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第3話 発見

 少女のうしろ姿を見送ったあと、クレイセスはとりあえず、あたりをぐるりと歩いてみる。


 野宿の予定はなかったが、雨が降らなければなんとかなるだろう。ここは不思議なほど、生き物の気配がしない。生命を脅かされる危険は、今のところなさそうだ。


 正直すぐに会えると思っていただけに、当てが外れた。考えてみれば、会えたところで承諾を取り付けられるとは限らないのだ。


 夜の帳は否応なく降りてきて、クレイセスは先程少女が歩んで行った狭い階段を見遣る。古い階段なのか、ところどころ、石組みが歪んでいた。ゆっくりと降りて行くと、階段の半ばで視界を覆っていた木々が途切れ、クレイセスは眼前に広がった、見たことのない景色に息を呑んだ。


 辺りはもう暗いというのに、そこここに闇を払うように明るい光が灯っている。その周辺に見えるのは、見たこともない建築様式の家が密集している風景だ。舗装されている道も、まるで知らない質感で整備されているのがわかる。そして階段の下にある道を、時折不快な空気をまき散らしながら走って行く物体。


 そこには、クレイセスの知らない生活の場が広がっていた。


 そのまま眺めていると、やがて人が往来を始めた。基本的に着ているものはとても簡素で、機能的な印象だ。先程の少女と同じ恰好をした人物も、何人か通って行った。それと対になるような服装の少年も。


 クレイセスはしばらく眺めたあと、階段を上って元いた場所に戻る。明日、この辺りを歩いてみれば、該当する人物に遭遇するかもしれない。服装は、上着だけ脱いでいれば、とりあえず溶け込めそうだ。


 先程の少女からもらった食料を恐る恐る口にして、元の世界と変わらないパンの食感と、食べたことのない味を堪能する。紅茶はほんのり甘くて、知らず緊張していたクレイセスをほっとさせた。


 あとはとりあえず、翌日考えようと、クレイセスは目を閉じる。

 この世界は、やたらと体が重たく感じる。空気も、どこか馴染まない。

 周囲に危険な気配がないことだけを確認して、クレイセスは木の根元に寄りかかり、再び眠りに落ちた。


*◇*◇*◇*


 翌朝。クレイセスは目を覚ますと、下の往来が途絶えるのを待って、階段を降りた。クレイセスは重い体でゆっくりと歩を進めながら、未知の景色に視線をあちこちめぐらす。


 二十分ほど歩いただろうか。次々と人が入って行くところがあり、クレイセスも入ってみて、恐らくここは物流の拠点なのだろうと見当をつける。聞いたことのない音があふれていて、今の自分には頭痛を誘発しそうな刺激だ。クレイセスは早々にそこを立ち去ったが、そのときに、ふと気がついた。


(言葉が)

(わからない……)


 昨日の少女とは、意思の疎通が図れたのに。

 今は、周囲で話している人々の会話がまったく聞き取れない。


 やはり、あの少女だったのだろうか? しかし、ユリゼラに言われた「わかる」はずの何かが、まったくわからなかった。


 会えるとも限らないがと、クレイセスは一応出発点に戻ることにする。


 来た道を戻る間も、家は密集しているのに、住んでいないのだろうかと思うほど、すれ違う人の数は少ない。不審な目で見られることもないのはありがたいが、如何せん、目的が達成出来ない。


 重い体は、この息苦しさにも限界を訴えていた。


 やっとの思いで元いた入口にたどり着き、不揃いな石組みの階段を上って行く途中で、クレイセスははっと顔を上げた。


(空気が……?)


 今朝と、違う。

 深呼吸をすると、清浄な空気に満たされて、クレイセスの体もすっと軽くなった。


(何が)

(起きている?)


 見上げると。

「!」


 元の世界では失われて久しい「光響(こうきょう)」が、目に飛び込んで来た。


 急いで駆け上がると、木々の間から歌声が聞こえる。

 この声に反応して、枝葉が虹色に輝いている。そしてその輝きこそが、この一帯の空気を見事なまでに清浄化していた。


「やはり、あなたが」

 伸びやかな歌声がぴたりと止み、木々が不満げに葉を揺らす。風もないのに、ざわめきだけが駆け抜けた。


 昨日の少女が振り向き、クレイセスを見て驚いたように目を丸くする。


「まだ、お帰りではなかったんですね」

 ぎこちない笑みに、クレイセスは目の前まで行くと、騎士の礼をとって片膝をついた。

 少女はまた目を見開いて、クレイセスを凝視する。


「申し訳ない。あなただったんだ、私が探していた人は」

「は?」

「私と一緒においでいただきたい。どうか、我々の世界を救って欲しい」


 彼女は眉間に皺を寄せてクレイセスを見つめたまま、言葉を探している。自分が彼女の立場なら、「頭がどうかしている奴」と思うだろう。しかし、自分にとっての事実を言葉で連ねる以外、クレイセスに出来ることはない。信じてもらうには、どうしたらいいのか。


