまなかった」
甲洩は梅華に深々と頭を下げた。
「ふざけないでよ……あたしの時間を返してよぅ」
「本当にすまない……すまなかった!」
その場に膝を付き頭を下げる。
「…………めんなさぃ」
全く動かない甲洩。
梅華も同じ様に膝を付き頭を下げる。
「何も……知らないで、お父さんを…パパを殺そうとして……ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!!……ごめんなさぃ」
「言わなかったのが悪いんだ、もっと早く誤解だって解けたんだ、それをしようともせずに……ごめんな」
お互いに目を見てゆっくりと抱きしめ合う父と娘。
長い間の誤解も解け、もう一度お互いに歩み寄った家族を邪魔する者は居なかった。
一人を除いては。
「何時までそんな茶番を続けてるのかなー……丹沙は何処だよ」
「来た……」
親子問題は解決したがまだこっちの問題は解決できていない。
「『丹沙さん!早く降りて来て下さい!!!』」
「……吠天先輩」
「…………」
先輩は静かに拡声器を受け取ると一歩前にでた。
「『衣織さん!』」
「『……どうしましたか?』」
「『私は貴方と結婚をしたくありません!』」
「『じゃあ会社はどうなさるのですか?』」
「『何とかして見せます』」
「『何とかするって言われてもねー』」
「『絶対に何とかして見せます!』」
「『あまり調子に乗るなよ糞餓鬼が!』」
今までの穏やかな口調は何処へ行ったのかと感じるくらいの豹変ぶりだった。
「『テメェで何とか出来ないからこっちが金を出してやるって話だろうが!それにもう婚姻届も書いたから後は出すだけだろ、早く降りて来い!ふざけんなよ!』」
衣織の怒声に竦んでいる吠天先輩。
しかしこちらとしてはまだ逆転が出来る、後はこちらに連絡が来るかどうかの話だ。
「『貴方と結婚するくらいなら!』」
ボクが少し目を離した隙に吠天先輩はフェンスを軽々と乗り越え、ギリギリの所に立った。
「吠天先輩!」
「……色々と迷惑かけちゃってごめんね」
一歩踏み出そうとした吠天先輩の腕をがっしりとした腕が掴んだ。
「何…死のうと……してん…だよ」
「黒!」
「嫌だからって直ぐに死のうとするのは若い奴の悪い癖だ」
「オイおっさん!」
「おっさんじゃねぇ!お兄さんだ!」
黒眼鏡の額に汗が滲んでいる。
「景お姉ちゃんに腕をやられてるんじゃないの!」
「だからって手を離すわけにはいかないだろうが!」
「手を離して黒!」
「離さねえって言ってんだよ!」
ボクも手を伸ばし吠天先輩のドレスを掴む。
「やべぇ……手が…汗で……うわっ!」
汗のせいで手を滑らせ腕を離してしまう。
「服が!」
掴んでいたドレスが裂け千切れてしまう。
「ありがとね……ごめんね」
「丹沙!」
「吠天先輩!」
ゆっくりと地上に向けて落下する体。
地上からも悲鳴が上がる。
ボクと黒眼鏡はフェンスを乗り越えて下を見る。
「……いない?」
「あれ……?」
二人で首を傾げていると電話が着たことを知らせる音が制服の上着ポケットから鳴り響いた。
「もしもし……じゃあ!……はい…はい解りました!」
「丹沙は無事なのか?」
暑苦しい禿が今にも泣き出しそうな顔で訊ねてくる。
「問題は全て無くなりました」
「……どういう」
禿が喋るのを遮るように下から拡声器を使って喋る声が聞こえる。
「『屋上の人聞こえますか?丹沙は無事保護したから大丈夫です!』」
「どういうことだ?」
「見てれば解りますよ」
ボクは禿に肩を貸し立たせ校庭へと向かった。
「丹沙さん無事だったんだね!……オイ邪魔だから退けよ」
「邪魔は貴方ですよ衣織さん」
「んだと?」
「そろそろ電話が鳴る頃ですよ」
先輩の台詞を見計らっていたかのごとく着信音が校庭に響き渡る。
「もしもし……何だって!?ふざけるな!」 そのまま数分間怒鳴り散らしながら電話をする衣織。
「何をした……」
「何を、とは?」
「とぼけるな!お前が何かしたんだろ!」
「私は何も、只少しだけ貴方の会社のグレードを下げさせていただいたまでですよ」
「グレードを下げただけ?会社の倒産がか?頭おかしいんじゃねぇのか?オイ!」
「貴方の会社がまともな仕事ならこんな事にはならなかったのよ」
勝利を確信した表情の先輩、しかし相手は余裕の笑みを崩さない。
「でもまだ俺はやり直せる!これがある限り」
衣織が懐から取り出したのは一枚の紙だった。
「それは……婚姻届!」
「これがあれば金が手には入るまだいける!」
「何処までもゲスなやつ!」
「何とでも言え、俺は何度だって這い上がるさ!」
「ならオレが何度だって叩き落としてやる!」
校舎の中からやってきた人影がこちらへやってくる
「お前は!」
「忘れたなんて言わせないぞ!」
こちらへやってきた男……私の兄は背中におぶっていた丹沙を優しく降ろすと衣織と正面から向き合う。
「兄さん、この人とはどういう?」
「昔の話だよ、今はそんな事よりこっちの話が重要でしょ」
「そうですね」
「何と言われようが譲る気はない!パパママ!何とかしろよ!」
「そんな歳になってまで親に頼むなよな……」
衣織の言葉に少し離れたところにいた衣織の両親がこちらに歩いてくる。
「麒郷ちゃん……ごめんね」
両親が衣織に近づき手に持っていた婚姻届を奪い、私の兄に手渡した。
「なっ!」
