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第14話 ユリゼラ

「女同士、秘密の話をしましょう」

「秘密の話、ですか?」


 ユリゼラは頷くと、椅子に座った咲羅の手を握り、自分は絨毯に膝をついた。

「サクラは、ひょっとして食べられないのでは、なくて?」


 琥珀色の瞳が、労りの色をもって咲羅を覗き込む。

「どうして……」


「はじめは緊張している所為かと思ったけれど、それにしては顔色が悪いわ。着ているものも大きいようだし。あなたは、ここ最近で急激に痩せたのではなくて? それに、侍医にも診てもらったのだけれど、貧血の症状が少し深刻だと言っていたわ」


 ユリゼラが、自分に寄り添おうとしていることは伝わって来て。

 咲羅は泣きそうな気分で言った。


「ここの世界の人は、鋭い人ばかりですね」

「あら。私のほかにも、あなたの状態に気付いていた方が?」

「クレイセスが……」

「そう。……あなたの傷の話ね」


 ユリゼラもまた、前髪で隠していた傷に気が付いていたのだ。咲羅はこくりと首を縦に振った。


「少し、話をしましょう。お互いをまず、知ることから。何か、質問をくださらない? 私からでは、聞きたいことがたくさんありすぎて、尋問になってしまいそうだから」


 今なら何でも答えると言わんばかりのユリゼラに、咲羅は笑った。手を包んでくれているユリゼラが、今は温かいことにも安堵する。何から訊くべきか正解はわからなかったが、とりあえず、思い付いたことから口にした。


「王妃様は、おいくつなんですか?」

「私は二十よ。サクラは?」

「十六です」

「あら、じゃあ私とクレイセスが正解ね」

 ふふっと嬉しそうに笑い、ユリゼラはほかの皆が十二歳から十四歳と幼く見積もっていたことを告げる。


「あなたがとても小柄だから、みんな少し幼く見ていたのね。クレイセスは、受け答えの仕方からもう少し上だと判断していたけれど」

「小柄……。わたし、元の世界だと大きめなんですけどね……」

 まあそうなの? と興味津々のユリゼラに、サクラは次の疑問を口にする。


「即位したのって、おいくつの時だったんですか?」

「王妃として即位したのは十ヶ月前」

 ユリゼラの答えに驚いていると、「ハーシェル王の即位も、同じ日なのよ」と笑った。


「まだ……新しい王朝なんですね」

「ええ。問題ばかりが山積しているわ」

 その「山積している問題」の中に、セルシアの一件があるのだろう。片付けるために喚ばれたのに、申し訳ないと思う。


「ハーシェル王とは、昔からのお知り合いなんですか?」

「いいえ。知り合ったのは、一年ほど前のことよ。私の実家は男爵位で、本来なら王家に嫁ぐなど、あり得なかったの」

 あったとしても側室止まりね、と微笑むユリゼラは、咲羅の手を放して立ち上がり、用意されていたティーポットからお茶を注ぐと、咲羅の前に置いた。


「ありがとうございます。なんだか、素敵なお話がありそうですね」

「素敵かどうかはわからないけれど、この混乱が起きなければ、王子だったハーシェル様とも出会わなかったし、私がここにいることもなかったのは、確かね」


 自分も紅茶を入れ、椅子を寄せると、膝がつきそうなほどの距離で咲羅の正面に座る。

 その一挙手一投足が流れるように美しく、所作のすべてに色気が漂うようで、咲羅はぼうっとそれを眺めた。もうこれは、王様の一目惚れに違いない、という確信を持って。しかしそれを問うと、ユリゼラはきょとんとした顔を見せ、すぐに「いいえ」と笑った。


「初めてお会いしたとき、ハーシェル様は私を子供だと思われていたの。それに、名前も身分も偽って旅をしていらした最中で。剣の腕があって、お話をしてみると一介の護衛や傭兵が持ち得るには、不自然なほどの知識や情報をお持ちで。貴族を竦ませるほどの威圧感もお持ちでしょう? それに所作も粗野なところがなくて。いろいろなことがちぐはぐで、素性がよくわからなかったの。それもあって、最初は恋に発展するような要素はどこにもなかったのよ」


 楽しそうに話すユリゼラは、「サクラに恋人はいるの?」と問う。しかし咲羅は首を横に振り、「ときめいてみたいですねえ」と呟くように言った。


「この世界で、恋をしてみる気にはなれないかしら?」

 小首を傾げてそういうユリゼラに、咲羅は力なく微笑む。

「わたしを好きになってくれるような奇特な人、いるでしょうか」

 その答えに、ユリゼラは指先を温めるようにして持っていたカップを置くと、咲羅の頬にそっと手を伸ばした。


「なんとなく、わかる気がするわ。レア・ミネルウァが、あなたに拒まれたと感じた訳が」

 ユリゼラの繊手に触れられてどきっとした咲羅だったが、その言葉に思わずユリゼラを見つめる。


「サクラ。あなたは、自分を認めてあげていないのね」

「え……?」


「昼間、陛下が説明していたことも、自分のことだとは受け止めていなかったように見えたわ。知らない場所に来て、動揺しているからかと思っていたのだけれど。全部、ひとごとのよう」


 ゆっくりと優しい口調で話すユリゼラだが、咲羅は至近距離にあるその顔に、見透かされたような気がして、固まった。


「私は、あなたのことを何も知らないわ。でも、あなたは礼儀正しくて、人の顔色やその場の空気を窺って、自分が(ほころ)びになってしまわないように気を遣っている人だということは、わかるわ」

 だから、とユリゼラは咲羅に問う。

「あなたがどうして、そんなにも自分を受け入れていないのか……不思議」


「だって……」

 ユリゼラが、本心からそう言ってくれていることがわかり。

 咲羅の胸は掴まれたように苦しくなって、声を出すなり、涙があふれた。

「親すら要らないっていうくらいのわたしに……どんな価値があるって言うの……」


 ユリゼラは慌てることなく、泣き出した咲羅の頬を指先で拭い、頭を寄せてそっと抱きしめた。

「あなたが思っていること、吐き出してしまって。順番なんてどうだっていいわ。丁寧に話をまとめようなんて、思わなくていい。あなたの気持ちを、あなたの言葉で聞かせて、サクラ」

 大丈夫、私以外に誰もいないわ、と髪を撫でながら言うユリゼラの胸に顔を押しつけ、咲羅はひとしきり涙を流したのだった。

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