【プロローグ】貧困大学生、自転車で事故る。目が覚めると…
僕の名前は佐伯ノブオ、19歳である。
地方の国立大学の農学部に通う、貧乏で地味な貧困大学生である。
カバンの中にはいつも『増えるわかめ君』を入れている。
学食の200円の素うどんをわかめうどんにする為というなけなしの努力である。
ちなみに実家は貧乏子沢山、5人兄弟である。
僕は、姉、兄、僕、妹、弟で丁度真ん中だ。
両親の座右の銘は『一円を笑う者は一円に泣く』である。大学に行きたければ国立に行ってさらに奨学金をもぎ取れと言われ必死で勉強した。
「おばちゃーん!ネギ大盛りで!」
「あいよー。」
このおばちゃんは僕が貧乏だとわかっているのか、ネギをいつもてんこ盛りにしてくれる良いおばちゃんだ。
まあ僕、いつも素うどんしか頼まないしね。
「ノブ、ちょっとはタンパク質も摂取しろって。ホラ。」
そう言って隣の席でチキンカツを一切れ恵んでくれたのは同じ農学部で親友の宮野 彩人だ。
クラスは違うけれど、頻繁にこうして一緒に昼食を食べている。
地方出身の僕とは違い、大学の近くに実家がある。
家に遊びに行った時と入学式に、ご両親にも会った。
お母さんがどっかの北欧の国出身の美女でお父さんもめちゃくちゃカッコよかった。会ったことはないけれど、弟もいて、海外の高校に留学しているらしい。
つまり、彩人はハーフの超絶イケメンだ。しかも、めちゃくちゃ性格もいい。いつもこうして少しオカズを恵んでくれる。
ちなみに僕達は野草研究部だ。
この前、蕗のとうで作った『フキベーゼソース』(バジルの代わりに蕗のとうを使ったもの)をあげたら彩人はとても喜んでくれた。
ちなみに材料の粉チーズとオリーブオイルとアーモンドは高いが彩人が買ってくれた。
たまに食材まで恵んでくれる施し系イケメンだ。
なんで彩人が僕の友達なのかわからない…。
僕は貧乏だから、道端の草を少しでも美味しく食べたくて入部したけど、彩人は純粋に野草に浪漫を感じ、興味を持っているらしい。
お陰で春になると必ず、彩人目当ての女の子が何人か入部する。今年も一年生の時も凄かった。
だが、彼女がいるからと塩対応され撃沈し辞めていくまでがセットだ。
なお、彩人と彼女は遠距離恋愛らしく僕も会ったことはない。
ふと、何気なく食堂の入り口に目を向けるとクラスのマドンナ、田森 雅美がクラスの一軍の女子5人くらいと入ってくる所だった。
サラッサラの薄茶色の髪がまるでリエちゃん人形のようだ。
…ちなみにリエちゃん人形というのは75年以上前から永遠の小学五年生にして、彼氏が20人以上変わっている恐ろしい着せ替え人形のことである。
実家のおもちゃ箱では、姉のリエちゃん人形の彼氏『サダハル』と、妹のリエちゃん人形の彼氏『ケント』が十年以上に渡り修羅場を繰り広げている。
僕は『リエちゃんと親友人形のシジミちゃん、実は険悪説』濃厚なんじゃないかと思っている。
まあ、話がそれたが要するに彼女達は僕には縁のない人達だ。…可愛いけど、どうせ僕なんて相手にされないだろうし。
田森さんはB定食を注文している。エビフライとハンバーグとドリアがのった一番高い定食である。
(…いーなぁ。というか、田森さん結構食べるんだな。意外…。)
美味しそうなB定食をガン見していたら、何故か田森さんと目が合ってしまった。
僕は慌ててワカメうどんをすする。
近くには片付けロボットがアームを伸ばして机の上を綺麗に台拭きで拭いている。
今月の食費はあと三千円だから、とりあえず明日は自転車で4キロ先のプロ用マーケットに行ってブラジル産の100g68円の鶏胸肉を買って、鶏チャーシューを作ろう。
あとは、今は蕗が野外グラウンド脇で取れるから、重曹で下茹でして筋を取り除いてから蒟蒻と一緒に煮付けにしよう。あとは、蓬の天ぷらもいいかもしれない。
デザートは近くの運動公園の木に実っている桑の実を食べよう。苺のような味で美味しいのだ。
裏山で採れるコクワもキウイみたいな味で美味しいので、ストックが切れる前に採ってこなければ。都合が付けば彩人にも手伝ってもらって、お礼にコクワのジャムを分けてあげよう。
米は三合くらい一気に炊いて、ラップで米玉を作ってバイト代が出た日に買った牛乳の空きパックに積み重ねて冷凍する。そうすると、何個残っているのかわかりやすいのだ。いつも3合で9回分できる。
3パック58円の納豆と生卵をかけて食べればご馳走である。
…僕にとっては、だけど。
さてと。それじゃあ行きますか。席を立つと、コツンと、キラキラ光る丸いボールのような物がスニーカーに当たった。
(…?)
