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【書籍化】神様をインストールした令嬢 ~転生先は断罪後の悪役令嬢でした~  作者: 有沢ゆう


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ミュリエルは泣いていた。

泣きながら、屋敷の中を小走りして、ある場所を目指す。

日の当たらない北側の、さらに奥まった薄暗い廊下は、両側にいくつもドアが並んでいる。

それだけ、小さく区切った狭い部屋が密集しているということだ。


そのうちの一つを、ノックする。

小さな手では音が鳴らず、仕方なく、拳でドンドンと叩いた。

出てきたのは、背を丸めた皺だらけの顔だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、カールが……」


泣きながらミュリエルが言うと、男は、一瞬険しい顔をしたが、すぐに表情を消した。


「どこです?」

「馬小屋の、とこ……」


男はバルニエ家の下男であり、そしてカールの父だ。

ミュリエルより二つ上のカールは、いつも、兄のエドガーに連れまわされている。

そして、遊びだと言いながら木から飛び降りさせたり、剣の練習だと言いながら一方的に攻撃したりするのを、黙って受け入れている。

そうするしかない。

父親が仕事を首になれば、一家もろとも生きていくことができなくなる。


エドガーは、そんなことを全て知ったうえで、カールをうっぷん晴らしに使っていた。



カールの父は、素早く馬小屋へと向かう。

ミュリエルは、歩幅の違いで置いていかれながらも、一生懸命後を追った。


しかし、途中で、カールを背負って引き返してくる男と行き会う。

カールはぐったりとしていて、頭から大量の血を流していた。

それを見て、また、涙があふれる。


ミュリエルがカールを見つけた時、すでにエドガーはいなかった。

だが、兄の仕業以外、考えられない。

たぶん、いつもの通り無茶をさせ、怪我をしたカールから流れ出る血があまりに沢山で驚き、逃げ出したのだろう。

聞いても知らぬ存ぜぬを押し通すはずだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、カール、死なないで……」


泣きながら言うミュリエルに、男は、仕方なさそうに少し笑った。


「死にゃしませんよ。頭ってのは、血がたくさん出るもんです。

 傷自体はたいしたことありませんです」

「お医者様を、呼ばないと」

「お嬢さん」


静かに呼ばれ、その声が咎めるものだと気づき、黙る。


「そんなこと、旦那様が許すと思いますかね」


俯いてしまう。

ごめんなさい、と呟く。

けれど、その謝罪にはなんの意味もないことを、幼いミュリエルは知っていた。

その証拠に、男は、許すと一言も言わぬまま、カールを大事そうに背負って去っていく。
















ノックがあって、芹那は目が覚めた。

どうやら、本を読みながらうとうとしていたらしい。

襲撃された日にミュリエルの過去を夢で見て以来、途切れ途切れに、何度も同じように夢を見た。

だからあの日、訪ねてきたエドガーの顔も分かったし、後ろにおどおどと付き従っているのが下男のカールだということも知っていた。



あれから、危険は去ったとみて、旅行は終わりになってしまい、今の芹那はすでに王都のヴァンドール家に戻ってきていた。



どうぞ、と答えると、クラリスが入って来た。


「カールから手紙が届いておりますよ」

「見せて!」


手渡された手紙を、レターオープナーで開くと、一枚目に綺麗な筆跡が見えた。

どうやら、執事が代筆したらしい。



ファシオがつけた背中の傷は、かなり深かった。

死なない程度に切ろうと思った、と言い訳していたファシオによれば、間に飛び込んできたカールはエドガーよりも距離が近くなり、深く入ってしまったと。


普通なら死んでいた。

だが、彼は生きている。

芹那が助けたからだ。


聖女なら、癒しの魔法みたいなの、あるよね!?


