降霊術しよ5
私に特別な力なんてない。
降霊術の本を読んでいただけのオカルト好きな小学生だ。噂を否定することもできない臆病者で、卑怯者も追加したい。
面倒な条件を伝えて、最初に降霊術を断ってもらうはずだったのに、二人は引かなかった。仕方がないので、結局大福さんを喚べなかったと謝っておしまいにするプランに変更するはずが、なぜか降霊術は成功した。
「私は大福。みんなの呼ぶ声が聞こえて、ちょっとだけ戻ってきちゃった」
女の子らしい可愛い話し方だが、普通のお兄さんだ。とっさにランドセルのサイドに付いている防犯ブザーに手をかけようとしたけれど、引き抜く前に小田さんが私の手を掴んでしまった。ぎゅうと握られた手と、キラキラした目の力にたじろぐ。
「すごいね! 力は本物だったんだ!」
「えと、……うん?」
こんなにも嬉しそうな顔をされると否定できない。学校では遠巻きに人を見ていてばかりで、小田さんの素直な喜びの表現と距離の近さはこそばゆい。
「でも、どうしてナナちゃんじゃないのかな?」
「それについては本当にごめんなさい!」
すぐに松山さんが謝った。何が起こっているのだ。謝るのはこちらのはずだったのに。
「緊張して、頭が空っぽにならなかった。このお兄さんは寝てたし。きっと頭が空っぽだったんだよ」
「……そう、うん。残念なことに入れる身体がこれしかなかったんだ」
大福さんはどこか悲しげに風に揺れる木々に目をやってしまう。現実から目をそらさなければ、耐えられないような。後に引けなくなった不器用な自分に似た空気を感じた。おそらく、この人は私達の会話を盗み聞いていて、つい大福さんになってくれたのだろう。視線が泳ぎつつも私と目が合い、小さく頷いてみせた。この嘘は貫き通せと言っている。頼りないとは思いますが、頼ってくれて構いませんよというような一瞬のアイコンタクトだ。ならば、続けるしかない。
「うまく行ってよかった。でも、成功はしても、大福さんと話せる時間は少しだけしかないからね」
「そうだよね! このまま大福として暮らしてもらうわけにはいかないし。連れて帰ったら、ママがびっくりしちゃう」
びっくり仰天どころではないと思いつつも、先を促した。私もハムの人も長引いてはボロが出てしまう。綾香ちゃんはハムの人を見つめたたあとに、大福さんに申し訳ないのか俯いていた。
「ごめんね、大福。私のせいなの。私のところに来なければ、もっと長生きできたよね」
あんなに会いたがっていたのに、顔を合わせられないようだった。何度も詰まりながら、言葉を丁寧に選んでいる。
「私が、もっと。もっとしっかりしていればよかったの……。本当に、ごめんなさい」
謝ったからといって、もうどうなるものでもない。それでも、綾香ちゃんの本当の気持ちが風に乗って、大福ちゃんに元に届いてほしかった。
「……それだけでいいの?」
ハムの人は溜め息を吐いて、大袈裟に肩を落とした。全身で感情を表現しようとしている。そこはちゃんと受け止めてあげてほしかった。
「私がここに来られたのは、みんなが私の名前を呼んでくれたから。楽しいお話ができるなって思って、急いで戻ってきたんだから」
綾香ちゃんは顔を上げた。本当は大福さんに責められたかったのかもしれない。自分ではなく誰かに罰してもらいたいという気持ちは私にもよくわかる。
「謝りたいだけ、謝ればいいけど。私はもう行かなきゃいけないんだよ?」
悩み続ける綾香ちゃんを残していくなんて。冷たいことを言う。しかし、そこに綾香ちゃんは連れていけない。連れていってはいけない。私たちがそちらに辿り着くのはおそらくもっと先の話だから。
「大福がこれから行く世界は楽しいところ?」
「きっと楽しいよ。でも、ほんのちょっとだけ緊張してる」
「大福、初めて家に来たとき落ち着いてなかったもんね」
「うん、だからアヤカちゃんとお話しして、勇気をもらいたかったの。いつも話しかけてくれたでしょう?」
「……ちゃんと聞いてくれてたの?」
「楽しそうにお話するアヤカちゃんしか私は知らないよ」
「退屈しなかった?」
「学校の話、面白かったよ。アヤカちゃんは私といて楽しかった?」
「……うん! 私も楽しかった!」
私を呼びかけたときのように、元気な声だった。
「よかった、私と同じね」
「大福!」
綾香ちゃんが駆け寄りハムの人のTシャツをぐいと引っ張ると、ハムの人は逆に身体を反らし、両手を高く掲げた。刑事に手を上げろと言われたときの犯人のようだった。小田さんに触れていませんよのポーズ。伝えたいことはわかるが、かなり不自然な対応だ。ハムの人はどこまでも真面目な人なのだと思う。
ハムの人の嘘は人を思い遣ってのものだ。優しい嘘。だけど、それを見ている自分にとっては虚しい嘘でもある。やっぱり最初にできないと断っておけばよかった。小田さんのように、私の後悔もずっと続いていくものになるだろう。綾香ちゃんとは別の意味で泣きたくなって、下を向いて唇を噛み締めた。すると松山さんは綾香ちゃんが使った後の厚みの少ないポケットティッシュを丸ごと私に差し出した。ありがとうと言うと、松山さんは耳元で「これでいいと思う」と囁いた。私と松山さんとハムの人。うっかりみんなを共犯に仕立て上げてしまった。
しかし、ここでもうひとつ問題が発生した。
「ねぇ、黒沢さん。このお兄さんはどうやって普通の人間に戻れるの?」
私は降霊術が成功する設定まで立案できてはいなかった。泣き止んだ綾香ちゃんの何気ない一言に頭を抱えた。
「えっと、私が十数えたら、戻るはず。かも。」
降霊術に催眠術も混ざってしまった。私はどこに向かっているのだろう。ただ、詐欺師には向いていないことを思い知った。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、な」
残り3秒というところで、どんとぶつかる音がした。私の足元にサッカーボールが転がっている。
「すみませーん!」
声のほうを見ると、隣のクラスの佐藤くんがいた。佐藤くんが蹴ったボールがハムの人の鼻に命中したようだった。このへんにサッカーゴールがひとつも見当たらないのに。なぜなのか。
「いってぇ! どこの馬鹿だ!」
「うちのクラスの馬鹿です」
ハムの人は商売道具なのにと呟きながら鼻を押さえて、松山さんは的確に佐藤くんを説明した。鼻は折れていないだろうか。保健室。いや、救急車か。というか、商売道具って、ハムの人はホストの人だったのか。混乱していると、佐藤くんが走ってきた。
「ごめんなさい! オウンゴールしそうで適当に蹴ったら、ちょうどお兄さんがいました!」
バカ正直に理由を話した佐藤くんのおかげで、ハムの人はただの人に戻った。