表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

紫の瞳を持つ少女

お待たせいたしました。

本日もお仕事や学業お疲れ様です。

 

「止まれ。そこから動くな」


 威嚇するように親分は振り下ろそうとしていた斧を庵の方に向けてきた。これで少女がすぐ殺されることがなくなったことを安堵しつつ庵は笑顔を浮かべる。


「私は旅の商人の庵と申します。見たところお困りのようですね」


「お困り?」


「ええ。処分しようと声が聞こえて来まして。それはいけません。どんなものにも価値はあるのです。ですので私が買い取ろうと思いまして声をかけた次第でございます」


 道具のような言い方をしたことを心の中で少女に謝る。それでも今は演技してでも少女の命を救うことが最優先だ。奥歯を噛み締めて笑顔を作り続ける。


「あ?こんな気味の悪い目した女に価値なんてねーだ、いってえ!何するんですか親分!」


「うるせえ!お前は黙ってろ!あぁ。商人さんよ。俺はこれを売りに行こうと考えてたんだが、少し野暮用で急がなきゃいけなくなってな。とても残念だが手放そうとしてた所に商人さんが来たわけだ。ということでこの大切な商品をいくらで買ってくれるんだ?」


 買うという言葉に庵は冷や汗が止まらなかった。なぜならこの時代の金を一切持っていなかったからだ。どうするかと頭を回転させるが妙案が思い浮かばない。


「あん?まさか商人なのに銭を持ってないなんて言わねえよな?」


「そんな訳ないじゃないですか。確かここに」


 苦し紛れに懐へと入れた手に固い感触がある。取り出すと手にあったのは手鏡だった。それを見て洞窟で着物へと着替えた後になんとなく懐に仕舞ったものだったと思い出した。


「なんだそれ?」


 不味い。手鏡なんかじゃ納得しないだろうと思った庵だがふと考え直す。この時代に鏡は存在したのかと。史実の戦国時代でないにせよ、見た人達の身なりから文明レベルを考えると鏡があるとは考えにくい。そうなると手鏡はとんでもない価値を秘めているのではないだろうか。


「いや失礼。こちらはとある高貴な方のために用意した鏡でしてね。間違えて取り出してしまいました」


 そう(うそぶ)いて懐に戻すフリをする。これで鏡という釣り針を垂らした。もし仮に鏡が一般的なものであっても、高貴な人に渡すものという保険もかけた。山賊ならこんな宝の匂いがする物をスルーするわけがないと祈った。


「待て。鏡ってことは銅鏡(どうきょう)か?それにしてはやけに小さいな」


 期待通り親分は案の定釣り針へと食いついてくれた。それに鏡で想像したのが銅鏡ということは、こんなに綺麗に見える鏡が無いことも確定した。あとは手鏡の価値を高めて交換へと持っていくだけだ。再び手鏡を取り出して開く。


「いえ。これは外国(とつくに)から一点だけ手に入れることが出来ました、大変貴重な銀鏡(ぎんきょう)でございます。銅鏡とは比べ物にならないくらい鮮明に映ります。どうぞご覧ください」


 本当は銀なんて使われていないけど。そう思いつつ親分の方へと手鏡を向けた。こんなに鮮明に映る鏡なんて初めて見るのだろう。山賊達は驚いた声をあげて自分の顔をペタペタと触っている。気になるのか少女も俯いていた顔を少しだけ上げて手鏡を見ていた。少しだけ見える顔は整っているように思えるが山賊達はどうして少女を殺す気だったのか。


「おい商人。悪い事は言わん。その銀鏡をよこせ」


「へ!?いやしかし!」


「ほら、その代わりにこいつをくれてやる」


 そういって親分は少女の手を縛る縄を斧で切ると、こちらに突き飛ばしてくる。その際に少女は足を痛めたようだ。上手く止まれそうにないので庵は抱き止める。腕の中にいる少女は。近くで見ても可愛い顔をしていると思う。


