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「そもそも身分制度というのは、国の発展とは相反するものですよ。
なぜなら、本当に能力のある者を登用出来ないからだ。
このままでは、世界は滅びゆくばかり!」
そこは、王家が季節ごとに開く大規模な夜会で使用する、最も広いホールだった。
地球では必ず必要な柱が一本もなく、ひたすらに巨大な空間と、そこを埋め尽くす豪奢な家具、絵画、彫刻がある。
どれも魔法を多用しているのだ。
天井も床も、贅を凝らした模様が随所に彫り込まれており、タイル一枚も芸術品と言える。
タカイチは、その価値が分かっているのかいないのか、王座のある舞台で、どこぞのスマホの新作発表ばりに左右に歩いている。
歩きながら、演説していた。
「事実、我が世界では、独裁国家はどんどん貧しくなっている。
一部の特権階級だけが肥え太り、国民は飢えに苦しんでいる。
発展し、幸せに暮らしているのは、民主主義国家だけ。
人はみな、平等だ!
血ではなく、能力によって評価されるべきだ!」
事実かどうかも分からない内容を、まあ堂々と言い切るものだ。
芹那は、ある種、その度胸に感心する。
なにせ、彼の目の前にずらりと並んでいるのは、王宮を守る騎士たちだ。
当然、武器を携えている。
その少し後ろには、タカイチの言うところの『特権階級』らしき、いかにも裕福そうなおじさんたちが並んでいる。
宰相含め、国の主要な政治メンバーだろう。
「お前たちを、私が導いてやろう!
よき世界を作るんだ。
このまま滅びたいなら好きにすればいい。
だが、国を思い、国民を思うならば、今こそ変わるべき時だ!
制度を、仕組みを、そして、心を変える時だ!」
一部で拍手が起こる。
彼をかつぎあげている貴族達だろう。
もはや、王座を狙っていることを隠しもしないらしい。
「なぜかしら……」
芹那は、ホールの隅っこで首を傾げる。
どう見ても、彼らは不利だ。
なのに、やけに自信があるようだった。
何か、隠し玉があるのか。
「もうよい」
進み出たのは、ジャック・ヴァンドール伯爵──ファシオの父だった。
「界渡り殿のお話はよく分かった」
「そうか、分かってくれたか!
じゃあ早速、話し合いに入るとしよう!」
「なんのですかな」
「もちろん、俺……私を王にする手続きの話だよ。
まあすぐにといかないのは分かるさ、だから多少の時間がかかっても許してやろう。
一カ月、いや、三週間で全部終わらせてほしいもんだな」
はっきりと、明確に、王座を簒奪するつもりだと彼は言った。
伯爵は、ふっとため息をつき、声をあげる。
「この者を捕らえよ。たった今、彼は反逆者であることを宣言した。
国の法にのっとって、身柄を拘束せよ!」
ざっ、と騎士が前に出る。
慌てたのはタカイチだ。
「は、はあ?
待て待て、いずれ王になる俺に、言うに事欠いて反逆者だって!?
何言ってんだよ、いいからお前らは黙って俺の言う通りにしておきゃいいんだよ!」
上に立つ威厳もなにもない姿を焦ってさらしながら、彼はへらへら笑う。
だが、騎士たちは、また一歩前に出る。
そして、そのうち二人が、さらに距離を詰めた。
「やめろ、それ以上近づくな!」
タカイチは、後ずさって恐怖の表情を浮かべた。
なぜこのくらいのことを予想しなかったのだろう。
まさか、本気ですんなり、王様になれると思ったのか?
