廃村での一時
こんにちは。刻芦 葉です。
貴重な時間を使って、この作品を開いてくれた方に最大限の感謝を。
冷静に考えて。いや冷静に考えなくても真横に死体がある場所で見つめ合うのはどうかしてると庵は反省した。全ては雪の目が吸い込まれるほど綺麗なのが悪い。そう頭の中で言い訳して立ち上がる。
「雪さんの家はどこ?送っていくよ」
「えっ。私は庵様に買われたのですよね?あんなに貴重な銀鏡まで手放して」
そういえば手鏡は山賊に取られたままだった。でもどんなに高くても四桁いかない額だろうし、庵は全く気にしていない。
「あれで雪さんを助けられたなら安いものだったよ。さぁ。ご家族が心配してるだろうし、早くおうちに帰ろう」
雪は恥ずかしそうに、そして嬉しそうに口をもごもごさせていた。雪からしたら宝よりも大切だと言われたようで嬉しくて堪らない。それなのにこれ以上迷惑をかけるのはどうなのか。そう思いながら雪はずっと心につっかえていた思いを口にした。
「……厚かましいお願いなのですが、家より先に向かいたい場所があるんです」
「そうなの?じゃあそこへ向かおうか」
雪に案内された先は森の中だった。こんな所でなにをするんだろうと心配になるが、雪の真剣な表情を見ると、きっと大事な用なんだろう。
「ここです。ここで私は山賊に襲われました。その時一緒にいた桜という子が私を逃すために囮となったんです。桜が無事なのか気になって。なにか見つかればいいんですが」
「そうなんだ。僕もなにかないか探してみるよ」
「よろしくお願いします」
とりあえず桜の死体がなかったことに雪はホッと胸を撫で下ろした。あとはなにか手がかりがないかと二人は辺りを隈無く探してみる。
しかし特に有効な手がかりは無かった。庵もなんとか見つけてやりたかったが結果は空振りだ。
「でもあの山賊達は見た感じ全員揃っていたような雰囲気を感じた。最後に怪我した仲間を連れて帰った辺り、奴らは意外と仲間思いだったからね。だからもし誰かが欠けていたら、そいつはどうしたって聞いていたはずだ。それなのに誰も桜さんを連れてなかったし、ここに遺体がなかったのだから、きっと桜さんは逃げれたんだと思う」
「そう、ですね。そう信じましょう」
「うん。もしかしたら先に家に戻っているかもしれない。だから一刻も早くお家に帰ろう」
その言葉に雪は少しだけ胸が痛んだ。家に帰ったら二度と庵と会えなくなるかもしれない。そう思うだけで涙が出そうになる。
「家の方向はどこか分かる?」
「それなら向こうです」
自分の家の方角を伝えると雪はトボトボと庵の後を着いて歩く。そんな雪を心配そうに見ていた庵だったが、歩く先の木に何かを見つけた。
「あ!雪さんあれ!」
「どうしました?」
庵が指差した木は一部分の皮が剥がされており、そこになにやら文字が刻まれている。もしかしてと二人は足早に向かうと、木にはこう刻まれていた。
『ゆきへ わたしはぶじです ゆきもぶじなら わたしの なまえを かいて』
「あっ!あぁぁ!桜!良かった無事だった!」
涙を流しながら喜ぶ雪の背中を庵が優しく撫でる。雪は置かれていた石を拾うと、深く『さくら』と刻んだ。まだ無事に家まで着いたかは分からない。それでも桜は山賊から逃げることが出来ていた。その事実だけで雪は涙が止まらなかった。
「良かったね。桜さんが無事で」
「はい。全部庵さんのおかげです。本当にありがとうございます」
「あはは。桜さんのことは僕は関係ないけど。でも本当に良かった」
その後は先程までと違って足取り軽やかに歩き出した二人だったが、ぽつぽつと雨が降ってきた。やがてそれは土砂降りへと変わる。
「酷い雨だ。雪さん、ここら辺に雨宿り出来そうな場所はないかな!?」
「それならすぐそこに廃村が!潰れたのは最近の事なので家がまだ残ってると思います!」
「よし、そこに向かおう!背中に乗って!」
庵はしゃがんで背中を差し出した。
「えっ!?」
「足怪我してるよね!?走ろうと思うから乗って!」
「でも。重かったら」
「そんなの気にしてたら風邪引いちゃう!雪!いいから早く乗って!」
雪の腕を引き強引に背中に乗せると庵は走り出す。幸い廃村は近くにあって、その中でも一番大きな家に二人は避難した。
「くしゅん!」
家は雨漏りはあるものの、なんとか雨を凌げる。ただ濡れた服でどんどん体が冷えていき、雪は可愛らしいくしゃみをした。
「寒いよね、そうだ」
庵は風呂敷からTシャツとジーパンを取り出した。多少湿ってはいるが、風呂敷をお腹で抱えるように雨から守っていたため、そこまで酷くはない。
「これ僕が着てた服なんだけど雪さんが着て。僕は着替え終わるまで外に出ておくから」
「これ、服ですか?」
「うん、上はこうやって被るように着て。下はこうやって足を入れて上げれば着れるから。じゃあ着終わったら声をかけて!」
外に出た庵だったが、あの服は今朝から洞窟までずっと着ていたことを思い出す。臭いって思われたらどうしよう。そんな不安を抱いていると扉が開いて雪が顔を出した。
