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第37話 王妃、誘拐

 そうして頭を撫でながら角を確認し、「触らせてくれてありがとう」と礼を言って手を引っ込める。イリューザーはふすん、と鼻を鳴らすと、顔を前肢の間に落ち着けた。


「サクラの言うことは、聞いてくれる?」

「はい。視線を送ると、なんか読まれてるみたいに、わかってくれます。こんなことされたら困るな、とか思ってること、しないんです」


「そう……。サクラは本当にすごいわね」

「すごい、のは、このオルゴンじゃないですか? あの夜、ハーシェル王に飼っていいですかって言ったものの、どうやって飼うものなのか見当もついてなかったんですけど。幸い、しつけ要らずですし」


 言うと、ユリゼラは微笑んだ。

「私、オルゴンの生態については知らないけれど、オルゴンの出てくるお話ならたくさん知ってるわ」

 その微笑みに同性ながらどきっとしてしまい、咲羅は落ち着けと己に言い聞かせながら会話を続ける。

「お話? そんなにたくさん、あるんですか?」


 ピアノの椅子に促されサクラが腰掛けると、ユリゼラも隣に座った。

「ええ。ほとんどがおとぎ話だけど。お話の中のオルゴンは大体、大地の声を思念で伝えてくれる役割をするの。十二代目、だったと思うけれど、セルシアが苦悩していた時に、森で出会ったオルゴンから啓示を受けた、という逸話があるのよ。それが元になって派生したのだと思うけれど」

 微笑みを絶やさないユリゼラに、その博識さに、咲羅は感心すると同時に見入ってしまう。


「でも、セルシアって直接世界と会話できるんじゃないんですか? オルゴンから啓示を受ける必要が?」


「そうね。私も不思議な気はするけれど、ユリウスの話を聞いて思ったの。セルシアの力って人によってまちまちで、みんながみんな、『会話』出来ていた訳じゃないのかもって。オルゴンは大地と人の間の意志疎通を、助けてくれる存在なのかも」


 イリューザーが現れた夜、そういえばユリウスがそんなことを言っていたなと、咲羅はぼんやり思い出す。


「オルゴンは常日頃、必要以上の狩りもしないおとなしさだけど、ひとたび怒り出すと大変らしいの。この美しさから、毛皮や剥製を手に入れたがる人間もいるのだけれど、成功したという話は聞かないわね。それにオルゴンに手を出すと、大地の怒りが(くだ)るとも言うし。この世界においては、憧れと畏怖の対象よ。そんなオルゴンを従えたなんて、本当にすごいことなのよ、サクラ」


 相変わらずの美しさで、そう手放しに賞賛されると、咲羅は面映(おもは)ゆいばかりで落ち着かない。そんな咲羅に微笑んで、ユリゼラは顔をのぞき込むようにして言った。

「額の傷を、確認してもいいかしら? 少しは治ってきた?」

 間近にある顔にどきどきしてしまい、黙って頷いた咲羅に、ユリゼラが額飾りに手を伸ばす。

 そのとき。


「そなたたちは何者です! ひっ……」

 お茶の用意をして戻って来たらしい侍女の声がして、二人は扉を見て固まった。

「このまま行けば接吻(せっぷん)のひとつも見られそうだったのに、残念」


 侍女を捕らえ、首にナイフを突きつけた男が現れ、ユリゼラが立ち上がる。

「セレトを放しなさい」

「大事な人質、放す訳ないだろ?」

 お嬢さんはこれだから、と笑う男は、顔に幾つも傷があり、荒事には慣れていそうな印象を受けた。そのうしろにもう二人、黒ずくめの男がいて、せわしなく周囲を警戒している。


「何が目的です」

「王妃様、あんただよ。さるお方が、あんたの失脚を望んでいてね。不貞の証拠でもあればと嗅ぎ回ってみたが、あんたの身辺は綺麗なもんだ。それがなあ」

 咲羅を見て、満足そうに笑う。

「若い燕がいたとは、ちょっと予想外だったぜ?」


 咲羅はまた増えた役どころに、内心溜息をつく。振られる役どころは、大抵ろくな役じゃない、と思いつつ、同時にこれは利用出来そうだとも思った。


 長官たちから直接聞いた訳ではない。咲羅といるときにも、緊急の報告などをしに数人の騎士が出入りしていたが、漏れ聞こえた話から推測出来るのは、捕らえた盗賊が脱走し、それはユリゼラの命を狙っているらしい、という内容だ。恐らく、目の前にいるこの男たちがそうなのだろう。