芹那がますます困惑したその時だ。
あたふたと、タカイチが懐から何かを取り出した。
芹那の血の気が引く。
「近づくな、撃つぞ!」
それは、拳銃だった。
この世界にはないはずの銃器に、誰もが首を傾げ、危機感のない様子だ。
当然、それが何か分からない騎士たちは、おもちゃのように小さな金属など恐れるに足らず、とばかりに左右から囲い込みに入る。
鍛えた体を、魔法で強化した鎧に包み、大きな剣を携えた姿は、タカイチを恐慌状態に陥らせるに十分だった。
鎧は貫けない、とでも思ったのだろうか。
タカイチの銃口は、とっさに、伯爵に向いた。
「危ない!」
芹那が飛び出すと同時に、短く乾いた発射音がした。
誰もがきょとんとする中、一瞬を置き、伯爵がゆっくりと背後に倒れた。
その腹に、赤い染みが広がる。
悲鳴があがる。
「体制派は倒れた!」
突然、ラシュレー侯爵がそう叫んだ。
人垣が割れ、彼は意気揚々と歩いてくる。
「かたくなに変わろうとしない国、言葉を弄して国王を巧みに操っている急先鋒、ヴァンドール伯爵は粛正された!
ここに、新たな国が幕を開けるのだ!」
目を見開き、笑っている。
向こうの世界の武器を再現する。
それが彼らの隠し玉だったのだ。
魔力にも武力にも頼らず、一瞬で人を殺せる。
その製法を独占すれば、国をも支配できる。
芹那はとっさに、走り出した。
「あ、あ、お、お前」
拳銃を握るタカイチの手は、ぶるぶると震えている。
人を撃ったのなど、もちろん初めてなのだろう。
手に異常に力が入っているのが分かる。
「強化」
筋力を底上げした芹那は、一瞬で彼の元にたどり着き、撃鉄部分を握りこんだ。
しっかりと動かないようにしながら、
「くそったれが!」
そう言って、タカイチの顎を殴り飛ばす。
芹那の手に拳銃を残して、彼は背後に吹っ飛んでいった。
「これ、ここ握って、それ以外触らないで。
これは武器よ、向こうの世界の、一瞬で人の命を奪う武器。
誰にも渡さないで」
真横の騎士にそう言って拳銃を預け、芹那は急いで、ヴァンドール伯爵の元に駆け寄った。
「な、な、な、娘、お前……!」
ラシュレー侯爵は、一瞬狼狽えたが、すぐに、
「そんなものは試作品にすぎん!
いくらでも造れる!
一番やっかいなヴァンドールを排除したのだ、お前たちには勝ち目はないぞ!」
芹那は、彼を無視した。
伯爵の周囲には、ファシオと、兄のアベル、そして幾人かの男たちが集まっていた。
腹からはどんどんと血が溢れ、顔はもう蒼白だった。
「父上!」
「どいて!」
芹那は、彼らを押しのけ、大声でサクラを呼んだ。
「お願いサクラ、伯爵を助けるのよ」
「任せるのだわ!」
芹那とサクラの魔力が混じり合う。
止血をするだけでは駄目だ、弾丸が中にある。
芹那は魔力を操作し、まずはそれをゆっくりと引き抜いた。
さらに血が溢れる。
伯爵の口から、ごぼりと血がこぼれた。
「父上!」
「伯爵殿!」
戦のある国のこと、命の末期を見てきた男たちが、絶望の声をあげる。
代わりのように、ラシュレー侯爵が大声で笑っている。
芹那はイラッとしたが、集中集中と自分に言い聞かせ、魔力を全開にした。
ふわりと髪が浮き上がる。
森に捨てられた時、短く切られてしまった髪。
今は少しだけ伸びて、肩を覆うくらいだ。
令嬢としては短いその髪を、不躾に見てくる人間もたくさんいた。
だが今、集まった人々は、そこに奇跡を見ている。
芹那の両手は、血に染まっていた。
血がだくだくと流れる腹を、両手でしっかりと押さえている。
やがて、その手の隙間から光の粒がこぼれてきた。
蛍の光のように仄かな光だ。
次第にそれは数を増し、明るさを増し、次々と伯爵の全身を包んでいく。
「治癒」
そっと呟くと、強烈な光の中、サクラの姿が現れた。
姿を消す分の魔力まで、蘇生に回したせいだ。
周囲が声をあげ、
「あれは……聖女様ではないか!」
「城下で噂になっていたという」
「まさか本当だったとは……!」
やがて、光はゆっくりと収束し、最後は伯爵の傷口に吸い込まれていった。




