表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

旧5章7話:真祖 -後-

◆ #01 ◆


 何者であっても、個体を示す名称というものが必要だった。


 喩え精神(ソレ)が【桃川優羅】でも『N-0037』でも"   "でも――。

 喩え肉体(ソレ)が人か機械か、悪魔か鬼か。女、男。夢、現でも――。


 どんな者であっても、他者と区別するための名が必要だった。

 アイデンティティを構成するための核が必要だった。

 名称そのものが重要、だった。


 ――今は少し違う。


 自分自身が再構築された。複雑に混ざり合って、統合され、1つの存在へ。

 ソレら全てが己になり、真も偽も関係なく、あるがままの存在に変わった。

 だからオレは、この世界の化身(じしん)を、改めてそのように定義づけられた。


『ピーチトゥナっていう名前がある。今はそれだけで十分だ』


 情報だ。過去も個人も、刻一刻と変化し続ける世界の一部でしかない。

 変化を受け入れられるか、受け入れられないか。ただそれだけの話だ。


 そうして、最後の戦闘が始まる。


「…………」


 開戦の合図は、大弓"浮身の強弓"の1射だ。

 カッコ良く始祖の心臓をブチ抜いて、戦場の流れを味方につけてやる。

 ――と、思ったんだけども?


(……っ。――んぁ、れ……あれッ?!?!)


 異常事態が発生。

 慌てず騒がず冷静に、[No.13]を起動して思考速度を限界まで加速させる。


(…………ばかな?)


 やば。この身体、弓が、ぜんぜん引けないんですけど……?

 腕の長さが短くて、そして弦が強すぎて、番えた血矢が全然引けない!


(ッまさか、フワフラーの記憶と経験に、引き摺られ過ぎてた?)


 血魔法が使い勝手が良くなりすぎて、読める情報量が膨大になっている。

 大晩餐で始祖を逃した立役者だったとか、ガーゴイル製作にかけた情熱とか。

 ……まぁ色々と知りたくない物まで理解できてしまった。その悪影響だろう。


 ともかく今は、啖呵(たんか)を切った手前、後にも引けないという笑えない状況だ。

 幸い解決策はある。〔変化〕で身体の年齢を変えて、身長を伸ばせばいい。


(――なにも卑怯じゃない。これは成長、変化して当然の要素だし? んへへ……)


 吸血鬼たちの血から能力の経験を読み漁り、パーフェクトな変化を発動する。

 思いきって3歳の加齢、推定18歳だ。持ってけ時間泥棒!

 過去よさらば、未来よ来たれ、大人(アダルト)マイボディー!


 ――!


 …………。


 ?



(……ん? 変化が、終わったはずなのに、変化がない)


 能力の発動は、成功してるのに……おかしいな。

 ははン。さては体の成長期が遅いんだろうな。

 高校を卒業してから、ぐんと伸びる珍しいタイプだったんだろうなぁ。


(んむ、んむ……)


 よし。だったら更に2歳分、増やしてみよう。合計20歳だ。

 身体の全盛期にもなれば、にょきっとスラリと、急激に背丈が、高くは――。


(……ならない?)


 なぜならぬ。



 ダメ押しに、5歳増やして25歳だ。BPが消費される感覚は、する。

 なのにぜっんぜん、まったく伸びない……のは、なぜだ?

 細胞バグってんのッ???


(……ンな馬鹿な!)


 それだけはあり得ない。オレが導入済みの体内ナノマシン群は、N0037型だ。

 細胞複製に関して異常を出すことは、天地がひっくり返っても、あり得ない。

 とはいえこれはリアルの体じゃなくて、限りなくリアルなアバター体。

 細胞の制御は、全容を解析しきれていないアバター体の方が難しいが――。


(それを差し引いても……)


 変化に成功していたのは、観測できた結果だ。

 確実に加齢したはず背が、1mmも伸びない。


(……んー?)


 つまりこれは、そういうことなのだろうか?


 王女が死亡時の15歳時点で成熟しきってしまっていた、ので。

 成長性が0っていう、とうぜんの結果?


(――ン"ッ!!)


 おのれ!!!!



◆ #02 ◆


 期待がマイナスに裏返って、殺意が大幅プラス。

 心拍数と血圧が上がって、視界が赤く染まり始めて……血魔法でクールダウン。


 いったん、落ち着こう。形に拘らず弓を引くだけなら簡単だ。

 念動で弦を引けばいいし、凍らせた血を動かして放ってもいい。

 戦闘は始まってすらいない。まだ怒りに任せていい時間じゃない。


(――ンしッ)


 心の整理はついた。ので、きっぱり未練を捨てて〔変化〕で年齢を若返らせる。

 戻っても視点の高さがぜんぜん変わらないの。まじこれ頭に血がのぼるわ……。


(15歳より下まで若返ると、筋力も比例して落ちる。赤ちゃん最強は無理か)


 とりあえずエスマーガの黒鎧を真似て、血の塊で太陽光から身を守ろう。

 皮膚表面を〔凍結〕させてるだけじゃ、完全には抵抗できないようだし。


(……どっぷりと。低品質な獣の血まみれで、じわじわ不快感がぁぁぁ……)


 頭の天辺から足の爪先まで血に浸かる。すると皮膚の痛みと熱が消えた。

 思念波に対して、若干のシールド効果も働いている。ここは要調整だな。


(んんんんんっ、むぅ……)


 心頭滅却。肌に触れた血に対して湧き上がる邪念をNPも併用して抑える。

 可及的速やかに、かつ冷静に、現在出揃っている情報を整理していく。


 復活中も血を介して眺めていたが、カオスな状況になったものだと思う。

 敵味方の識別もできない、部外者(・・・)山盛りのパーティーだ。


(……そもそも、なんなのこの状況? それに、この状態?)


 自身のアバターについて……は、まぁ全てが吸血鬼に変わった。

 抵抗感が消えて歓喜も嫌悪もなくて、これが自然のものと受け入れられている。

 始祖の恨みが消えたのも本音だ。ドロドロとした殺意が戦意に昇華されていた。


(あの害獣、というか灰凶狼(ダイアウルフ)のプレイヤーは、簡単に死んじゃったし……)


 先ほどの攻撃――血魔法の拡散攻撃で、プレイヤーの一人を排除できた。

 首の挙動が市販の記録用NPの動きと酷似していた。確実にプレイヤーだ。

 協力する気も無さそうなので、さっさと血に加えたけど、直撃するまで避ける素振りすら見せなかったのは、逆にこっちが驚いたな。なんで避けなかったんだ?


(白竜と人狼にも一人ずつ混ざってる。あの2体は……どうしようか?)


 白竜たちの言葉から察するに、各々異なる目的で参戦してきたようだ。

 私怨に暇潰しに、屍竜ポキアスと虚無?からの刺客に、オレのお手伝い……?

 嘘か本当かも分からないし、そもそも意味不明だ。ポキアスとか実在してたの?


 その一体、ルピスを助けた恩竜?はプレイヤーだ。統星語で会話も可能だろう。

 ただプレイヤーである以上は信用しきるのは危険なので、戦闘中は盾だな。

 役に立ったら……まぁなんか適当にお土産あげて、お帰りいただこう。


(問題は、向こう……)


 一方で人狼のプレイヤーは、リーダー格の指示に従って行動しているようだ。

 この場にいる誰よりも速く、血魔法を回避した。敵対するには厄介な相手だ。


 人狼族は王国に古くから仕えている魔族で、人狼独自の掟で活動している。

 現在エスマーガと敵対しているのは確実だ。他種族には基本的に不干渉のはず。

 後で人狼のリーダーと交渉して、群れごと引き込もう。幸い材料は揃ってる。


(……魔法の感覚も、かなり変わってるし?)


