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第27話 執心

「それに、サクラ様がお越しになってからというもの、地震も落ち着きました。我々は、あなたがセルシアである可能性を捨てきれない」

「それは多分、あのときの歌詞が……」

「歌詞?」


 街に出たときにクロシェそう言われて、ひょっとしてと、光響の反応の仕方を思い出したときに、咲羅は思い当たったのだ。


「常しえに揺らぐことのないようにとか、幾つもの世にわたって、大地に風が渡るようにとか……そんな内容の歌詞だったんです。光響が起きたときに、歌ってた内容が」

 まるで歌に合わせるかのように、風が起こったことを覚えている。そのタイミングの良さに、咲羅も興奮した。


「それにセルシアは……クレイセスが最初に見たおばさん……ひょっとして、小浪さんが、そうだったんじゃって」

「コナミさん?」

「わたしが一人でいるとき、よく話を聞いてくれたんです。本当はあの人が、セルシアだったんじゃないでしょうか……」


「なるほど。彼女に、あなたの気配が残っていた訳ですね」

 不安な思いでそう言った咲羅に、しかしユリウスは何でもないことのように言い切った。


「彼女はセルシアではありませんよ。コナミさんが通り過ぎる光景までは、我々にも見えていました。けれど、見ていた誰も、彼女に同じ感覚を覚えなかった。それはユリゼラ様も同じです。断言出来ますよ。彼女には、あなたの気配が残っていただけです。彼女ではない」


 ユリウスは咲羅の前に来てしゃがむと、まっすぐに目を見て言った。

「恐れないでください。自分のことも、世界のことも。あなたが内包する、力のことも」

 そうして膝の上で固く握りしめている咲羅の両手を、そっと包んだ。


「落ち着いて下さい。あなたの額の傷が癒えたときには、大地の声を受け取れるのではないかと思うのです。サクラ様は、セルシアでなかったことを責められると思っておいでのようだが、それはありませんよ。見誤ったとすれば、それは我々の過失です。あなたの所為では決してない」


 不安にさせて申し訳ありません、と、彼は静かな微笑みを広げた。

 穏やかな声音は、ささくれていた咲羅の気持ちを、緩やかに凪いでいく。


「それに、セルシアでなかったとしても、あなたの歌であれほどの光響が起こるのです。あれは原初の力だと、誰もが己の血に刻まれた記憶を思い出すかのように認識したほどの光響です」


 咲羅の手を包むユリウスの手に、わずかに力が籠もった。

「サクラ様がセルシアとして大地の声が聴こえずとも、我々は、あなたを手放すつもりはありません」

「……っ」


 ユリウスから初めて向けられた強い視線と口調に、咲羅は息を呑む。

 彼の中にある、執念を、見た気がした。


 すっと背筋に恐怖を覚えたのは、多分ほんの一瞬のこと。

 それを察したのか、空気を変えるように、ユリウスは常の静謐をもって咲羅に微笑みかけた。


「夜も更けて参りました。今日は遠出もなさったのでしょう? どうぞゆるりとお休みになられますよう」

 今の一瞬が幻だったかのように、穏やかな口調でそれだけを告げると、ユリウスは退室していく。


「サクラ様?」

 ガゼルの声に、落ち着かない気持ちでユリウスの去った扉をじっと見つめていた咲羅は、はっとして言った。

「ごめんなさい。わたしが寝ないと、休めないんですよね」

「いえ、お気遣いなく。今夜は我々もここに待機いたしますので」

「は、い?」


 思わず声のうわずった咲羅に、サンドラが説明をくれる。

「この最奥は、いわゆる異能の者が使う術式には強い造りになっていますが、物理的な攻撃には弱いのです。それに、転移を行えるのは、その術を発動できる本人だけだと聞いていました。しかし変則的事態が発生した」


 オルゴンに目を遣るサンドラに、この世界の法則に則れば、エラル本人が来るしかなかったはずなのかと、咲羅も納得する。


「武芸を嗜む方ではなかったが、エラルの力は計り知れません。それに、敵はエラルだけでもありませんので……怖がらせるつもりはないのですが、どうかわたしたちがお傍近くに控えることをお許しください」


 咲羅に拒む権利があるはずもなく、素直に頷く。

 お休みなさい、と言えば、二人に「お休みなさいませ」と微笑まれ。

 おとなしくベッドに潜り込むと、オルゴンもベッドの下にうずくまった。咲羅は名前を考えようとその金色の鬣を視界の端に映しながら、いつしか眠りについたのだった。

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