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「お前、俺の婚約者になれ」



さっきの沈黙よりももっと長い沈黙ののち、声を発したのは、やはり年の功か、モーガンだった。


「思い付きにしては良い案でございますな」


芹那は、意外だ、という気持ちを隠さず、


「どういうことでしょう」


と聞いた。


「現在、お嬢様は我が家の賓客ではありますが、公的な身分は平民。

 そのため、取り締まる側も、問題を小さく見積もることになります」

「ふーん、向こうじゃ建前だけでも平等だけど、こっちはあからさまに不平等ってことね」

「坊ちゃんや旦那様がお守りするにも、理由がない」


本当の理由なんて話せないしね、と思う。

異世界人だから、だなんて、反政府派を引き寄せる餌をまくようなものだ。


なるほどつまり、形だけの婚約者という立場で、敵を一掃しようというわけか。




「公的に、国が、騎士団が、お嬢様をお守りする理由が必要です。

 それすなわち、身分」

「なるほどです。それは分かります。

 でも、実際、平民がこんなお屋敷の坊ちゃんの婚約者になれたりするものですか?」


坊ちゃんと呼ぶな、と真顔で言ったファシオは、芹那の疑問に首を振って答えた。


「いきなりは無理だ。だから、一度どこかに養子に入ることになる。

 平民からだと、それほど高い爵位の家は無理だが、加えて、俺の婚約者という立場が乗れば、底上げになる」

「養子なんて……隣国の元貴族で今は追放された私を、受け入れてくれるの?」

「罪自体は、追放されたことで清算されている。だから、あからさまに養子になれない要件はない」

「評判とか口コミとかは最悪ってことじゃない」

「身分さえあれば、だれにも文句は言わせん」


力強く言い切るファシオに、なんとなく残る反対意見も口に出せない雰囲気になった。


「それに、俺は次男だからな。爵位を継ぐわけでもない、自由な身だ」

「坊ちゃん、具体的に、ご養子先のあてはございますか?」

「ああ。ちょっと……昔の伝手を頼ろうと思う」

「昔とおっしゃいますと」

「まあその。家を出ていた時代の、だな」


言いながら、ファシオは軽く微笑んだ。

その頼れる相手を思い浮かべているのだろう。

なんだか楽しそう、というか、嬉しそうだ。


モーガンは納得したのか、軽く頷いた。


「旦那様にご相談申し上げてから動く、とお約束下さいますね?」

「も、もちろんだ」


今すぐにでも、という勢いだったファシオは、慌ててそう言った。








ファシオの父は、すぐには了承しなかった。

数日間、じっくり検討を重ねた結果、ようやく許可が下りる。


ミュリエルを身内に迎える意思を示すことと、空種(スカイシード)問題、立太子の時期、そして襲撃者の存在と、あらゆるものを天秤にかけた結果だ。



「すみません、形ばかりとはいえ、婚約者として公的につながりを持つことになってしまって」


伯爵には、ミュリエルの罪と、芹那が入ることになった事情全てを打ち明けてある。


「構わない。

 君の身の安全は、これからの国にとっても重要だからね。

 むしろ幸いであると考えよう。

 養子先の候補には、いくつか私の方で見繕っておいた家がある。

 が、ファシオの伝手というのが、なかなかちょうど良さそうだ」

「どちらのおうちですか?」

「ここから南に下がった、王都の次に大きな都市だ。

 王弟が治めていらっしゃる土地で、商業が盛んだよ。

 王都は何かと規律が厳しいからね、距離も近いその都市のほうに、多くの貴族が居を構えている」



ではそんなに長旅にはならないんだな。


「馬車で三日ほどかな」

「ながっ」


伯爵は、芹那の返事を聞いて、とびきりの微笑を見せた。


「その前に、最低限のマナーを学んでもらおうかな」










馬車の旅は、思ったよりも快適だった。

もちろん、魔法ありきの話ではある。

固い石畳や、ある程度整備されているとはいえ結局は土でできた道を、木の車輪で走る。

苦行だ。


今までの芹那は、師匠であるファシオが教えてくれる魔法しか使えなかった。

けれどもう違う。

芹那には、妖精がついている。



「妖精じゃないのだわ!」

「じゃあなんて呼べばいいの?」

「ううん……」

「名前はないの?」

「ああ、名前、名前ね! 私という存在は唯一だから、区別するための記号は不要だったのだわ。

 でも今は、あったほうが都合が良いのだわ。

 あなたがつければいいのだわ!」


ということで、聖心力そのものが具現化した生き物であるそれは、サクラ、となった。

故郷をしのぶ気持ちでつけた。

ファシオたちは、聞きなれない名前に首をかしげていたが、異議はとなえられなかった。