「あの。着替え終わりました」
中に入って庵が見たものは、Tシャツが大きすぎて余った袖で雪が恥ずかしそうに口元を隠している姿だった。彼シャツのような雪の可愛さに庵はボディーブローのような衝撃を受ける。そんな庵を他所に雪は何かに気づいたように袖を鼻に当ててすんすんと鳴らした。
「ごめん!臭かったよね!」
「いえ、そうじゃなくて。えっと。庵様の匂いがして安心するなって思いました。山賊から助けてくれた時みたいで、庵様の匂いを嗅ぐと安心するんです」
にこにこと嬉しそうに匂いを嗅ぐ雪に庵は耐え切れずにノックダウンした。考えないようにしていたが、雪のような美少女と廃屋に二人、しかも雪は庵の服を着ている。あまりにも理性が削られる状況だった。
「へっくしゅん!」
ピンク色の想像に取り憑かれていた庵も大きなクシャミをした。
「庵様も寒いですよね。火をつけないと!あ、でも薪はあるけど火打ち石がない。どうしましょう」
「あ、それなら」
そこまで言って雪の前でマッチを出していいのか悩んだ。まだこの時代にはないものだからだ。
「どうしましたか?」
それでもこのままじゃ自分だけではなく雪まで風邪を引いてしまうかもしれない。そう考えたら悩みは一瞬で無くなった。
「火をつける道具を持っているんだ。それを使おうと思ってね」
囲炉裏に薪を並べると庵はマッチを取り出して火をつける。それを見た雪の目は驚きでまんまるになっていた。
「凄いです!こんなにも早く火が着くんですね!」
二人で火に当たるが濡れた着物を着た庵は中々暖まらないでいた。体は芯まで凍えて火にかざす手はずっと震えている。
「勘違いかもしれませんが庵様は私に遠慮しているんですよね?それなら私のことは気にしないでその着物を脱いでください。風邪を引いてもこんな廃屋では休むこともままなりませんから」
「そうだね。ごめん、見苦しいかもしれないけど」
観念したように庵は着物を脱いで下着姿になると、下半身を隠すように着物を掛けた。庵の鍛えられた胸板や六つに割れた固そうな腹筋を見て雪はドキドキとしている。今まで父と兄のは見たことあったが、家族以外の、それも慕い始めている殿方の姿に鼓動が止まらない。
小さく手を伸ばしては引っ込める。それを雪は何度も繰り返した。少しで良いから触れてみたい。そんなはしたない欲望が心を埋め尽くす。
「ねぇ。嫌だったら話さなくてもいいんだけどさ。どうして雪の目はあんなに嫌がられていたの?」
こんなに綺麗な瞳なのに山賊達に気味が悪いと言われていたことが、庵はどうしても気になった。デリカシーのない質問かもしれないが、せっかくこうして二人きりなのだから、思い切って聞いてみることにした。
「そうですね。少し長くなるけどいいですか?」
こうして囲炉裏の火がパチリパチリと燃える中、雪は自分の目について語ってくれた。その表情はとても悲しそうで、こんなに辛い話なら言わせなきゃよかったと庵は後悔する。
「だから私の目は気味が悪いと嫌われているんです」
「そんなの勝手なこじ付けじゃないか!僕は雪さんの目を初めて見た時、こんなに綺麗なものがあるんだって驚いたんだ。他の人が何と言おうと、僕だけはその目が宝石のように輝いて見えるって断言する」
「本当……ですか?」
「雪さん……?」
「雪とお呼びください。一度だけ。あの雨の中呼んでくださいました」
雪は濡れた目で庵を見上げる。囲炉裏のゆらゆらとした火を映したアメジストの瞳は、この世の物とは思えないほど美しく思えた。その目に吸い込まれるように見つめていると、やがて雪がゆっくりと目を閉じた。庵の顔も段々と近付いて行き。
くぅ。
雪のお腹が可愛らしく鳴った。
「ぷっ!あははは!そうだよね。あれだけのことがあったらお腹も空くよね!」
「もう!庵様は意地悪です!そこは聞かなかったことにしてください!」
「ごめんごめん。こんな食べ物があるんだけど一緒に食べてみない?」
庵は風呂敷からチョコレートを取り出すと、袋を開けて雪に一つ手渡した。土のような見た目に雪は少しだけ不安そうな顔をしたが、庵が食べたのを見て思い切って一口齧ってみる。
「んっ!甘いです!それにほんの少しの苦さが甘味を引き立てて、良い香りが鼻を抜けて行きます。こんなにも美味しい食べ物があるんですね!」
世界中の女性を虜にするチョコレートの魔力は、どうやら戦国時代の女性にも効力があるようだ。キラキラとした目で大事そうにチョコレートを食べる雪はリスのようだ。
「ねぇ。家まで送ったら僕も挨拶していいかな?」
「?どうしっ!?」
チョコレートに夢中になっていた雪の唇が庵の唇と重なる。雪の初めてのキスはチョコレートの味だった。
「雪大好きだよ」
「私もお慕いしております。庵様っ!」
雪は嬉しそうにポロポロと涙をこぼす。そして二人の唇はもう一度重なった。
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