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「たまには楽しそうにできないのか?」


自分こそが、いつも通りの不機嫌な表情のくせに、ジョスラン第一王子はそう吐き捨てた。

ぶつかる言葉に、ミュリエルは心を削られるが、言われるままに微笑んでみせる。


「ごきげんよう、ジョスラン様」


その笑みも、返ってくる言葉ですぐに消えた。


「気持ちの悪い作り笑顔をやめろ。笑うな、泣くな、しゃべるな。俺を苛立たせるなということだ。

 いいな?」


泣きそうなのを我慢し、無表情を装うと、儀礼的に突き出された腕にそっと手をかける。


「ジョスラン第一王子殿下、ならびに、ミュリエル・バルニエ子爵令嬢、ご到着でございます」


ドアマンの声に合わせ、二人は慣れた足取りでパーティー会場へと足を踏み入れた。

学園のクラスメイトでもあり、ジョスランの側近でもある、サージェス・ブルボンの誕生祝いに招かれたのは、ミュリエルがジョスランの婚約者だからだ。


もちろん、婚約は王家が決めた。

ミュリエルの両親でさえ、意思を差し挟むこともできず、受け入れるのみの王命だ。


父トマスは、子爵だ。

本来ならば、立太子の可能性がある第一王子に嫁げる家格ではない。

だが、王家を取り巻く政界の動きは今、革新派が徐々に台頭し始めている。

主に、遠くの領地だが、豊かな家業を持った、裕福な貴族たちが先導している。


その中にあって、トマスは先祖代々の保守派。

先代が重用されていた流れを受け、爵位の割には中枢に近い位置にあり、誰もその発言を無視できない。

現王がはっきりと味方と安心できること、発言力があること、よってトマスをなにがなんでも手放したくないこと。

そんな中から、異例ながら第一王子へ縁付くことになったのだ。

おそらくそのうち、なんらかの理由をつけて陞爵するだろう。


とはいえ、どちらにしろバルニエ家が反対するなどありえない。

例えミュリエルが嫌がったとしても、その意思をくむこともない。

王家の外戚となれば、周囲の目も変わる。

ただ古くから子爵家を継いでいるだけという扱いも上向くだろう。


両親はそんな思惑で、ミュリエルの意向を確認することもなく、すんなりと婚約を受け入れた。



とはいえ、ミュリエルとて、断りたかったわけではない。

パレードやお披露目式で見かける第一王子は、幼い頃から見目麗しく、堂々とした立ち居振る舞いで、令嬢たちは誰もがその寵愛を受けたいと目を輝かせたものだ。


知らなかった。

実際の彼が、人を人とも思わない性質であることを、全く見抜くことができなかった。



それもそうだろう、王室には、ジョスラン以下、王子は五人いる。

側室の子も含めてだが、後継ぎ問題は、将来に波乱を含んでいると言わざるを得ない。


当然、王太子の筆頭候補であるジョスランは、幼い頃から英才教育を受けているし、大人たちにいずれ王となるのだと言い含められて育っている。

国民にどう見られるべきか、どうふるまうべきか、よく分かっていた。

冷えた本質を垣間見せることなど、ありえなかったのだ。



俺を苛立たせるな。


それがジョスランの口癖だった。

まだ幼くして引き合わされたミュリエルは、鋭く睨みつけられ、粗相の許されない関係性に怯えた。

それでも、王妃教育を受けるに従い、ジョスランのあるべき姿、あらねばならない姿に理解を示してきたつもりだ。


いつまでも打ち解けない関係だとしても。






「やあ、まさか来てくれるとは!」

「我が右腕の祝いに駆け付けるのは当たり前さ」

「ミュリエル嬢も」

「ご生誕おめでとうございます、サージェス様」

「ありがとう、楽しんでいってね」


型通りの挨拶を終えると、ジョスランはさりげなく、しかしきっぱりとミュリエルの手を外し、


「気の置けない友達と楽しむがいい。我々は少し難しい話をするからね」


対外的に作った輝くばかりの笑顔でそう言う。


「はい、ジョスラン様」


同じく、作り笑顔で答える。

とはいったものの、ミュリエルに友人などいない。

王妃教育で忙しく、学園以外での付き合いはないし、かといって誰とでも仲良くできる立場でもないせいで、高位の令嬢数人に脇を固められるのみ。

そしてその令嬢たちは、今日は誰も呼ばれていなかった。



「ごきげんよう、ミュリエル様」


突然声をかけられ、驚く。

見た限り、ミュリエルは今夜の招待客の中で殿下に続き二番目に身分が高い。

その自分に、紹介を待たず話しかけてくる人物がいるなんて、と、目を上げた。


「……ごきげんよう?」



知らない顔だった。

彼女は一瞬顔を歪め、それから取り繕うように微笑む。


「同じ学園に通っているアンリエット・フォルタンですわ」


微妙に崩した敬語で言う。

フォルタン。

フォルタン家は、確か、男爵位ではなかっただろうか。

このような場になぜ?


