第22話 騎士たちの評価
「あの姫さんは、面白いな」
夜。咲羅を最奥へと送り届けたガゼルとクロシェは、騎士団の宿舎へと報告のために顔を出した。
「ガゼルが面白がるほど、突拍子のないことでも言ったのか?」
今日の報告書をまとめていたサンドラが口を開き、クレイセスも手許の書類から顔を上げた。
「王都の見学っていうからさ、観光かと思ってたんだけど。俺たち、王都にいたのは昼飯までだったんだよ。あとは被災状況を見て回った」
「被災状況? なんでそんなところ」
怪訝な顔をするサンドラに、クロシェが答える。
「ご本人の希望でだ。俺たちも驚いた。それに、『生き残ったセルシア補佐官』と、『クレイセスの前に騎士団長だった方』に会いたいと」
「は?」
これにはクレイセスも眉根を寄せて首を傾げ、クロシェに「なんか吹き込んだのか?」と問う。
「いいやなんにも。言っただろ、俺たちも驚いたんだよ」
そうして今日の一連のことを語ると、クレイセスとサンドラからは半信半疑のような反応しか返って来ない。正直に言えば、あの体格で彼女が十六歳という年齢であったことにも驚いているし、十六歳がこの世界に馴染むためにやることは、もっと幼いと思っていた。
「それに、城下じゃつけられてたしな。離れる口実になって良かった」
ガゼルの言葉に、クレイセスが目を細める。
「どこで捲けた?」
「城下から出たあとは、気配がなかったからな。俺もクロシェも、わりと全力で走らせたし」
帰りも、咲羅にあちこちを案内する名目で、わざと複雑な道を選んで帰ってきた。狙われていたことを、彼女は気付いてはいないだろう。
「そうか。今朝取り逃がした残党か?」
「ああ、顔に見覚えがあったからな。一応、店でツイードに会ったから尾行するようには言っといたけど。さっき見失ったと報告があった」
捕らえたほうに進展は? と訊くと。
「あいつらの目的は、サクラじゃない」
「へ⁉」
クレイセスの答えに、ガゼルもクロシェも目を丸くする。
咲羅の起こした光響は、城下でもずいぶん話題になったと報告が来ていた。昨日の今日、だが、てっきりそれを目的とした騒ぎだと思って警戒していたが。
「目的は、ユリゼラ様だったんだ」
一番口の軽そうな奴と、一番気が小さそうな奴を選び、別々に尋問を行ったところ、口の軽そうなほうがクレイセスのかけた鎌に引っ掛かる形で白状した。
「なんで、ユリゼラ様?」
「簡単な話だ。正妃の座から降ろしたい貴族がいるようだな。取引相手は頭領しか知らないが、殺さずに生け捕って闇市に売り飛ばす計画だそうだ。俺たちにわざと捕まって、王宮内の牢に繋がれたら脱獄して、逃げた別働隊を引き入れてから後宮を襲うつもりだったらしい。念のため、夕方には捕らえた奴らをまとめて営所の牢に移送した。ハーシェルに言うと面倒だから、ユリゼラ様の警備を強化するよう、ラグナル殿には伝えてある」
後宮に関する争いも、激化しつつある認識はある。しかし咲羅がハーシェルの妃として立つならいざ知らず、現状では自分たちの管轄外だ。
じゃあ、こちらから出来ることはこれ以上ないな、とまとめると、ガゼルは「でさ」と話を戻した。
「あの姫さん。ハーシェルの話、よく聞いてんだよ。ちゃんと考える頭も持ってるし、自分に期待されてるところもわかってる」
「ふーん……なんていうか……それ、大丈夫なのか?」
サンドラの言葉に、三人が意味を図りかねたように注目する。
「なんだかわたしには、思い詰めてるようにしか聞こえないんだが」
その言葉に、クロシェが怪訝そうに上体を反らして目を細めた。
「お前が思いやり発動とか……次は一体、何が起こるって言うんだ」
サンドラが優しさを見せるときには、変事が起こると半ば本気で信じているクロシェを、サンドラはキッと睨む。
「くそ腹立つな、お前は」
そうしていつもの諍いが始まりそうな気配を、クレイセスがどうどうと宥めた。
「受け答えはしっかりしていたとは思うけど、そんなにも現状把握能力が高いとは驚いたな。今の話からすると、代が変わるときの制度や団長が退役した理由は説明してないのか」
クレイセスの問いに、ガゼルが頷く。
「それはまだ話してない。おっさん、会ってくれっかな」
「伺いとか立てるから断られるんだろう。押しかければいい」
クレイセスの答えに、それもそうだな、とガゼルは笑う。
そこにノックが聞こえ、クレイセスが入れと答えると、咲羅の身辺警護にと置いていた騎士がひとりと、営所への移送を担当した騎士が、申し訳なさそうに入ってきた。
「どうした」
先に口を開いたのは、咲羅に付けておいた騎士。
「それが……浴場で、揉めているようでして」
「は?」
「ハーシェル王から派遣されている女官数名と、サクラ様が、問答なさっておいでです」
困惑したように報告する彼に、サンドラが笑って言った。
「わたしが行こう」
サンドラの背を見送ったあと、移送担当の騎士が潔く膝をつき、がばりと頭を垂れて言った。
「申し訳ありません‼ 移送した者、うち一人が途中で脱走いたしました!」
クレイセスは組んでいた手に額を預け、大きな溜息をひとつついて、立ち上がった。