エドガーの顎を蹴り上げ、気絶させた後、サクラに怒鳴るように尋ねると、もちろんよの答えがあった。

だから、魔法の使い方を教えてもらい、その傷を治したのだ。


といっても、完全に治してしまったのでは色々と都合が悪い。

聖女であることは、できるだけ隠しておきたいからだ。

結局、当初のファシオの予定通り、死なない程度の深手、まで治しておいて、あとは医者にまかせることにした。


王都までの移動はさすがにできないし、そもそも、カールは死んだことにしてある。

生きていると知られれば、当たり前だが、エルサンヴィリアに送還せざるを得ないし、そうなれば、バルニエ家でどんな扱いをされるか分からない。


色々考えた結果、彼は名前を変え、リャナザンド家で雇ってもらうことにした。

芹那は、迷惑かけすぎだわ、と思い、返礼を考え中である。



「もう起き上がれるみたい。やっぱり癒しの魔法のせいか、治りが早いのかしら」

「かもしれませんね」

「カールって呼んじゃ駄目ね、ヨナスよ、ヨナス」


自分でつけた新しい名前に、なんとなく馴染まない。

夢で数回見ただけで、初めて会ったはずのカールは、芹那にとってなぜかカール以外の何者でもなかった。

まるでミュリエルの感覚を共有しているみたいだ。

芹那はそう感じる。


身体にも記憶はあるだろうか?

