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第13話 傷の所在

 目を覚ますと、最初にいた部屋の天井が──つまり寝台の天井が、目に入った。

 誰かがここに運んでくれたのだろう。迷惑をかけたな、と咲羅は上体を起こして溜息をついた。


 先程と違い、薄いレースのカーテンが引かれていて外界と遮断されている。レースの向こうに見える薄暗い部屋は、暖炉に火が入れられていて、時折、()ぜる音がした。窓のカーテンも降ろされており、どうやら夜になってしまったようだ。


 目が覚めて、この世界が夢だったらという不安を覚えていただけに、咲羅はほっとする。この世界は、咲羅の歌に反応を示してくれた。あの、心が震えるほどに美しかった光景も、夢ではないのだ。この世界を拒否したつもりはない。しかしユリゼラは、拒否したのは咲羅のほうだと言う。


 控えめに扉を叩く音がする。返事をすると、クレイセスが入って来た。

 寝台まで来ると、そっとレースを避けて顔を覗かせる。

「起きていましたか」

 クレイセスの言葉に頷き、「さっきはごめんなさい」と頭を下げた。


「頭を上げてください。謝らなくていい」

 優しい声音に、咲羅は顔を上げる。

「それより、立ち上がれますか。ユリゼラ様が食事の用意をしてお待ちです。あなたの世界のものとは違うかもしれないが、味を見て、食べられるものだけでも召し上がりませんか」


「ええと……」

 食事と聞き、咲羅はあちらにいたときのように、吐き戻してしまったらどうしよう、という不安がせり上がってくる。


「まだふらつくようでしたら、抱えていきます」

「いえ……っ。歩けます! ただ、その……」

 どう伝えたらいいのか焦る咲羅に、クレイセスは微笑む。


「焦らなくていい。何を言っても怒りません」

 そう言うと、向かい合うように寝台に腰掛け、クレイセスは咲羅の顔に手を伸ばした。

「!」


 大きな手が目の前に伸びてきて、咲羅は緊張のあまり硬くなる。

 手袋をした長い指が咲羅の前髪をそっと上げ、この薄闇の中でもそれとわかる群青の瞳が、まっすぐに咲羅を見つめた。


「ただ、この真新しい傷の理由を、伺っても?」


 硬直していた咲羅だが、問われてすぐ、クレイセスから逃れるように顔を背ける。

「転んだ程度でそんな傷にはなりません。それに、顔は反射的にかばってしまうところです。あなたは私に、『助けて』と言った。それは、メルティアスにはそのような傷を負わせる……あなたを害する人がいると、そういうことですか」


 その推理に咲羅は驚き、恐る恐るクレイセスを見る。

 射るようにまっすぐで強い視線は、咲羅を知らず竦ませた。

「なんだか……本当は全部お見通し、とかなんですか?」

 いいえ、とクレイセスは緩く首を振る。

「あなたの傷からわかるのは、それだけです」


 騎士団長、と聞いた。ならば、稽古や戦いの場において、様々な怪我を見てきただろうことは、咲羅にも想像がついた。同時に、これが自分の過失だと、彼に信じてもらえるような信憑性に足る嘘を思いつけないことも。


「ユリゼラ様が、サクラが目覚めたら一緒に、とお待ちです」

 咲羅の逡巡を見て取ったクレイセスが、空気を変えるように言った。

「まだ本調子ではないので、後宮までおいでいただきたいと」

 (かし)いだ瞬間のユリゼラを思い出し、咲羅は頷く。彼女の無事な姿を、自分の目で確認しておきたい。


 咲羅はクレイセスから差し出された手を借り、寝台から立ち上がった。


 案内された後宮は、咲羅に宛がわれている部屋とは印象が異なり、明るく優美な雰囲気を(かも)していた。いくつもある扉のうち、ひとつの白い扉の前で、クレイセスがノックする。すると、窺うように細く扉が開かれ、訪問者の確認をすると、広く開けて中へと促された。


「寝室でお待ちです。お食事もそちらでと」

 金に近い茶色の髪を、背中で緩やかにまとめた女性は目を伏せ、軽く腰を落とした。彼女はユリゼラの侍女なのだろうと見当をつけ、咲羅は会釈を返してクレイセスを追う。


 奥に行くともうひとつ部屋があり、勝手知ったるように進んで行ったクレイセスに促されて、咲羅も中に進んだ。白と水色で品よく調えられた部屋は、暖かく、明るくしてあった。


「良く来てくれたわ」

 二人の女官が、ユリゼラを寝台から起こす。先程着ていたドレスではなく、夜着に着替えられている。夜着と言っても、スクエアカットの胸元に、何枚も重ねたやわらかそうな薄衣を胸の下でリボンで結んだ、薄い水色のドレスだ。

 昼間のドレスよりは楽そうだが、四六時中人目を意識している恰好に、疲れないのかな、などと思ってしまう。きっと、貴族として育ってきたら、当たり前なのだろうけれど。


 笑顔で迎えてくれたユリゼラだが、やはり顔色はあまり良くない。けれど、咲羅の手をみずから取り、さらに中へと迎え入れてくれた。


「皆退がって。サクラを部屋に送るときには使いを遣るから、あなたも退がって、クレイセス」


 ユリゼラがそう言うと、そこにいた全員が、頭を下げて部屋を出て行く。完全に二人だけになってから、ユリゼラは料理が供されているテーブルの椅子に、咲羅を座らせて言った。

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