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第40話 種明かし

 セルシア院近衛兵舎の一角で、クレメンデール侯爵ほか、この件に加担したと見られる者たちがうしろ手に捕縛され、青灰色の鋭い目付きに曝されていた。


「あんなふしだらな女が界王妃(レジエントア)など! 私は過ちを(ただ)したまでだ‼」

「言いたいことはそれだけか?」


 凍てつくようなハーシェル王の視線に、侯爵も盗賊も、思わず竦む。


 周囲は王立騎士団の近衛たちと、多くのセルシア騎士団の騎士たちに囲まれていて、仮に縛られた縄をほどけたとしても、逃げられるような隙はなかった。


「我々を捕縛しておいて、あの小僧には逃げられたのか⁉」

 自分だけが捕まるなど理不尽だと言わんばかりにわめき散らす侯爵に、ハーシェルはすらりと剣を抜いた。


「お前の良くまわる口を、永久に閉じてやろう」

「ひっ」


 顎下に冷たい感触をひたりと当てられ、青くなって後退る。しかし、うしろに並べられた盗賊たちが邪魔で、それも出来ない。


 こいつは、それをやれると、侯爵は知っている。

 この男は、父親を手にかけて、王座にいるのだから。


「それは、ちょっとだけ、待ってください!」

 サンドラとクロシェ、ユリウスにイリューザーを従えた咲羅が、勢い良く駆け込んで来た。


「ひとつだけ、侯爵に伺いたいことがあるんです」

「小娘に答える義理などないわ!」

「ああ良かった、小僧って言われなくて」

 噛み合わない会話に、クレメンデールは苛立ちを隠さない。


 睨み据えたが、「小娘」は一向に怯む様子もなく、それどころか不敵に笑って言った。

「『俺はむさ苦しいおっさんより綺麗な王妃様がいい』」

 低く抑えた声で放たれた言葉に、クレメンデールは顔色をなくす。


「最初から、ユリゼラ様は不貞なんて働いていませんよ。わたしは女です。そこの盗賊が勝手に勘違いしてくれたから、利用させてもらっただけで。もうわかってると思いますけど、あなたが剥製と勘違いしたこの子も、わたしの言うこと聞いて演技をしてただけ」


 盗賊は、咲羅を見て白目を剥いていた。

 この男は咲羅の黒髪も確認しているし、間近で顔も見ている。サラシェリーア渾身の力作である──(ひとえ)に胸部形状の甚だしい補強とウエストが強調されたドレスの賜物ではあるが──咲羅は今、どこをどう見ても女性にしか見えない。


「さわり納めになるんだろって言ったときに、合図を送るからハーシェル王を連れて来るようにって、イリューザーにお願いしておいたんです。合図はもうおわかりの通り、光響です。最奥にいるとき、中で鼻歌歌ってても、部屋のすぐ外にある木が光ったことがあったので。夜に光れば目立つでしょうから、逃した盗賊を捕まえるために網を張っているセルシア騎士団が、必ず気付いてくれると思ってました」

 それに、イリューザーは咲羅の位置を把握出来るようだし、来てくれると踏んでいた。


「あとは、あなた方がここにいる通りです」

 さて、と咲羅はイリューザーを連れてクレメンデールに近付く。オルゴンが近付いてくる恐ろしさに、周囲に並べられた賊たちは距離をとろうと(おのの)いたように床を蹴って尻を滑らせる。クレメンデールは自然、一人取り残される形となった。


「教えてください。王妃様を誰に売るつもりだったのか。あなたの言い方だと、すでに買い手は、決まっている」

 何をするつもりかと見守っていた騎士たちは、咲羅の質問に息を呑んだ。


「しかも、一人じゃなさそうですね。二人ですか? 競わせて、値をつり上げようとしていた?」

 クレメンデールは唇を引き結び、膝立ちしたまま黙って咲羅を睨み付ける。しかし、咲羅は意に介さないどころか、にっこり笑って言った。


「今日はまだ、この子に餌を与えていないんです。誘拐劇のお陰で。ね? イリューザー」

「!」


 ちょうどそのとき、イリューザーがくわっと欠伸(あくび)をした。眠たくなったのか、咲羅に合わせた演技なのかはわからない。しかし、クレメンデールには己の頭を咀嚼(そしゃく)される事が容易に想像できたのか、へなへなと座り込んだ。


