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第17話 文化の差異

「あれは……」

 著しい共鳴の気配。


 大地の声が聴こえなくなり、世界は光響を止めた。

 しかし、先程感じたのは大地の歓喜だ。


 王宮は、ついにフィルセインの手に落ちたのか。

 しかも、あれほどの共鳴で、大地を呼び覚ます者を迎えて。


 砂が指の間をすり抜けていくように、ほんのわずかずつ、身の内から何かが失われていくのがわかる。自分を満たしていたこの力が、すべて失われる前に。

 フィルセインに加担する者たちは始末しておきたい。

 せめて、異能の者だけでも。


 蒼穹の瞳は王都の方角を睨み据えた。



 激しい大地の鼓動を察知した者は、ほかにもいた。



 これは手に入れなくてはと、思わず口角が上がる。

 こんな力、うまくすればこの世界そのものを従えることすら、可能ではないのか。人間の意を介さない世界が、一番難敵だと思っていはいた。

 しかし、それすら自由に出来るというのならば。


「これは、どこから現れたんだ?」

 ひどく機嫌の良い主人の声だが、正確な答えを持ち合わせている者は一人もいない。

「いいさ……。ユリゼラはハーシェルにしてやられたからな。こいつを手に入れよう」


「しかし、源は王都の方角。新たなセルシアが即位したのでは」

「いいや、これは選択の反応ではない」

 ある者が言い、ある者が否と言う。


「どちらでも良い。我が手に落ちればいいだけのこと」

 足を組み替え、男は背凭れに深く沈むと、片肘をついて頭を預けた。


「エラルはどうした?」

「はっ。手掛かりすら掴めず、行方は知れません」

「奴もセルシアであったということだろうな」


 紫紺の瞳に、稲妻が映る。城の外は、にわかに降り出した叩きつけるような雨と、黒雲に覆われていた。

「ダールガットは、陥落したか」

「それが、未だ抵抗激しく」

「なら、しばらく放っておけ。とりあえず、王都を探れ。俺はこの力が欲しい」


 御意、と複数の声が重なり、皆が瞬時に姿を消す。

 男は一人、抑えられぬ笑みを浮かべたまま、静寂を見つめていた。


*◇*◇*◇*


 咲羅が目を覚ますと、滝のように流れる銀色のうしろ姿が目に入った。

「ルースさん……?」

「おはようございます、サクラ様」


 笑顔で振り向いた彼女は、どうやら朝食を用意してくれていたらしい。

 咲羅は起き上がって周囲を見回すと、洗面の用意なども整えられており、ありがたく使用する。わかってはいたが、水道設備は見当たらない。これらもいちいち、外を往復して用意してくれたに違いなかった。


「あの。お城の外に出てみたいんですけど、どうしたら行けるか教えて下さい」

 洗面を終えたのち、髪を手櫛で整え、ゴムでひとまとめにしながらそう聞くと。


「は? あの……?」

 ルースが明らかに困惑し、咲羅は誤解を与えたかと言葉を募る。

「逃亡しようとかいう訳じゃないんです。この世界は、わたしがいたところとあまりにも違うようなので、いろいろ、見てみたくて」

「ああ、そういう……」

 安堵したように息をつくルースは、咲羅に席に着くよう勧め、食事を促した。


 いただきます、と手を合わせた咲羅を不思議そうに見るルースに、恐らく作法としての所作が違うのだとすぐに判断がついて、「ね、違うでしょ?」と笑う。


「この世界では、食べるときと食べ終わったときって、なんて言うんですか?」

「大地の恵みに感謝を、と申しまして、祈りを捧げます」


「祈りを捧げるって、どうやるんですか? 昨日ユリゼラ様が祈るところを見たんですけど、祈る姿勢って、あれ、決まりがあるんですか?」

 咲羅がいたところでは、今の合掌がひとつの祈りの形で、ほかには両手を堅く組むやり方があると伝えると、ルースは目を丸くした。


「この世界……いえ、祈りの基本形は、三世界共通です。こうして……」

 ルースの細く白い手が、親指を上下に重ねた三角形を作り、そうして四指の指先を第二関節まで交差して見せる。


「この三角形が、三世界を表していると言われています。深く祈るときには膝をつき、下を向いて三角形の頂点を額に当てるように……そうです。食事などの軽い祈りのときには、顔を上げたまま一瞬当てるだけです」

 ルースが教えてくれるとおり、咲羅も真似をして、交差した人差し指の部分を額に当てた。

「必ず両手なんですね」

市井(しせい)では片手で山を作り、その頂点だけを当てるようなやり方が主流のようですわ」


 そう言って片手で山を作り、第二関節を当てて見せる。

 祈りの姿勢だけでもずいぶん違うことがお互いに認識出来たところで、咲羅はもう一度ルースに問う。

「こういう訳ですので。いろいろ、見てみたいんです」


 それに、と、昨夜眠る前に、クローゼット側に置いてある学生鞄を見つけた咲羅は、立ち上がって取りに行くと教科書をソファに広げた。そうして歴史の資料集を広げて、ルースに見せる。


「これは、わたしがいた世界の教科書の一つなんですけど。多分わたし、この世界の文字も読めないんです。ルースさんの手の空いてるときにでも、教えてもらえませんか」

「本当に……何もかも……いえ、私、こんなにも精巧で鮮やかな色刷りの紙など見たこともありませんし、このような文字も、存じ上げません。まあ……」


 ソファに広げた本を、恐る恐るといった体で慎重にめくる。咲羅はこの世界に驚いているが、ルースは咲羅の世界に驚いている。

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