「さあ。銀鏡を渡せ」


「え、ええ。仕方ありません。お渡ししましょう」


 少女の顔に見惚れていて、つい(ども)ってしまった。とりあえず親分に銀鏡を渡して、これで一件落着と思っていると辺りから複数の足音が聞こえて来た。


「ここにいた。親分なんですかいその男は」


「あぁ。商人だとよ。気前よくお宝をくれた、な」


「へぇ!そりゃいいや!オレにも一つ恵んじゃくんないかねぇ」


 周囲からニヤニヤと笑う山賊達が集まって来た。親分を含めて八人の大所帯となる。右腕をギュッとにぎる感触に隣を見ると、少女が震えていた。


「なぁお前なんで商人なんて嘘ついたんだ?」


「え?いや私は商人ですが」


「嘘つけ!商人がそんないい刀ぶら下げてるわけねえだろうが!手練(てだれ)だと警戒して仲間が集まるまで手出さなかったが、何とか間に合ったな。お前ら!こいつはまだまだ宝を持ってるぞ!殺して奪っちまえ!」


 山賊達はそれぞれが武器を持って庵達を追い詰めるように(にじ)り寄ってくる。


「不味いな。走れそう?」


「いえ。さっき突き飛ばされた時に足を痛めてしまいました。ですので私を置いて貴方様だけでも逃げてください!」


 そうして顔を上げた少女と初めて目が合った。歳は十五歳程だろうか?庵が今まで見たこともないくらいの美少女で、アメジストのような綺麗な紫色の瞳が特徴的だった。


「大丈夫。少し待っていて」


 女の子を一人置いて逃げるわけにはいかない。庵の中で一つのスイッチが切り替わる音がした。先程までの優しげな表情とは打って変わり、無表情になった庵は白那を構える。


「一丁前に刀を構えやがって!どんな手練だろうと女守ってこの人数と戦える訳ねえだろ!お前らやっちまえ!」


 庵はまず駆けてきた山賊の脛を浅く切り付ける。まだ致命傷は考えなくてもいい。多人数相手なら機動力を奪って動ける人数を減らすのが先決だ。そう冷めた頭で結論付けた。次の山賊は鎌を持つ手首の内側をスッと白那でなぞる。それだけで血が噴き上がり腱を切られて鎌を落とす。


 今は殺さなくていい。そう考える庵の目に、自分ではなく少女を狙おうとした山賊の背中が映る。その瞬間目の前が真っ赤になった。白那を山賊の左背中に突き刺すと、脇腹を蹴り抜いてなぎ倒し、無理やり白那を引き抜いた。心臓を一突きにされた山賊は胸から大量の血飛沫を上げる。そして打ち上げられた魚のようにびくびくと痙攣すると、やがて動かなくなった。


 庵の修羅のような立ち回りに山賊達は動けない。振り返ると山賊達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。脛を切られた奴をしっかり連れ帰った辺り仲間意識は高いらしい。


 その場に残されたのは庵と少女と死体だけ。スイッチが切れた庵は膝から崩れ落ちて浅い呼吸を繰り返す。初めて人を殺した。その考えだけが頭を駆け巡り涙がこぼれ落ちる。


 そんな庵の頭を少女は優しく抱きしめる。過呼吸を繰り返す庵の背中を撫でて大丈夫だと繰り返し聞かせる。どれくらい時が経っただろうか。冷静になった庵は恥ずかしそうに顔を上げた。


「すいません。取り乱しました」


「いえ。戦場で初めて人を殺した者は罪の意識から取り乱すのだと父から聞いたことがあります。庵様は初めて殺したのですか?」


「……初めて殺しました。刀が肋骨を折る感触。柔らかい肉を突き進む感触。噴き出そうとする血を刀が()き止めている感触。全て明確に思い出せます。僕は名前も知らない男を殺したんですね」


「一人で抱え込んではだめです!庵様は私を助けるために戦ってくれました!それに原因は走れなかった私にあります!だからそんなに自分を責めないでください……」


 少女はポロポロと涙を流す。紫色の大きな目から溢れる雫は、一粒一粒が宝石が落ちるように見える。涙を流すほど庵を心配してくれているのだろう。そして今の自分は、そこまで心配されるほどひどい顔をしているのだろう。


 それなのに庵の頭は場違いな感想が浮かんでくる。こぼれ落ちる宝石のような涙や心配してくれる少女の優しい心根がどうしようもなく。


「……綺麗だ」


「……え?」


 無意識に口から出た綺麗だという言葉を、自分の中で反芻(はんすう)してみて、何を言ったか理解して庵の顔が赤くなる。そしてこんな場のはずなのに綺麗だと言われた少女の顔も庵以上に真っ赤になった。


「こんな人を殺した矢先に聞くことかと思われるかもしれないけど、君の名前を聞いてもいい?」


「……はい。雪と申します」


 こうして血生臭い道端で庵と雪は出会った。



最後までお読みいただきありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