 血の魔法は、例のように非常に扱いやすくなっていた。

 形を変えるのは以前から出来ていたが、その精度が飛躍的に上昇している。

 無意識下の領域で、体の一部としてラグなく連動させる芸当すら可能になった。


 例えば――全身を覆っている【血】の形を整えて、大型の外殻構造を構築する。

 1500年以上昔から幅広く利用されている強化外骨格(パワードスーツ)だ。


(腕の長さが足りないなら伸ばせばいい。包まれてる間は一部の能力は制限されるけど、距離をとって戦う分には問題ないでしょ……たぶん)


 弓矢が扱える手足を作り、胴体の装甲を厚めに形成。飛行時の空気抵抗を考慮して流線形に形を整えると――威風堂々とした幻鳥"ペンギン"となった。

 色は赤だがロマン溢れるコウテイペンギンだ。可動部以外を凍結させて完成。

 多分これが一番理想的な飛行フォームだと思う。


(んしゃっ、完璧。改めて開幕の1手だ。BPを50……×14本でいけるかな?)


 合計700BP分の【血】を支配下に起き、1本の矢に変えて〔凍結〕。

 そうして浮身の強弓で――射った。



◆ #03 ◆


 最初の宣言から4秒、体感時間で6分半。

 記念すべき開戦の第1射だ。外すことは許されない。


 全能力をフル展開して放った血矢は、弓矢としては異常な速度を叩き出した。

 初速は883[m/s]程度だったものが、重力・空気抵抗・造波抵抗諸々を束ねて一気に加速。100mに到達した時点で1177[m/s]――マッハ4を突破した。


 空中で2本に分かれた矢は、鋭角に軌道を変え分散。更に14本まで分裂する。

 うねり鳥籠を形作るように、始祖を前後左右上下、全方位から同時に射貫いた。


(直撃した? ……けど、まぁそうなるか)


 が、着弾した(BP)が回収されて、無傷の状態に戻る。


『有志アッシュ・ワンくん提供の新鮮な血の味はどうだった?』

『30点であるな。獣臭く旨味も薄い。毎日好んで飲みたいものではない』


 つまり総合レベル30前後? 以外と低かったな。

 そして4千回近く、見飽きるほど何度も見てきた光景だ。いまさら驚きは無い。

 撃ち込んだ血を触媒にして始祖の血族に魔法を掛け直すが――今回は失敗した。


『来訪者の血を使おうと無駄である。其方の血の呪縛は二度と効かぬ』

『……1年も自力で解呪できなかった奴が、よく言うよ』


 今まで掛かっていたのは"吸血で得るBPを95%強奪する"というデバフ効果。

 おおかた予想通りだ。アレは最初に始祖を殺した血かつ、残りの生命魔力の全てを投じ、かつ寝室に9年間も保存していたお気に入りだからこそ成功した呪い(まほう)だ。

 あれほどの血液も執念も、今はない。


(……泥沼の予感がする)


 周囲にはモンスターが山盛りで、良くも悪くも血が溢れすぎている。

 あの時以上に、始祖に血を渡すのは、マズい。後先を考えずに本気で能力を行使できる始祖が、どれほどなのか。まだ十分に把握しきれていないからだ。


(んぐぐぐぐ……)


 ただ、あと何回倒せば良いのかは、血魔法で何となくわかるようになった。

 エスマーガ血族が減れば減るほど、始祖の血の匂いが徐々に濃くなっている。


 残りの残機は6500程度だ。けれど太陽光によるダメージは期待できない。

 心臓を地道にゴリゴリ削っていくしかない。きっと消耗戦になるだろう。


(……まだ底が見えてないって言うのに、なんだよあの魔術は?)


 あの黒鎧は魔術の産物だ。

 展開中は〔変化〕に制限が掛かってるけど、陽光下でも平気で動けている。

 魔術は、魔法に比べて汎用性が高い。他の切り札にも警戒しておくべきだ。


(情報不足だし、考えれば考えるだけ嫌な予感はする。けどやるしかないか……)


 最後に現在のステータスでも確認しておこう。処理は簡単だ。血魔法の精度向上に伴い、自身については吸血しなくても確認できるようになっている。


――――――――――――――――

-[権能:【(ブラッド)】]

--[状態:<確認>:ピーチトゥナ・ミルクロワ(γ)]

---[突破:<処理中>]


 種族レベル:50→65 Up!

 種族能力 :〔不滅化〕 New!

 職業レベル:50→52 Up!


 対象:ピーチトゥナ・ミルクロワ [117]

 種族:真祖吸血鬼 [Lv:65]

 職業:プリンセス [Lv:52]

 HP:1,123/ 1,123

 BP:5,061,359/ 105,400 [共有100%]

 血族:ミルクマ血族-盟主

 眷属:ルピス・エライ、ネオマ[変異中(3%)]

 能力:〔吸血〕〔暗視〕〔念動〕〔状態異常耐性〕

    〔生命吸収〕〔凍結〕〔飛行〕〔変化〕〔不滅化〕

    <演技:プリンセス><オーラ:プリンセス>

    <王女のビンタ><王女の踏み付け>

    <癒しのボイス><怒らせボイス>

 魔法:【自動復活(アバター)】【(ブラッド)


※ログアウト完了まで突破処理は終了しません

 就寝または死亡をして、ログアウト処理を完了させてください

――――――――――――――――


(んー……微妙(びみょ)い。せめて150あれば……)


 相変わらず数値は狂っている。気になる部分もあるが、今は必要以外は無視だ。

 200レベルの始祖を3541回倒した分としては、上昇がいまいちなのが気になる。


(倒したのは始祖じゃなくて、あくまで身代わりの吸血鬼だった、とか……?)


 高レベルになるにしたがって、レベルアップに必要な経験値も上がるのだろう。

 もしかすると100レベルの上限突破にも、経験値消費があったのかもしれない。


 ――〔不滅化〕発動……停止。


 新能力の〔不滅化〕は、致命傷をBPで肩代わりする超高性能な"食いしばり"。

 キマツルが死ぬ間際に使っていた能力。無敵モードと勘違いしていた技だ。


(……BPが万能リソースすぎる)


 太陽光の対抗能力になるようだけど、色々と応用が利かせられる透明化と違って、こっちは生存重視。BP効率は最悪だ。

 ただ効果が単純なぶん、発動時の負荷も小さく、能力の併用も比較的楽……。

 今のBP量だと、よほど無駄使いしない限り、死にようがないな。


(……んーし。確認はOK。あとは臨機応変に、なるようになれ!)


 今日ここで始祖エスマーガを終わらせる。

 この世界の暴力を、それ以上の暴力で踏み壊して、終止符を打つ。

 それもまた、奴が求めている1つの結末なのだから。



◆ #04 ◆


 血矢の発射を合図に、ルール無制限の血みどろの闘争が始まった。


 吸血鬼と白竜が空を舞い、人狼が飛び交い、魔物が地上を蠢き入り乱れる。

 カオスな乱戦の真っ只中で、オレは血の矢を巻き散らすことに徹底する。


 弓を使うと、直に血を放つよりもBPの消費が遥かに抑えられて大変――。


【【【【【GROOOOOOO!!!!】】】】

「――っゥるさッー?!」


 4体の白竜が、音速を超えた速度で次々と始祖に襲い掛かっている。

 大質量の移動ごとに発生する衝撃波と轟音が、なかなかに鬱陶しい。

 特に咆哮は脳内まで響いてくる音響兵器。魔力が含まれてるから精神攻撃か?


【G、Gyauuuu……???】


 1体の白竜プレイヤーは、上空から戦場を観察――あたふたと戸惑っていた。

 ……大丈夫かあのドラゴン。状況に適応しきれていないぞ?


