竜を征する者たち
「うーむ、まったく眠れない」
西の王都《シンヨーク》を出発し、大陸東部の都市《|ラスゼガス》へと向かう夜行列車の中にわたしはいた。深夜ということもあり、寝台車両の廊下には人が通る気配はなかった。
列車は大陸の中央部をちょうど走行中だろうか。緑の少ない荒涼とした大地が窓の外に広がっていた。これが黄土色の砂漠へと変わると、ラスゼガスはすぐそこだ。
「新たな敵は大魔王か……」
シンヨーク城にて魔王を倒したのはつい数時間前だ。激闘の興奮覚めやらぬうちに今度は大魔王討伐とは、どこぞのソードマスターさんですか。
倒しに行くのは、まあ百歩譲って……いや、千歩譲っていいとしても、お金がないと旅ができないんですよね。
「まったく、王様もケチだよね」
お城の再建に費用が掛かるのは仕方がないとしても、勇者が世界を救うために旅に出るんだよ。ちょっとばっかしでも工面してくれたっていいじゃん。結局王様から貰ったのって、50セントとこん棒二本と布の服だけだよね。
あんな無意味に大きなお城なんて絶対に税金の無駄使いである。監査役とかいないのかな? わたしの母が会計管理に就いたら、きっと住民税は必要なくなるね。
とまあ、そんな文句がとめどなく口からこぼれてくるものだから、余計に眠れない。
「どうかなさいましたか、お客様」
ん?
廊下の窓から流れゆく風景を眺めていたわたしは、視線を声のした方向へと移す。そこには緑を基調とした制帽と制服を着用した男性が立っていた。
「えー……っと、車掌さん?」
「はい。お困りのようでしたら、ご相談に乗りますよ」
車掌と肯定したのはまだ二十代であろう精悍な顔立ちの青年だった。細身でちょっと頼りなく見えなくもないけど、若くして大陸横断鉄道の車掌とはすごいな。
「実は眠れなくて」
「なるほど、それは大変ですね」
?
なぜか嬉しそうな顔してうんうんと、顎に手を当てながら頷く車掌さん。わたし何か面白いこと言った?
「そうでしたら、是非カードゲームでもご一緒にいかがですか?」
カードゲーム?
これからわたし達はギャンブラーの聖地であるゼガスに訪れる予定なんですけど、その前哨戦ですかね。だけどストリートギャンブルをするほどわたしの財布は暖かくないんですよ。
そう告げると、車掌さんは慌てた表情で否定の意を表した。
「いえ、トランプではありません。TCG――トレーディングカードゲームのことです。仕事中にお客様相手に賭け事に興じるなど、とんでもない」
と、車掌さんはそれこそトランプのような数十枚の束となったカードをカバンの中から取り出した。しっかりとカードスリーブに入れてあるのは、カードを大事にしているからだろう。
「これは?」
「ご存知ないですか? このカードゲームは、馬とニワトリしかいない荒野の田舎町から、王の眠る深淵のダンジョンにまでプレイヤーが存在すると云われる、大人気TCG《タクティクスナイツ》です」
と、豪語する車掌さん。深淵の洞窟って、それは誇張しすぎでしょ。
にしてもTCGですか。学校で男子諸君が「俺のターン!」とか「ダイレクトアタック!」など恥ずかしいセリフを――なぜか顔芸を繰り出しながら――叫んでいるのを見たことがあるな。実はちょっと興味があったりするんだよね。
「でも、わたしカード持ってないですけど」
スーパーのポイントカードは持ってるけどね。
「ご安心ください。もう一つデッキはありますから」
そう言うと、ワンモアデッキをカバンの中から取り出す車掌さん。何で二つも所持しているんですか、それも車掌カバンの中に。てか仕事しなくていいの? シフト交代中ならちゃんと仮眠取ってくださいね。
わたしの疑問に気付いていない様子で、若き車掌さんは嬉顔でカードの説明を始める。
「お貸しするデッキは、タクティクスナイツ最初期のシリーズである《竜を征する者たち》のみで構成されています。初心者向けではありますけど、意外と奥が深いんですよ。特にシリーズ第六弾で職業が増えたことが大きいですね。あれで戦術が大幅に――」
