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「お初にお目にかかりましてございます。

 閣下におかれましては、お忙しい中、お時間をいただきましたこと、ありがたく存じます」



芹那が、クラリスのスパルタ教育で身に付けたカーテシーを披露して見せると、リャナザンド子爵は、にこにこと笑った。

五十代後半といったところか、笑顔ではあるが、目つきは厳しい。


応接室には、他に背後のファシオと、壁際に控えた家令のみ。



「可愛らしいね、初めまして、私がここの当主です。

 お名前はなんと?」

「ミュリエルと申します。姓はありません」

「うん、入国の経緯は聞いているよ。

 大変な目にあったね」


子爵には、罪をおかし、追放され、魔力でなんとか生き残り隣国へ逃げてきた、という表向きの事実だけ伝わっているはずだ。




「さて君、君も、久方ぶりだね」


ファシオに向かって、肯いて見せる。


「ご無沙汰しております」

「まさか、君が伯爵家の御次男だったとは。

 メレディアの後ろで、うちの息子を威嚇していた姿からは想像もできなかったよ」

「勘弁してください……」


メレディアの夫の父親、ということになるからか、ファシオとはやや遠い関係のようだ。


「それで?」

「はい、改めまして私の口からお願い申し上げます。

 私の立場上、元貴族とはいえ今は平民であるミュリエルと、婚姻を結ぶことはできません。

 つきましては、こちらで養子に迎えていただけないかという話です。

 ただ、もう少し、込み入った事情がございまして」



最初、こまかい事情は伏せようかと考えていた。

それに反対したのは、ヴァンドール伯爵だ。

シェルライン家ではなく、リャナザンド家に養子先の候補が変わった時点で、ファシオがすぐに鳥を飛ばしたのだ。

残らず事情を説明しなさい、と返信があった。

なぜか、そのほうが受け入れて下さるだろう、という余裕ぶり。


芹那たちは、ダメもとで、全てを打ち明けることにした。








子爵の決断は、早かった。


「話は理解したよ。では、なるたけ早いほうがいいだろうね」


そして、片手を挙げて家令を呼ぶと、


「妻を呼んできなさい」


そう告げた。


「君たちはまあ、落ち着いて。ミュリエルちゃん、そのお菓子、食べてごらん。美味しいから」

「は。はい。お菓子。はい。いただきます」


プチシューのような食感の菓子を、無意識に口に放り込む。

おいしー。

じゃなくてさ。



のんびりした時間の後、フットマンがドアを開けた。

入って来たのは、50代くらいの上品な女性だ。

白髪はあるが、ふくよかな体にはエネルギーがみなぎっているふうだ。


「まあまあ、いらっしゃい、二人とも!」

「お、お初にもぐもぐお目にもぐもぐ」

「いいわいいわ、座って。落ち着いて。お茶を飲んでね」


お嬢様レッスン、台無しだな。

そう意気消沈しながら、お茶を飲む。



「お元気そうで何よりです、奥様」

「見違えたわ、ファシオ。使い込んだ皮鎧で鼻息荒くうちの息子を睨んでいた子が、すっかり素敵な紳士ね!」

「ほんと、勘弁してください……」


奥様は、ほほと笑い、そして自分の夫を見た。


「で、あなた、お引き受けになるのね?」

「うん、書類、持ってきてくれたかな」


手に持っていたのは、どうやら手続き用の書類らしい。




「自分から頼んでおいてなんですが、よろしいのですか?

