降霊術しよ2
ペットの大福が死んだ。
享年たったの11ヶ月。1歳を迎えられなかった。
ママがもらってきた、私の一番の宝物だったのに。
「つらいね」
給食を食べ終えて、机を元の位置に戻してから友達のナナちゃんに昨日の出来事について話した。松山ナナちゃんは大事な友達の一人。ナナちゃんは先生に授業で当てられると声は小さめなのだけれど、自分の意見をしっかりともっていて先生に褒められる。妙に大人びてみえる子だ。多数決で少数派を選ぶけれど、不安そうでもない。周りの子が空気が読めないという言葉を使っていた。たしかにナナちゃんはどこか違う空気のなかにいる。違う空気でもそこに十分に吸える空気が存在するのなら、あえて私たちの吸っている空気を読む必要はないのかもしれない。そんな雰囲気の子だ。
「昨日の朝はおがくずの中でもぞもぞ動いていたのに」
学校から帰ると、大福はまだ眠っていた。けれど、いつも餌の時間には出てくるのに、巣から大福は出てこなかった。胸騒ぎがして、触れると冷たくなっていた。お母さんは小さな化粧品の紙袋にお布団の綿とおがくずをつめた上に、固くなった大福を寝かせた。私は好きなおやつをいれてあげた。もう食べることはないけれど、そうしたくなった。
夜深くになると、滑車は毎晩のように回っていた。昨夜はかさかさと活動する物音が聞こえない。静かな夜なのに、目が冴えた。
「仕方ないよ」
ママと同じようにナナちゃんは言う。その通りなのだが、まだすべてを受け入れられなくて大きくため息を吐いた。
「黒沢に頼んでみたらいいじゃん」
話しかけたわけでもないのに、隣の席の佐藤くんが割り込んできた。
「黒沢さんって、隣のクラスの黒沢さん?」
「そう、すごいってうわさ」
「誰から?」
「六年の辻先輩が言ってた」
「辻先輩が誰かもわかんないんだけど」
黒沢さんは名前の通りに、いつも黒い服を選んでいて、髪も黒くて長い。ママは黒い服は細く見えると言っていた。黒沢さんはかなり痩せているので、遠くから見ると黒い線になる。1本のひじきみたいに見えて、カラフルな服装のクラスメイトのなかでは浮いた存在だ。ナナちゃんとはまた違う、別の空気の中を生きている同級生の一人。
「こーれーじゅつが使えるんだってよ」
「こーれーじゅつ?」
「降霊術。幽霊とお話ができるって意味じゃないかな」
ナナちゃんは丁寧に言い換えてくれた。とてもくだらない。でも、霊と話せるのはタイミングが良すぎる。藁にもすがるという言葉も習ったばかりで、今がそのときなのか。
「ちょっと頼んでくる!」
急いで教室を出た。黒沢さんのクラスは5年3組。1年の時に同じクラスだったから、話せないこともない。
「待って、綾香ちゃん!」
ナナちゃんも急いでついてきた。そういえば、廊下は走ってはいけないんだった。
「黒沢さん!」
3組の教室に入る前に大きな声で呼びかけた。大きな声だと無視はできないとパパは教えてくれた。大事な交渉は元気にいけばどうにかなる。私に呼ばれて、黒沢さんはびくっと震えた。というか、クラス中が注目している。これで逃げられないはず。
「大事な話があるの!」
手を振って呼ぶと黒沢さんはびっくりして、こちらに駆けてきた。廊下は駄目でも、教室は大丈夫だったかな。私はお願いする立場なので、大きく頭を下げた。礼節。これはママが教えてくれたこと。
「私のお願いを聞いてほしいです!」
「小田さん、……あの、頭を上げて」