『力任せに洗練さもなく、連携も伴っていない攻撃など、恐るるに足りぬ』


 始祖はドラゴンを相手に、戦い慣れた様子で剣と盾で危なげなく捌いていた。

 範囲攻撃の氷雪のブレス?は直撃しているが、目眩まし以上の効果はない。


(……吸血鬼に冷気は効かないからぁ。人間相手なら致命傷だろうけど)


 一方で始祖が負わせた傷も、吸血鬼に劣らない高速治癒で無傷に戻る。

 竜の鱗は恐ろしい程に頑丈だ。滑らかな表面を滑らせて刃を受け流している。

 流石はドラゴンといったスペックだけど、相性が悪くてジリ貧のようだ。


(……盾が元気なうちは、しばらく援護射撃に徹しておこうかな)


 12分に動けない日中である以上は、どうしても盾は欲しい。

 連携不足というなら、こちらが合わせて補えば問題はない。


 始祖を中心に最低200m距離を保ちつつ、円周軌道上を高速飛行。

 弓の上下関板(せきいた)をペンギンの嘴で咥えて固定させる。


 血の記憶で読んだフワフラーの弓"浮身の強弓"の品質はA、付与効果は2つ。

 付与の名は――修復と"なまくら"だ。

 後者は、魔力を消費することで、せん断破壊を無効化。自壊を防ぐと共に、触れた刃などを受け止められる防御用の能力だ。本命は、最速の馬鹿力で弦を引いても、手と弓矢を傷めない副次効果にある。極論、豆腐だろうと矢にして射れる。


 ペンギンから血を補充して、矢をつがえる動作も省略すれば……。


(シュババババ――っとな)


 このようにアホほど速射できるわけだ。

 最速で秒間10発。空中で7つに分ければ毎秒70発の出血大サービスだ。

 血の矢の雨が、空を覆うように広がる。そして始祖の心臓に刺さる。

 四方八方から――刺さる。絶え間なく、刺さる。刺さり続ける。


「<血祭りだぞー! たっぷり飲んで食らって溺れて死ねッー!!>」

『――ッ!?』


 敵意を増幅させる<怒らせボイス>で注意を引いて、追加ハラスメント攻撃。

 今なら夜鬼フワフラーのテンションが爆上がりしていた理由も理解できる。

 血を現地調達すれば弾数無限で撃ち放題。気軽にトリガーハッピーだ!


『……一時といえど、其方を野放しにするのは危険であるな』

『っはん。放っておいてくれても一向に構わないんだけど?』

『案ずるな。元より此度の宴の主賓は其方だ。ゆえに――』


 始祖の返答は、剣の一閃。伸縮自在なフランベルジュを構えて急接近してきた。

 正面から迎撃に放った血矢の雨が、物理法則を無視した急制動で回避される。

 もはや1時間前の奴とは動きが別物だ。前回の戦闘で、念動を併用した戦闘術が解析・学習された。さらにルピスとの戦闘で、数段階上に洗練されたようだ。

 最大射程は不明だけど、最低でも100m以上伸びるのは確認済み。刃の先端速度は、超音速をゆうに越える。つまり当たれば死ぬし、回避はほぼ不可能。


『その血、魔法の制御下にはあるようだが、取り込んではおらぬな?』


 そうだ。完全には取り込んでいないし、これ以上吸収できない満腹状態だ。

 自身の血じゃないからこそ太陽光で蒸発しないし、変化で回避もできない。


 以前までなら〔変化〕で対応できたけど、今回は"なまくら"効果を持つ弓で対応する。近接戦でどれほど有効かは、未知数だ。フワフラーも未経験だった。

 なんせ夜鬼フワフラーは、始祖と戦闘した経験が1度も無かったからだ。


(心臓狙いなのは分かってるから、防御自体はそれほど難しくはない、はず!)


 ――念のため保険に〔王女のビンタ〕を発動。そこで、推定射程圏内に入る。

 予測演算を頼りに、刃を受ける形で防御姿勢に入る。その刹那の間に、エスマーガが動きに対応して刃を変形させてくるので、さらにそこに対応――直後、衝撃。


『んぐゅぅッ――!』


 受けた弓が力場に衝突して、掴んだ両手ごとペンギン体が大きく弾かれる。

 完全防御には失敗したが、斬られてはいない。死んでなければセーフ!!


(距離も取れたので結果は上々――っ?! )


 離れたはずのエスマーガの姿が、すぐ近くにあった。

 BPを瞬間的に大量消費して、〔飛行〕で一気に距離を詰めてきたようだ。

 白竜を置き去りにする速度。辛うじて放った血の槍も、剣で斬り裂かれる。

 狙いは〔吸血〕によるBP補給だろうか? 魔法である程度は抵抗できるが――。


『それ以上、主様には近づけさせません!』


 そこでルピスが迎撃に打って出た。というか転移で特攻してきた。


(命を大事にって、言ったそばから……!!)


 ルピスとエスマーガが空中で衝突。慣性を乗せた双剣で、鎧ごと心臓を貫き、両者が弾かれる。金属と骨と肉が同時に砕ける音が轟いた。

 その間にオレも最速で射撃体勢を整えて、血矢の援護を再開する。3手先のルピスの心臓を斬り裂く始祖の追撃を、頭を弾いて妨害。――ここで0.25秒。


 転移のリキャストを終えたルピスが、一旦戦線を離脱。日陰に身を引いた。

 失った半身の修復をし始めたが――妙に速いな? ほぼ数秒で完全回復した。


(とはいえ油断しすぎた。集中しないと――)


 この戦い、情報が溢すぎて予測が難しい。流れを制御しきれる気がしないぞ!?



◆ #05 ◆


 敵は1体。されど狂った速度で飛び回る1体を捉えるのは、困難が極まる。


(連携できない集団じゃ囲いきれず、延々と翻弄され続けるか……)


 オレも、吸血鬼パウンド=ロア一行と戦闘した時に使った手だな。

 やる側は楽しかったけど、やられる側にしてみればウザい事この上ないな。


(……んーむ。血の網を広げてどうにか……むりかー)


 飛行経路を先読みして血の矢を置いておくも、詰めが甘い魔法は盾で弾かれる。

 剣はもとより、盾の扱いも人外か? 職業騎士を名乗るだけはあるってことか。


『――ッ!!』


 血と竜が入り乱れる中、ルピスは転移と透明化を駆使して始祖に襲いかかる。

 無秩序に飛び回る白竜もうまく活用しているが、どうにも危なっかしい。


(日光対策で能力のリソースが食われてる。もっと余裕を持たせるには……)


 やっぱり盾が必要だ。地上で邪魔な魔物を掃討している人狼達が丁度良いか。

 手っ取り早く、血矢と挑発で招集をかけよう。


「<人狼の代表者、今すぐこっちへ来ーい!>」


 完全な死角から撃ち込んだ血の矢が、蹴りの一振りで迎撃された。

 ……地味にすごいな。どんな能力だ?