 かなり、やっかいですよ、こいつ」


奥様の登場でなんだか少しくだけた様子のファシオが、ざっくばらんに聞いた。



「まあ普通なら、断るだろうね。当たり前だが、私には私の家と、息子たち、親族家門を守る義務があるからね。

 しかし──我が家(・・・)は国を守る、責務を負っている」


ファシオははっとし、何かを考え込んでいる。


「おやおや、それ以上考える必要はないよ。

 私は、これ以上を述べるつもりがないからね。

 ただ、国家の安寧を願う気持ちは、君のお父上と同等であると理解してもらえればいい。

 君の一存でなく、ヴァンドール伯爵が婚約を進めているという事実。

 そして、他国の、魔力を持った、空種らしき少女の存在。

 現在の我が国の懸念が、空種に起因していること。

 すべてを考えあわせれば、伯爵のお考えも見えてこよう」


座りなさい、と示され、ファシオが再び腰を下ろす。


実は、芹那は、ファシオに黙って、タブレットでリャナザンド家について調べていた。

この家が、実は諜報部の統括をしているなんて。

ミュリエルの実家と同じ子爵家だが、おそらくわざと低い地位を与えているのだと思う。

自由に動けるように。

中枢部とのつながりは、ヴァンドール伯爵にも負けないものだ。


芹那はそのことを、見なかったことにした。

きっと、国の上層部でもわずかしか知らないような事実だろう。

秘密は知らないほうが安全だ。



「ミュリエル嬢の養子の件、承った。

 それが国のためになると、私が判断した。

 親族に文句は言わせないから安心しなさい」

「ありがとうございます、閣下」

「手続きは今ここで済ませる。

 転居はどうするつもりでいる?」


ファシオは、首を振った。


「いえ、先ほど申し上げました通り、悪党どもがこいつを狙っています。

 安全を考えて、書類上のみ、養子としていただき、住居はいまのままうちで」




「あらあ」


奥様が、ほほに手を当てた。


「書類上とはいえ、親子になるのよ? 交流はもたせていただけないの?」

「そうだなあ、変に勘繰られないためにも、数日でも滞在してはどうだ。

 なに、荒事なら心配はいらない。

 我が家はそれなりに、対策してあるさ」


婚約に変な狙いがあると察知されないために、と言われば、そんな気もする。

ファシオもそう思ったらしく、そうですね、と不承不承言う。


「では、三日ばかりお世話になれればと」

「あなたはもちろん、宿で待つのよ?

 婚約前の男女が、旅先で一つ屋根の下だなんて!

 変な噂になったら、ミュリエルちゃんがかわいそうだもの」



ファシオは渋い顔をしたが、なんだかんだと結局、クラリスとサクラとともにミュリエルはここに残り、自分だけ馬車で帰っていった。


「明日また来る、いいか、迷惑かけるなよ?」


何度も心配そうに言いながらだ。

失敬だな。

史上最高に、大人しくするつもりなのに。





夜は、メレディアの夫の兄であるご長男夫妻と、下の妹二人とともに、晩餐をとった。

サクラと一緒に魔法を披露したりして、楽しい時間だった。


「メレディア義姉さまの魔法も凄いけど、ミュリエル様の魔法もすごい!」


女の子二人は、たいそう喜んでくれた。

え、メレディア様って魔法使えたんだ。

なんとなく、彼女に、インヴィジブル状態のサクラが見えていた理由が分かった気がした。






翌日、昼前に、今から行くとファシオからの先ぶれがあった。

芹那は、見知らぬ人に囲まれて過ごした時間に少しだけ疲れていて、見慣れた顔を早く見たくなる。


窓際で、到着を待った。

サクラが背泳ぎみたいにその辺を飛んでいる。


やって来た馬車が見えると、思わず立ち上がったほどだ。


扉が開き、ファシオが降りてくる。

玄関先に迎えに出ようと思った時、彼が、馬車の中に手を伸ばすのが見えた。


その手を握り、エスコートされて降りてきたのは、メレディアだった。

相変わらず、美人なお姉さんだ。


二人はごく自然に微笑み合い、特に、ファシオときたら、見たことがないほど嬉しそうだ。


芹那はなんとなく、窓から離れ、ソファに座って、冷めたお茶を飲む。



「お嬢様、ファシオ様がご到着でございます。

 ご案内してよろしいでしょうか?」


執事がノックと共に尋ねてきたので、お願いします、と微笑む。

それから、ドアが閉まるのを待って、両手で自分の頬をぱちんと叩いた。


「なにしてるの?」

「サクラには分かんないわよ」


気合を入れる、なんて、きっと、この自由な生き物にはない感情だろう。




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