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説明を求める芹那たちに、妖精(仮)はふんぞり返って肯いた。


「そもそも、あなたたちの言う聖女というのは、私を受け入れるだけの魔力を持っている、という意味しかないのだわ。

 私の持つ神の力との合わせ技で、聖魔法を増幅させるからよ。

 少ない魔力では、つり合いがとれないのだわ」

「じゃあ、アンリエットには生まれながらの魔力があったのね」

「そうよ。魔力さえあれば、人柄は問わないの。

 でもまあ、聖魔力の性質上、善行と言われるような方向で活躍することを求められるのですもの、勢い、良い人間であらざるを得ないのだわ」


芹那は、夢で見たアンリエットの薄笑いを思い浮かべた。

とても良い人間に変わるとは思えなかったが、あのまま王子妃となり、教育を受け、行動も思想も厳しく制限されれば、もしかして?


「それで? まだ良い人間になっていなかったその女は、何をした?」


唸るようなファシオの声にも、妖精はなんら思うところはないらしい。


「ええ、いずれ聖女となり王子と結婚するにしても、ミュリエルの存在が邪魔だったんですって。

 ある種、奪い取ったも同然ですものね」

「ええー……そうかしら、王命なのに?」


ちっちゃな肩をすくめる。


「周囲がどう思うか、彼女はとっても気になっていたのだわ。

 ミュリエルは成績もマナーもダンスも、優秀だったものね。

 それに対して、アンリエットは努力が嫌いな子だったから」

「しなよ、努力。てかすることになるみたいけど」

「ミュリエルの存在が、保険のように残っているのが嫌だと言って、あなたを排除することにした。

 でもあなたは、評判を落とすような行動はしなかったし、正論しか言わない。

 欠点も、揚げ足をとる隙もない。

 それで、強引な手段を取ったのだわ」


「それが、私を操るあのおかしな魔法?」

「そうよ、私が教えたのだわ。

 あれはね、彼女とつながったままの私を、ミュリエルの中に封じ込めたの。

 そして、私を媒介に、アンリエットの膨大な魔力を流すことで、体の自由を奪い取った。

 あんまり、スムーズには動かせなかったのだけど、騒動を起こすだけなら十分だったのだわ」


本当に悪びれない。

妖精にとって、宿主が何をしようが関係ない、という風情だ。


「ミュリエルが死ねば、封印が解け、私はまた彼女のもとに戻るはずだった」

「だった?」


そうだ、と気づく。

なぜ、この妖精はここにいるのだろう。


「あのまま処刑となれば済んだ話だったのだけれど、あの子は、自分の評判をダメ押しで上げるために、処刑ではなく追放を望んだのだわ。

 どうせ死ぬ、と思ったのね。

 けれど結局、思った以上に森の奥深くに送り込まれてしまって、距離が離れてしまった。

 距離は魔力を弱くはしないけれど、コントロールは難しくなる。

 あの子は努力が嫌いだから」

「完全なコントロールには至っていなかった、と」


そうよ、と妖精は笑う。


「ミュリエルの身体を自在に動かす、というわけにはいかなかったわ。

 だから、小川の水も飲めたし、比較的安全な場所を歩けた。

 それでもまあ、貴族のご令嬢がそんなに生き抜けるわけがないのだわ。

 ただ、私を送り込んでから、事件が起こり、審議が行われ、追放されて、それから死が迎えに来るまで、三週間はかかった」


芹那は、ああ、と肯く。


「その間、アンリエットは、封印を解くことも出来ず、けれど、あなたは必要な魔力を彼女から吸い取り続けた」

「結果、この呪いにも似た高度な術を維持するために、彼女の魔力はほとんどがミュリエルの中に移動してきたのだわ」


ファシオは嫌な顔をしつつ、


「で? 死の瞬間とやらが来て、封印が解けたのではないのか?」

「解けたのだわ。

 けどね。

 私も本当に驚いたのだけどね。

 死の瞬間の、ほんのまたたきの後に、再び命が宿ったの」


私だ、と芹那は思う。

ファシオの目も、自分に向いていた。


神様は言っていた。

死んだ令嬢の身体に、芹那を入れた、と。


「私は、その時に、死と命のはざまの空間に閉じ込められてしまったのよ。

 ただ、身体を操ろうと、アンリエットの魔力はミュリエルの身体に巡らせてあった」

「私が持っているこの膨大な魔力とやらはつまり、アンリエットのものなのね」

「そう。でも、死の瞬間にはミュリエルに宿っていた。

 その魔力ごと、全てにあなたが定着してしまったのだわ」


妖精は楽しそうに笑う。


「私は一生懸命あなたに呼びかけたわ。はざまから出して、って。

 アンリエットの魔力をほとんど手に入れたあなたなら、それが出来たから」

「全然聞こえなかったわ」

「ええ、本当、つれないったらなかったのだわ」


でもね、と、彼女は人差し指を唇に当てた。


「へんな二人組に襲われて、命の危険を感じたあなたは、助かる道を探したのだわ。

 あの瞬間、それは、私しかいなかった。

 だってあなたったら、怯えて魔法を使うどころではなかったのですもの」

「普通そうでしょ……」

「その恐怖心と、助かりたいと言う気持ちが、全力で私をはざまから引きずり出してくれた。

 そうなったらもう、怖いものなんてないのだわ。

 私が、代わりにぶちのめしておいたのだわ!」


ふんぞり返るお腹を、思わず人差し指で撫でる。

きゃらきゃら笑う妖精に、ファシオは首をかしげながらなおも聞いた。


「で? お前はこれからどうするのだ」

「あらもちろん、このままよ?