「あ、あの……」
「! おっと、これは失礼しました。カードのことになるとつい」
放っておくと列車が銀河の果てに着くまで語ってそうだ。
でも、何か一つのことに熱中している人っていいよね。わたしも、いかに少ないお小遣いで一ヶ月をやりくりするか日々研鑽のげふんげふん。
「どうかしましたか?」
「いえ、いえ。何でもないです」(一パックで1ドル50セントは高い……)
それじゃ、せっかくなのでデッキを使わせてもらおう。
「して、ルールは?」
「時間も時間なので、実際に遊びながらお教えいたしましょう」
場所を寝台車両の廊下から広々とした食堂車に移す。レッドカーペットが敷かれた華やかな内装だった。とても車両の中とは思えない。ここで食事をしたらどんな食べ物であっても全回復できるに違いない。
わたしと車掌さんはクロスのないテーブルに向かい合って座った。
「まずはお互いのデッキをシャッフルします。そして自分から見て右手側にデッキを置き、カードを五枚手札にします」
一、二、……五っと。
「勝利条件なのですが、HPが尽きた側が敗者となります。今回は最小の2000としましょう」
ふむふむ。
「では勝負開始です。私が先行でいきますね」
車掌さんは「ドロー!」と言いながらデッキからカードを一枚手札に加える。しばらく手札とにらめっこした後、カードを一枚テーブルに置いた。
「私はまず《渡り鳥の少女》を攻撃表示で召喚!」
カードには二丁拳銃を構えた少女のイラストが描かれていた。三つ編みとロングスカートの格好は、およそ戦闘には似つかわしくない。
《渡り鳥の少女》 ATP/800 DFP/600
「先行プレイヤーは最初のターンに攻撃を仕掛けることはできません。これで私はターンエンドとします。それではお客様のターンです」
わたしも車掌さんを手本にして、まずはデッキからカードを一枚引く。
うーん、とにかくこのユニットカードってのを置けばいいのかな?
「えっと、わたしは《勇者レベル10》を召喚」
《勇者レベル10》 ATP/1200 DFP/1000
「これで攻撃すればいいんですか?」
「そうです。攻撃対象を宣言してアタックします。お互いのカードの攻撃力を比べて、1でも勝っていた側が勝ちとなります。そして負けた側は攻撃力の差分だけHPが減少します」
なるほど、分かりやすいルールだ。
「《勇者レベル10》で《渡り鳥の少女》を攻撃」
車掌さん HP 2000 → HP 1600
「おっし!」
幸先の良いスタートだ。
「では、私のカードは教会送りになります」
車掌さんはカードをデッキの隣に移動させた。
「えーっと、これでターンエンドです」
「それでは私のターンですね。ドロー!」
車掌さんは、今度は即効でカードを配置してきた。
「私は《渡り鳥の少年》を攻撃表示で召喚!」
赤いバンダナを巻いた少年のイラストだった。優しそうな顔をしているのに、無骨な銃を携帯しているのはなぜだろうか。
《渡り鳥の少年》 ATP/1200 DFP/1200
ん、同じ攻撃力だ。
「攻撃力が同じ場合は、相打ちとなります。ですが――」
さらにもう一枚、《渡り鳥の少年》に重ねるようにカードを出してきた。
「装備カード《ハンドキャノン》を《渡り鳥の少年》に装備!」
む?
《渡り鳥の少年》 ATP/1200 → ATP/2100
「《渡り鳥の少年》で《勇者レベル10》に攻撃!」
わたし HP 2000 → HP 1100
「うはー!」
いやさ、リアルで痛いわけじゃないんだけど、なぜかカードが負けたらリアクションをしなきゃならない衝動に駆られる。
これが本物の勝負ってやつなのか!?
「《ハンドキャノン》の効果は1ターンだけなので、攻撃力は元に戻ります。これでターンエンドです」
「わたしのターン! 《魔法使いレベル10》を召喚!」
やばい、車掌さんにつられてノリノリな気分になってきた。
《魔法使いレベル10》 ATP/800 DFP/800
「効果ユニットですね。召喚に成功すると、効果を発動できますよ」
効果?
