男は度胸
はじめまして。刻芦葉と申します。
この度は数ある作品から拙作を見ていただきありがとうございます。
皆様が面白いと思える作品を目指して頑張りますので、これからよろしくお願いします。
「おい!いたか!?」
「ダメだ!こっちにはいねえ!」
すぐ近くで聞こえてくる声に身を屈めながら庵は声の主を盗み見る。そこには小汚い具足を着た中年の男が二人いた。傷だらけの桶側胴には家紋が書いてあるが、それは庵の記憶にないものだった。
「まだ遠くには行ってねえはずだ!」
「あぁ!相手はあの『黒鬼』だ!油断しねえでいくぞ!」
庵は今すぐにでも叫びたかった。人違いです。自分は黒鬼なる人物ではありませんと。ただそうしたら最後二人が手に持つ長槍で串刺しにされるだろう。
「とりあえず隠れよう」
そう呟いて隠れられる場所を探す。どうしてこうなったのか。庵は少し前を思い出していた。
大学生になった庵は夏休みに祖父の家へと遊びにきた。高校生までは妹を含めた家族四人で遊びにきていたが、今年はなぜか祖父から庵一人で来いという指示が出たからだ。
「それにしても免許取ってなかったら大変だったな」
祖父の家は駅からかなり離れた所にある。当初はバスを使うことを考えていたが、時刻表を見ると一日に四本しか走っていない。田舎だとは思っていたが本数が少なすぎる。万が一乗り過ごしでもしたら、泊まるために持ってきた重い荷物を背負って何時間も歩かなくてはならない。
嫌な予感がした庵は母親が使っている軽自動車を頼み込んで借してもらった。サービスエリアで休憩してる時に、ふと電車の運行状況を見たら案の定遅延が発生している。もしバスを選んでいたら歩き決定だったと庵はホッと胸を撫で下ろした。
「おぉ。来たか庵」
「爺ちゃん久しぶり。婆ちゃんは?」
舗装されてない田舎道を走った末にたどり着いた祖父の家は、田舎ということを加味してもかなり大きい。小学生の頃修学旅行で行った福島で、武家屋敷を見た時に爺ちゃんの家の方が大きいなと思った程だ。車を降りると縁側でお茶を飲んでいた祖父の夜鷹が出迎えてくれた。
「さっき庵が駅に着いたって連絡をくれただろ?着いたらすぐ食べれるようにって昼飯の準備をしてるよ」
「そっか。なんか悪いな」
「可愛い孫のためだ。梓も嬉しそうに作っているから沢山食べてやれ」
「あはは。婆ちゃんはびっくりするくらいご飯を用意してくれるからね。食べ切れるかな」
毎年庵たち家族が来ると、その日の夜はどこの満漢全席だと思うほどの料理が出てくる。ようやくテーブルの料理が片付いたと思ったら、第二陣がくるのだ。
「それだけ孫が来るってのは嬉しいんだ」
「うん。そこまで喜んでくれるなら僕も嬉しいよ」
そんな話をしていると廊下の方から足跡が聞こえてきた。振り返ると梓が立っていて嬉しそうに顔を綻ばせている。
「まぁ!庵ちゃん来てたのね!それなら夜鷹も教えてくれればいいのに!」
祖母の梓は不思議な人だ。胸の前でやんわりと一つに結いた髪は紫色をしているが、おばちゃんパーマのような作られた色ではないように感じる。容姿もかなり若々しく見えて、母と並ぶと姉妹に見えた。ただそれを言うと母の機嫌が悪くなるから口には出さないようにしている。
「久しぶり婆ちゃん」
「庵ちゃんいらっしゃい。お腹空いてるでしょ?ご飯の用意出来たから食べましょう」
食卓へと向かうと案の定大量の料理があった。庵の好きな唐揚げは山のように盛られているし、生姜焼きにハンバーグにトンカツに肉じゃがと肉料理が所狭しと並べられていた。
「はい。沢山食べてね」
「あはは……。いただきます」
ニコニコとした梓が運んできてくれたのは丼に盛られた山のような白米だ。顔が引き攣るのを我慢しながら、庵は山へと挑み始めた。
「うっぷ。ごちそうさま」
あれほどあった料理が全て無くなって梓は嬉しそうな顔をしている。夜鷹と梓は年寄りにはキツいと肉じゃがしか食べてくれなくて、その他は全て庵の胃袋の中に入っている。
「お粗末さまでした。庵ちゃんデザート食べる?スイカ切ろっか!」
「いや、まだ大丈夫かな」
スイカどころか水の一滴すら入りそうにない。お腹をさすっていると夜鷹がどこからか一本の刀を持ち出して来た。
「食べ終わったな。それなら今日来てもらった理由を話そうと思う」
皿が片付けられたテーブルの上に夜鷹が持っていた刀を置く。その刀は真っ白の鞘に黒い柄をしていて、とても美しかった。
「庵。まだ強くなりたいという気持ちはあるか?」
まだ庵が幼かった頃、皆には内緒だと裏山に連れてかれた先で夜鷹は竹刀で巨大な岩を斬った。まるで戦隊モノのような光景に一目で魅了された庵は自分もやりたいと剣道を習い始めた。
結果として同世代では勝てる者がいないほど腕を上げたが、夜鷹のように岩を斬るまでは至っていない。それでも諦めずに庵が剣道を続けていることを夜鷹は理解した上での質問だった。
「強くなりたい」
「かなり厳しいぞ。死ぬかもしれないけどそれでも強くなりたいか?」
「だとしても強くなりたいよ」
「分かった。それじゃ爺ちゃんの秘密を教えてやる」
夜鷹に連れられて三人が向かった先は、かつて大岩を斬った裏山だった。そこで夜鷹は先ほどの刀を抜いた。鞘と同じく刀身は真っ白で、こんな綺麗な刀があるんだとしばらく見惚れる。
「この刀は『水鏡白那』長いから白那と読んでいる。この白那には不思議な力があってな。念じて振れば未来と過去を繋ぐ次元の裂け目が生まれる」
夜鷹は白那を振るう。すると何もなかったはずの空間が真っ二つに裂けた。唖然とする庵に梓は何処からか荷物が入った風呂敷を出して庵に背負わせる。
「え?」
「辛くなったらいつでも帰ってきていいんだからね」
要領が掴めない庵をぎゅっと抱きしめて梓は涙を拭いた。なにか認識に致命的なズレがあるような気がして怖くなってきた。
「この裂け目を越えれば過去の世界。白那には時を渡る力がある。その先で修行してこい庵!本当に危なかったら帰って来いよ。死んだら終わりだからな」
「ちょっと待って。気持ちの整理をする時間を」
「良いことを教えてやる」
夜鷹は庵に白那を握らせると背中をドンと押した。急な衝撃に踏ん張ることができずに裂け目へとたたらを踏んだ。
「男は度胸だ!」
そんな声と共に裂け目へと吸い込まれた庵は尻餅をつく。痛む尻をさすりながら立ち上がって辺りを見回すと、そこは森の中だった。なんとなく空気が美味しい気がする。
「何の音だ!?」
「こっちに『黒鬼』がいるのか!者ども探せ!探し出して殺してしまえ!」
そんな物騒な声が聞こえてきて庵は慌てて木の影に隠れた。ガチャガチャと金属が擦れる音とドタドタとした足音が聞こえてくる。見つからないように少しだけ顔を出して庵は音の正体を見た。
「あ、足軽?」
どうやら夜鷹が言っていた過去の世界とやらは戦国時代のようだった。
お読みいただきありがとうございました。