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第21話 深層

 どのくらい走り続けたかはわからなかったが、中心街は抜けたようだ。まばらになってきた建物の様相も、石造りの大きくて堅牢なものから、木造のものへと変わっていった。人は相変わらず多いが、荷物を積んだ、一目で移動中とわかるものがほとんどで、物流の大動脈たる街道を進んでいるのだろうと推察する。


 途中から街道を逸れ、林の中を進んでいたが、それでも荷馬車や馬が横に何頭も行き交うほどの大きな通りだった。速度を上げて走る馬に、突然視界が開け、広大な畑が目の前に現れる。

「うわぁ……!」


 麦が、一面に揺れていた。


 その美しく広がる麦畑の中に、不規則な形の木材が積み上げられているのが、自然と目についた。


 咲羅はクロシェの手を借りて降りると、ひょっとしてと目を凝らす。

「あれは、家だったものです」


 咲羅の視線に気付いたクロシェが、思考を読んだように教えてくれた。やっぱりそうかと、咲羅は苦い気持ちで目の前の光景を見つめる。


 麦畑だけなら、ただ長閑(のどか)で綺麗な風景だ。しかし、不自然に積み上げられた木材が、生活を侵食した爪痕の大きさを物語る。


 わかってはいたが、胃の辺りをきゅっと掴まれたような、緊張を覚えた。


「どのくらいの方が、亡くなったんですか」

「正確な数は、なんとも。しかし王都だけでも、把握出来ているだけで三万人が、瓦礫の下敷きや飢えで亡くなりました」


「飢え?」

「はい。大地震が起こったとき、先王はすでに正常な判断を下せる状態ではなく……緊急時の発令がなされなかった。王統院は、動けなかったのです。セルシア院ができる範囲では王都の人口を(まかな)いきれず、弱い者から死んでいきました」


 クロシェの説明に、胸が痛くなる。

 それに、と、ガゼルが続ける。


「この畑の麦も、ほとんどが空なんですよ。中身がない」

「作物も、育たなくなったんですか」

「そうです。麦だけじゃない。ありとあらゆるものが極端に育たなくなりました。今年の収穫も去年と同じ程度しかなかったなら、この冬を乗り越えられずに死ぬ人間は、必ず出る」


 寒さに凍え、挙げ句飢えるのか。

 先程の活気の影に、ぎりぎりの生活があることを認識する。


「この辺りは、人手不足でまだ復興が進んでいません。ほとんどの人間が、近くに仮の小屋を建てて、そこで生活をしながら畑を見ています。これを失えば、冬を越せなくなるから。けれど、少ない食糧を求めて盗賊が横行しています」


 静かに補足するクロシェに、咲羅は説明を聞きながら、遠くに見える作業をしているらしき人影を見つめた。


 目の前で、わずかな風に揺れる麦畑は、咲羅が見たこともない規模のものだ。見渡す限りの、果てしない麦畑。そこに見える人影は少なく、どこか、頼りなげに思えた。


「光響が起きれば、実りを取り戻すのでしょうが……光響を失って一年になります。我々も、どのように対処してゆくべきなのか、正直に申し上げればわからないのですよ」


「ええと……ここで歌えばいいんですか?」

 問うと、クロシェは笑った。


「まさか。さすがに、ここであんな光響を起こされたのでは、民が押し寄せるでしょうからね。俺たち二人だけではあなたを守れない。現状を知りたいということだと受け取りましたので、こちらをお見せしたかった。ただそれだけです」

 ガゼルを見遣ると、彼も首肯している。


「怪我をした人や、避難された人はどんな生活を?」

 麦畑を見つめながら訊くと、ガゼルが説明をくれた。


「大地震が起きてすぐは、救護所や避難所を設立していましたが、二ヶ月ほど前に解散いたしました。動けないほどの怪我人はもういませんでしたし、避難所にいた人間も引取先を確保したり、仮小屋が設置されたことである程度の生活基盤を得て去って行きましたので」


「そうなんですね……」

 それが早いのか遅いのか、咲羅には計りかねたが、少なくとも放置された状態でないことには安堵した。


 ただ今のところ、目に映るもの、認識したものの中で、自分が役に立てそうなところはない。世界が反応してくれる限り、歌い続けることが一番役に立つことなのだろうが、それだけで本当にこの世界の人は、救われるのだろうか。