『あんたさんはイカレてんのかい! 敵味方関係無したぁいい度胸してるねぇ!』


 そう叫び魔獣を踏み潰して跳び掛かって来たのは、軍服を身に纏う犬耳女性。

 ペンギンの頭に腕を突っ込んで、直に念話を送り込んできた。

 意外。いちおう味方のつもりだったようだ。


『ッ主様――』


 ルピスは〔透明化〕の維持に苦労しているようなので、知識を整理して、呪いを掛けるのと同じ要領で【血族】経由の繋がりで情報を叩き込む。


【こっちは問題ない。 [――――――(フワフラーの知識)]を参考に、始祖との戦闘に全力集中!】

『ゎ、わかりました!』


 ――試しにやったらできた。割とBPを食うけど、便利なので活用していく。

 ついでにリアルタイムの戦場の情報も、どんどん発信して援護しよう。

 処理しきれる演算力が無ければ精神攻撃だけど、ルピスなら活かせるだろう。

 あの始祖を相手にタイマン張れてた時点で、色々普通じゃないからねあの子。


 そうして改めて、呼び寄せた人狼を見た。


 記憶にある顔だ。王女時代に出席した式典で、1度だけ挨拶を交わした女将軍。

 戦闘狂と噂の人狼族の長、名前は確か……『ニフレイラ・シローク』だったか。

 二つ名は宝石の牙(ジュエリーヴァイト)。由来は不明だ。当時は興味がなかった。


『私の許可なく血を流していた礼儀知らずの部外者(・・・)が、説教? 巫山戯(ふざけ)ないで』


 相手は王国軍人なので、記憶から王女の口調を再現して応対する。

 ついでに職業能力を幾つか発動。ペンギン越しにニフレイラを睨みつける。


『『――――』』


 先に視線を逸した方が格下というのが、由緒正しきミルクロワ社交術だ。

 ちなみに種族ごとの関わり方も、王家の教養として学習済みである。


『……緊張感が失せるねぇ。あんたさんの珍妙な格好ほど、狂ってはいないよ』

『珍妙? それ以上の侮辱は敵対と見なす。雑巾みたいに絞られたい?』


 こっちも向こうも言動は乱暴だが、挑発し合っている訳じゃない。

 人狼に対しては、これが正式な作法だ。人狼は獣人ではなく魔族。契約と実力で関係が成り立っているインテリ蛮族である。弱い奴には絶対に従わない。


 一方獣人は、血筋と損得で成り立つ村社会だ。身内でも無能は淘汰される。

 獣人族には姿が似た犬人族がいるが、中身は全然違うので対応は要注意である。


『ニフレイラ将軍。国軍法第46条2項――継承権9位に応じた協力を求めます』

『対象は1年前に死亡、あたいら人狼族に命令権を持つのは現国王だけさね』


 そうこうしてる間にも戦闘は継続している。

 血矢で始祖に盾を使わせると、ルピスは透明化を維持したまま転移して、始祖を1殺した。現代の強化歩兵もびっくりの暗殺者だ。職業商人とは、いったい?


『おt…………国王ロメロンの命令に従って参戦してきたの?』

『さぁね? あんたさんに話す義務はあるかい?』


 完全な独断で参戦してはおらず、何者かの意向に沿ってはいるようだ。

 気になるが今は1msでも集中したい。このまま睨み合ってる余裕はない。

 適度に情報を開示しつつ、友好的かつ建設的に……脅迫して従えよう。


『王女ピーチトゥナの亡骸を王室財産と見なし――』

『それは、冗談でもやめておきな。"王族の遺体"に価値が加わると、破壊して喰らう"人狼族長の掟"があるさね。王国の不死者は、価値も存在も無いもの扱いさ』


 ザ・蛮族。


『そう、無価値(・・・)なのね? だったら――』


 あきらめて、血液の解析結果を使うしかないか。


『第1王妃ゴスティーン殿下。彼女の情報の"秘匿"は、交渉材料になる?』


『――ッ!? 魔法で、知ったのかいッ?!』

『さぁね? どうかしら?』


 吸血鬼には本能的に、血魔法には理性的に、血液を解析できる力がある。

 どちらも血の繋がりが深いほど得られる情報は増える。血族ならなおさらだ。


 例えば夜鬼フワフラーは、実は王女ピーチトゥナの血縁者だったとか。

 大陸中央のネクタール共和国の生まれで、6親等の親族だったとか。


 そういった細かい情報を認識できるのは、血魔法ぱわーだ。実は戦闘よりも諜報向きの魔法だったりする。人体の情報収集や分析とか、すんごく得意だった。

 他愛ない嘘も嘘でなくなる魔法……だからこそ王女は、血魔法を嫌悪していた。


『吸血姫とはよく言ったもんだよ。始祖の奴が欲しがるわけさね……』

『……姫は、やめて』


 吸血鬼と血の魔法。シナジー効果を持つ点では、最適解に近い組み合わせだ。

 始祖が王女を殺して、同族に変えた理由のひとつ(・・・)はソレだった。


『ちなみに。灰からでも蘇れるから、私を殺しても口封じは無理よ』

『……あんたさんが王国に敵対もしくは情報を流布しない限り、この場は従うよ』


 ニフレイラは渋々ながらも承諾してくれた。

 プレイヤーは、デフォルトで自動復活できるODOにおける異物だ。殺害で処理が出来ないので、情報を抱えたまま逃げられてしまう、極めて厄介な存在である。

 現地人が取るべき最適解は、監禁するか国外追放して他国へ押し付ける、だな。

 α時代の王女の記憶でも、同じような認識で対処されていた。何度拷問して殺しても、何故か懲りずに喜んで戻ってくる薄気味悪い狂人集団、という認識だった。

 けっこうな偏見と思い込みが入ってると思う。


『取引成立ね。とりあえず貴女達はあの子、ルピスを援護しなさい』

『ルピス……ドゥトールズの姪猫かい。面倒なのを引き込んだねぇ?』


 王国内とはいえ、商会の親戚関係まで把握してるのか。こいつ暗部関係者か?


死体を(・・・)いただいたの。もう私の()族よ。手を出したら、殺すわ』

『……それこそ侮辱さね。契約を反故にする奴なんさ、魔族じゃないよ』


 女人狼は呆れるように応じると、迷う素振りと共に思念を流してきた。


『あたいら人狼にも情はある。素直に泣きつけば、手助けくらいはしたさね』

『魔法で涙腺は弄れる。そうすれば、最後の1人になるまで戦ってくれた?』


 出来ないでしょ?と言外に問うと、ニフレイラは微かに笑って首を振った。

 横に――ではなく、縦に? なぜだ?


