第34話 友人と好奇心
翌早朝。咲羅は一人で着替えを済ませると、救護舎へと走り、水差しを替えて洗濯物や廃棄物を回収した。
昨夜のことは、よく覚えていない。クレイセスが来てくれて、八つ当たりしたことまでは覚えているのだが、自分がいつ眠ったのかは、記憶になかった。思い出すと恥ずかしいので、余計目の前の作業に没頭して意識を逸らす。
「お前、よく働くな」
初めてここに来たときに指示を仰いだ、医師と思われる男が、洗濯物を選り分けている所に声を掛けてきた。
「そうですか? 洗濯してた人も、くるくる動いてた気がしますけど」
手を止めずに答えると、少し複雑そうな表情をして言葉を継ぐ。
「まあ……ここ付きの女官だからな。給金も出てる。時間いっぱいは働いてくれるがな。あんたはどうやらそうじゃない。だろう?」
「身元不安だから来てくれるなってこと、ですか?」
「いや……長官たちがあんたに気を遣ってるくらいだから、身元は確かなんだろうよ? だからこそ、こういう仕事をさせてもいいもんかと」
ああ、そういう……と咲羅は手を止めて男に向き直った。
「いろいろあって、厄介になってるんです。空いてる時間にしか来られないんですけど、お手伝いさせてください」
頭を下げると、「頭上げてくれ」と狼狽えた様子で言われて、体を起こす。
「あんた、名前は?」
「咲羅です」
「サクラ? 聞かない音の名前だな。どの辺の出身なんだ?」
「んー……そこは、長官たちに聞いて下さい。自分のこと、どこまで話していいのか、よくわかっていないので」
答えると、まじまじと咲羅を眺めてから、手を差し出して言った。
「バトロネスだ。ここでは医師として働いてる。騎士章はあるから騎士服着てるが、実働隊に参加したことはないぼんくら騎士だ」
「騎士章……?」
「あれ、お前騎士制も知らない? ホント、どこの出だ?」
「ええと、すっごい田舎です!」
訝しむバトロネスと二、三の言葉を交わし、ほかにもやれそうな仕事を教えてもらってから、咲羅は一度部屋に戻った。
部屋に戻ると、おろおろしたルースが捜索に出ようとするところで、咲羅は救護舎で手伝いをしたいことを伝える。最初は渋っていた彼女も、自分も一緒に手伝うことを条件に、それを認めてくれた。
この救護舎には、王統院やセルシア院の騎士、実戦を経験するために派遣されるという騎士見習い、警備のための衛兵など、組織や身分に関係なく、怪我人が一緒くたに収容されている。
三日もしないうちに、患者たちは咲羅やルースに気安く接してくれるようになり、時には軽口など叩きながら笑えるようにもなった。特に騎士見習いとして派遣されたものの、先日参戦した捕縛で怪我を負ったという十五歳の少年リクバルドは、よく言葉を交わすようになった。
「なあ、お前って……」
「何?」
「男なのか? 女なのか?」
少し言い澱んだものの、促せばすっぱりと訊いてくる。
「いやさ、結構話題になっててさ。名前からも見た目からも男か女か判断出来ないってんで。年もわからんし」
寝ているばかりの退屈なここで、咲羅やルースが話題になっていることは知っていた。ルースはわかりやすく美人度が人気だが、咲羅はそもそもどっちだ、という根本的な疑念があるらしい。ここにいるときには動きやすいのもあって、いつも少年姿だから、なおさらだろう。しかしそれだけで偽れてしまうほど、自分は女として色気がないかと思えば少々へこみもしたが、今はそのほうが安全かもしれない、と考えるようにしていた。
「ふーん。リクはどっちだと思ってる?」
「俺?」
問い返せば、うーん、と唸ったあとに、「男だと思ってる」と返ってきた。