「なんで、わたしがあなたの探している人なんですか?」

「光響です」

「こうきょう?」

「あなたの歌に反応して、木々が虹色に光っている」


 クレイセスの言葉に、少女は首を傾げ、視線を頭上に向けたが、怪訝そうに言った。

「光って、ないですよ?」

「え……?」


 クレイセスは視線を上げたが、まだ余韻のように木々の末節に輝きが残っている。まさか、これが見えないというのかと、彼女に視線を戻し、焦燥感に駆られた。


「見えないのですか……?」

「ええと……なんかの比喩(ひゆ)ですか?」


 どうやら本当に見えていないようで、クレイセスは思案する。


「とりあえず、立ちませんか? クレイセスさんの仰ってる輝いてるってわかんないんですけど、ここでストレス発散に歌ってると、空気がやわらかくなる気はします」


 促されて立ち上がり、クレイセスは唸るように言った。

「気がする、どころではないんだがな、これは」


 昨日からの息苦しさが、嘘のようだ。

 これが証拠となるのに、彼女には見えないなんて。


「お願いします。どうか私と一緒に来て欲しい」

 思わず詰め寄ってしまったクレイセスから逃げるように、少女が一歩、うしろに下がると。


「うゎっ」

 堆積した落ち葉が彼女の足許を掬い、体が傾いたのを、クレイセスはとっさに支えた。小柄な彼女は驚くほど華奢で、軽かった。


「あ、りがとう、ございます」

 その言葉に、クレイセスは腰に回していた腕を放し、まじまじと彼女を見つめる。

「お名前を、伺っても?」


 体勢を立て直すための手を取ったまま尋ねると、少しためらいを見せながらも、彼女は恐る恐る名乗った。

「七瀬、咲羅です」

「ナナセサクラ様ですか」

「あー、咲羅と、呼んでください」


 レア・ミネルウァにはない響きに、クレイセスはこの世界の言語形態はやはり違うのだと思い知る。


「あ……ホントだ、光ってる……」

 クレイセスの肩越しに視線を遣り、咲羅が呟くように言って、目を見開く。


(なぜ急に)


 不思議に思い、ふと、咲羅に(じか)に触れたからかと手を凝視すると、重ねていた手を慌てたように引っ込めてしまう。


「ごめんなさい!」

「いいえ。サクラ様にも見えたようで、何よりです」


 笑うと、さっと彼女の顔が赤くなり、「咲羅でいいです」と小さく言う。

「では、私のこともクレイセスと」


 あまり必死に迫ると逃げられると判断し、クレイセスは素直に引き下がった。この物慣れない少女を相手に、どう話を進めるべきか。


「クレイセスの世界って、すぐに帰って来られるようなところなんですか?」


 思案するクレイセスに、咲羅が口火を切ってくれた。何かを探ろうとするような視線の強さに、クレイセスは首を横に振る。

「残念ですが、そう簡単に世界を超えられる訳ではありません。私はセルシアとなる人物を見つけて連れ帰る役目を負っていますが、戻れば恐らく、こちらに来ることは二度とないかと」


「本当に?」

 怖がらせるに違いないと思ったが、咲羅は真剣な顔でクレイセスに確認する。

「はい」


「わたしがその『セルシア』でなかったら、どうなるんですか」

「もし仮に違っていたとしても、生涯の生活は困らないように致します。それは約束出来る」


 クレイセスの言葉に、咲羅はしばらく自分を見つめていたが。

「なら……連れて行ってください」

「え?」

 一瞬、言われたことがわからずに、クレイセスは咲羅を見つめた。


「わたしなんかが、そんな大層な役目を果たせるとは思えないんですけど。でも、あなたがそんなに綺麗だと断言できる世界があるなら、見てみたいです」

 ぎこちなく微笑む咲羅に、クレイセスは少しだけ、胸が痛むのを感じた。


「すぐに、帰れる場所ではないのですよ?」

 念を押すが、少女からはむしろ、ためらいが消えている。

「ええ」

 今までで一番力強く、彼女は返答した。


「どこかに売られるとかいう訳じゃないんですよね? そうじゃないなら、あなたの所為にはしません。わたしをここから」

 決意の込められた瞳と声音は、クレイセスをまっすぐに見据えて言った。


「助けて」

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