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第8話 神のいない世界

 咲羅が息苦しさを感じた頃、扉を叩く音が聞こえ、クレイセスが動いて静かに開く。するとクレイセスたちとはまた違う、黒い軍服を着た男が、茶器を乗せたワゴンを押して中に入ってきた。


「遅かったな。茶のひとつも出せないままに話が終わってしまうかと思ったぞ」

 ハーシェルの言葉に、入ってきた男が憤然として答える。

「ですからユリゼラ様の侍女をお借りしましょうと申し上げました!」

「彼女もまた借りものだからな。そう怒るな。心証悪くなるぞ」

「誰の所為だと……」


 唸る男を笑い、ハーシェルが咲羅に視線を向けて言った。

「紹介しよう。王立騎士団長のラグナルだ。俺が捕まらないときや王統院に用事があるときは、この男をつなぎにしてくれ」


 年の頃は三十を超えたくらいだろうか。恐らくこの中では一番年上と思われた。紹介されたラグナルは、先程ガゼルたちがしたように片膝をつき、咲羅に頭を下げる。


「ラグナルと申します。以後お見知りおきを」

「咲羅と申します。よろしくお願いします」

 慌てて立ち上がり、咲羅もお辞儀をする。すると片膝をついたまま、彼は微笑んで言った。


「可愛らしいご婦人で良かった。セルシア院の連中が羨ましい」

 咲羅が何か答える前に、ハーシェルが嘆息する。


「お前はこんなときまで愚痴か」

「では、私の愚痴が出ぬよう務めてください。顔をつきあわせる度に無理難題としかめ面を拝まされる身としては、せめて愛らしいお姿に癒されたいものです」


 さらりと繰り出される社交辞令に、咲羅は貴族社会への壁を感じる。こういったとき、どう返すのが妥当なのか、まったくわからない。元いた場所なら、無難な言葉でヘラヘラしておけば良かったが、そんな雰囲気がこの場に似つかわしくないことだけがわかる。人生経験というべきか、社会経験というべきか。どちらにしろ、己の経験値の低さを痛感する。


 対応に困っているところに、ことりと音がして、クロシェと紹介された男が紅茶を置いてくれたことに気がついた。今の間に、人数分の紅茶をサーブしてくれたらしい。


「ありがとうございます……」


 何も言わずに微笑む姿は物馴れている感じがして、咲羅は自分の振る舞いは、この世界の基準からはどう見えているのかも気になってくる。


 まだ話は終わっていないし、解決してるものも何一つないのに、気になることばかりが増えていく。出来れば、恥はあまりかきたくない。


「サクラ、掛けてから紅茶を召し上がって。そんなに緊張していては、喉も渇くでしょう」


 ユリゼラに優しく促され、咲羅ははっとして着席する。片膝をついていたラグナルもその姿勢を解き、彼はハーシェルのうしろに控えた。


「すまないな。王宮は人手不足で、茶のひとつもままならない。サクラの生活に関しては必要なだけ女官をつけるから、そこは心配しないで欲しい」


 飲みながら聞いてくれ、と言い、ハーシェルは自身も一口口にしてから話を続けた。


「フィルセインは自分が王位に就くために、王冠を継げる可能性がある者たちを次々に暗殺した。俺の兄や姉、叔母に至るまで、不自然な死を遂げている。大体時を同じくして、セルシアの周辺でも不可解な死を遂げる者が増えた。フィルセインはどうやらセルシアをも、自分の意のままになる者を据える気でいるらしい」


「さっきのお話の感じだと、セルシアは血統じゃなさそうに思いましたけど、違うんですか?」


「血統ではない。セルシアは、レア・ミネルウァが直接選ぶ」

「直接?」


 世界が直接選ぶ、というのが、咲羅にはピンと来ない。


「正直に言えば、セルシアに関しては、我々も説明のつけられないことが多いんだ。ただ、亡くなった場合は大体十日以内に、大神殿で伺いを立てる。すると次にセルシアとなる者が、光に包まれる」


「そんなにはっきり、意思を持ってるんですか? その……どの世界も?」

「ああ。ほかの世界の儀式に立ち会ったことはないが、大体似たような流れで選出されると聞いている。そして、選出されるのは決まって、世界の声を受け取れる者の中からだ」


 世界の声を、受け取れる? と咲羅が首を傾げると、ハーシェルをはじめ、この場の全員が驚いた雰囲気に包まれた。


「サクラの世界には、セルシアのような存在はいないのか」

「聞いたことはないです。なんて言うか、御神託を受け取る役目? なら、各宗教で呼ばれ方は様々にある気もしますけど……」


「ゴシンタク?」

「この世界では神様とかいないんですか? わたしのいたところだと、神様の声を神託とか宣託っていうんですけど。昔はそういうのを聴く巫女とか巫覡(ふげき)とか、あとはシャーマンとか? 呼ばれる人たちが受け取っていたと教わったことがあります。でも、今は多分、本当の意味でそれをしてる人は、いないんじゃないかと」


 細かな宗教上の違いはあろうが、受けた印象から近いところならそこかと見当をつける。咲羅の知識の中では、それが精一杯だ。


「そう言えば、カミというのがたくさんいる世界なのですってね? 読んだことがありますわ」


 ユリゼラの言葉に、皆が彼女を注目する。

「セルシアは稀に、メルティアスから召喚されることがあるのです。彼らが遺した記録の中に『この世界は大地を崇める一神教のようなものだ』とありました。『宗教的な対立をも、この世界は封じたらしい』と書かれています」


 ユリゼラの言葉に、咲羅はただ驚く。世界が、人をこれほどコントロール下に置けるものなのか? と。元いたところでは、あり得ない。太古の昔から、自然をはじめとした様々な相手を神と崇めてきたのが人類だ。


「『大神殿』という呼び方も、確か初代が呼び習わしたので定着しましたが、祈りを捧げる建物のことは、古代はただ殿舎とか祈営所(きえいしょ)と呼ばれていたのです」


 ユリゼラの説明に、咲羅は神がいないなら神殿という言い方がこの世界においては不自然なことなのだと腑に落ちる。


 目の前で香気を放つ紅茶に、咲羅はそっと口をつけた。少しぬるくなってしまったが、花の香りだろうか。ふわりと鼻に抜けていくきつすぎない香りに少しだけ気持ちが緩み、ほっと息をつく。

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