黒沢さんはやっぱり黒い服を着ていて、近くで見るとひじきから魔女に変身した気がする。体育のときと暑い夏の日は髪をくくっている。9月はまだ暑いけれど、黒い髪はもうまとめられていなかった。羨ましいほどにつるつるのストレートヘアーだ。私は肩の辺りまで伸びた癖っ毛を両側で二つにくくっている。ちなみに、ナナちゃんはさっぱりとしたショートヘアーだ。
「場所を変えよう」
ナナちゃんは廊下の先を指差した。チャイムが鳴るのはまだ先なので、三人で廊下を歩いた。一列に並ぶとゲームのパーティーのようだ。一番前に勇者の私がいて、後ろに魔法使いがいて、ナナちゃんは賢者とかだ。私が勇者だと頼りないかもしれないけれど、村人では駄目だ。重要キャラクターの声を聞く者は選ばれし者と相場が決まっている。
教室から遠ざかり、人通りの少ない場所を探して、校舎の端の家庭科室の前まで辿り着いた。次の時間にどの学年も家庭科室は使わないようで廊下の人も疎らだ。
「私ね、降霊術をお願いしにきたの!」
改めて口に出してみると、人生であまりない話の切り出し方でなんだか緊張した。
「綾香ちゃん、落ち着いて。黒沢さんが困ってるよ。それに降霊術ができるって、ただの噂かもしれないし」
できるか、できないか。たしかに確かめるべき重要事項を忘れていた。
「黒沢さんは降霊術ができるんだよね?」
黒沢さんは宙を仰ぎ見て、数秒後にこくりと小さく頷いた。
「本当だったんだ! よかった! じゃあ、お願いしていいかな?」
「……でも、条件があって」
お金だろうか。二年前の夏休みに作った貯金箱には何枚かお札が入っている。ママは急を要するときに使いなさいと言っていた。それよりもっとお金が必要なときは、必ずママに相談しなさいとも。
「お金がいるのね?」
今が急を要するときだ。ナナちゃんはちょっと待ちなよと止めてくれる。賢者はいつも賢いから賢者なのだ。
「ち、ちがくて! お金はいらないから!」
焦って何度も首を振ると、髪が大きく揺れる。柔らかくて軽い髪質で顔を掠めてもさほど痛くはなかった。
「あのね、降霊術には入れ物がいるんだ」
どうやら黒沢さんは霊の声を聞き取って私に伝えるのではなく、霊を一時的に入れ物に憑依させる降霊術を使うということらしい。では、大福に似ているからと買ってもらったモルモットのぬいぐるみを持っていけばいいのかと聞くと、またぶんぶんと首を横に振った。
「入れ物は命があるものじゃなきゃ駄目なの。……自分で動けないでしょ?」
ぬいぐるみには筋肉も血も通っていないため、自分では動くことができない。理論的には納得できる。それなら、野良猫を捕まえるべきだろうか。はたして、ハムスターの入れ物になる旨をご了承いただけるものだろうか。
「じゃあ、私が入れ物になるよ」
ナナちゃんはぴっと手を上げて、入れ物に立候補した。
「まじ?」
私と黒沢さんが同時に声を上げ、私と黒沢さんは目を見合わせた。
「動物は話せないけど、私なら普通に話せるでしょ。というか、野良猫を捕まえるのは現実的ではない」
ナナちゃんの賢者らしい意見を述べつつも、どこか楽しげな様子だ。親切心と、抑えきれない好奇心をナナちゃんは持っている。入れ物になると言い出したとき、頭に「賢者は犠牲になったのだ」なんて言葉が浮かんだけれど、ナナちゃんはそんなにやわな子ではない。私は大福と話をしたいし、ナナちゃんは幽霊の入れ物になってみたいし、黒沢さんは降霊術を問題なく進めたい。三人で話してよかった。利害は一致している。
「じゃあ、明日の放課後にタコ公園に集合ね!」
私たちは秘密の約束を取り付けて、教室に戻った。
昼休憩の間に降霊術のアポイントメントは取れた。パパのいう通り、無茶な注文も頼んでみると案外通ってしまうものなのだ。