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ハムのヒト  作者: camel
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降霊術しよ1

 ゴールデンハムスターを手に乗せられたとき、手のひらの上に乗る命が恐ろしくて動けなくなった。隙を見つけて逃げようとハムスターの大福ちゃんは私の腕をよじ登っていく。綾香ちゃんはひょいと掬い上げて、ケージに戻した。

「怖かった?」

「ううん、びっくりしただけ」

 背中は温かったけれど、手足はひんやりとしていた。小さな爪の尖った感触がある。大福餅に似た小さな身体に骨と内臓がしまわれている。可愛いけれど、小さくで脆い生命。少し怖くても強がってしまった。こうして同級生に大切なものを見せてもらうのは初めてだ。大福ちゃんはケージに戻ると毛繕いを始めた。綾香ちゃんによると、人の匂いがつくのが嫌いなんだと教えてくれた。ハムスターはキレイ好きだ。触られたらところを何度も整えている姿は洗面台に占拠する高校生のお姉ちゃんを思い出す。寝癖を直して、丹念に顔に粉を重ねていく。忙しなく動く手元を観察すると、あまり見ないでと注意されてしまう。毎回、顔に何かを付けるのは面倒ではないかと尋ねると、すっぴんで外には出られないでしょと言い切られた。メイク途中の白い肌に眉毛はない。お化けみたいと言ってしまう前に洗面所から撤退した。ハムスターはお姉ちゃんの弓のような眉毛がなくても可愛い。目の上に眉毛らしき数本の長い毛はある。ピンクの鼻の隣にある白い髭と同じ質感だと思われる。この毛の役割はわからない。よく考えたら、人間の眉毛の役割もよくわからない。機嫌の良いか悪いかを伝える役割。それも眉毛の下の筋肉によるもので、やはり眉毛は飾り以外の意味はなさそう。こうしてあれこれと考えを巡らせているときに綾香ちゃんは何も言わず待っていてくれる。そんなところが好きだ。怖いお姉ちゃんとは大違いだ。

 毛繕いを終えた大福ちゃんは綾香ちゃんのほうを見て、何度も餌入れのほうを確認する。撫でたら、何かもらえると思っているらしい。綾香ちゃんは乾いたメロンの欠片をコロンと陶器の皿の上に置いた。大福ちゃんはメロンを手にとり、すぐに齧りつき、頬袋にしまいこんだ。つんと張って大きくなる頬も可愛い。可愛いとしか言えなくなる危険な生命体だ。

 綾香ちゃんは動物図鑑を取り出し、ハムスターのページを開いた。「ネズミ」を取り上げているので、なだらかな山のような、横向きのネズミの写真がいくつも並んでいる。ゴールデンハムスターも見つけた。体長18センチ、体重150グラム。ハムスター24匹で私の重さになる。ファミレスのハンバーグが120グラムあって、300グラムになると私のお腹ではつらくなる。

「かわいいでしょ」

 ようやく虚空から目の前の綾香ちゃんと目が合うと、嬉しそうに確認してくれた。ハムスターの重さから食べられる量を考えていたことは黙っておき、私は深く頷いた。そうでしょうそうでしょうと何度も頷いている。小柄で、とても細かい動きをする綾香ちゃんは小動物のようだ。ペットは飼い主に似ると言うけれど、綾香ちゃんのほうが大福に似せてるんじゃないかと思えてきた。

 家に帰る道すがら、触らせてもらった大福ちゃんに想いを馳せた。ハムスターの寿命は図鑑に載っていなかった。私より短いことはわかる。触れられた後に熱心に毛繕いをする大福ちゃんにとって、今日はどんな日なのだろう。大福ちゃんの種みたいな黒い目は狭いケージがどう見えていて、外の広い世界をどう感じているのか。人間は中から自分で鍵を開けられる。緊急なら、扉も壁も破壊できるかもしれない。動物を見ると可愛いと思うのに、無性に悲しくなる。動物園で暮らす動物を見たときと同じ虚しさだ。不自由を不自由と口に出せる私たちなら、すぐに狭い世界に文句をいって、逃げ出してしまうと思う。喋る動物が人間だけでよかった。

 それでも特別な力があって、小さな命の声を聞く想像をしてしまう。大福ちゃんが今日が良い日だったと話してくれたら嬉しい。メロンが美味しかったとか、夜にこれだけ走ったとか、そんな平穏な話を聞くと、心のかさついた部分も潤うと思う。夕日に伸びる影が頭を掻いていた。考え事をすると自然と耳の後ろを掻く癖がある。なんだか大福ちゃんを思い出して照れくさくなった。


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