【2】ブーが守ってやるから、良いものを食わせるんだぶ。
「ブー…。恐らくこことは違う世界で、事故に遭って、気づいたら、この身体に入ってたんだぶ。
元の身体はどうなったかわからないけれど、ブーは元は人間だったブーよ。
…信じられないような話かもしれないブーけど。
さっき君がブーが階段から落ちたって言ってたブーけど。その記憶もないんだぶ。」
僕はしどろもどろになりながらも頑張って説明した。
レベッカはまるで小さい子をあやすようにウンウン頷きながら聞いてくれていた。
「まず、いつも一緒にいたブーちゃんに『君』だなんて言われるのは寂しいわ。レベッカって呼んで。」
「ブー…。わかったぶ。」
僕がそう言うと、レベッカは満足そうな顔をした後、『それでね…』と続けた。
「…ブーちゃんのこと、信じるわ。だって、豚が二足歩行で歩いて喋っている時点で信じられないような話だもの。」
そう言ってフワッと笑った。
うわ、めっちゃ可愛い…。
じゃなくて!!
「それより、この世界は恐らくブーの元いた世界に存在する『ゲーム』の世界である可能性が高いんだぶ!!
ブーが家庭教師をしていた生徒が遊んでいた『ゲーム』と同じ名前の人間が出てきているんだぶ!
そして、レベッカも登場人物として出てきてたんだぶーよ!しかも断罪される『悪役令嬢』として!」
それを聞いて、レベッカは目を丸くした。
「ええっと。『げーむ』とか『悪役令嬢』って何かしら?」
…まあ、そうなるよね。普通にこの世界にゲームとか無さそうだし。
「ゲームって言うのは色んな結末が用意された小説のようなものだぶ。
自分の選択肢で結末が変わるブーよ。
悪役令嬢はブーな、主役の恋を盛り上げる為のライバルのような悪役ポジションだぶ。」
僕の説明を聞いて、レベッカが『まあ!』と目を見開く。うん。目が大きい。まつ毛も長い…。
「じゃあ私がその『ヒロイン』の子を虐めて断罪されてしまうってこと?なんだかツッコミ所が多すぎるわね。
それに、私はいくらハネス様を取られたからってさすがにそんな事しない…と思うのだけど。
ちなみにヒロインって誰なの?」
「さっき来てた『ミーナ・ネルソン男爵令嬢』だぶ。」
すると、レベッカは『うーん…』と唸った。
「私、あの子のこと、ライバルだなんて思ったことなんて一度もないわ。その…。ちょっと迷惑な人だとは思っているけど。」
うん。ナチュラルに相手にもしてない感じである。
何だろう…。何年か前にニュースで話題になった騒音おばさんみたいな扱いだ。
「でも、油断しない方が良いブーよ。
この世界がゲームの世界だとしたら、強制力というか、目に見えない力が働いて、レベッカが陥れられる可能性があるんだぶ。」
レベッカがいくらミーナを相手にしていないとしても。僕はそれが心配だった。
「…ネルソン男爵令嬢のことはともかく、その目に見えない力、というのは確かに恐ろしいわね。
実際にこの世界には『神』という存在がいるのよ。
この国、ムーンヴァレー王国はね。今は女王様が治めているのだけど。
王配殿下が女王様と婚約中、実際に『神』に珍しい『白』の魔法属性を与えられているのよ。
20年程前だけど当時大騒ぎになったと記録にも残っていて。
私達の親世代ならその現場を実際に目撃した人も多いわ。
もし。もしそのような存在に目をつけられてしまったのだとしたら…。」
そう言って、レベッカは心細そうに俯いた。
「…大丈夫だぶ!ブーが守ってやるブーよ!」
何故か気づいたらそう口走っていた。
…僕、面倒事は苦手な筈なのに。
この豚と融合したからなのだろうか?
「え?」
驚いたような顔でレベッカが顔を上げる。
「…その代わり、ブーに、美味しいものをいっぱい食べさせるブーよ。
しょうがないから、ゲームのシナリオ期間だと思える卒業式までは一緒にいてやるブー!!」
そう言うと、レベッカは感極まった顔で『ブーちゃんっ!!!!』と言いながら抱きついてきた。
(…クンクン。お花のような良い匂いがするブ。そして、柔らかいブー…。)
思わず涎が出てしまいそうになったが、頑張って豚なりに顔を引き締める。
「ありがとう!!大好きよっ!私、ブーちゃんがいればうまく行く気がする!!」
そんなこんなで僕はレベッカお嬢様をお守りすることになった。
(よーし、豚なりに頑張るブーぞ!!!)
僕は心の中で気合を入れるのだった。
――1週間後。
「えー。3年A組のみんな。
転校生を紹介する。ブー•ノーリッジ君だ。ノーリッジ侯爵令嬢の実家の食客だそうだ。
えー。見ての通り、豚だ。
ただし、喋れるので。皆仲良くするように。
ちなみに人間の学力査定を受けさせたところ、満点だった。」
シーン。
担任の先生が僕をそう紹介すると、教室内は静まり返った。
そう、僕はレベッカお嬢様を守る為に魔法学園に入学することになった。
侯爵でレベッカの父であるリュクス様と夫人であるモニカ様が、僕の話を聞いたあと学園に通うよう提案してくれたのだ。
ちなみに、リュクス様は亜麻色の髪の知的な感じのイケメンで、モニカ様は可愛らしい感じの赤髪のメガネをかけた女性だった。
なんと、リュクス様はこの国の宰相らしい。
2人とも僕がいきなり話し出したことに驚きはしたものの、面白がってくれた。
どうやって豚である僕を捩じこんだのかは知らないが、学力査定で満点だったのが決め手になったらしい。
「ブー!宜しくブー!!!」
僕が挨拶すると、生徒達はざわめき始めた。
「リアルな豚だ!…喋ってる!!」
「ヤバいよ、ヤバいよ。」
「え…。査定、満点だったって本当?」
「俺より頭いいじゃん!!」
そんな中、レベッカだけが落ち着いた様子で僕を見ている。目が合うとニッコリと笑って頷いてくれた。
それが、緊張している僕の心を溶かしてくれたのだった。




