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無限牢獄

作者: 雷禅 神衣

冷え切った牢獄で生活する人間たちにとって、午前中九時から十時までの間は、まさに運命の分かれ道だった。

いつも決って九時になると、死刑囚が押し込められている監獄のドアが開き

無数の足音が監獄の中に響く。それは手入れの行き届いた靴が出す清楚な足音。

そんな靴を履きながら全身スーツでも纏っていれば紳士にも見えるだろう。

だが足音の主は決して紳士ではない。死刑囚の間では「死神」と呼ばれている存在だった。

今日も時間通りに監獄の扉が開き、無数の足音が聞こえてくる。

コツコツコツコツ・・・コツコツコツコツ・・・

規則正しいリズムではなかったが、足音から察するに四、五人の人間が歩いているのが分かる。

天羽あもう 彰二しょうじは独房の扉に耳を擦りつけ足音の行く先を探った。

コツコツと言う足音は徐々に近づいてくる。その音を聴くたびに天羽の身体に戦慄が走る。

天羽が投獄されて以来、この足音を聞くのはこれで八回目となる。

そろそろ自分の順番が回ってくるかもしれない・・・・天羽はそう思っていた。


今から二年前、天羽は連続強姦殺人容疑で逮捕された。

単なる連続強姦で終わっていれば、被害者の泣き寝入りで無罪になることもあったが

天羽が犯した罪は強姦に留まらず、殺人にまで及んだ。

天羽が手に掛けた女は合計八人。うち四人を殺した。何故四人かと言うと、この数字は強姦中に激しく抵抗した女の数と比例する。

つまり八人中四人が激しく抵抗したという事になる。人を襲ってまで得た快楽である。激しく抵抗されたんじゃ楽しみが減る。

天羽はそう思って強姦と殺人を繰り返したのだ。しかし悪事はいつかバレるもの。

最後の被害者である八人目を強姦中、女の悲鳴を聞きつけた男に見られてしまい、そのまま御用となってしまった。

その後の裁判で天羽は一貫してこう主張した。

「死刑を覚悟でやった」

この事件はメディアでも大きく取り上げられ、様々な議論が飛んだ。

現在の日本の法律から判断すれば二人の人間を殺すと死刑になる。

天羽の場合はその倍の四人である。これは立派なシリアルキラーであり、大量殺人の領域に入る罪である。

世論とすれば死刑は間違いないと言う見方をされるのは当然だった。

しかし一部の弁護士の間では、容疑者が死んでも被害者の心の傷が癒えるわけではないと主張。

死刑よりも更正を目的とした処罰を下す事を主張したが、最高裁の裁判で天羽には求刑通りの「死刑」が下った。

生き残った四人の被害者たちは、判決後共に連絡を取り合うようになり「強姦撲滅の会」と言う組織を誕生させたと言う話を聞いた。

死刑囚となった天羽はこの「強姦撲滅の会」を鼻で笑った。そんな組織を立ち上げて何になる?強姦が減るとでも思うのか?

