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ハムのヒト  作者: camel
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降霊術しよ4

 オレは特別ではない。顔はそこそこだとしても、スターの器ではないと薄々気付いている。自分の限界が見えている。学生の間だけ夢を見ていたくて、未だ小さな演劇部に身を置いている。そんな情けないオレが輝くのは今かもしれない。などと、大袈裟に自分を鼓舞してみたけれど、女の子たちの悲しむ顔は見たくなかった。結局はそれだけだった。



「もういい。やる気がないなら、帰っていいよ」

 残念なことに大学の演劇部にすら、オレのやる気は認めてもらえなかった。真面目にやっていた。いや、真面目すぎて演技に面白味がないとよく言われる。ならば仕方あるまい。真面目じゃなくなるために、言われたとおりに練習場を出てきた。いたって真面目なエスケープ。小学生時代に帰っていいよとバスケ部の顧問に言われたときは、逆に一人だけ体育館に残ってしまったことを思い出す。顧問はお前だけ残ったのかと苦笑いをしていた気がする。顧問に怒りはなく、哀れむような目を向けられていた。オレにどうしろって言うんだ。行き場を失って、大学の近くの公園でふて寝した。ファミレスに行く金も惜しい。まだ暑いので、日差し避けにキャップ帽で顔を被った。情けない顔を下校中の未来ある小学生たちに見られたくもなかった。

 広い公園は学生たちのやる気のないデートコースにもなっている。毎年、夏祭りもあるからだ。ちなみに、数年前に騒いで打ち上げ花火をした先輩方がいたことで大学に直接苦情が入ったそうで、夏になると掲示板に「公園の使い方」が貼られる。アホのやらかしの連帯責任。いつになったら我々は赦されるというのか。完全に遊びに行くなとも言えない微妙な注意書きは大人の配慮であるけれど、まだまだお前らはクソガキなんだと言われているかんじもする。


 ぼんやりしていたら、誰かが隣のベンチに腰かけた。ぶつぶつと何かを言っている女の子の声だった。何度も同じ言葉を唱えているので、台詞を覚える役者のようでもある。基本的にテスト前の教科書は一夜漬けだが、オレも台本は何度も読む。もしかしたら学芸会で大役を任されたのかもしれない。しかし、学校の劇としてはかなり長い尺に思えた。スピーチか。寿限無でもないけれど、聞き慣れない単語が続いている。文系の頭をフル回転して聞き取れた単語はゲネシス。ラテン語の創世記だ。最近のお子さまの劇のレベルが高すぎる。感動していると、何かに気付いたのか、かちっとランドセルを開け、紙の束を雑に押し込むような音がした。台本を片付けたのかもしれない。

「ごめん、待った?」と別の女の子の声がする。

 昨今、成人男子が変に反応すると通報されかねない。寝たふりをして話を聞いていた。先ほどまでぶつぶつと話していたのは黒沢さんという名前らしい。

 公園で遊ぶ約束でもしていたのかと思ったら、仲良し三人は降霊術を始めるという。最近の小学校にはオカルト研究部まであるのか。これがジェネレーションギャップ。いや、カルチャーショック? ちょっと前に十代だったはずだが、なんとも遠くにきたものだ。

 あれよあれよと話は進み、ハムスターの降霊術の説明が始まった。待て、ハムスターってなんだ。黒沢さんも戸惑っている気がした。それにしても、先ほど練習していた長台詞はこのためのものだったとは。現役大学生でもカタカナの羅列の全ての意味は取れないが、なんだか格好いい響き。童心をくすぐるチョイス。マジの呪文っぽい。流石だ、黒沢さん。


……クオド・エラト・デモンストランダム!

 本当に三分間呪文を唱えた黒沢さんに心の中で大きな拍手を送った。君の影の努力はオレだけが知っている。きっと役者に向いている。そんな演出家のようなことを考えていたら、問題が発生した。大福という名前のゴールデンハムスターがナナちゃんに憑依しない。そりゃそうだと思う。けれど、この場合はどうすればいいのだろう。アヤカちゃんの大福への想いに胸を打たれたが、ナナちゃんは気の利いた嘘をつけるタイプだとは思えない。ナナちゃんも困ったのか、辺りをきょろきょろと見回したあとに、あろうことかまた目を閉じた。諦めるんじゃないよ。いや、もしかしたらまだ心を無にしようとしているのか。これは友情の危機だ。誰にも大福の代わりにはなれない。そうだとしても、今はナナちゃんしかいない。この役は君にしかできないんた。声を絞り出せ。魂で演じろ。……あぁ、オレもリラックスしたい。どうして、先輩の無茶ぶりでやらされるエチュードみたいになっているのだろう。



「アヤカちゃん!」

 オレの声が三人の視線を奪っている。口は勝手に動いていた。今更、役者っぽくなってどうする。そろそろ就職も考えなきゃいけないのに。冷たい汗が背中を伝った。震える手を誤魔化すようにとっさに頭をぽりぼりと掻いた。ここで堂々とできないから、オレは演技が下手くそなんだ。

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