分からないけれど、カール改めヨナスの無事を心から喜ぶ気持ちは本物だった。



「はあ、お礼、どうしよう」

「ファシオ様が考えてくださいますよ。だって、あの方がやったんですから」

「どうしたの、不満そうね」

「ええ……私がやろうと思ったのに、先を越されました」


目の奥が燃えている。

さすが元騎士、やる気は現役時代に負けずとも劣らないらしい。


エドガーに手を出させ、はっきりと罪を犯させた上で処分する計画だった。

まさかあんなに簡単に煽られるとは思わなかったが、ぶつけた言葉は、全てミュリエルの代弁のつもりだ。

もちろん一応、魔法で身を守っていたのだが、さすがに目の前にナイフが迫った時は心臓が縮み上がった。

相変わらず、怖くて何もできなかったから、とっさにジェラルドが動いてくれて助かった。


とはいえ彼もまた、青くなって震えている芹那を、珍しいものでも見るように見ていたから、やはりメレディアの夫なのだな、と思うけれど。




「いくぞミュリエル!」

「あ、はーい!」


ノックを面倒くさがったのか、廊下からファシオが叫ぶ。


これから、印刷業者に会うのだ。

芹那が始めようとしているのは、雑貨店だった。

だが、雑貨自体はどうでもいい。

商品は、商家であるメレディアが紹介してくれる既製品を並べるつもりだ。

キャンドルや小さな菓子、綺麗なハンカチなど、なんでもいい。


芹那が売るのは、ラッピングである。

この世界、基本、高価な品は業者が直接貴族に届ける。

だから、ラッピングすることがない。

庶民たちも、買った物は紙袋に放り込んでおしまい。


芹那は、それを、贈り物の習慣に結び付けようと思っている。

活版印刷はあるが、包み紙に模様を印刷するような業者はないらしい。

まずは、単色でいいから、綺麗な色の紙で包み、リボンを盛り上げたり花を模した飾りをつけたり、そういうところから始めるつもりだ。


いずれは、デザイン性のある包み紙をオリジナルで生産し、そちらをメインで売っていく。

それと、インクだ。

現在、存在している発色の良いインクは、貨幣の印刷のみに占有されている。

他の商品に使うことは、厳しく禁じられていた。

芹那は、新しい顔料を抽出できる鉱石と、それが産出される鉱山をタブレットで検索していた。

明日は、その鉱山を買い付けする。


つまり、雑貨店は、サンプルのようなものだ。



「お待たせ!」


ミュリエルは、新しいことを始めるのが嬉しくて、ファシオの手を取って走り出した。
















****************************







アンリエットは、ジョスランの後ろに付き従っている従者がエドガーではなくなったことで、失敗を悟った。

直接聞くことはできなかったが、侍女が仕入れてきた噂によれば、隣国から大けがをして戻って来たとか。


なんて役に立たないの。


罵ってはみたが、すぐに、エドガーのことはどうでもよくなる。

失敗を責めている場合ではない。

そんな余裕は、もうない。


聖女お披露目まで、あと一週間。



「アンリエット、さあ、どうかな、そろそろ体も良くなったと聞いた」

「ええ、ジョスラン様……」


心なしか、ジョスランの顔も険しさがほの見えるようになった。

彼もまた、焦っているはずだ。

王命であった婚約者を勝手に代え、その令嬢を犯罪にまで追い込んだ。

アンリエットが聖女であったからこそ、それらの所業も許されたが、そうでなければとうに廃太子されている。


二人にとって、聖女であるということは、全てのよりどころなのだ。


聖心力を失ったと知られたら。

アンリエットは震えを押し隠すことに必死だった。

なぜこんなことに。

こんなに追い詰められているのは、全部、全部、ミュリエルのせいだ。

あの女さえさっさと死んでくれれば、なにもかもうまくいくのに。



「ジョスラン様」

「ああ、なんだい」

「私、あなた様が心より私を慈しんでくださっていることで、もうほぼ回復しておりますわ」


引きつりそうになりながら、アンリエットは気力を振り絞って微笑んだ。

ジョスランの顔が、さっと明るくなる。


「おお、そうか、さすが我が姫」

「それでね、より純粋に聖なる心を高めるために、残りの一週間を聖堂にこもって祈りを捧げる時間としたいのです」

「一週間も?」

「ええ、最低限の食事と、最低限の睡眠、それ以外を全て神に捧げるのです。

 それにより、私は完全な聖女となりますわ」



ジョスランがそれを許し、ほんの半日後、アンリエットは準備を整え聖堂へ入ることになった。

聖堂にあるのは、神を模した像である。


だが、聖女の力を手にしていた時のアンリエットは、その像がほのかに聖心力を帯びていることに気づいていた。

だから、嘘をついてまでここへ来た。

修行なんてするつもりはない。

女神の気配のする像は最後の希望だ。

他にはもう、すがるものはない。


「神様、神様、お助け下さい」


像の膝元にすがり、アンリエットはなりふり構わず叫ぶ。


「私が聖女なのに! 私を選んだのでしょう、そうでしょう!

 聖心力は、不当に奪われたのです!

 私の物なのに、あの女が!」


自分が魔力ごと送り込んだことなど忘れ、ひたすらミュリエルが悪いのだと叫ぶ。


「お願い、このままじゃ、私、殺される。

 殺されちゃう。

 もしかしたら、全部の責任を私におっかぶせるつもりかも」


王宮に来て様々なことを勉強した彼女は、ここにきて自分の運命を正確に予想していた。

王太子であるジョスランは、おそらく、逃げ切らねばならない。

とすれば、アンリエットが聖女ではなかったとばれた時、国民に向けて、この身が稀代の悪女として知らしめられるのだ。

ジョスランは、魔女アンリエットに操られた被害者となる。


「火あぶり? 磔刑?

 嫌よ、絶対いや!」


アンリエットは、ひたすら祈った。

助けて助けてと祈る。


「もうやだ、なんでよ、魔力さえ、聖心力さえ戻ればいいのよ、ねえ。

 なんで死なないの、あの女、なんで!

 戻れ、戻りなさいよ、あの下僕め、なんで戻らないのよ!」


ミュリエルを操る方法を囁いたのは、あの下僕だ。

あいつのせいだ。


「戻れ……戻ってきなさい!!」


心の底から叫んだ。

その時。


神の像が光った。

まぶしさに目を細め、あふれる光に手をかざす。


ひときわ強く明るくなったあと、唐突にそれらは消えた。


その後に、小さな姿があらわれていた。

そして言った。





「ふう。なんだか呼ばれたのだわ!」






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