 そしてこの賊はユリゼラの「不貞の証拠」を探しており、ユリゼラの優しい性格から考えて、この男の要求を呑んでしまうだろうことは、想像がついた。


「この女放して欲しけりゃ、こっちまで来いよ。そっちの小僧もだ」

「サクラは……」

 言いかけたユリゼラの口を思わず手で塞ぎ、咲羅は笑った。


「俺も言うことを聞く。だから手荒な真似はしないで欲しい」

 なるべく低い声を出してそう言うと、ユリゼラは目を見開いたが、咲羅はそっと目配せをしてわずかに首を振った。


「仲睦まじいことだね。王の目を盗んで王妃と密会するくらいだ、肝は据わってるな」

 小馬鹿にしたように笑うと、男は侍女の首にナイフを強く当てて言った。

「出て来いよ。俺は人を殺すことに、ためらいなんかねえよ?」

 彼女に当てられたナイフが、じわりと血に濡れていく。皮を切ったようで、彼女の顔は蒼白になっていた。


「王妃様、いけません……」

「おっと。あんたも死にたいのかな?」

 諫めようと、震える声を発したセレトの首が、ぐっと締め上げられる。

「やめてちょうだい」

 ユリゼラは素直に駆け寄り、さあ、と男を睨む。咲羅もあとに続き、指示を待つかのようにおとなしく伏せるイリューザーの耳に、そっと触れた。

 イリューザーを動かせば目の前の連中は片付くかもしれない。けれど三人同時には、どうだろうか。


「こいつは驚いた。オルゴンの剥製とはな。お優しい顔をして、結構な趣味じゃねえか」

 やはり、と咲羅は緊張しながらも、ここはイリューザーを動かさず、彼らを欺くことを決めた。この計画は、うまくいくかもしれない。


「さわり治めになるんだろ? 珍しくて気に入ってたんだ。なあ、王妃様を、どうする気?」

 そう言いながら鬣に顔を埋め、イリューザーに小声で囁いた。

「合図を送るから、そこまでハーシェル王を連れて来て。あなたは生きてるってばれないように、少しの間、動かないで」


 顔を上げると、ユリゼラが当て身を受けて気絶させられた。それを控えていた男がひょいと担ぎ上げる。


「どうするもこうするも。安心しろ、殺したりはしねえよ。こんな上玉、売るに決まってるだろう。傷つけるなと言われてるしな」

 ペラペラと機嫌良くしゃべる男は、咲羅にナイフを向ける。「待てよ」と遮り、この男にとっての価値を必死に探した。ここで引き離される訳にも、殺される訳にもいかない。


「王妃様の不貞の証拠は要らないのか? 俺はここに残っていても、ユリゼラ様との不義密通で死罪になるだけだ。ここで殺されるくらいなら、あんたについていく。ユリゼラ様を売るなら、そのときは俺も一緒に売ってよ。彼女と一緒に生きていける可能性があるなら、どこだっていい」


 出たとこ任せの言い訳だが、どうだろうか。恋に狂っためでたい小僧に見えればいいがと、咲羅はバクバクする心臓を抑えて言った。

「あんたにも刃向かわないよ。見ればわかるだろ。腕っ節なんか強くない」


 ナイフの切っ先を向けたまま、男は鋭い視線を外さなかったが、咲羅も負けじと逸らさず、まっすぐに見返す。やがて男はナイフをしまいながら言った。

「なるほど。あの方がどうするかは知らねえが、そこに行くまではまあ生きていられるな。確かに、お前は密通の証拠としては有効だ」


 少し迷ったようだが、「ついて来い」と言うと。

 侍女を突き放してバルコニーに続く窓を開け放ち、男たちはユリゼラを抱えたままそこから飛び降りた。

 咲羅もまあいけるかと、賊のあとに続く。以前木登りやターザンごっこで培ったバランス感覚、建物の二階くらいなら怖くない。


 すぐにこっちだ、と別の男の声がして、さらに男二人が現れる。

「こいつは?」

「王妃の愛人だ。不貞の証拠が要るんだろ」

「拘束もしないで連れてくるヤツがあるかよ!」

「大丈夫だって。こいつは自分からついて来たんだ。ばれた時点で死刑になることくらい、子供だって知ってらあ」

「おい! 巡回の時間だ、行くぞ!」

 言い争う時間を惜しむように、一人が急かす。咲羅は怪しまれないよう、細心の注意を払いながら、男たちのあとをついて行った。

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