このサクラは、ミュリエルよりも多い魔力を持っていた。

すなわち、使える魔力が倍以上になったようなもの。

倍率ドンだ。







「便利なものだな、スライム」


ファシオが、馬車の中でぴたぴたと座席を叩きながら言う。

芹那もまた、ひんやりとした感触のスライムをお尻に感じながら、故郷に感謝をささげる。


スライムなんてものは、あの世界にもこの世界にもいない。

あるのは、創作の中だけだ。

けれど、芹那のスライムのイメージを、サクラが読み取ってくれる。

そして、勝手に魔法で創造してくれるのだ。


こりゃあ、魔力操作なんて練習する気になれないよね。


なんとなく、アンリエットの気持ちが想像できた。

自分でやらずとも、サクラがやってくれるのなら、それでいいじゃない、と思わないはずがない。

怠け者ならなおさらだ。

王家や周囲が、魔力コントロールを身に付けたと誤解したのも、このせいだろう。




いずれにせよ、スライムのおかげで、ある程度快適な旅だった。

都市間の行き来が、貴族含め頻繁であるため、道沿いの集落もにぎわっている。

快適な宿も十分にあり、芹那は、むしろ旅を楽しんだ。









「まもなく到着です。宿をお取りしますか?」

「そうだな、頼む」



目的の都市に到着し、ファシオの判断を仰いだのは──クラリスだ。

あの日、芹那と一緒に街に出て、殴られ気絶してしまった騎士だ。







騒動が落ち着いてからふと思い出して聞いたところ、クラリスは自ら騎士団をやめたと言われた。

幸い、後遺症は残らなかったが、責任を追及された。

仕方のないこと、とファシオは言った。



「昔さあ」


芹那は、突然思い出した。


「就職して三年目かな、上司にチームの議事録をまとめろって言われて、レコーダーから逐語記録を起こしてたんだよね。

 そしたらさ、その中に一部、軽口たたいてる偉い人の言葉があってさ。

 でも、内容は明らかに、議題に反対意見を述べているわけ。

 私は、もちろん、仕事として記録に残したよね。

 そしたらさあ、その発言が問題になっちゃって。

 偉い人はそのプロジェクトから外れることになっちゃって。

 私が軽口までまとめたせいだって思う人もいたし、でも私は言われた通りに起こしただけだし。

 結局さ、私もなんだかんだ理由つけられて、そのチームから別の部署に異動になったんだよね」


半分は理解できなかったようだが、言いたいことは伝わったらしい。

ファシオは、渋い顔をしていた。


「誰も悪くないようで、誰かが悪い気もするし、責任問題を考えたらなんらかの処分が必要なんだよね、組織ってさ」

「何が言いたい」


芹那は、神様のバッグから、一掴み金貨を取り出した。


「クラリスさん、私が雇うわ。個人的に」

「何のために。

 うちにはたくさん、騎士がいる」

「昔、私が、誰かにそうして欲しかったからよ。

 お前は悪くないって、言って欲しかった。

 甘えた気持ちだから誰にも言わなかったけどね」










「お手を」


手続きを終えて戻って来たクラリスの手を借り、馬車を降りる。

むっつりしているファシオは、なぜか従僕を連れていない。

貴族の身分を捨てて働いていた数年間で、自分のことは自分で出来るようになった、と言っていた。


チェックインして荷物を置くと、すぐさまファシオが部屋まで来た。



「行くぞ」

「え、もう?」

「さっき鳥を飛ばした。待っているということだからな」

「ああ、そう。いいけど」



ずっと、ずっと感じていた違和感が、ここにきて決定的になる。

ファシオは──浮かれている。


強引で偉そうだが、浮ついたところのない男だと思っていたのに、養子の話が出たあたりからどうもおかしい。

気がせいているというか、そわそわしているというか。


首を傾げつつも、ファシオに引きずられるように、養子先への訪問となった。





それは、小ぢんまりとしているが、気持ちの良いお屋敷だった。

小ぢんまりと言ったって、ファシオのお城のような家と比べて、というだけで、日本の芹那の家よりは何十倍も大きい。

まさに館、という風情で、建築様式もどこか明治の和洋折衷を思わせるレトロさがあった。

思わずきょろきょろしてしまう。


「いらっしゃい、ファシオ!」


出迎えてくれたのは、二十代半ばほどの、美しい女性だった。

ちょっと見ないくらい綺麗なプラチナブロンドと、宝石みたいな赤い目。


「ご無沙汰しています、お嬢さん」


なるほど。

芹那は気づく。

ファシオの優しい顔と声で、察する。


浮かれている原因は、この人か、と。







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