 創世記の話を聞く限りでは、大地は多くの血が流れることを厭い、王という存在を要求していた。ならば、「多くの血が流れる」原因に対処しない限り、この事態は収まらないのだろう。


「フィルセイン……でしたっけ? その人は、新しく王様が立ったのにまだ諦めてないんですか?」

 ガゼルを見上げると、彼は落ち着いた口調で問いに答えてくれる。


「諦めていませんね。ヤツが行動を起こしたときよりは、明らかに王族の血を持つ者の数は減りました。自分にその血が流れていると自負する以上、あいつはほかを殺し尽くすまで止まらないでしょう」


「戦端は、今も開かれているんですか」

「各地で。あいつは南の領地を統括していましたが、そこから確実に、領土を拡大しながら王都に進軍してきてる」


「領土を拡大……それは、その土地を統括していた方は」

「多くが殺されましたが、寝返って(くみ)した者も、少なくはありません」


「王様が軍を率いたりとかはないんですか」

「本来なら、俺もそれが一番手っ取り早いと思うのですが。王の親征は最後の手段と引かない者もいて、なかなか実現しませんね」


「引かない者?」

「残っている貴族や、王統院の執政官たちです」

「ああ……」


 なんとなく、国会中継で野次を飛ばしたりしている議員を思い出し、この世界にも時間を無駄に引き延ばす輩はいるんだなと納得する。ハーシェル王は即断実行の人に見えたが、それを阻む人間は身内にいるのだろう。


 この世界の「人間性」も、咲羅のいたところと性根の部分では変わらないのかもしれない。


 求められていることは明らかだ。

 けれどそれは、「王」と「セルシア」のみが遂行可能な、権力と吸引力であることもまた、察しがつく。


 この世界の人々が「セルシア」を求めることは、生きていくために当然の事に思えた。


 救える力が、自分の内に、あったなら良かったのに。

 咲羅は改めて、己の無力さを思う。


 けれど、自分がこの世界において出来ることを探したい。糸口になりそうなことすべてに当たりたい思いで、ふと閃いたことを口にした。


「あの……会ってみたい人、というのは、アリですか?」

「会ってみたい人?」

 二人の声が重なり、怪訝な顔をされる。


「生き残ったセルシア補佐官ていう人と、クレイセスの前に、騎士団長だった方に会ってみたいのですが……それは、難しいですか? すみません、セルシアでもないのに要求ばっかりして」


 図々しい要求だったかと慌てた咲羅だが、ガゼルもクロシェも面白そうに微笑んだ。


「前騎士団長の話は、どこから?」

「特に誰からも。皆さん一様に若いので。王様の代替わりで騎士団長が替わったとかなら、お話を聞いてみたいと思っただけです」

 なるほど、と二人が顔を見合わせる。


「あの! 無理だったら、いいんです、すみません……」

「そんなに謝らなくても」

 ガゼルが口許に笑みを湛えたまま言った。


「ご案内しましょう。補佐官はともかく、前団長は心しておいたほうがいい」

「怖い方、なんですか?」

「うーん。怖くは、ないですが。彼は平民出身の叩き上げで団長になった人です。少々癖は強いかな」


「ガゼルさんがそう言うって、なんかすごい性格そうですね」

「俺が言うとって、どういうことです?」


「あ、他意はないんです! ガゼルさんはあんまり物事に頓着してなさそうだから、そういう人がそう評価するってすごそうだなと」

 慌てて言葉を選んでそう言う咲羅に、クロシェが笑った。


「お前も、見抜かれんの早すぎだろ」

 先程のお返しとばかりにそう言ったクロシェに、ガゼルは「ホントだな」と笑う。


「二人に会うのは構いませんが、先方の都合を聞いてからになりますので、日を改めても?」

 ガゼルの問いに、「もちろんです」と返答すると、クロシェが手を差し出して騎乗を促す。


「少し遠回りをしながら戻ります」

「そうだな。そのほうが、サクラ様のお知りになりたいことを目に出来る機会は多いかもしれない」


 二人の気遣いに感謝しながら、咲羅はその手を取ったのだった。

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