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第7話 創世記

 新しい命を生むために、空と海は互いを惜しみつつ別れ、大地が生まれた。空は(いかづち)が走り、海は逆巻き、大地は火を噴いて荒れ狂い、多くの年月を経て、産みの苦しみから解放された。そしてここに空の世界「ゼグリア」、海の世界「フィラ・イオレ」、そして大地の世界「レア・ミネルウァ」が誕生する。


 三者にはそれぞれに多くの命が宿った。しかしそれぞれの世界に人が生まれると、人は発展するために争った。その争いは、各々の世界を(むしば)むほどのものだった。世界はそれを、裏切りと嘆いた。


 世界はそれぞれに荒れ狂い、多くの人が命を落とした。数を減らした人は、世界に問うた。荒ぶる世界よ、どうか鎮まり給え、と。世界はそれぞれ、一人を遣わした。ゼグリアには、雲間から。フィラ・イオレには、海溝から。レア・ミネルウァには、大樹から。彼らは世界と人とを繋ぐ役目をもって顕現(けんげん)した。


 そしてそれぞれの人に伝えた。「人の子を統率する王を決めよ」と。人が争い、無用の血を流すことが世界を(けが)す。争わぬために、王を決めよ、と。そこでそれぞれ一人の王を立てた。世界は王の血に約束を与えた。人心を掌握し、争わぬ限りはおとなしくしていよう、と。しかし無用の血を流し、祈りを忘れたそのときは、容赦はしない、と。


 レア・ミネルウァを統治する者に与えられたのは、約束を示す王冠。王冠は約束の血統の頭上でしか、その姿を(たも)たない。偽りの王ならば土塊(つちくれ)に還る。人が争わぬ世界であるように、たった一つの血統を守ること。守られる者は、人心の健やかなること、安寧であることに努めること。世界と人を繋ぐ者は、日々約束が(たが)わぬことを報告すること。


 祈りが聴こえるうちは、眠りにつこう。

 祈りが途絶え、世界を汚すそのときは。


「我はすべての人を滅ぼさん」


 ユリゼラの語ってくれたこの世界の成り立ちに、咲羅は眉根を寄せる。

 そんなのまるで。

「呪いのよう、ですね。人間に対して……というか、王という存在に対して」


 人類の行いに対する責任が、王という一人の存在に集約されている。

 目の前の若い王は、その重圧を知って背負っているのだと思うと、咲羅は自分の甘さを思い知らされる気もして、自然とうつむいた。


「気が合うな。俺もそう思う」

 砕けた口調でそう言い、笑顔を見せるハーシェルに、咲羅はこの人なりに歩み寄ろうとしてくれているのだと感じる。最初に感じていた威圧感にも、少し慣れて来た。


「それで……なんで、セルシアは失われたんですか? その、大地に祈りを届ける? って、どうやって?」


 咲羅の問いに、ハーシェルは「順を追って話そう」と口を開いた。

「事の発端は、王位に野心を抱いた男が、謀叛(むほん)を起こしたことによる」

「謀叛、ですか」

 どこの世界にもあるんだな、と呟くと、ハーシェルは笑った。


「メルティアスにも、政変は起こるのか」

「メルティアス?」

「そなたの世界のことを、我々はメルティアスと称している。なんの争いもなく、飢えることのない豊かな世界という意味の、古代語だ」


「それは……期待をしすぎというか。政変も、貧困も、戦争もあります」

 咲羅が答えると、ハーシェルは少し残念そうに、「そうか」というに留まり、話を戻した。


「謀叛を起こしたのは、公爵位にあったフィルセインという男だ。奴は現王族が皆死ねば、一番王位に近い。そこで先王である俺の父を薬で心神錯乱状態に陥れた。それゆえに性格が変わってしまった父に対して、残虐非道の王を討つという名目で、挙兵した」


「あの……」

 恐る恐る口を開いた咲羅を、ハーシェルが視線で促す。

「心神錯乱状態になった時点で、王様を止めることは出来なかったんですか? 薬をやめさせたり、次の……皇太子に譲らせるとか」


「最初は誰も、それが薬に因るものだとは知らなかったんだ。考えられるとすれば、繊細な性格ゆえの神経症だろうと。皇太子をはじめ、皆(なだ)めたり(いさ)めたりと手を尽くした。しかし、兄は皇太子を降ろされ、王宮は次の皇太子を誰にするかで揉め始めた」


「王位継承権に、順番とかはないんですか」

「一応、生まれた順に高い継承権を持つ。しかしそれは、建前(たてまえ)でしかなかったな」


 そう答える王の表情から、咲羅は自分が考えているよりもずっと熾烈な争いだったのだろうと推察する。


 しかし続けられた言葉に、自分の常識とここが違うことを思い知らされた。


「王位は譲位が叶わない。王を退位させることはすなわち、(しい)することを意味するんだ」


 咲羅は、目を見開く。

 弑する──聞きなれない言葉だが、殺すという意味だ。


「死をもってしか代替わりが許されない。それが王に対するこの世界の『約束』のひとつだ。無用の争いを起こさぬために、簡単に代替わりが出来ぬようにしたという。また、王位に就く者は、王族の血が流れてなくてはならないんだ。誰の上にでも、王冠が載る訳ではない」


 つまり、と咲羅は目の前にいるハーシェルを凝視する。

 この人は、自分の父を殺したのだろうか?

 鋭くも穏やかな表情からは、そんな血生臭い背景は想像出来ないけれども。


「安心しろ。セルシアは譲位が可能だ。大地が安寧を取り戻し、この世界の者の祈りを受け入れてくれるようになったときには、そなたが望むなら解放したいと思っている」


 安心させるように言ったハーシェルに、自分も殺されるのか心配するところだったのか、と咲羅はまだ今一つついていけていない自分を自嘲する。


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