『子供を見捨てて、尻尾巻いて逃げ帰れるわけがないさね』

『私を子供扱いしないで。保護対象だと考えてるのなら――』

『地下に匿ってるあの子達の事だよ。チビッ子なのを気にしてたのかい?』


『『…………』』


 犬歯を覗かせた人狼の顔面に、無言のペンギンナックル、が避けられた。

 尋常でない反応速度だ。素でこれならルピスとも問題なく連携できるだろう。


『男衆28人の死に場所は、あたいが決める。死体なら吸血鬼に変えていいよ』

『……大盤振る舞い。感謝するわ』


 情報さえ残さなければ、仲間はお好きに再利用して構わないらしい。プレイヤーという例外はあるが、死体からの吸血鬼化は、生前の記憶が引き継がれない。

 死体が奪われて、始祖側に寝返える危険性を考慮した上での判断だろう。その割り切りと容赦の無さは、流石の軍人。……あるいはそれが魔族なのかもしれない。


『命令よ。一時的に立場を忘れて、吸血鬼一派としてエスマーガを滅ぼしなさい』

『あいよ――行くよ皆! 無責任な弔い合戦さね! 好きに殺して死んできなぁ!』


『『『オ"ォオオオ!!!』』』


 ニフレイラの合図で人狼の群れが咆哮をあげて、一斉に行動を開始した。


 白竜の間を縫うように、空を駆け上がり、始祖へと急接近する。

 当たり前に空を飛んでるな。魔力の足場を出してる? 職業能力だろうか。


『人狼を、指揮下に置いたか……。軽々しく尻尾を振ったものだな、メス犬?』

『飼い主に噛みついちまった、陰気でダサい野良犬には言われたくないねぇ?』


 どちらも煽る煽る。魔族流の挨拶などではなく、普通に仲が悪いのだろう。

 珍しくエスマーガの声色に感情が篭もっているし、不快感も滲ませていた。


『王国を死者の国に堕とすを良しとするか。貴様らの奴隷根性には反吐が出る』

『王国に仇なした者は食い散らかす――それが掟だよ。潔く消えちまいなぁ!』


 空を翔ける始祖と、空を駆ける人狼が、上空で衝突する。

 剣に対して拳の応戦、防具もなにもない素の拳だ。やっぱり蛮族でしょあれ。


 さて、慣れない王女ごっこもこれまでだ。


【ルピス。その人狼たちは貴女の盾、身代わりにしつつ効率的に使いなさい】

『!? リョ、りょうかいしました!』


 端的に指示を送りながら、血矢を乱れ放ち、エスマーガの心臓を射抜く。

 正々堂々の横槍。始祖から、ものすごい圧を感じるが、ガン無視して射つべし。

 騎士を気取ってるからって、こっちも付き合う必要はない。囲んでボコるべし。


「…………」「?」


 ――ふと地上を見ると、1体の人狼のプレイヤーが、その場に残っていた。

 魔物を素手で殴殺しながら、興味なさげな無表情で、上空を見上げている。

 暇してるようなので、念話に指向性を持たせて交渉を試みてみるか。


『貴女は一緒に戦わないの?』

『私は、気高き一匹狼なので』


 。。。


 なに言ってんのこいつ。


『一匹狼なのです』

『…………』


『アイ・ア厶・ロウナァウォルフ』

『……ぇ。ぁー、はい』


 主張は意味不明なのに、念話の精度だけは馬鹿高かった。

 必要最小限の出力の思念波が、糸状に絞られてペンギンボディを貫いて来た。

 ここまで精密制御がされていると、盗聴や傍受どうこうが問題じゃなくなるな。

 スペックの暴力というか極めてテクニカルな力技だ。真似は、できそうにない。


『んーと。ぼっt……連携が苦手な感じ?』


 拗らせたRP勢か?と思って問いかけると、人狼プレイヤーはゆっくりと瞳を動かしてこっちを見た。そして憐れむような、残念がるような表情に変わった。


『……なに? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言って欲しいんだけど』

『アナタもルピスという者も、とても可愛らしい容姿の少女ですね』


 ?


『急に何を――』

『ですので、私を動かすには至りません。不的確です。諦めてください』


 ??


『……なる、ほど?? なんか、ごめんなさい……』


 このプレイヤー意味不明なんですけど??

 じゃあ何しにここまで来たの、マジで!!


『大事な情報を伝え忘れてました。死亡時に放置は止めてください。皆で交流できないと、私達の妹が悲しみますよ。あれで寂しがり屋さんですからね?』

『??? ……んゎ、はぃー……わかりましたー』


 分かり合えない事が、分かりました。

 妹って誰? どっから生えてきたの?


(こわっ、完全にやべぇ奴だ……)


 話の通じなさはハンナさん以上、自然体主義団体の勧誘員並みだ。超こわい。

 参加しないならBPに換えようとも思ったけど、もう極力関わらないでおこ……。


 やっぱりODOプレイヤーは狂人だな。

 王女の認識は正しかった。



◆ #06 ◆


 戦闘開始から3時間――朝日が登りきっても、戦いは続く。

 想定していたよりも戦闘は順調そのもの、だったのだが?


【GAAAAAAAA!!(小サキ者風情ガ吾輩ノ視界ニ入ルナァ!!)】

『なッ!?肝っ玉の小さい蜥蜴さねぇ!?身体に見合う心は入ってないのかい!』


 急に白竜の1体が暴れだして、人狼と空で小競り合いを始めた。

 あのドラゴン。もともと仲間ではないとはいえ、協力する気が無いな。

 始祖が思いの外しぶとくて、溜まっていたストレスが遂に爆発したようだ。


『隊から離れ過ぎるなウルフバート! 魔力が尽きるぞッ!! 戻れッ!!』

『あガっぁあ、顔を焼かれたァ! 水を、くれ! 雪でもぃいいい!!!』

『あの竜族トチ狂ってやがる!?』『姐さんは戻ってこれないのか!』

『竜に期待するな!』『魔剣は徹底して避けるんだ! 出来ない者は下がれ!!』

『こちらに食料をください! 回復が追い付きません!! はやくッ!!』


 ニフレイラも始祖を正面から相手取れる数少ない人材だ。欠ければ当然崩れる。

 割を食った男人狼たちが、念話で慌てに慌てていた。というか普通に喋れたの?


【ルピス。人狼のフォローに回るから、両耳塞いでてね】

『? わかりました……?』


 こんな早くに潰れてもらっても困る。職業能力<癒しのボイス>を発動する。

 肉声に治癒効果を乗せるという、強力だけど使い勝手の悪い能力だ。

 言葉は……まぁ適当でいいだろう。


「<頑張れー負けるなーファイト~! 死んでも戦え~エイエイオー!!>」


 声を放つごとに、全身の細胞がグシャる感覚に襲われる。とはいえ死にさえしなければ自然治癒で治せるダメージだ。痛覚を麻痺させるまでもなく根性で耐える。


『その身体を蝕む不快な声は、王女の能力か?』

『不快はやめろよ……でも意外と効くんだな?』


 エスマーガにもダメージを受けたようだ――が速攻で対策された。

 おそらくあの黒い鎧、もしくは鼓膜を変化でもさせたのだろうか。


『傷の治りが速い――?』『の、脳が緩むぅ……』

『あまりに歌詞が酷いぞ! 芸術に対する冒涜だッ!』

『リリアマちゃんのLOVEゆーでいで癒やしてください』

『チェリーズのテルミットシンカーで』

『エデュリス様の∞パルサー!』


 いったい何を言っているんだあいつらは?

 あんなに余裕があるなら、いくらか安全マージンを削っても良さそうだな。


『馬鹿ばっかり言ってんじゃないよ! 治ったのなら早く復帰しな!』


 ニフレイラが合流してきた。暴れていた白竜が落ち着きを取り戻したようだ。

 <癒しのボイス>はストレスも癒せるらしい。ただ若干戦意が喪失している。

 やっぱり使い勝手は良くはないな。


【……ルピス? なんで耳塞がなかったの?】


 転移で近くに戻ってきたルピスが、小刻みに震えてグッタリとしていた。


『精神攻撃には耐性があります。主様のお歌が聴けるのなら――』

【こんど寝てる時に聴かせてあげようか?】

『――申し訳ございませんでした。それだけは許してください』


 真顔で速攻で謝ってきた。睡眠妨害は本気で嫌だらしい。

 ……まぁ余裕があるのは良いことだな。うん。



◆ #07 ◆


 更に1時間が経って、時刻――午前9時くらいだろうか。

 戦況は順調に最悪だ。モンスター達は死屍累々、雪原を真っ赤に染めている。


 ブレスで無差別に周囲に被害を出している白竜たちは、まだマシな方だ。

 いくら冷気をバラ撒かれても吸血鬼には無害だからだ。人狼は少し寒そう。


【ルピス。また地上から氷塊が来る。〔念動〕合わせ用意――!】

『了解です!』


 それよりも邪魔なのは、巨人たちだろう。

 体長20mほどの青肌の巨人――霜巨人(ヨトゥン)が地上で暴れ狂っている。

 どうやらあの種族は、始祖の放った恐慌の状態異常に抵抗力を持たないらしい。


 巨大な氷の棍棒で戦場を薙ぎ払う。近場にいた雪豚鬼(スノーオーク)が肉塊に変わって散り、巻き込まれた雪斑虎(スノータイガー)が怒り巨人に襲いかかれば、そこへ上空から無数の雹鴉(ヘイルクロウ)が飛来。虎は体中を穴だらけにされて、群れに丸ごと持ち去られていった。

 ものすんごいカオス。


 その影響は、あくまでも余波だ。一撃を向けられた先は、主にこちらである。

 地表で氷の波涛が弾けて、発生した氷の大槍の雨が遥か上空まで飛来してくる。


 ずいぶんファンタジーで原始的な攻撃だが、大質量の攻撃は中々侮りがたい。

 現に巻き込まれた白竜プレイヤーが、対処もできずに撃ち落されていた。

 棍棒を扱う専門職業にでも就いてるのか、破壊力もコントロールも抜群だった。


(――だからこそ、利用もしやすい)


 〔念動〕で加速・軌道修正させた氷塊群を、質量弾にして攻撃に転用する。

 50トン近い氷山の瀑布だ。防いでも避けても血液(BP)の消耗が見込める。

 ……という想定は、甘かった。


『<属性付与・炎(エンチャントブレイズ)>』


 始祖は大剣を振るい、空を十字に斬り裂いた。

 奴が放ったのは、炎の魔剣による熱量攻撃――だけじゃない?