ぽかんとしているミュリエルに、彼女は今度こそ苛立ちを隠さず、


「私ごときには返事もしてくださいませんのね! さすが高貴なお方ですわ!」


やや声を高くして言う。

そのとたん、令嬢たちは扇で口元を隠し、ささやきを交わした。

雰囲気から言って、無作法さを嘆き合っているのだろう。


しかし──。


「なにをしている」


現れたジョスランは、違う感想を持っているようだ。

咎めるような視線は、ミュリエルに向いている。


「ご挨拶を受けておりました」

「ふん、相変わらずの尊大さだな、お前は」

「尊大? とは?」

「お前には分からないだろう、言っても無駄だ。

 おいで、アンリエット嬢、こちらで話をしよう。

 身分の垣根にこだわる輩は、放っておくがいい」


何を言っているのだ、この人は。

ミュリエルは目を見開いて驚く。

身分にこだわる社会構造こそが、王家を王家たらしめている。

ジョスランとミュリエルが政略結婚するのも、ミュリエルがそれを受け入れたのも、そしてこの場所で皆が彼に傅いているのも、すべて身分があればこそだ。


生まれながらに身分制度のメリットを思う存分に享受してきた人間が、それを忌避するですって?


「……ふ」


思わず笑いが漏れる。


「なにがおかしい、なにがおかしい、なぜ、笑った?

 ミュリエル・バルニエ、ここではっきりと述べてみせよ!」

「それは命令ですか?」

「なんだと! 他にどんな意味がある、お前は俺に従うしかないんだ、そうだろう!」

「ええ、その通りですわ。

 なぜなら、殿下がこの国の第二の太陽なれば」



言いたいことをその言葉にこめて返す。

身分を否定するあなたが、身分をふりかざすのですね?と。

ジョスランの顔は、みるみるうちに真っ赤になった。

含まれた意味にさすがに気づいたのだろうし、周囲もまた、気まずげな顔をしている。


周囲、というのは、令嬢たちではない。

さっきまで勝ち誇った顔をして、ジョスランの後ろについていた令息たちのことだ。


正直なところ、やってしまったな、とは思った。

気弱な自分の、どこにこんな返答が眠っていたのだろう。


婚約は取り消しになるかもしれない。

自分はいいが、家に迷惑がかかると困るな。



「そういうところだわ、ミュリエル様!」



硬直した空気を、大声で破ったのは、なんとアンリエットだった。


「私だったら、好きな人の言葉は絶対だわ、言い返すなんてとんでもない、なんだって受け入れちゃうのに!

 それを、王子様だから聞いてるんだって言うのね、ひどいわ!」


場の収拾に慌てふためいていた令息たちは、即座にそれに飛びついた。


「全くだ! ミュリエル嬢は可愛げがないところがおありだ」

「本当さ、僕なら君が婚約者だなんてごめんだね」

「殿下が気の毒でならないよ、君と将来を共にするなんて」



次々ぶつけられるひどい物言いに、元々気弱なミュリエルは一気に気持ちがしぼむ。

徐々に俯いて、必死で涙をこらえた。



「泣けば許されると思っている女性って、ほんと嫌! 私そういうの、大嫌いだわ!」



女の涙にまたもあたふたし始めていた男たちは、またもアンリエットに慌てて同意する。


「そ、そうさ、泣くのは本当のことだからだろう」

「僕たちに泣き落としは効かないよ、そうですよね、殿下」

「当たり前だ。

 いいかミュリエル、今日のことは絶対に忘れないぞ」



彼らは、ジョスランとアンリエットを囲むようにして、上座へと去っていく。

残されたミュリエルに話しかける者はいない。

いたたまれず、逃げるように馬車に乗り込み、一人、帰宅した。



以来、ジョスランは、ミュリエルを遠ざけ、アンリエットを傍に置いた。

意外にも婚約は破棄されなかった。

おそらく、陛下が認めなかったのだろう。

ジョスランの仕掛けたやりとりだ、しかもあの内容では、王家が彼の言い分を支持するわけもない。

むしろ叱られたのではないだろうか。


腹いせ、とでもいうのか、ジョスランの態度は日が経つにつれ、ひどいものになる。

ミュリエルに出来るのは、耐えることだけだった。










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