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感情の脈動と衝動  作者: 透架
生まれ変わりで取り戻したもの
1/2

プロローグ

「あぶない!」


 喧騒に包まれている駅のホームで男性の一際大きな声が響いた。

 その声に反応して、周りのほとんどの人が駅の線路に目を向ける。

 そこには今にも線路に落下しそうな体勢の一人の少女がいた。

 しかし、ここにいる全員がこのままでは間に合わないと考えたことだろう。なにせ、男性が声を上げた時にはもう少女は空中に投げ出されていたのだから。

 いや、人々が考えたのはそのことではないかもしれない。まるでタイミングを見計らったかの様なタイミングで電車が顔を覗かせていたのだ。


 案の定、その少女は抵抗も虚しく落下していく。否、抵抗などしていない様に見えた。

 これが功を奏したか、少女は地面に完全に体を横たわらせる頃には、もう息をしていなかった。

 少女が落下してから一息つくまもなく無慈悲にも列車は迫ってきた。

 その列車が止まることはなく、少女の肉を潰し、骨を砕き、見ることすら出来ない状態にしてしまう。


 しかしこれは神のいたずらか、顔だけは綺麗に残っていた。

 何故だかわからないが、その顔は駅のホームにいる誰が見てもハッキリと、そして邪念なく見ることができた。

 人々の心にはただ『可哀想』と言う感情だけが心に強く訴えかけていた。

 肝心の少女の顔には、恐怖や憎悪などと言った一切の感情がなく、しかしただ一つ一線の涙の後だけが朧げに、しかしはっきりと残っていた。




 学校のホームルームが終わり、今にも帰りそうにしている少女がいた。

 その少女の周りに人影はなく、しかし不自然には見えない。これが彼女の日常であり普通。

 彼女は友達と呼べるものはおろか、喋り相手すらいないのだ。しかし、これを彼女は寂しいとは思わない。


 そんな少女に近寄ってくる少女が一人。


「や、今日も一緒に帰ろ!」


 名を辻原美咲、学年で一番可愛いと噂されている少女である。

 なぜ彼女の様な存在と一緒に帰る様な中になったのか、そこに特段深い訳があるわけではなく日常のことの中の突然のことだった。

 日常とは言っても、少女の日常ではなく美咲の日常だったが・・・・・・




 時は半年前に遡る。この日も少女はいつもの様に帰ろうとしていた。

 しかしハッと自分が日直だったことを思い出した。

 少女は人との関わりは薄いが、不真面目なわけではない。至って普通の少女なのだ。

 その日は帰りに担任の先生にアンケート用紙のプリントを持っていかなければならなかったのだ。

 そのプリントは教壇の上に置いてあった。そこには一クラス分だけではなく、学年全員のものがまとめて置いてあった。

 別にいじめというわけではなく、そのアンケートはこのクラスが学年に対して行ったことであるから、ここに全クラス分があることは当然のことだった。

 しかし、これを一人で運ぶとなると七往復はしないといけないだろう。


 それは面倒だと考え、考えあぐねている少女に声がかけられた。


「よかったら手伝おうか?」


 声をかけてきたのは辻原美咲。学年で一番可愛いと噂されている少女であった。

 少女は戸惑いを見せることもなくその提案を承諾し、手伝ってもらうことにした。

 そのプリントを運んでいる途中に色々と話、仲良くなったのだ。

 話したとは言っても、少女自身は一言も喋っていない。美咲が一方的に喋る形になっていたが、彼女はそれでもよかったのだろう。

 これが美咲と少女の出会いである。




 そんな訳で、少女と美咲は今に至る。あの後も何度か一緒に帰ることもあり、それなりに仲が良くなっていた。

 この日も少女は特に何も言わずにそれを承諾する。

 その後は最近有名な飲み物屋に寄ったりフードコートに寄ったりしていた。

 しかし買っているのは美咲だけであり、少女は何一つとして買ってはいない。異端に見えるが、これが彼女の日常であった。

 最初は買うことを勧めていた美咲も、途中からは諦めたのか何も言わなくなっていた。

 

 そんな何気ない日常ももうそろそろ終わろうとしていた。駅に着いてしまったのだ。

 少女は毎日電車で通学しているが、美咲は学校から歩いて行ける距離に住んでいる。だからいつもは駅の前で別れるのだ。

 今日も何気なく手を振ってくる美咲を一目見てから少女は駅のホームに向けて歩き出した。


 その日も少女はいつもの様に何気ない所作で駅のホームに向かっている。そこに異変など何もなく、もうすぐ今日が終わろうとしていた。

 いつもの様に沢山の人の喧騒に溢れている駅のホームで、一箇所だけ最前列が空いている場所があった。

 少女は運がいいと考え、そこに向かって歩き出した。

 思えば、それは不自然だった。他の場所は人で溢れていてとても最前列には行けないのに、ここだけは最前列が空いていたのだ。何かがあるのかもしれないと思いそこに行かないという選択肢もあったのかもしれない。

 しかしそれは後の祭り。もう取り返し用のない事態になってしまっているのだから。


 何事もなく最前列に向かって少女は歩いていた。ちょうど黄色い線の手前で止まろうとした少女だが、それが叶うことはなかった。

 止まろうとした時、背中に衝撃が加わりそのまま黄色い線を超えていってしまう。少女はそのまま止まることができずに、ついには空中に身を投げ出してしまう。

 少女の目はしっかりと迫っている電車と地面をとらえている。しかし少女に焦りはない。

 

 その時、男性の一際大きな叫び声が聞こえてきた。駅の皆はそれに反応したが、少女は全く反応しなかった。

 否、反応できなかった。そんな男性の声よりも少女にとっては大切な、そして聞き逃すことのできない声が聞こえてきた。

 その声は男性の声とは比にならないくらい小さく、人に向けて発せられた言葉ではなかった。しかし、少女にははっきりとそして鮮明にその言葉の意味が理解できた。否、理解できてしまった。


「あなたが、あなたさえいなければ私は学校一の美女になれる。そうすれば、きっとあの人にだって振り向いてもらえるはずだから」


 その声だけが妙にはっきりと聞こえてしまった。

 この声の主は紛れも無い先ほどまで一緒にいた、そして駅前で別れたはずの人の声であった。

 

 しかし、少女に怒りや悲しみはなかった。不自然なほどに冷静で、そして受け入れてしまっていた。

 しかしそんな彼女の冷静な心とは関係無く、体が勝手に反応してしまった。

 本当は彼女は、怒りを覚えたのかもしれない。

 本当は彼女は、悲しみを感じたのかもしれない。

 本当は彼女は、憎しみを覚えたのかもしれない。

 本当は彼女は、寂しさを感じたのかもしれない。

 

 しかし彼女はその一切を知らない。

 しかし、体は覚えていたのだろう。そして今一番強いだろう感情を表に出したのだろう。


 一滴の涙を

 

 

 

 


 

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