「女にしちゃー声低いし。長官たち見て『きゃあ』とか言わないし。年は多分十二か三。絶対俺より下だろ? 粗野な感じしないから、それなりにいい家で育ったヤツかなー、と思ったんだけど、サクラ物知らねえよな。でもなんか、バトロネス様が感心したりするくらいには、変に知識はあるし。すっげー田舎って、どこだよ?」
リクバルドの考察を聞きながら水差しを洗い終え、布巾で拭きながら咲羅は笑った。
「バトロネスさんにも言ったけど、自分のことどこまで話していいのかわかってないんだよね。性別不明ならそれもいいかと思ってるんだけど」
実際、先日の襲撃を冷静に振り返れば、自分が女であったら、違う危険もあったかもしれないとも思う。ここにいる彼らを欺くつもりはないが、伏せておいてもいいかと思っていた。
「なんで長官たちがお前に気ぃ遣ってんのかも、みんな興味持ってる」
「だろうねえ」
ここで動いていると、長官たちの話題もよく聞こえてきた。どうやら彼らは「やみくもに強い」らしく、過去の戦歴や現場における強さなどが、一緒に戦ったことがあるという連中によって披露されていた。要は、人気者らしい。暇つぶしに読まれているゴシップ誌にもよく取り上げられているようで、女性関係や家柄の話も、時折聞こえてくる。そんな彼らが気を遣うのだ。一体何者だとなるのは、当然と言えば当然だろう。
「長官たちに訊けばいいのに」
「訊けるわけないだろ! 雲の上の人だぞ?!」
「そうなの? よく様子見に来てるし、仲よさげに話してる人もいたから、てっきりみんなフランクな関係かと思ってた」
「いや、めっちゃ偉いんだぞ?! お前そういうとこホンット物知らずだよな! 様子はサクラのこと見に来てるんだろ! 今ガゼル長官の副官がここに入舎してるから、それでお前の様子聞いてるんだよ。それにお前、ときどき変な言葉使うよな。なあ、出身地も言えないとかなんの事件だよ?」
なんの事件だよ、と言われて教えられるくらいなら、秘匿してないっつーの、と心の中でツッコミを入れつつ、咲羅は考えながら答える。
「いろいろ信じてもらえそうにない気もするしなー。例えばだけど、リクは、自分が女で、リクより年上だとか言ったら信じる?」
「いや、ねえだろ。育ってねえ」
とあからさまに視線が胸元にいき、内心で「ですね」と思う。寄せて上げればそれなりになるが、そうでない限りはそれなりにもならない。
「これから成長するかもしれないし?」
「期待出来そうにねえなあ」
「ひどっ」
自分では、まだ望みはある、と思っているが、こうもバッサリ切られると、少々傷つく。
どちらにしろ、この格好のままリクバルドに真実を話しても、なんの信憑性もないだろう。しかもただドレスを着て見せたところで、今の彼には女装と言われかねないだろうが。
「どっちにしても信じられないんなら、聞くな」
少し拗ねた気持ちで水差しを抱え、歩き出した咲羅の背に向けて、「で、出身は?」と声がする。振り返って「日本!」と答えると、案の定「んな土地の名前聞いたことねえよ!」と吠える声が聞こえた。
リクバルドは左足を負傷していたが、そろそろ退舎という話だ。重傷者でない限り、皆口はよく回る。今し方のリクバルドのように、物知らずと言葉遣いをからかわれることが一番多い。三十前後、くらいになると詮索することを控えるが、若ければ若いほど咲羅の背景に興味津々だ。
(年下、かあ……)
クレイセスたちには年上であったり、あの抗いがたい威圧感だったりに、自然と丁寧語を使う自分がいる。けれどリクバルドは、体格は大きくとも明らかに「年下」とわかるような言動をするため、クラスの友だち、あるいは後輩と話をするのと同じ感覚で、物言いも崩れていた。
自分の正体を知ったら、驚くだろうか。
変に距離を置かれることにならないといいなと、咲羅はうしろ向きになりそうな気持ちに、首を振った。