「イラスト下記のテキスト欄に書かれています。《魔法使いレベル10》は、召喚に成功するとデッキの一番上にあるスペルカードを一枚、手札に加えることができます」
ほう、そんなことができるんだ。
わたしはデッキを順々に引き、スペルカードを引き当てる。《ファイアボール》を手札に加えて、デッキをリシャッフルした。
「じゃ、さっそく発動!」
スペルカードは魔法使い系ユニットが通常攻撃代わりに使用できる種類のカードとのこと。
《ファイアボール》の攻撃力は1500。
「《ファイアボール》で《渡り鳥の少年》を攻撃!」
車掌さん HP 1600 → HP 1300
「よし、ターンエンド」
「それでは私のターン! ドロー!」
一層勢いよくカードを引く車掌さんであったが、表情はいまいちの様子だった。
「どうしたものでしょうかね……」
おっ、手札が微妙なのかな。でもわたしは手を抜かないですよ。
「カードを一枚裏側守備表示で召喚。さらに伏せカードを一枚セットします」
裏側守備表示? 伏せカード?
「裏側守備表示とは、何のカードか分からないように裏返しで召喚することです。普通の守備表示とは違い、攻撃するには一度表側表示にしなければなりません」
1ターン余計にかかるってことか。
「伏せカードも同じですか、こちらはマジックカードやトラップカードを場に伏せてセットすることです。この状態では効果はまだ発動しません。相手を牽制させる場合や、手札破壊から逃れるためなどに利用します」
いろいろと考える必要があるんだな。
「これでターンエンドです」
確かに、何のカードか、どんな罠が潜んでいるか分からないと、攻撃を躊躇したくなる。でも――、
「そんなんじゃ、わたしは怯まないですよ!」
ドロー!
「わたしは《戦士レベル10》を召喚! そして裏守備カードに攻撃!」
《戦士レベル10》 ATP/1300 DFP/1300
「裏側守備カードはモンスターカードの《バルーン》です。防御力が《戦士レベル10》の攻撃力を下回っているので、破壊されます」
《バルーン》 ATP/300 DFP/300
モンスターのカードもあるんだ。
「そしてこのとき、私のトラップカードが発動します」
車掌さんはニヤッとしたり顔を見せながら伏せカードをオープンした。
「トラップカード《敵の落とした宝箱》を発動! このカードは自分フィールド上のモンスターカードが戦闘によって破壊された場合に発動できます」
敵が落とした宝箱って、トラップなんだ……。
「このカードの効果は、相手にサイコロを振らせ、出た目によって決まります」
わたしはいつの間にかテーブルの隅に置かれていたサイコロを振る。4だ。
「4の効果は麻痺。《戦士レベル10》は3ターンの間一切の行動が不可能になります」
ぐはっ、まじかよ。
「まずいな……。《魔法使いレベル10》を守備表示に変更。ターンエンド」
一度の攻防で形成が引っくり返る。油断は大敵だ。
「私のターン! ドロー! ふふっ」
不敵な笑みをわたしに向ける車掌さん。目当てのカードを引いたのか。
「私は《集落の少年》を攻撃表示で召喚!」
長い杖を持ち、ポンチョを羽織っている少女みたいな少年のイラストだった。肩の辺りにヘンテコな小動物が浮かんでいる。
《集落の少年》 ATP/600 DFP/800
ステータスは低いな。これならこのターンは乗り切れそうだ。
「ふふ、甘いですよ」
なぬ?
「私は《集落の少年》の特殊効果を発動します。手札から守護獣カードを特殊召喚! 現れろ、《土のガーディアン》!!」
おおっ!?
《土のガーディアン》 ATP/2000 DFP/2400
つ、つえー!
「《土のガーディアン》で《戦士レベル10》を攻撃!」
ぐはーー!
わたし HP 1100 → HP 400
「もう、無理だ……」
手札を見ても、《土のガーディアン》に勝てるカードがない。
「諦めるのは早計ですよ。守護獣カードは確かに強力ですが、召喚したユニットがフィールドからいなくなると同時に消滅してしまいますから」
つまりは《集落の少年》を倒せばいいのか! ならば――、
「但し、《土のガーディアン》の特殊能力《ディフェンサー》によって、通常攻撃は全て身代わりしてくれますけどね」
ぐぬぬぅ、じゃあ無理じゃん。
「それでは、ターンエンドです」
このターンにどうにかしなければ、負けはほぼ確定だ。
どうしようどうしようどうしよう――って、ゲームに夢中になってんな。
たかがカードゲーム、されどカードゲーム。真剣勝負だからね、負けたくない!
