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【書籍化】神様をインストールした令嬢 ~転生先は断罪後の悪役令嬢でした~  作者: 有沢ゆう


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芹那にとって、見も知らない兄。

何をしに来たのか、目的は何か、さっぱり分からない。


当の兄とやらが言うには、ミュリエルが追放されて以降、ずっと行方を捜していたが、この度ようやく噂をたどってヴァンドール家にたどり着いたとか。



「タブレ……ううん、サクラに聞いたのだけれど」


メイドの耳を気にして、芹那は慌てて言いなおす。

ファシオは、鳥についていた、兄の来襲を伝える手紙をじっと睨んでいる。


「兄は、私の婚約破棄と引き換えに、王子の側近に取り立てられたんですって。

 これって、味方かしら、敵かしら」


下唇に人差し指を添えていたファシオは、


「タイミングがきな臭い。

 お前を襲った悪党どもが向こうに引き渡されてすぐだぞ。

 どう考えても、そいつらを放った聖女から、お前の居場所について情報を得たとしか思えない」

「だよねえ……。

 でもそんなバレバレのことする?」

「それだけ切羽詰まっているのかもしれない」

「ええ、聖女様はね。兄は?」

「さて。お前が生きているデメリットがあるか、お前が死ぬメリットがあるか」

「どっちにしろ殺しにきてるじゃない!」


ファシオは立ち上がる。

つられて立ち上がりつつ、


「ど、どうするの?」

「そうだな。新婚旅行にでも行こう」

「はっ? だ、け、けけけっこんしてないじゃん、まだ!」

「そうか、じゃあなんだ、婚前旅行か?」


いかがわしい!