 だって、今、私に釣り合う魔力を持っているのはこの子ですもの。

 だから、自動的に、この子が私の宿主。

 私は、あなたの忠実な(しもべ)なのだわ!」


芹那はファシオと顔を見合わせた。

そして、次第に、顔がニヤニヤとゆるむ。


「ねえつまり、アンリエットは聖女ではなくなった、ということ?」

「そうよ、私がいない上、魔力もすっからかんですもの」

「ふうん。それはそれは……」


ニヤニヤが止まらない。

今頃、さぞかし慌てているだろう。

ミュリエルが死んだら、自分に戻ってくるはずの魔力も、聖なる力の存在も、消え失せてしまったのだから。


聖心力を求められたらどうするつもりだろう。

王子はそれでもなお、アンリエットを伴侶とするだろうか。

政略的に進められていた縁談を破棄し、その相手を聖女を傷つけるまでに追いつめ、断罪までしたというのに、そこまでして得た相手が聖女ではないと知ったら?



「ざまあみろ、と思う私は、ひどいかしら?」

「いいんじゃないか、聖女の人格は問わないらしいから」


はたと気づく。


「そうか、私……いわゆる聖女なのかな」


ファシオが頷き、やや真面目な顔になる。


「そうか、この話で合点がいったが、お前を狙ったのはそのせいか」

「どういうこと?」

「今回の事件だよ。

 お前が空種とばれたのかと思ったが、いきなり殺そうとするのはおかしいと思っていた。

 ならばただの強盗かといえば、わざわざ騎士を襲って手早く女一人さらうのは、手練れの仕業……とてもわずかな金銭で動く話じゃない。

 つまり、結果待ちではあるが、おそらく、お前を襲った二人組は、その元聖女の差し金だろう」

「あ、そ、そうか、私が死ねば、魔力がアンリエットとかいう人に戻るから?

 いやでも……王子かもよ?」

「その女が、今の段階ですべてを王家に打ち明けているとは考え難い。

 あからさまな政敵排除、しかも保守派の王党派。

 家ごと巻き込んでの大問題になるだろう。

 だから焦って、なんとか自分だけ、あるいは自分と家族だけでなんとかしようと力技に出た、と俺は思う」


芹那もまた、ニヤニヤがおさまった。

ざまあみろの気持ちも消える。


それにはどうやら、まだ、早い。



「それって……私の居場所を突き止めた挙句、失敗したけど、また狙ってくる可能性があるということ?」

「そうだな。魔力が戻って来ないことで、お前が生きているとすぐ分かる。

 それに、よく考えれば、逃げる先はこのエルサンヴィリアしかない。

 自国から追放されたのだから。

 お前は素直に国境の街から入国してきたし、記録も残した」

「まさか、生きてると考えて追ってくるとは思ってなかったもん」


芹那は考え込む。


「何回目かで諦めると思う?」

「思わない」

「だよね……」


一度目は撃退した。

二度目があれば、その襲撃者も同じように捕らえることが出来るかもしれない。

だが、その先は?


何度だって、きっと、命を狙ってくるだろう。

そうでなければ、彼女は失った魔力と聖心力の言い訳をしなければならない。

まかり間違えば、王家を欺いたと、断罪されてもおかしくない。

必死だろう。




「しまったな、伯爵様と契約する前だったら、別の国に逃げたのに」


ファシオは目をむいた。


「冗談だろう、お前、なぜそんなに一人で行動したがるんだ」

「気楽だし」

「……とにかく、それ以外の手を何か考えなければ」


妖精はあっけらかんと、


「またぶちのめせばいいのだわ!」


と両手を振り回すが、いつ終わるとも知れない期間、命を狙われ続けるのはさすがにしんどい。




その時、ノックがあった。

入って来たのは、執事のモーガンだ。


「失礼いたします。坊ちゃん、ご報告が」

「ああ、ミュリエルを襲った悪党どもの件か?」

「ええ、奴らを取り調べていたのは、城下の兵士たちですが……」


珍しく、彼は顔をしかめる。


「悪漢達が隣国、アラノルシアの者だということだけ判明したとのことで」

「やはりそうか。それで?」

「隣国の騎士団に引き渡す、と」

「……なんだって?」


モーガンは、咳ばらいをした後、言葉を続けた。


「その罪は、平民の娘をさらったもので、実際に危害は加えていないこと。

 現在、王都は立太子のお祝いの式典に向け、警備面で非常に忙しいこと。

 諸々含め、軽微な罪を犯したとして、身柄を隣国に送還し、裁きはあちらに委任するとのことでございます」


誰も何も言わなかった。

仕方なく、芹那が口を開く。


「第二陣どころか、同じやつが何回も襲ってくるかもねー」


エコーが聞こえるほどの静寂に包まれた。


そのたっぷりとした時間が過ぎた後、突然、ファシオが立ち上がり、芹那を指さしとんでもないことを言い出した。




「お前、俺の婚約者になれ」









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