落とし物かもしれないので取り敢えず拾ってポケットに入れる。あとで届けに行かなくては。
「ノブ?どした?」
彩人が心配そうに聞くのでニコッと笑う。
「んー。なんでもないよ。あー。なんか美味しいもの食べたい。」
しかし、今日は家庭教師のバイトの日である。生徒はやる気がないが、夕飯が出る。
僕はご飯だけを楽しみに、バイト先に向かうのだった。
◇◇
「はーい。じゃあこの問題解いてー。」
「せんせぇー。この参考書、難しすぎてわかんなーい。」
この子は俺の家庭教師先の生徒である。
近所の高校に通う女子高生、北野 楓だ。常にやる気がなく、ゲームと化粧の話ばかりしてくる困ったちゃんだ。
だが、この子のお母さんのご飯は美味しい。
(いや、この参考書、君が選んだんじゃん…。)
青チャートは難しすぎるから白と黄色が理解できてからって何度も言ったのに。
「うん。だから先生、君は白からやった方が良いと思うって言ったんだけど。」
「えーやだ。色が全然イケてないし、白なんて持ってたらクラスの子達にバカだと思われちゃうじゃーん。」
先生、そんなところまでクラスの皆は見てないと思うけどね。それに白チャート、お下がりだけど僕も使ってたんだけど…。
コンコン!!
そんな事を話していたら楓のお母さんが夕飯を持ってきてくれた。
「先生、うちの子はどうですか?これでも先生が見てくれるようになってから成績が20位くらい上がったんですよー。」
そういいながら、豚汁とほうれん草のおひたし、焼き鮭と卵焼きとご飯が乗ったお盆を置いていってくれる。
うおおお、美味しそう!!コレの為に僕は頑張ってます。
ムシャムシャ、バリバリバリ!!
(あー!うまぁーい!最高!!)
夢中で食べていると、楓が呆れた顔で僕を見てくる。
「…先生って本当にご飯、美味しそうに食べるよねぇ。」
「だって美味しいもん。」
ご飯を食べ終わって大満足で温かい麦茶を啜っていると、楓が無理矢理何かのゲームの攻略本を見せてきた。
「ねえ、先生!!『イケパラ⭐︎魔法学園』っていう乙女ゲーム知ってるー?このゲームなんだけどー。超面白いんだよ!私の推しはこのハネス王子でー。」
いや、男の僕が乙女ゲーなんてやるはずないだろー!!
「うーん、知らない…。」
そう答えつつパラパラ攻略本をめくると、ピンク髪のヒロイン、『ミーナ•ネルソン男爵令嬢』に続き、赤髪の悪役令嬢『レベッカ•ノーリッジ侯爵令嬢』とキャラクター紹介が描かれている。
魔法学園が舞台の青春ものらしい。
ちなみに、楓によると王子の婚約者のこのレベッカちゃんは最終的にヒロインを虐めた罪で魔法学園の卒業式で断罪されるらしい。
うん、全体的に綺麗な絵だな。女子に人気が出るのもわかる気がする。
「先生もモテたいなら乙女ゲーの1個や2個やっといた方がいいよー。」
いや、乙女ゲーやった所で絶対モテないって。
きっとモテるのは、運動部でお金持ちで車も持ってるクラスで一番のリア充、青山君みたいな人だ。なんでもお父さんがゲーム会社の役員だそうだ。
(…そういえば、田森さん、青山君と付き合ってるって噂になってたな。)
僕はなんとなく心が沈むのを感じながら、楓のお母さんにご飯のお礼を言って北野家をお暇した。
自転車をキコキコと漕ぎながら、夜空を見上げる。
(…早く就職して、自分でお金を稼げるようになりたい。そしたら、お腹いっぱい焼肉食べるんだ。)
そんな事を考えていると、プップーーーー!!!と車のクラクションが鳴った、
「…?!」
大型車の陰で見えていなかったのか、ピンク色の軽自動車が僕の方に突進してくる。
(あ。やばい。)
最後に見えたのは自動車の眩しいライトの光だった。
(…どうせ死ぬなら全財産使って美味しいものでも食べておけば良かった…。)
僕は意識を失った。
◇◇
目が醒めると、めちゃくちゃ豪華な部屋のベッドに寝かされていた。
そして僕を心配そうに覗き込んでいたのは…。
「ブーちゃん、大丈夫?痛かったねー!!!」
赤髪でちょっと猫っぽい目の可愛らしいお嬢様だった。