まるで嘲り笑うような態度でこの独房にぶち込まれた。それが今から二年前である。


扉に擦り付けた耳は痛いほど敏感になっており、全ての音を聞き逃さぬ禍々しさに包まれていた。

コツコツコツと言う足音は次第に大きくなった。

やがて足音は天羽の独房の前までやって来た。だが足音は止まらずにそのまま去って行く。

「良かった・・・・」

天羽はこの日初めて呼吸をしたような感覚に襲われた。今までずっと息を止めていたのではないか?と思うほど長い時間だ。

足音は天羽の隣の独房の前でピタリと止まった。それが何を意味するか、死刑囚は皆知っている。

足音が止まった時点で隣の部屋から奇声が聞こえてきた。

「あああ・・・ああああっ!・・・き、来た・・・お、お、お、俺の番・・・うひゃひゃひゃ・・・し、し、死にた・・くない」

喉の奥に息が詰まり、吐き出される声はもはや嗚咽だったが、その言葉から発狂寸前である事が十分伺えた。

「1867番、出ろ!」と言う声と共に、隣の部屋に人間が入っていく音が聞こえた。

「あびゃああびぎゃおわぐあや!!・・・・ひいいひいいひいい・・ぐぎゃごえあ!!」

もはや言葉ではなかった。隣の囚人はたった今発狂したのだ。それと同時に液体が床に滴る音も聞こえた。隣の囚人が失禁したのである。

囚人の凄まじい狂気の声が独房に響く。天羽はこれが一番嫌だった。

午前中の九時、監獄のドアが開かれ足音が響き、その足音が止まった部屋の囚人が死刑になる。

それが死刑囚に与えられた絶対的な死と恐怖だった。

「ああぎゃああっ・・や、やめろ・・・嫌だ死にたくないよう・・・助けてくれ、お願いです。何でもしますからぁ!!」

「連れて行け」

「あああ・・・あああああ・・・し、し、し、死にたく・・・ないようぉ!!」

天羽は監獄の扉が閉まるまで、耳を塞いでいた。


投獄されるまで天羽は死刑を怖いと思った事は無かった。裁判の時も言ったように死刑を覚悟でやったのだ。

むしろ自分のような人間は存在するべきではないとさえ考えていたのだ。

だが実際に投獄され、先ほどのような現状を八回も目の当たりにしていると恐怖を覚える。

あれほど強靭で、あれほど死を望んでいたのに、現実は死を恐れていた。

新聞などで死刑を望み、自ら死刑にしろと言った罪人がいると目にした事があるが

彼らだってこの現状を見て、自分の番が来たはずである。そんな様子を見ても尚、死刑を望んだのだろうか?

怖くなかったのだろうか?天羽は考え続けた。しかし適切な答えなど返って来るはずも無い。

死刑の様子が公になる事など有り得ないからだ。


その日の夜、天羽は嫌な夢を見た。足音が自分の部屋の前で止まる夢。

しかしそれは何度も繰り返され、何度も心臓が飛び跳ねる夢だった。

悪夢に際悩まされ、飛び起きると文字通り生きた心地がしなかった。

「1370・・番・・・きろ・・・・」

それが悪夢だったら、どれだけ幸せだっただろう。

「1370番、起きんか!!」

ふと目が覚めると、そこには五人の男が立っていた。

「えっ・・・・」

何が何だか分からない天羽は呆然とした。

「立て、今日はお前の執行の日だ」

「はっ?執行って・・・・」

徐々に天羽の表情が青ざめる。その言葉の意味は良く分かっているからだ。

「良いから立て!」

警護官たちは天羽を無理矢理立たせると、出口へと向かった。

「止めろよ!お、お前ら、じ、自分が何しているか、分かってんのか!」

「黙って歩け」

「し、死刑でも人を殺す事に変わりは無いんだぜ!!お、お前らは俺を殺す。それは殺人だろうが!」

監護官たちは何も言わず、死刑が執行される場所へと急いだ。

やがて銀色の観音開きのドアがある建物に辿り着くと、二人の監護官が同時に左右の扉を開いた。

扉の中は西洋風なエントランスになっており、左右に中二階へと続く階段があった。

中二階の中央に天井から吊り下げられた綱があった。それが絞首刑に使う綱である。

監護官はその豪腕な力で天羽を引っ張る。小さな子供のようにダダをこねる天羽の身体は呆気なく引き離されてしまった。

五人中三人が天羽と共に階段を登った。残った二人は右側の階段の近くにある扉から奥の部屋へと消えていく。

「頼むよ・・・なあ、殺さないでくれって・・・なあ!」

「自分で死刑を望んだんじゃなかったか?」

「あれは勢いで・・・お願いだ・・・殺さないでくれ・・・」

目と鼻から液体が零れた。もはや理性など無い。あるのは助かりたいと言う自分勝手な思考回路だけである。

「お前はそうやって命乞いをした人たちを四人も殺した」

「ううう・・・・悪かったよ・・・だから殺さないでくれよ・・・」

「今さら遅い」

監護官は中二階の中央に立った天羽の首に綱を巻きつけた。そして両手足を縛り上げ自由を奪った。

「やめろ!!あああああっ!!帰りたい・・・お母さん!!助けてくれ・・・ぎゃうごえはうがあ・・」

「やれ」

「やめろぉ!!!!」


その瞬間、中二階の床は左右に割れ、天羽の意識は完全に失われた。


「警部、何読んでいるんですか?」

刑事課の西垣が熱心に本を読んでいる渡瀬警部に聞いた。

「ん?これか?死刑についての本だ」

「死刑ですか、賛否両論ある制度ですね」

「まあな。俺たち刑事としても複雑だろう。死刑を望むケースもあるが実際に自分たちが手を下すわけじゃないからな」

「ええ。実行する人たちの事を考えると、ちょっとツライですね。今開いているページは・・・」

「これか。死刑囚たちの心情を綴ったものだ。いくら死刑を望んでも、人間は己の死に必ず恐怖すると書かれている」

「でしょうね。以前も居ましたよね、自ら死刑を望んだ連中が」

「ああ。だがそう言う連中は死刑執行までどんなシステムになっているか知らないから死刑を望むんだろう。

実際は精神的苦痛を伴う状況だと書かれている」

「我々はそこまで知り得ないですからね」

「ああ。死を恐れない人間なんて居るはずが無いんだよ」

「先のことが分からないからそれを望む。最も、分かってしまったら何の罰にもなりませんよね」

「その通りだ。いくら死刑になっても苦痛くらい味わってもらわなきゃ被害者は浮かばれんからな」

「死刑囚も今頃あの世で後悔しているでしょうね」

「そうでなければ意味が無いよ。罪を犯して罪を感じずに終わるなんて、あってはならん事だ」

「同感です」



END


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