 ブワリと脳内に広がる記憶が、凶悪な未来をはじき出した。


【ごめんルピス、失敗した。今すぐ霧に〔変化〕衝撃に備えて!】

『えッ!?!?』


 裂かれた刃の軌跡を中心として、大規模な水蒸気爆発が発生した。

 衝撃波が発生して、周囲を飛び交っていた人狼と竜が、まとめて吹き飛んだ。

 多量の氷山が、液体の過程を通り越して、瞬時に気化した結果だった。


(グムッ――〔相転移〕の種族能力を併用……剣に、能力を乗せた?)


 ペンギン構成血液の粘弾性を操作して、衝撃を最小限に軽減する。

 始祖のフランベルジュは、能力行使と同時に凍り付いていた。

 相転移に必要な熱量を、帳尻合わせした結果だろうか。


『我ら吸血鬼の宴に、邪魔者は不要である』

【…………ッ】


 1つ、大きな心臓の反応が変化していた。

 慌てて地上を確認すると、先ほどの霜巨人の1体が、頭部を失っていた。

 おいちょっと、待った嘘だろ? あの地点まで300mはあったぞ!?


『――【血】よッ!!』


 その一言で巨人の死体内の血を支配下に置き、爆散。心臓を破壊し尽くす。

 周囲に散っていた死体の血も動かして、高速でペンギンボディへ回収した。

 外装が一回り巨大化する。まったく卑劣な奴だ、油断も隙もないな!


「<吸血で吸血鬼(ヴァンパイア)化を狙ったな? やらせると思ってんの?>」


 ついでにダメージを受けた人狼や白竜に向けて<癒しのボイス>を飛ばす。

 ルピスは耳を塞いでいた。即時戦線に復帰を果たし、辛うじて均衡が保たれる。


『……其方。我が剣の最後の付与を、どのように知り得た?』


 人狼達への追撃を、血矢で腕を射抜いて逸らし、反撃に瓦礫を杭にして射出。

 ルピスも念動を合わせて放たれた4608発の石弾は、始祖を盾ごと削り取った。


『忘れるか。心臓に魔術を撃ち込んだ剣だろ。……トラウマになってるぞ?』

『――――』


 始祖の全身を、再び闇色の鎧が覆い尽くす。

 治癒と炎上を交互に繰り返していた始祖の顔は、薄く笑みを浮かべていた。

 その嫌な反応で確信できた。始祖の大剣の付与効果、4つ全てが分かった。


 生き血を捧げて復元する『吸血修復』

 形状を自由自在に変えられる『変形』

 超常現象をぶった斬れる『断魔』

 自身の能力を拡張できる『同調』


 どれも国宝級の付与だ。中でも『同調』は伝説に謳われているレアものだ。

 魔法魔術魔導にスキル、持ち主の能力を行使できる発動体に作り替える付与。

 つまり奴の剣は、剣の形をした杖。――本物の魔剣と呼ばれる代物だった。


『王女の記憶全てが欠損なく継承されたのか? 其方は、物覚えが良いのだな』

『……喧嘩売ってんの?』


 確かに分かったのは、王女の記憶あってのもの。

 王都動乱時、奴は血魔法で守られた王女の心臓を貫き、魔法を無力化しつつ闇魔術を撃ちこんだ。そして王女自身の命で、不死者化の儀式魔術を執り行った。

 わざわざそんな手間をかけたのは、始祖でも同意無しでは生きたまま吸血鬼に変えられないから。加えて血魔法で〔吸血〕に抵抗される危険を避けた結果だろう。


『理不尽な神も……偶には良い仕事をする』

『計算通りに事が運ばなくて腹立たしい?』


 始祖エスマーガは、小さな笑みと、強烈な剣撃を放ってきた。

 地上のモンスター達を巻き込んで、遠慮なくフランベルジュが薙ぎ払われた。

 目的を知られた上で対応を迫ってくる。コスト強要戦術に切り替えたようだ。


『否。計画通りに進まぬ事象こそが、幸福なのだ』

『……ぁぁそうですかッ』


 避けれない攻撃は受けて、(そら)して、あるいは血を分離させて切り捨てる。

 地表を空を、黒い残光が奔る。威力が十分に伴わない無秩序な軌道だ。

 それでも剣を振るうごとに、魔物がバラバラになり死体が量産される。


 ――【血】よ、爆ぜろ。


 魔物の死体内には、微量な魔力と吸血の痕跡。変異の起点が仕込まれていた。

 大型はもちろん、雑魚モンスターも変異させる訳にはいかない。全て破壊する。

 無駄な魔力が消費されて、回収できる血液も減るが、背に腹は代えられない。


 同時にフランベルジュが辿る軌道情報を、リアルタイムでルピスと共有する。

 『変形』に必要な魔力は、形状と体積と強度に比例する、といった具合だろう。

 いかに高性能な魔剣だろうと、万能じゃない。それが分かったのは大きい。


(…………)


 ただ分からないことがある。

 陽光が降り注ぐ屋外で、アンデッドを作り出したところで、新たに燃えカスが出来上がるだけ。なのに、どうしてあんな行動に出ているのか……?

 単に血魔法を使わせるための囮。あるいは――。


(仮定、鎧や透明化の他にも、太陽光の対策がある?)


 もしくは吸血鬼化こそが、太陽光対策に繋がる行為だったのか。

 方法は不明だけど、念のため警戒はしておこう。



◆ #08 ◆


 戦闘開始から6時間。太陽は天上に昇り、時刻は正午を過ぎた。

 復帰した人狼と白竜たち盾のお陰で、戦況は安定して順調そのもの。

 それはつまり、一方的な戦闘であるということだ。


『攻撃の合間も与えぬ徹底した統制攻撃。見事なものだ』

『あんたさん、この状況でお喋りとは余裕さねぇ……?』


 戦いというものは、囲んでボコればだいたい勝てる。

 有無を言わせない数の暴力。それは最適解だろう。

 いくら質が高くても、それを活かせなければ話にならないからだ。


(何者にも限界はある。"無敵のヒーロー"なんてのは、何処にもいない……)


 いくら奴が常識外の不死身だろうと、死ぬまで殺せば死ぬだろう。

 けど油断はできない。絶対的な1が全てをブチ壊しにする――ありふれた話だ。

 現実世界の特級ウイルスAI【人造悪魔(サイバーデーモン)】が、その最たる例だろう。

 "ソレを知った時には世界が奴の手中にあった"と当時の記録でも記されていた。


【ルピス、集中して。動きに粗が出てきてる。回避を念頭に立ち回って】

『わかりました! このまま優勢を維持ですね! がんばりますっ!!』


 夜鬼ルピスさん15歳。レイピアで始祖の心臓をザックザク刺しての発言である。

 全身を血に染めたルピスはテンションが上がり良い笑顔。体調も戦意も十分だ。

 しかし、それではマズイ。


【違うよそうじゃない。すぐに戦況がひっくり返るから全力で警戒しろってこと】

『――ぇ?』


 予想だとそろそろ仕掛けて来るはずだ。


不明(・・)に備えなさい。油断したら、一瞬で死ぬよ】


 これは、始祖の思考を盗み読んだ程度じゃ理解できないことだ。

 血の魔法で分析して、ようやく察せる程度の違和感だ。


【始祖の奴、本心から嘲笑(わら)っていない。楽しむ余地を残しているんだ】

『まだ、本気ではなかったんですか?』


 そうだよーと頷いて、オレも始祖の一挙一動に集中する。


 始祖は、態度や言葉と裏腹に、常々あった優雅さが消えていた。

 血臭が濃くなるごとに、獣のような雰囲気に変わってきている。


 これまでの始祖は、計画に沿った行動を取ってきた狡猾で計算高い吸血鬼だ。

 血族の事を"我ら"と呼んでいたように、長い年月を生きて自身のアイデンティティが曖昧になったのだろう。血族が失われて、奴本来の本性が滲み出てきていた。


(……予測は難しい。近くにいるのは、危険だな。悪いけど下がらせてもらおう)


 いったん距離を取って上空へ上がり、戦場を俯瞰できる位置を取る。

 最初のカナリアは、白竜あたりが適任だ。魔法でそれとなく誘導する。


 ついでに他の情報も手早く整理して準備しておこう。

 BP残量。人狼族たちの体力。白竜たちの行動。残りのモンスター数と種類。

 吸血鬼達の武器の位置情報に、ルピスが連れ戻ってきたシロクマ君と子供も。


(シロクマ君も子供達も無事。ネオマの変異は、まだ80%? 長いなー……)


 始祖を殺る気に溢れていた蝙蝠人ネオマは、今も吸血鬼に変わる過程にあった。

 ルピスの時と違って、変異に時間が掛かっているのは何故だろうか?