「シュナイデル伯爵と、ウルスティン公爵が……あの女を欲しいと希望していた。高い値を付けたほうに、落札する予定だった……」


 大物の名前が出たことで、周囲には抑えきれないざわめきが広がる。王であるハーシェルの眼前にて起こったすべてのことに、これまで罰することの難しかった貴族が、処断される可能性に震えた。


「そうでしたか。ありがとうございます。それで? ほかには誰が、王妃の座を狙ってるんです?」


「し、知るもんか‼ 年頃の娘がいる貴族なら、王族との婚姻を機に中央政界での地位を目論むのは当たり前だ! 後宮廃止など宣言した己の過ちだろう!」


 王に向かって叫ぶ侯爵に、これ以上は本当に知らなそうだな、と咲羅はハーシェル王に場所を譲った。


「ありがとうございました。確認したかったのは、これだけなので」

「いや……証言者として、今しばらくは、生かしておく」


 闇市の件もあるしな、と、幾分冷静さを取り戻した口調でそう言うと、ハーシェル王は「連れていけ」、と短く命じた。


 周囲にいた騎士たちが、慣れた手つきで容疑者たちを連れて行く。一気に半数近くがいなくなったが、まだ王の近衛騎士やセルシア騎士たちも幾分残っており、咲羅はもう戻っていいかなぁ、とタイミングを見計らっていた。


「サクラ」

 最後の容疑者が出て行ってしまってから、ハーシェル王が振り向いた。

「この度のことには礼を言う。感謝してもし足りない」

「いえ……相手が勘違いしてくれたから、なんとかなったんです」


「お前は、進んでユリゼラと共に行ってくれたのだろう? ユリゼラが言っていた。サクラが一緒に来てくれなかったら、自分には行方を残す方法もなかったと。怖くは、なかったのか」

「そりゃ、怖かったですけど……」


 賊が現れたとき、一瞬、目の前で起きていることが、お芝居のようにも感じた。けれど、頭の中で繋がったのだ。


「長官たちが護衛についてて下さるとき、報告される内容がときどき漏れ聞こえてきて。あの、ホントに、聞き耳立ててた訳じゃないんです」

 わかっている、と首肯(うなず)くハーシェル王に、咲羅は続けた。


「それで、とにかく街中に警備体制が敷かれてることはわかってたから、何か合図になるものがあれば、すぐに気付いてくれそうだな、と。それ知らなかったら、これは、決断出来なかったんです」


 これには、まわりの騎士や衛兵たちが、目を丸くした。会ったこともない人間に、これほどの信頼を置かれていたとは思わなかったのだろう。


「イリューザーに頼ることも考えたけど、三人もいて、セレトさんの首に傷がついた状態じゃ、イリューザーもセレトさんも無事じゃ済まないかもしれないって思ったら、ユリゼラ様が殺されないことの確認は取れたので、みんな無事にいられるのは、これしかないかもって」


 頭の中で考えたことを、一所懸命に話そうとしている彼女はしかし、注目されているのがわかって緊張するのか、だんだんと早口になり、話し方もいつもより幼さが目立つ。しかし誰もが、それを一瞬で考え、判断したのかと、目の前の少女の話を驚愕をもって聞いていた。


「うまくすればハーシェル王の前で、悪事が全部明るみに出たら、処罰するのもユリゼラ様の今後も楽になったらいいなー、と。どっちにしろ、賭けでしかなかったことして、ごめんなさい……」


 先程クレメンデールに対し、あれほど強気の態度を見せた人間とは思えないほど小さくなって謝罪する咲羅に、ハーシェルは失笑する。そこまでがすべて計算尽くだったことに、驚きを禁じ得ない。


「売買先のことは?」

「侯爵の話し方が、宛もなく売りに出す感じじゃなかったからとしか」

「そうか。でもお陰で、サクラの目論みどおり不穏な勢力は一掃できる」


 ハーシェル王の言葉に、咲羅は微笑んだ。これで、ユリゼラが少しでも、楽になったらいい。自分の気持ちと向き合ってくれて、最初に救ってくれた人だ。


「本当に……感謝する、サクラ」

「いえ……その、失礼します‼」

 あんまり感謝されるのも居心地が悪くて。

 咲羅はお辞儀をすると、イリューザーを連れて逃げるように講堂を出たのだった。

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