声もない芹那に構わず、


「時間を稼ぐ意味でも、物理的に離れるほうがいいだろう。

 お前の兄とやらとは、対面しない。良い結果になるとは思えないからな。

 何を企んでいようと、目の前にいなければ何も出来ないしな。

 今から婚約を成立させる書類を整える。

 もちろん、父上の署名が要るから、誰かに走ってもらわねばならん。

 あー、ちょうどいい、クラリス」

「嫌です」


ファシオは目をむいた。

ものすごい勢いで拒否されたからだ。

芹那は、唖然としている彼にニヤッと笑いかける。


「彼女は私が雇ってるのよ、勝手に使われては困るわ」

「ぐ、そ、そうだったな」


すん、と横を向いていたクラリスは、私の後ろに移動した。


「私はお嬢様から離れるつもりはございませんので」

「ううん、わ、分かったよ、心苦しいがリャナザンド卿に人を貸してもらおう」


そう言って立ち上がる。


「旅行先も含めて、諸々相談してくる。

 お前はもう休め、また明日来る。

 おとなしくしてろよ」

「はいはい」


さよならの代わりにいつものセリフを言われ、適当に肯く。

ファシオが出て行った後、クラリスが話しかけてきた。


「長いご旅行になるかもしれません。

 どこに行くにしろ、避暑地や別荘地となれば、王都やここほど便利ではございません。

 準備なさいませんと」

「ああ、そうね。ファシオにはない注意点だわ、ありがとう、そうしましょう」



クラリスがいて良かった。

ちゃんとした女性のアドバイスに従い、諸々買い揃えた後、芹那とファシオは馬車で西へと向かった。



そこは、リャナザンド家の別荘があるそうだ。

馬車で一週間ほどもかかる距離で、王都からはだいぶ離れることになる。

湖があるそうだ。

都市ではないが、活気のある田舎町で、海も近い。







馬車が出て、三日で、芹那は気づく。

なんだか楽しい。


それは久しぶりの感情だった。


旅行に行く楽しさ、知らない場所に行く楽しさ、美しい車窓の喜び。

クラリスとたわいもない話をする楽しさ、海を久しぶりに見る期待感、名産だというワインを楽しみにしているファシオを見ている喜び。





芹那にとって、旅行の楽しさは学生時代で終わっている。

お金はないけれど、気の合う友人同士で観光地を巡った日々。

卒業後はほとんど連絡を取らなくなってしまった。

なぜだろう。

わざわざ連絡を取らなければ会えない距離は、埋められない関係だったということかな。


夫と付き合い始めてからは、失敗しないようにいつも気を張っていた。

忘れ物をしないように、時間に遅れないように。

宿の予約はしたかしら、レンタカーの予約はちゃんとできているかしら、寄り道する店は混みすぎていないか、行列は駄目、並ぶような人じゃないから。


なんで、気づかなかったんだろう。

元から、優しさは見せかけだったのに。


結婚してからはその見せかけすら消えた。

旅行と言えば、なぜかいつもイライラしている夫の機嫌をとるものだった。

飲み物は切らしてないか、ガソリンスタンドは入れやすい場所で、トイレは寄ってくれないから事前に済ませて──。



「どうした、眉間にしわが寄ってるぞ」

「えっ」


言われて、芹那ははっとした。

なんで前の夫のことなんか思い出して不愉快になってるんだろ。

そんなことで楽しい時間を使ってしまうなんて、馬鹿なことだ。


「ううん、ねえ、魚を生で食べる習慣とか、ある?」

「はぁ? いや、無理だろ」

「やっぱりかー、あー、海が近いなら美味しいだろうなお刺身」

「なんだよそれ。美味いなら食わせてやるぞ」

「料理できるの?」

「別荘は使用人付きだ、料理人にやらせればいい」


ふむ。

芹那は、この際、タブレットを駆使して出来ることはやってみようと決めた。

今まで色々ありすぎて、落ち着いて生活を楽しむ時間がなさすぎた。


美味しいものを食べて、楽しいことをする。

だってお金も時間もあるんだもの。


芹那は初めて、神様にちょっとだけ感謝した。









「うわあ、綺麗なお屋敷!」


馬車から降りた芹那は、声を上げた。

滞在先の別荘は、まさに白亜の城、といった風情の壁に、どういった加減か、ピンク色に見える屋根が付いている。

いくつかの塔があり、円錐状の屋根が可愛らしい。

正面の大扉前は、馬車が回れるロータリーになっていて、新緑のツタと真っ赤な薔薇が美しく配置されている。



「可愛い! 最高!」

「所有者は、若い公爵令嬢だとか」

「リャナザンド家の別荘って言わなかった?」

「親戚だとさ。そこの娘の持ち物だ」

「へえええ、若いのに凄いわね」


使用人たちに迎えられたエントランス、そして応接室も、クリーム色の大理石と淡い色の調度品でまとめられている。

置かれている品はいずれも高そうだが、金ぴかではなく、落ち着いた印象だ。


「素敵、センスがいいのね、持ち主のかたは」

「おほめに与り光栄でございます。

 ヴァンドール伯爵様より、直々にお言葉もいただきました。

 当家の執事でございますこのウォーレン以下、ご子息様ならびに婚約者様が居心地よく滞在されますよう、心よりお仕えさせていただきます」


びしっと決めた執事は、別荘ということもあるのか、まだ年若い。

三十そこそこといったところか、若すぎる気もするが、物腰は上品で申し分ないようだ。


「ああ、世話をかける。

 特に、我が婚約者は、平民の身分であったからな、皆を驚かせることもあるだろう。

 大目にみてやってほしい」

「よろしく頼みます」


にっこり笑った芹那に、執事もまた、微笑み返す。


「田舎ゆえ、王都ほどかしこまった風潮はございません。

 また、当家の主人も、常識にとらわれないお嬢様でございます。

 どうぞ気張らず、ご実家のようにお過ごしになられますよう」









海を見たかったが、さすがにその日は無理だった。

軽い食事を取っただけで、疲れて爆睡した。

お嬢様育ちのミュリエルの身体は、若さによる体力を加えて、ちょうど前世の芹那くらいの体力だ。

一週間の馬車旅は、さすがに堪えた。



「転移ってないの?」

「転移って?」

「瞬間移動よ、遠い場所にぱっと移動するの」

「ないけど、不可能じゃないわよ、あなたの魔力なら」


朝、ベッドでごろごろしながら、サクラに聞いてみた。

ないのか。

ないものを試すのは、ちょっと不安だ。

要検討、といったところでおいておこう。


「出かけよう!」


まずは、この世界を好きになろう。


つまり、この時、芹那はここでずっと生きていくことを決めた。

諦めたのかもしれない。

元の世界には戻れそうもないし、戻ったところで、多分生きる場所はない。


悲しいような気もする。

けれど、執着するような関係が、あの世界にあっただろうか。

実家とも淡白な関係で、兄夫婦と姪っ子を猫かわいがりしている両親は、芹那がいなくとも大丈夫だろう。

夫はどうか。

きっと──困っているだろう。

あの人は、自分のバスタオルも出さない人だったから。


ニヤッと笑った芹那は、勢いよく、飛び起きた。




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