「これ……これを渡すから会社を!」
「えぇ、約束通り助けますよ、その代わりに息子さんにサインして貰いたいです」
驚愕していて動けない衣織を残し話を進めていく兄。
「ちょっと待てよ!俺はサインなんかしないからな!……クソ、何なんだよ!離せ!」
両親の指示で数人が衣織を押さえつけ、連れ去った。
「後日サインした書類を遅らせていただきますのでどうか会社の方は……」
「なめないで下さい、何時間でも待ちますから」
兄は衣織の両親を連れ、衣織の後ろをついて行った。
「……何が起こったの?」
丹沙が校庭にいたみんなの気持ちを代弁した。
結婚式から二日後。
「『いやいや参ったよね』」
「ですよねー」
「そうよねー」
仲良くニコニコ話をしているボクら。
「丹沙ちゃんも何もなくて良かったよ!」
「景さんや妹さんに助けられたからですよ!」
「いやいやボクなんて何もしてないですよ!」
あはははと笑い声が響く、ちなみにここは病院の黒眼鏡こと詩原鰍眞の病室だ。
「……お前ら、何か言いたいことはあるか?」
「「「すみませんでした!」」」
「……たくっ」
ベットに横になっていた詩原さんが体を起こし苛立ちげに聞いてくる。
「何が悪かったのか言ってみろ」
「屋上から飛び降りてすみませんでした!」
「骨を折っちゃってすみませんでした!」
「……ボクは特になくない?」
「ああ?特にないって何だ特にないって!」
「だって結局ボクは黒眼鏡禿に暴行されただけですよ!」
「誰が禿だ!これはスキンヘッド!」
看護婦さんが止めに入るまでぎゃあきゃあ言い争っていた。
「用が済んだら帰れよ」
言い争いで疲れたのかそのままベットに横になる詩原さん。
「もう一つだけ良いですか?」
「……何だよ」
「手土産と言うか何というか」
こちらに背を向けていた詩原さんが振り向き息を飲む。
「……梅華」
「久し振り……」
詩原さんの婚約者である梅ちゃん先生を連れてきたのだ。
「積もる話もあるだろうからお邪魔にならないように行きますか」
お姉ちゃんが気を利かせ部屋を出ていこうとする、がしかし。
「行かないで景!私達友達でしょ!」
「ええい!離せ!あんたは小学生か!」
「今更何を話せばいいのよ!知ってるでしょ!私が素直になれないのを!」
「良いから離せ!」
これからまた看護婦さんが来るまで一悶着あった。
翌日
「結局二人はどうなったの?」
「結婚するんですか?」
「……気になります」
「『結局二人は結婚しないみたいよ』」
「「「え?」」」
昨日は結局ボクらは最後まで残っていたんだが二人はかなり緊張していた。
「何であたしに何も言ってくれなかったの?」
「お前と入れ違いになっていたし仕事が忙しかったんだよ」
「あたしと仕事どっちが大事なの?」
「仕事」
「コントやってないで良いから早く言いたいこと言いなさいよ!」
「「久し振りだからつい」」
内心二人以外は思っていただろう。
(((バカップルめ)))
「梅華!」
「はひっ!なっ…何よ!」
「俺と結婚してくれ!」
「断る!」
「『ってな感じの事があったの』」
「何で断ったの!?」
「梅ちゃん先生……訳が分からないよ」
「先生曰わく「何年もほったらかしにしたんだからいきなり結婚なんて言われても無理」……だそうです」
ボクと丹沙先輩以外のみんなは深々とため息を吐いた。
「さっさと結婚すればいいのに」
「……先生らしいですね」
「あはははは」
みんながすごい微妙な空気を放出させ始めた。
「吠天先輩も吠天先輩で色々大変ですね……」
吠天先輩と先輩を指しながら訊ねる。
結婚式の日先輩の兄がやった事を後で聞かされたボクらは呆れを通り越して笑ってしまった。
先輩の兄は衣織の会社の重役全員に協力を仰ぎ両親と本人を騙したのだ。
重役全員に会社がヤバいと言われ信じてしまった哀れな三人。
先輩の兄曰わく「アイツの会社の重役に「社長とその家族を騙さないか?」って言ったらみんな喜んで協力してくれたよ」との事。
そして先輩の兄は次に、衣織に書かせた書類と婚姻届、そして十億もの大金を持って吠天家に行き吠天先輩のお父さん相手に交渉を持ちかけた。
先輩の兄曰わく「もしも貴方の娘さん、丹沙さんが二週間オレの妹の婚約者になってくれるのならこちらの物を全て差し出します」と言ったらしい。
吠天先輩のお父さんは大笑いしながら承諾した、しかしそんな吠天先輩のお父さんもお金だけは受け取らなかった。
吠天先輩のお父さん曰わく「会社は梅華と詩原君が協力して立て直してくれるらしいから、お金はいらないよ何かあったら手は貸して貰うかもだけどね」とのこと。
そして現在、梅ちゃん先生は教師として働く傍ら会社の為に色々な策を打っている、詩原さんは会社で働きながら吠天先輩のお世話をしている。
許嫁の二人は形だけの許嫁で何時もと変わらない。
「『早くやめたいわ……』」
「良いじゃないちょっとなんだから」
「『あの時のお礼ならとっくにしたわよね?ここに』」
吠天先輩は右人差し指で先輩の唇をそっと撫でた。
「ひゃうっ……」
やっぱり二人の間には何かがあったらしい、先輩のリアクションが一々可愛いのだ。
「『あの時は助かったわ……ありがとね』」
赤面してうまく喋れない先輩。
もう直ぐ夏だというのに二人がアツアツなためボクら後輩組は揃って少しだけ頭を痛めた、やれやれ……。




