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白い砂

作者: えんがわ

「おや、異国の方かね」

「はい、ずっと東の方から」

 おじさんは髭をくっくっさせながら、トウモロコシを焼いている。赤黒い液をかけて、甘酸っぱい匂いがじゅっとして、それからひっくり返す。

「物珍しい儀式があると聞きまして」

「儀式ぃ? 祭りさね、あれは」

 おじさんは人のよさそうな笑いを見せる。

「それよりも、俺はあんたのような異人さんの方が珍しいけどなぁ。村の者もみんなきっとそう言うよ」

 確かにこの近辺には異人が少ない。地元の若い人も多くは他所に行ってしまう。いるのは、年を取った中年、老人ばかり。しわくちゃな地方だ。

 何百年も前に大きな大きな戦があったという。それ以来、村は荒れ、土地はオイルと農爆で削られ、人が住むには辛いものになった。


 村の特産品がとうもろこしでは、それも荒れ地に適応した頑丈な、その代わり味では二枚も三枚も妥協したとうもろこしでは、その土地の底が知れる。今口にしているそれは甘味などほとんどなく、粒の固い感覚と、赤黒い調味料のしょっぱい味だけしかしない。銅貨3枚もした。ぼったくれた感じもするが、あのおじさんにならそれも良いか。

 人通りがぽつぽつある村で一番大きな通りに立つ。村のシンボルである街中時計の下。ぼぉんぼぉんと定期的に鐘を鳴らして、村に労働の始まりの朝と休憩の昼と終わりの夕を告げる、そんな働き者の古木で出来た焦げ茶の街中時計の下で。

 特別なアルコールを含んだ水でゆっくりと口を浸し、喉をうるおす。そして馬琴のようなギターのような自家製の楽器を鳴らしながら、唄を歌う。遠い漁を偲ぶ唄。遠洋のカツオ漁に行き、不漁だった時。つまり船で何もすることが無い時、故郷を思い船員たちが暇つぶしに、誰からともなく歌った唄。恐らくがなり声だったそれを、透き通るような上品な声に変化させ、馬琴の物珍しい高い響きに合わせる。身体を一定に揺らしてリズムを作る。それに合わせて観客も身体を揺らし、ある者は訳の分からない言葉でメロディーに合わせて歌う。村の小さな街中時計下は、小さな歌い場になっていた。

 5,6曲ぶっつづけで歌い、汗が背中に滲み、喉がひりひりし、息をするのも苦しくなったころには、村の数少ない若者、それに中年がわたしの唄に感化され、なにか楽器を演奏したり、歌ったり、騒いだり、ある者は酒を飲んだりしていた。

 お金を入れるように置いた箱には銅貨5枚に過ぎなかったが、この盛り上がりなら上々の成果だ。おそらく村のいくつかの酒場での唄歌いの仕事には困らないだろうし、宿にも警戒なく泊れるようになるだろう。わたしは努めて笑顔で、場に溶け込もうと道端で唄を聞きながら酒を飲む集団に入り込む。


 浜辺がある。これから儀式が行われる。そこに歌い手としてわたしは招待されたのだ。わたしはそれだけのことをしたと思うが、村ではそのような吟遊詩人に馴染みがなかったゆえの物珍しさからの歓迎でもあった。

 時刻は深夜2時を過ぎたあたり。浜辺は砂にオイルが混じり真っ黒で、そのオイルは海にまで浸している。このオイル、ずっと前の戦争で使われた火油と言われるオイル。生物を蝕み、それから死体や骨までも蝕み、溶かしながら増殖するというオイル。そのせいでこの村は嘗ては頻繁だった漁業、航海による交易から離れ、またそのおかげで残虐な人の争いから離れることにもなったのだった。今はただ夜の闇よりも、いや夜の闇ではない、星があれほど綺麗に瞬いているではないか。その星に照らされた砂浜は真っ暗な闇を讃えている。

「火、用意」

 遥か東の聖都から持ち運ばれた聖火が、小さなランタンから松明に移される。儀式が始まる。

 老人のかけ声とともに、松明は砂浜に吸い込まれるように投げ込まれた。それからバッと光ったかと思うと、灯がどんどんと燃え、炎となり砂浜全体を覆いつくした。真っ赤な踊るような炎が、家ほどの高さまで辺り一面を立ち昇る。わたしは砂浜の上の崖からそれを眺め、その炎に焼かれている痛みを思った。砂浜を埋めつくす炎。それだけの数の遺体が埋まっている。嘗て死に埋め尽くされた砂浜。毎年、こうやって火によって浄化され、それでも浄化されきれない骨の粉たち。砂浜の砂の正体。

 わたしは涙を流すほど感傷的ではないが、代わりに唄が口から溢れてきた。生命を弔うものではなくただ死に浸る歌詞、メロディー。周りの村人たちの肯定を受けて、わたしはその唄を歌い続けた。歌い続けて、歌い終えた。そうやってまた一つの唄が生まれる。この唄もまたどこか遠い異国で人を慰めるために歌われるのだろう。


 火は三日三晩燃え続け、それが収まったころには村人が砂浜に押しよせていた。表面の部分のオイルの抜けた砂。それはまた人の骨が風化し、砂のように細かくなったものなのだが。村人は魔が宿ると信じ、ある者は魔除けにし、ある者は魔法の材料として売りさばきに他の地方を渡るのだそうだ。村長も聖火の炎を取りに行く労力と運賃を考えれば、その観光にもならない儀式の対価としてそれも仕方がないという立場のようだった。

 わたしも記念にというわけではないが、思い出として砂を一掬い頂いた。砂は黒いオイルが抜け、風化した骨の真っ白な、まるでクジラの骨のような色だった。


 淡々と話をする老人に、数人の冒険者が周りを囲み、幾人かの若者はそれに聞き入っている。

「わたしは、もう老人となり、その浜辺の唄を歌う喉は無くしてしまったが、唄そのものはいくつかの地方の酒場に語り継がれていると思うよ。聞くことがあったら、思い出してほしい。そして、この喉は歌うこと叶わずとも語ることは許される。吟遊詩人は死なず、こうしてこのエピソードは物語として伝えられるのさ。さて、あの時もらった砂をどうしたものか。しばし考えた末がこれさ」

 男は鞄から砂時計をことりと置いた。真っ白な砂が敷き詰められていた。

「時を語るのに共にふさわしいだろう」

 何人もの冒険者が我先に覗き込もうとぎゅうぎゅうするなか。

「なんだ、あんなの嘘じゃない、つまんないの」

 という愚痴っぽい声が聞こえた。

 老人はその声の主を振り返り、その台詞とは裏腹のぎらぎらした瞳を見て、笑い返す。

「なら、確かめに行ってみるといい。物語は世界中で生まれているのだから」

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