第一話 プロローグの中身
もう目が覚めることはない。
線路に突き落とされた時に考えたことはそれだけだった。
驚きはなかった。話しかけてきた時から不自然だと思っていた。
本来なら彼女、辻原美咲が私なんかと話すことは絶対にない。
男子の中では話題にならなかっただろうが、女子の中では度々話題になっていたことがある。
彼女の学校で一番可愛いという自信とプライド。これらが異様に高いことだ。
美咲は自身が学校で一番可愛いのだと疑っていなかった。事実、彼女は学校で一番可愛いと噂され男子からの人気も高かった。
しかしそれは、彼女が高校二年生の頃まで。この常識が変わったのは、私たちが三年生になった頃。何も知らない一年生が私のことが可愛いと言い始めたのが原因だ。
最初はあまり話題にならなかった。私自身目立つ様な存在では無く、さらに友達も少なかった。
しかしそのことは徐々に学校全体に広まっていき、ついには私が学校で一番可愛いと言われる様になってきた。
かと言って目立つ様になった訳では無く、文化祭でのミスコンでは毎年の如く美咲が優勝し、男子からの人気も依然高いままだ。
だけど、学校で一番可愛いのは?と聞かれた時、ほとんどの学生が私のことを答える様になった。
私自身それに思うことはない。特に目立つことがある訳ではないし、目線を感じる訳でもない。ただ、可愛いと噂されるだけ。それもあまり話題に上がることはなく、しかしひっそりと言う訳でもない。ただ学校で一番可愛いのは?と言う話題が上がった時に名前が出る様になっただけ。
私自身迷惑することもなく、いつも通りの日常を送っていた。
しかし、あくまで私が何も思っていないだけ。そのことについて文句がある人もいだようだ。その筆頭が、辻原美咲。以前まで学校で一番可愛いと言われていた人物であった。
元々可愛いことにはすごく自信とプライドがあったようで、このことで相当激怒していたらしい。
自分以外が一番可愛いことに怒りを覚えることはわからないが、そういうものなのだろう。
とにかく、そのことで美咲のプライドが傷ついたらしく私に嫌がらせをしてくるようになった。
最初はシンプルなことが続いた。上履きを隠されたり、机に落書きをされたり、下駄箱に死ねやきえろなどの文字が書かれた紙がたくさん入っていたり。
いかにもテンプレのような意地悪の仕方だった。私は特に何か思う訳ではなく、気にせずにいつも通り毎日を送っていた。
しかしそれが気に入らなかったようで日に日にいじめはエスカレートしていった。
最初は間接的に痛みを与えるようになった。上履きに画鋲を敷き詰めたり、黒板消しを落としたり、バケツの水をかぶせたり。
それに対しても私は何も思わない。注意深く周りを見ていればわかることなので、画鋲は取り出したり、黒板消し落としは避けて通った。水なんてもってのほか、浴びてしまったら学校にいることもままならないのでより慎重になって避けて通っていた。
これもまたお気に召さなかったようで、いじめはどんどんエスカレートしていく。
生ゴミを下駄箱の中に入れられていたり、椅子がなかったりなど。
しかし私にとってはどれもそれほど苦にはならなかった。避けて通れるものは避け、避けられないものも後片付けをすれば何もなかったことにできる。
私にとって一番苦痛なのはは目立つことだ。それは私自身に由来する出来事。
私には、感情がない。これらのいじめを受けても何も思わない程度には感情が薄い。世間一般に感動したと言う映画を見ても泣くこともなく、感動することもない。
どれだけ他の人が辛いことでもできる。不可能なことはできないが、普通の人ができるけど妥協する様なことはすることができた。そのくらいには感情が薄い。
そんな私が目立つとどうなるか。それはだいたい良くない方向に転がっていく。
普通の人とは感覚が違うため、普通の対応ができない。
どれだけ知識を蓄えようとも、どれだけ知識通りに振る舞っても結果は普通とは異なったものになる。
以前、といっても私がまだ小学生の頃にもそんなことがあった。
その時も私はちょっとしたいじめにあっていた。いじめと言ってもその時は互いに小学生同士。いじめよりもいじりに近かったと思う。
それでも先生はよく見ているものでそのいじめが問題になった。
最終的にいじめてきた人たちは私に謝り、そして相手の親も私の家に謝りに来た。
しかしその頃にはもう私の両親は共に他界しており私に余ることでひと段落ついた。
しかしひと段落ついたのは私たちの中だけだったようだった。いじめのうわさは学校中に広がっていった。
さらに私に両親がいないと言うことまで広まってしまい、いい意味とは言えない形で私は一時期有名人になった。
そのことがきっかけだ。私は両親がいないと言うことが他とは違う異質なことだと思っていた。だがらそのころは両親がいないことが広まりいい気分ではなかった。
そのことが強く頭の中に残っているのだろう。私は自分が注目されることをあまりよしとしない。
少し前から学校の先生は私がいじめられていることに気づいていたそうだ。
ある日突然先生に声をかけられ、いじめのことについての話をされたことがある。その時私は他言無用であると先生にいった。
理由は一つ。そのことで悪目立ちしたくないからだ。
これらの理由も含めて先生に話したところ、すんなりと了承してもらえた。
しかし先生とは皆が思う様な悪人ではない。最後に一言だけ、
「辛かったり、我慢しきれなくなった時は迷わず私や、私以外の誰かでもいいから相談しなさい」
と言われた。
まあ、そんなことはどうでもいい。そして彼女がここまでのいじめをしたのになぜ私に近づいてきたのか。
その理由は簡単だ。彼女自身は何もやってはいないから。
皆私がいじめにあっているは気付いており、そしてそれらが美咲の仕業だと言うことも薄々気が付いていたことだろう。
何せ美咲の取り巻きの一人がいじめの主犯格は美咲だと噂を広めていたからだ。
私の見方という訳ではなかったかもしれないが、いじめをすることが嫌だったのだろう。
そして前々からプライドが高いことが有名だった美咲は何も疑われることなくいじめの主犯格だとされていった。
実際私が目にしているところでも私の嫌がらせをどうするかを話したりしていた。
そんな頭の回らない美咲は私が美咲が主犯格だと気がついていないと思っていたのだろう。
なら何故気付いていてわざわざ近づいてくることに抵抗しなかったのか。
それも先ほど言った通り目立ちたくなかったから。私が学校でも有名人でプライドの高い美咲の誘いを断ったらどうなるか。たちまち有名になっていき私の周りに人が集まってくるかもしれない。私にとってはそっちの方が余程嫌なのだ。
まあその結果が殺されたと言うだけ。私は特に何も思ってはいない。私が居たって何かが変わったと言う訳でもないだろう。
そして時刻は線路に身を投げ出した時まで巻き戻る。
私が死ぬことは誰が見ても明らかだ。地面に投げ出されている状況で横からは列車が迫っいる。
そうして私は線路から落とされた。地面についた時、耐え難い痛みと共に意識は失われていった。
しかし現実は少し異なっていた。いや、私が一度死んだと言う事実は変わらないのだろう。
だが、私は目覚めることができた。