わたしはデッキからカードを引くために手を上に乗せた。次のドローに全てを懸ける!
背水の心構えとなったところで、不思議な感覚がデッキからわたしに流れ込んできた。これは、みんなの能力や装備が分かったり、武器の扱い方が一瞬で身体が覚えたりするときの感覚に似ている。
分かる、分かるぞ! デッキのカードの全てが、効果が、勝利への道筋が。
但し、次に引けるカードまでは分からない。あれだ、あのカードがあれば。
「わたしのターン! 運命のドロー・カード!!」
わたしが引いたカードは――、
「き、きた!!」
「おや、何かいいカードを引いたようですね」
手札のカードを確認する。うん、大丈夫。いくぞ!
「わたしは《僧侶レベル30》を召喚!」
《僧侶レベル30》 ATP/1500 DFP/1800
「そして特殊能力の発動! 蘇生呪文によって教会からユニットカードをフィールドに復帰させることができる!」
「蘇生呪文ですか。ですが《僧侶レベル30》の効果では蘇生確率は二分の一ですよ」
そうだ。サイコロを振って4以上を出さなければならない。
「いくぞ、運命のダイス・ロール!!」
テーブルの上で跳ねるダイス。はたして結果は――、
「出目は6、ですね」
よっしゃ!
「わたしは教会から《勇者レベル10》を復帰させる!」
舞い戻れ、勇者よ!
「しかし、フィールドにユニットを増やしたところで、《土のガーディアン》を倒すことはできないですよ」
ふっ、解説は負けフラグですよ、車掌さん。
「わたしは手札からマジックカード《豊富な経験値》を発動! 《勇者レベル10》をレベルアップさせる。《勇者レベル10》を除外して、デッキから《勇者レベル30》を特殊召喚!」
《勇者レベル30》 ATP/1800 DFP/1500
「そうか、あの効果を」
「そう、《勇者レベル30》の特殊効果を発動!」
《勇者レベル30》の特殊効果は雷の呪文だ。攻撃力1500の呪文攻撃で相手フィールド上のユニットにアタックできる。呪文攻撃ならば《ディフェンサー》の効果は発動されない。
「わたしは《集落の少年》に呪文攻撃!」
車掌さん HP 1300 → HP 400
そして《土のガーディアン》も消滅する。
「とどめだ! 《魔法使いレベル10》でダイレクトアタック!」
車掌さん HP 400 → HP 0
か、勝った。
「私の負けですね。お見事でした」
そんなこと言っちゃって。手加減してくれたんでしょ。
「誰が相手でも、私は手を抜くことはしませんよ」
それはそれで、どうなのだろう……。
「それでは、私は業務に戻りますので」
「楽しい時間でした。ありがとうございます」
あっ、そうだ。カードを返さないと。
わたしはカードを片付けて車掌さんに返そうとしたが、なぜか車掌さんは受け取ろうとしなかった。
「そのデッキはあなたが持っていてください」
え?
「またどうして」
「勝負して分かりました、あなたには才能があります。特に最後のターンは圧巻でした。デッキの全てを知り尽くし、まるでカードと一心同体で戦っているようでしたよ」
無駄に役に立つな、勇者の謎スキル。
「それと、競技人口が一人でも増えてくれるのならば、安い代償ですよ」
まじすか。太っ腹だな。
「それでは、機会があればまた勝負しましょう」
「ええ、こちらこそ」
別れ際、車掌さんはにこやかな笑顔をしていた。
「ふー、白熱した勝負だった」
せっかくだから、続けてみようかな。
と考えながら、部屋がある寝台車両へと戻った。
あれ? 何か肝心なことを忘れているような気がするんだよね……、
「って、気分が高まりすぎて、睡魔が退散しちゃったじゃん!?」
恐るべし、タクティクスナイツ。
それと車掌さん、どう考えてもカードゲームがしたかっただけだろ……。