表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/46


鳴海芹那(なるみせりな)の人生は、不満だらけだった。


そこそこの顔、そこそこのスタイル、そしてそこそこの両親。

もっと美人なら良かったとか、誰でも思うことだけど、芹那が言えばみんなが『贅沢だ』と嫌な顔をした。



芹那は決して怠け者ではなかったし、なんなら班長や委員長やリーダーをやってみんなをまとめたし、誰もやりたがらない幹事を引き受け奔走したし、勉強だってちゃんとやった。


けれど、誰かが企画した飲み会には呼ばれない。

行きたいなんて言えないから、仕方なく趣味を作った。


SNSを漁って、おしゃれそうな人がやっているものを真似るだけだが、それはそれで楽しい。

手当たり次第に本を読んだり、ちょっとした手芸に手を出したり、絵を描いてみたり、美容に凝ってみたり。

ただ、それは時間をつぶす役には立っても、芹那の人生を変える何かにはなり得なかった。



それでも、そこそこの人生。


そこそこの大学、そこそこの会社、そこそこの給料。



なんか違う、とずっと思っていた。

こんなはずじゃなかった、やり直したい、20年、いやせめて10年前からならきっと修正できるのに。


叶わない現実逃避をしながら、そこそこの結婚をする。

専業主婦になってほしいと言われて会社を辞めたが、そのとたん、なんだか気力も体力も萎えてネットにはまった。

掲示板に出入りしながら、いろんな人間のいろんな人生をのぞき見し、自分の人生と比べた。


こいつよりマシ、と思うこともあれば、単なる自慢じゃん、と不愉快になることもあった。



そして──そして?




何が起こったのか全く分からない。

気づいたら、芹那は、森の中にいた。












「は?」



そこは森だった。

仰向けに倒れているらしく、見えるのはおそろしく生い茂った大木の梢と、その間から見える小さな青空だけだ。

首を巡らせると、後頭部で土がじゃりっと音を立てる。



「はぁ!?」



飛び起きて、髪の毛に交じり込んだ土をわしゃわしゃと振り落としてから、右を見て、左を見て、背後を見た。


森だ。


全てを大木と茂みと岩に囲まれていて、ピチチチチという小鳥の鳴き声が聞こえる、典型的な森。

道はない。


ちょっと意味が分からなくて、もう見る場所が下しか残っていなかったので、俯いてみた。

見たことのない服を着ている。


緑っぽいやや大きめのチュニックワンピースに、生成りのブラウスだ。

ひざ下丈のスカート部分はタックがよっていて、それなりに手はかかっていそうだが、なんだか布がごわごわする。

ブラウスも、ナチュラル系のお店で買えば高そうな色をしているが、手触りはやっぱりざらざらだ。


なんだこれ、こんな服持ってない。


足元はグラディエーターサンダルっぽいけど、靴底がゴムじゃない、コルクかなにか、つまり木だ。

足に寄り添うだけの柔らかさはあるけど、丈夫ではなさそう。



「誘拐……?」



きっとそうだろう。

分からないけど、きっとそう。

そうじゃないならなんだか分からない。

とにかく、自分はさらわれて、着替えさせられて、森に捨てられた。

家族が心配しているに違いない。



その時、ワオーン、と、どこか遠くで声がした。



腹の底が冷える。

野犬だろうか。

こんな森の奥で襲われたら、ひとたまりもない。

まだ遠いようだが、近くに別の獣がいる可能性だってある。

芹那の住んでいる市では時々熊の目撃情報があるし、人里が近くても遠くても危険はゼロじゃない。


「お、落ち着こう、落ち着いて、おち、落ち着いて」


明らかに落ち着きがなくなり、あたりをきょろきょろと見回す。

岩がそこそこある。

ということは多分、川が近いだろう。

なんにせよ、人間食べなくてもある程度生きていけるが、水がなければ三日で死ぬ。

水場を確保する意味でも、ここを抜け出るにしても、川沿いに移動するのが良いような気がした。





それから体感で5時間ばかりが経ち、芹那は諦めた。




いろんな趣味に手は出したけど、運動だけははまらなかった。

だから体が出来ていないし、そもそも、もう27歳であって、激しい運動をする年でもない。

慣れない森を、道のない藪をかき分け、平たんではない地面を石やくぼみに蹴躓きながら歩いた結果、靴が壊れた。


途中で怪しいなとは思っていたが、だからと言ってどうしようもない。

切りっぱなしの革が足の甲に食い込み皮が破れ、とても気を遣って歩くなんてできなかったし、疲労が何度も足元を見失わせた。


靴が壊れたらもう、歩くことは出来ない。

現代人まるだしの芹那の素足で森を歩けば、数分で血まみれだ。

今でも十分、怪我人だけど。



「何よこれ」



芹那は疲れ切って、大きな木にもたれかかって座り込んだ。

あたりはすっかり暗い。

逢魔が時とでも言おうか、闇ではないけれど、遠くはもう見通せない。

うっすら明るさの残る空を見上げながら、芹那は倒れこむ。


「あー……肌寒いかも。寝たら死ぬかな」


寒さで死ぬか、脱水で死ぬか、あるいは、獣に食われて死ぬか。

残念だがもう、これ以上歩く気力はない。



死んでもいいかな。

なんとなく思う。



そこそこの人生で、多少未練はあるけど、執着はない。

死にたいわけじゃないけど、なにがなんでも生き抜いてやると頑張れるほど、思い残すこともない。


なにもかも自分のせい。

いつも誰かの目を気にして、どう見えるかだけで生きてきた。

馬鹿みたいな人生だった。

それで結果が出ればまだしも、後にはなんにも残っていない。




日が落ちて、次第に寒さが体をこわばらせて、もう自力では動けそうもなかった。

遭難するなんて思いもしなかったから、サバイバルの方法なんて知らないし、多少何かをしたって無意味だろう。


明日の朝はもう自分には来ないんだ。

芹那は、なんだか、すっかり落ち着いた。

ぽつりぽつりと見え始めた星を見上げ、誰もいないたった一人の世界のようなこの場所で、終わりを迎えるのだ。


なんだかそれは素敵なことに思えた。


「そうだ」


一度言ってみたいセリフがあった。

今しかない!


「神様のバカヤロー!!」



あたりにまぶしく白い光が唐突に溢れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「神様のバカヤロー!!」に小笑いして、呼ばれてノコノコ現れるのに笑いましたよ。チョロい? そうですよねー、サバイバルなんて経験が無いとねー。知識があっても道具が無ければ、疲れ知らずの肉体が…
[良い点] 凄く面白くて一気に読み終えました。  [気になる点] やはり主人公の実家が、侯爵とかかれたり子爵とかかれたりしているのが、混乱しました。 高位貴族、とありますから、侯爵が正解なんでしょう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