 血族経由で念話を送っても反応がない。確認に行けないのがもどかしいな。


 そうして、更に10分が経った頃――それは訪れた。


『――――ッ』


 始祖の血液が、コルタールよりもドス黒く濃密な魔力に染まる。


 残りの血族数。約1000体。

 それが合図だった。



◆ #09 ◆


 エスマーガ血族1000体。おそらく眷属の質が変わる境界だ。

 なりたてのひよっこでは無く、精鋭の第4世代あたりだろうか。


『警告! 攻撃を中止してください!』


 最初に女人狼のプレイヤーが察知して、思念の声を張り上げた。

 ほぼ同時に、始祖の周囲で日光が偏光されて、大気に揺らぎが発生した。

 見覚えがある能力が、視認できる。これまでとは出力が桁違いだ! まっず!


『〔運動干渉〕と<魔力衝壁>だ! 近接攻撃やめー!! 反射されるぞー!!』


 即時従ったルピス、人狼の一団、そして4体の白竜が静止した。


【退ケ臆病者ドモッ吾輩ガ――ッ!!!!?】


 警告を無視して突っ込んだ白竜の1体が、グシャリと潰れて、無残に墜落した。

 なんて硬さだ。数トンもある質量を、真正面から受け止めきった。

 派手に首の骨が逝ったが、心臓は、動いている。即死は辛うじて耐えたようだ。


【"水晶"よ。裂き断ちな!】

 ――【血】よ穿て。


 人狼ニフレイラの詠唱。温存していた魔力で放った魔術は――水晶の大斧だ。

 合わせて逆方向から血魔法の矢を放つが、発生した魔力の衝撃で搔き消された。


「「ッ…………」」


 攻撃性能を持った防御能力の全力行使だ。物理も魔法攻撃も通らなくなった。

 "魔法を受け止めるのは、あまり得意ではない"?――やっぱり嘘だったな。

 どちらも推定100レベルで習得できる能力だ。あって当然の性能か。


『さて、我らの多くが失われたな。悲しいが……実に喜ばしい(・・・・)結果である』


 始祖が持つ大盾が変形して、左腕を覆う細身のガントレットに変わった。

 同時に大剣の柄を伸ばして、両手で扱うに相応しい大槍に形を変えた。

 剣盾揃ってフォームチェンジとは、これまた随分なロマン武器だな。


『真祖。否、吸血姫ピーチトゥナ。我は、其方に賛辞を送ろう』

『姫はやめろと――……』


 賛辞。それにここで姫と呼んだのは、やっぱり……。


『――"政治を餌場に持ち込むな"、じゃなかったのか?』

『フワフラーの血を読んだのか。我とて戦場に政など持ち込みたくは無かったぞ。国王ロメロンに語った事も、すべて本心だ。一言も嘘は言ってはおらぬ』


 大晩餐。王都動乱。色々と言われている一連の出来事を実行して、始祖が求めたのは血の魔法、だけではない。……むしろ血の魔法は、オマケ程度だった。

 奴が欲したのは吸血姫の名声(あくみょう)と、そして王族直系の吸血鬼だ。


『嘘つき……それにひどい屁理屈だな。おまえは結局、何がしたかったんだ?』

『其方は既に知っておろうに。その上で、我らの企みに付き合ったのだろう?』

『…………』


 まぁ粗方(あらかた)知っている。少量とはいえ始祖の血を飲んだからだ。

 知った上で始祖の討伐を強行した。結果どうなるかも予想できていた。


『実行犯は白竜タチダー! とか噂流したら言い逃れできないかな?』

『……そのような戯言は通らぬ。この地に招いたのは誰だ。主君は其方だろう?』


 今からでもプレイヤーと喧伝して、プレイヤー全体の責任にしてしまえば……。

 他プレイヤーに恨まれるからできないな。現状でさえ恨みを買ってそうだ。


『お前さんは、初っから眷属を始末する気だったのかい?』

『愚かな狼が。今頃気付いたか……』


 始祖の返答を受けて、ニフレイラが困惑するように軍帽内で犬耳を揺らした。

 同調するわけじゃないけど、これだけはエスマーガに同意見だった。


『そこの"吸血姫"の手によって、我が眷属、吸血鬼1万体が滅び、炎上したのだ。餌が大勢集まる都市内でだ。さぞかし楽しい宴が開かれておろうなぁ?』

『ソコとか強調するなよ……この外道悪鬼め』


 吸血鬼は、よく燃える。次世代のエネルギーなんじゃないって考えたほどに。

 なので近隣に建造物があれば、当然それらも燃える。どうなるかはお察しだ。


 きっとそれは副次的な被害(コラテラルダメージ)だな。始祖がやろうと思えば自害で燃やせた。

 直接命令して暴れさせた方が、被害は遥かに大きかったはずだ。きっとそう。


『王家の衣で私欲を貪り、罪人の血で溺れた其方が、道理を説くのか?』

『記録上はぜんぶ正当防衛。武器を持った脱獄囚に襲われた被害者だよ』

『……それを外道と呼ぶのだ』


 どんな罪を犯した極悪人も、最期は名誉の戦死を遂げられたのだ。

 リアル死刑囚なんて、良くてN実験体か、コロニー外にポイしてCivEの餌だぞ。

 むしろ人の死に方をさせてくれるだけ、慈悲深い王女なのでは?


(――そう、あくまでも"吸血姫"に実行させる。それが重要だったんだろうな)


 この先なにが、どう転んでも王家に関わらせる。その為のパイプ作り。

 吸血姫は、周囲の悪名を丸々平らげてくれる万能吸引機みたいな便利キャラだ。

 他の誰でもない王女が、そう望んで作り出したイメージ。名称だった。


『……頃合いだな』


 始祖エスマーガは、戦場を見渡したのちに、そう溢した。

 護りは硬いが、このまま能力を使い続ければ、始祖側が押し負ける。

 血と魔力には限りがある。それが計算できない始祖じゃないはずだ。

 ――どう動く?



◆ #10 ◆


 悠長に会話を交わしている間、戦場に動きはなかった。


 魔獣は、増援が途絶えてなお、相変わらず無秩序に暴れ回っている。

 死んだ魔物の血は勿体ないので、支配して大気中に拡散させておく。

 最後に雪熊(スノーベアー)の群れが到着したが……それとなく安全地帯へ誘導した。


 白竜は、鷲掴みにした雪豚鬼(スノーオーク)を高速で衝壁にぶつけて苛立っている。

 人狼達は、交代制で魔物肉を食べて、傷と体力の回復に励んでいる。

 ルピスも、転移で回収してきた霜巨人(ヨトゥン)の肉をモグモグ食べている。

 一応、誰も始祖への警戒は解いていない。

 奴に逃げ場はない。逃がしもしない。

 いまだ逃げるという思考(・・)はない。


 ――だから、大丈夫だ。


『雑談で時間稼いで、次は何をするつもり?』

『余興だ。単純な児戯だとも……【沈黙(サイレント)】』


 始祖が新たに魔術を行使して自身の音を消した。定型化された初級の魔術だ。

 消費魔力の割に効力は低く、効果時間も短い。勝っているのは発動速度のみ。

 そんな魔術で何を……?


