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断頭台の合い言葉

作者: 宮生さん太
掲載日:2025/12/09

 「偽聖女リディア。王国を欺いた罪により、ここに処刑──」


 王太子の声は、驚くほど他人行儀だった。

 かつて「君を守る」と言ったその口で、今は死の宣告をする。

 隣で白い衣を纏った少女が、困ったような顔で私を見つめていた。演技だと、もうわかっている。


 処刑台の木は冷たく、夜風が首筋を撫でる。

 刃がきらりと月光を弾いた、その時だった。


 思い出した──名前でも呪文でもない、私たちだけの約束の音。


 私は小さく、息でそれをなぞった。


 夜空が裂ける。


 「…遅くなったな、俺の聖女」


 轟音とともに降り立った影は、巨大な翼と漆黒の外套を揺らしていた。

 魔王。

 原作では、誰にも理解されず滅ぼされるだけの存在。


 「化け物っ!」

 王太子が後ずさる。


 私は処刑台を蹴り、宙に我が身を放り出す。

 次の瞬間、強い腕に抱きとめられていた。


 「迎えに来た。…約束だろ?」


 耳元で囁かれる声。

 処刑台にいたはずの世界が遠去かる。

 魔王の翼が夜気を切り裂くたび、群衆のざわめきが悲鳴に変わる。彼は城の中心へと手をかざす。


 空が歪み、黒い亀裂が走る。

 それは、真実の解放。

 聖女の力の源──この国が隠し続けた契約が暴かれ、信仰は砂のように崩れ落ちる。


 王は玉座から引きずり降ろされ、王太子は鎧のまま地に膝をつく。


 「頼む…リディア! もう一度、俺を見てくれ…っ!」

 泥にまみれ不様に吐き出す叫び、かつての面影はどこにもない。

 私は地に伏す男を見下ろし、極上の笑みを手向けた。


 「あなたはもう、物語の外よ」


 真の聖女を騙った少女が泣き叫んだ。

 「返してっ! 私の光よっ!」

 少女を包んでいた光輪はひび割れ霧散した。魔王が低く告げる。

 「その光は、真の聖女が応えた時だけ宿るものだ。おまえは奪っただけだ」

 

 私は王太子に言い渡した。


 「私を利用して登ったその高さ、今から堕ちゆく音を聞くがいい」


 彼の眼に絶望が満ち、世界が砕けた。


 夜、魔王城の高塔。

 窓の外では雲が渦を巻き、遠くに沈む王国の灯りが揺れている。

 私は魔王の胸に背を預け、静かな鼓動に身を委ねていた。温かく、確かで、生きている音。


 「…怖くなかったのか?」

 低い声が、髪の隙間を震わせる。


 「そうね。でも──信じてたわ」

 彼は小さく息を吐き、私の額へ優しく口づけた。


 「あの合い言葉は、俺にとって帰る場所だ」

 「じゃあ、私は?」

 「決まってる。──俺の生きる理由だ」


 断頭台に残ったのは、弱かった過去の私だけ。

 今ここにいるのは。

 滅びすら従える、魔王と共鳴した唯一の聖女だ。

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― 新着の感想 ―
拝読いたしました、ありがとうございます! あらすじの「ちょっとテンプレ」…私には、かなりテンプレど真ん中と感じました。 「 思い出した──名前でも呪文でもない、私たちだけの約束の音。」の表現はとっ…
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