黒鬼との戦い
今回はバトルパートです。
雪の父親は黒鬼だった。そんな仰天の事実に庵は少しだけ思考が停止した。まさかあれほどの剛力無双な男の血を、雪のような可憐な少女が引いているとは想像もできない。
「あの場にいたならば知っているだろうが、改めて名乗らせてもらおうか。儂は石動雷堂。この地を治める御佩刀家に仕えている」
「私は片穂野庵と申します。本日は雪さんのことでご挨拶に参りました」
「苗字を持っているのか。それにしても片穂野だと?いや、まさかな。すまない。知ってる名だが勘違いだろう。ところで雪のことで話とはなんだ?」
ここにいるのは黒鬼ではなく雪の父親の雷堂だ。ここで少しでも臆したら終わりだと思え。そう自分を奮い立たせて庵は真っ向から見据える。
「雪さんと祝言をあげたいと思っています。誰よりも幸せにしますので、お許しを頂けませんか?」
「ふむ」
雷堂は考えるように目を閉じて宙を見ると長い間沈黙を貫いた。そして顔を戻すと雷堂は武人としての覇気を漂わせながら庵を睨む。その暴力的なまでの威圧感は、あの時見た黒鬼で間違いなかった。
「庵と申したな。その腰の刀が飾り物でないというならば思いを力を示せ。儂は先に庭で待っておる。風貴、お主が案内せい」
「父上!」
「止めるな雪よ。男なら戦わねばならぬ時がある。それに戦いでしか分からないこともあるのだ。庵よ。受けてくれるな?」
「はい」
「義弟よ。本気かい?」
「止めないでください風貴様。認めてもらって、正式に貴方をお義兄さんと呼んでみせますから」
その言葉に面白そうに口の端を上げた雷堂は一人外へと向かった。
「父上は御佩刀一の武人だ。金砕棒を枝のように扱い、その一撃は軽々と地面を砕く。それでも挑むと言うのかい?」
「そうです!こんなの間違ってます!私、父上を止めに行きます!」
「雪、待ってくれ。僕は雪との仲を正式に認めて貰いたいんだ。それには絶好の機会だよ」
「でも!」
「止めよう。義弟は本気だ。それがなぜかは雪も分かっているね?私たちがするべきは義弟を信じることだ」
何も言えずに雪は頷く。そんな雪の頭を庵はぽんぽんと二回撫でると風貴へと向き直る。
「案内をお願いします」
「分かった。ただ約束は守らせてもらうよ。庵の危機には私が父上の足を打ち抜く。例えそれで処罰を受けようとも、私は今回の縁を結びたい」
風貴に案内されると庭の真ん中で静かに座禅を組む雷堂の姿があった。近くには桜の姿もある。庵が来たことを察して雷堂は静かに目を開いて立ち上がった。
「風貴はそちらに付いたか。面白い。儂が子達が信じたその器、とくと見定めさせてもらおう。刀を抜け!お主の覚悟をここに示せ!」
庵は白那を抜くと静かに雷堂と対峙する。すると戦う前の怯えは形を潜め、冷たいまでの眼差しで白那を構えた。
「ほう。面白い!儂を獲物と見定めたか!武人とはそうでなくてはならん。一度対峙したなら喰らう覚悟で臨まねば、相手にとって失礼というもの!」
雷堂は金砕棒を両手で握ると正眼に構えた。五キロ以上はある鉄の塊を、震えることなく構えるのは相当な筋力が必要となる。庵も真っ向から打ち合うのは危険と判断して、間合いを測るようにゆっくりと足を運ぶ。
「どうした!動かぬのならば、こちらからいかせてもらうぞ!」
猛牛のように距離を詰めた雷堂は、その勢いのまま庵へと金砕棒を叩きつけた。
「拳一つ分左に移動」
庵はそう呟いて当たれば肉塊になるであろう一撃に、臆することなく僅かに左へとずれることで金砕棒を躱す。振り下ろされた金砕棒は易々と地面にクレーターを作り出した。すかさず庵は反撃へと転じる。白那を逆手に持つと柄で雷堂の鳩尾目掛けて強く突いた。
「ぐっ。やるな。儂の一撃を紙一重で避ける胆力も、こうして反撃を繰り出す技量も生半可なものではない。今までどこに隠れておった?お主ほどの腕利き、聞こえてこないはずがない!」
肺にためていた空気を失いながらも雷堂は止まらない。崩れた体制をすぐさま立て直すと、金砕棒を庵目掛けて薙ぎ払う。鉄の塊を振り回したとは思えない速度で繰り出された一撃は、庵の足を目掛けて振るわれた。
「下がるのは間に合わない。回避するなら上か」
