理想の家族、その群像と現実
私が思うに、転生する前の勇者の時の父も母は、仲むつまじくて、相互にコミュニケーションが取れて、自分の意見も相手の意見も尊重し合える、
性格や個性をお互いに認め合うことができる、
時にあまり話さなくても、皆が同じ方向を向いていて、同じ時間を同じ空間で、例え、別のことをしてもお互いに居心地が良い、
家族というものになることを、目指し、理想として、そうであるかのようにいつも振る舞っていたように思う。
いつも家族は笑顔で食卓を囲み、うれしいことも悲しいことも共有できる、
しかしながら、現実は理想の家族を振る舞おうとするあまり、
いつも笑顔であること、前向きであること、人生は順調で何の問題すらないことを、彼らは望んだ。
そして何も言わなくても、家族は自分に付いてきてくれると思う父と、
言葉を交わさなくても、自分の思いを察して、自分のために自分の欲しいと思っている言葉、もの、行為を要求する母、
自分の心の穴を埋めてくれるかもしれない何かを見つけると傾倒して、依存していく。
特に暴力を振るわれた、食事など出ない、と虐待されていた訳ではないのだけれど、
大きくなるにつれて、家族で囲む食卓は、重々しい空間になるのを感じて、勇者として旅立てる日が、家から出られる日が来た時は、本当にうれしかったのを覚えている。
田中茉莉になってみて、この家族関係の表面的には、第3者から見えづらい、独特の息苦しさ、閉塞感と言うものが、自分と重なるように思えた。