庵は当たれば骨を砕き肉を断ち切る薙ぎ払いを、高く飛ぶことで避ける。そのまま大きく足を踏み出して雷堂へと肉迫した。金砕棒を振るった遠心力で、がら空きとなった脇腹目掛けて回し蹴りを放つ。そのままの勢いで姿勢を低くすると、顎を狙った後ろ回し蹴りへと派生させた。
「面白い!刀だけではなく体術もやれるか!一騎討ちでこれほどやりにくい相手は初めてかもしれぬ!」
後ろ回し蹴りを雷堂は腕を差し込むことで防御すると、そのまま庵の左足首を掴む。グッと強く握られた足首に、このままでは危険だと庵は判断した。素早く白那を手放して両手を地面に着くと、逆立ちするように右足で雷堂の腕を蹴り抜いた。その一撃に手を離した雷堂は痺れを取るように腕を振る。
「咄嗟の対応が早すぎる。普通はもっと手間取るものだが、お主は予め知っていたように動くのだ。もしやその刀は神器か?お主は何が見えている?」
雷堂の言う通り庵は自分を上から見て動かしているような感覚になっていた。何度か剣道の試合でゾーン状態になったことはある。ただその時の時間が遅くなる感覚とは違って、雷堂の攻撃に対しての最適解を、まるで最初から知っていたかのように体が動くのだ。
その身に感じる全能感に酔うまま庵は拾った白那を構える。今の自分なら誰にも負けない。すると庵の左目が炎のような赤いオーラを放ち始めた。
このまま敵を喰らいたい。切り裂いて握りつぶして、流れる血を掬って喉を潤したい。そんな破壊衝動が庵の身を包んで視界を狭めていく。
(飲み込まれちゃだめだよ。今回は私が手伝ってあげる)
そんな声が聞こえた気がした。すると庵の赤いオーラはなりを潜めて、今度は青いオーラとなって左目から立ち上る。先程までの破壊衝動は一切無くなり、晴れた心のままに白那を握った。
「また変わったか。修羅のように全てを破壊しようとする気配から、極めた武人のように隙のない気配となっておる」
「ええ、どうやら白那にはまだ知らない力があったようです。ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「そうか。ではこれで終いとしよう」
「はい」
両者は油断なく得物を構える。そこに風に吹かれた葉が一枚飛んできて、二人の間にひらりと落ちた。それを皮切りに互いに駆け出す。雷堂が最後に選んだのは金砕棒の叩きつけ。そして庵が選んだのは白那の横凪ぎだった。
雷堂は瞬時に自分の一撃が届かないと悟ると、屈むことで白那を躱して庵の懐へと入り込む。そして下から顎を狙うように金砕棒を突き上げた。対して庵は雷堂の首に白那を突きつける。二人同時にピタリと武器を止めた。
「引き分けですか」
「何を言う。儂の負けだ」
「でも攻撃は同時でしたから」
「こんな体勢では良くてお主の顎を砕くだけだ。対してその刀は儂の首を斬るであろう。それならば生き残るお主を勝者とするべきだと儂は思う。誇れ庵よ。お主はこの黒鬼から星を奪ったのだ」
「はい!ありがとうございました!」
二人は武器を下ろして互いに深々と礼をした。
「お怪我はありませんか!?」
真っ先に雪が近づいてくると庵の体を心配するようにぺたぺたと触ってくる。
「大丈夫。どこにも怪我はないよ」
「良かった。それにしても凄いです庵様!父上に勝ってしまうなんて!」
「雪よ。儂も心配してはどうだ?」
雪は庵の勇姿を思い出しては、キラキラとした目で褒め称える。そんな雪に対する雷堂の苦情は、恋する乙女になっている雪には全く聞こえていなかった。
「当主様がお得意なのは一対多の戦いですからね。それでも庵さんが勝つとは正直思っていませんでした。お見事です」
「一対多ですか?」
「父上の持つ金砕棒は『孤軍咆虎』という神器なんだけど、一人の時に敵が多いほど力が増すんだ」
風貴の説明に庵は足軽と戦っていた時の雷堂が身に纏っていた赤黒いオーラを思い出す。確かに最初が一番輝いていて、敵が減るほど光は弱まっていた。
「何はともあれ父上。これで庵様との祝言を認めてくれますよね?」
にこにことしている雪に雷堂は苦虫を噛み潰した顔をして口を開いた。
「それはできない」
庵が勝ったことに安堵した一同だったが、そう上手く事は運ばないようだ。
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