「――。――――」


 無音の詠唱。思念波にノイズが走り、何を使ったか理解できない。

 魔獣への攻撃? 吸血鬼の援軍を呼んだ? あるいはネオマ達に干渉?

 ……どれも違う。狙いは何だ?


『何を、待っていた?』


 長い距離を隔てて、オレと始祖の視線が、交わった。

 1ミリ秒に満たない、わずかな瞬間に――姿を変えた。


『王弟リアン・ド・ミルクロワ。王女(そなた)の元執事にして、我ら吸血鬼の内通者(・・・)だ』



 執事長リアン。


 記憶にある通りの男の姿。


 内通者。つまり裏切り者?



『――それが、どうした?』


 ブラフ、罠、偽物だ。生きた心臓ではない。空っぽの虚像。

 吸血鬼は化け物。他人に化け、幻惑を得意とする化けモノ。


『記憶を持ちながら僅かな動揺で済ませたか。其方、既に予想済みであったか?』

『つまらない小細工を使いやがって。騙し討ちなら、もう少しマシな方法を――』


『……だが、動揺はした。我を(・・)見失ったな?』


 中身が空。つまり、今この瞬間、本体はそこに居ない――!?


(――ここで、使ってきたか!)


 推定、城のある地下空洞から、中庭儀式場に移動してきた魔術。


『勿論それは虚像に過ぎぬ。其方の探知を搔い潜る為だけの、つまらぬ小細工だ』


 瞬間。複数の人影が、戦場各地に出現した。エスマーガと瓜二つの虚像だ。

 ルピスに2。ニフレイラ達に5。人狼プレイヤーに1。白竜たちはフリー?

 魔物達の中に3。合計11体は……全て空。偽物? そんなはずは――。


(……ッ!!)


 瀕死の白竜の近くに、見慣れない不定形の影が1体。アイツが本命だ!


『其方の血魔法に比べれば、我が鍛えた魔術など児戯。この程度が限界よな?』


 血魔法で探ったエスマーガの心臓が、白竜の影に重なっていた。


『――【血】よッ、集い潰せ!!』


 大気に薄く散らしていた血魔法の収束攻撃――が防がれた。

 <魔力衝壁>。間違いなくアレが本物だが、一歩遅かった。

 いや今ならまだ間に合う。何とかして被害を最小限に――。


【ルピス! 転移して白竜を噛――】

『主様!! 全てッ実体です!!!』


【――ッ?!?!】


 虚像、なんかじゃない? 実体を伴った分身か!

 それが全部で12体? そんなのありかよ?!!


 ルピスは既に致命傷を避けて〔転移〕で回避していた。

 クールタイムに0.25秒は、長すぎるっ……!


【<総員! 獣化を解禁しな!!>】


 魔力を纏った遠吠えが発せられて、地上の人狼達が一斉に姿と形を変えた。

 白い体毛に覆われ半人半狼の人狼に。身体性能が格段に跳ね上がる変身能力だ。


 同じく影に襲われている人狼達に、指示は送れない。届かない。

 広範囲高出力の<魔力衝壁>で思念波が乱される。情報を遮断されている。


(対応、優先すべきは――今この瞬間の吸血だ。オレが止めるしかない!)


 大量の魔力を消費して〔念動〕を行使。範囲外から、地盤ごとひっくり返す。

 が瞬時に始祖の〔念動〕で阻止された。本気だ。血の消耗を度外視している。


【ヤメロ貴様! 我ノ同胞ニ止メヲ刺スカ!?】

「? ――ンゅッ!!??」


 ペンギン体に衝撃。ボディの半分が弾け飛んだ。

 白竜が攻撃? ――こっちを? 何を考えてる!?

 なんで、よりにもよって今、攻撃して来たぁ?!


【ヤハリ貴様モ所詮"竜喰ライ"ノ一族カ・・・!】


 なにを言っている? なんで躊躇う? この戦況だ、アレはもう死体(・・・・)だぞ!?

 まさかあの白竜たち、始祖に支配されて――?!


『我と言えど竜族は軽々と支配はできぬ。……そして其方は、死体に慣れ過ぎだ』


 始祖の呆れ声が響き。白竜が一体、影に喰われた。

 血魔法は、通らない。多量の血が持っていかれた。


「……っンの畜生ヘビ共がぁ……もういい。さっさと全員死ね! 血袋になれ!」


 いま理解した。竜族は、生かしているだけで損になる邪魔者だ。

 不穏分子は間引くに限る。


『元より竜とは世界に望まれ創られた暴力装置。竜王と称された盟友ですら全てを従えるには至らなかった。其方は、始めから迷わず殺しに掛かるべきだったのだ』


 悠々と腹を満たした始祖から、有り難いご助言が届けられた。

 肌は潤い、体は血の気に溢れ、凄まじ魔力が全身を(よろ)う。


(んゎぁー……んわ"あ"ー……)


 ここから、本当の泥沼が始まるぞ?



 ◆ #11 ◆


 十分に血を得た吸血鬼は強い。

 初めから分かっていたことだ。


 だから今まで可能な限り、血の補給を制限していた、というのに?

 ぜんぶご破算になってしまった。どうしょうもない。くそどらごん。


『――主様! 影が来ます!!』

【受け持つ! 能力不明だから回避を優先して――ッ絶対に死ぬな!】


 棒立ちしている暇はない。エスマーガの姿を模した影が、襲い掛かって来る。

 数は4体。一体一体が普通に、強い。身体能力は本体の9割。連携もしてくる。

 種族・職業能力も使ってくるし、何より心臓破壊しても死なない。弱点はなし。

 ……これ、分身に持たせて良い強さじゃないぞ? バランス考えてないの???


『白竜バニ=ファーミリアよ。美味であったぞ』


 そして、血を吸われていた白竜の死体に、異変が起きた。


『褒美だ。我らの第1血族の末席に加えてやろう』

「…………」


 元白竜が、上級吸血鬼に変異して、目覚めた。

 純白の巨体は、跡形もなく収縮して人型に。漆黒の長髪を持つ――吸血鬼に?

 ちょっと、驚いたな。あいつ、吾輩とか言ってたのに……メス竜だったらしい。


【【【ッ――――】】】


 戦場を轟音と衝撃波が突き抜けた。

 白竜プレイヤーを除き、3体の白竜達が怒り狂い、統制が利かなくなった。


『はぁあいつらまじ……畜生め』

『そう、思い通りに進む事が稀なのだ。世界も友も変化し続けた。故に――』


 迎撃に動いたのは上級吸血鬼だ。産まれたてほやほやにしては、動きが良い。

 始祖から下賜された剣を手に、近場の魔物を最速で狩り血液補給&レベリング。

 流れるように行使した〔念動〕で地形を操作して視線を切り陽光もカットした。


 白竜の攻撃を難なく防いでいる。暴力を、巧みに受け流している。


(……生前よりも強くなってないか?)


 そして、狩られた魔物が、吸血鬼に変わった。

 新たに発生した吸血鬼もまた……動きが良い。


(――吸血と同時に、自身の経験を与えてるのか)


 血魔法は始祖に防がれ、影の分身の補助まで完備だ。

 英才教育だな。パワーレベリングの極致を垣間見た。


『舞台を整えよう【我が"闇"よ。天を覆い、夜を生み出せ】』


 闇魔術の鎧が黒い霧に変わり、天へ昇り、太陽を丸ごと覆い隠した。

 再び夜が来た、吸血鬼の夜が。かつて、王都全体を包んだ闇魔術の霧だ。


『……主様。夜、です……』

【夜って作れるもんなんだなぁ?】


 太陽光が遮られて、すこぶる快適だ。とか逃避している場合じゃない。

 モンスターが吸血鬼に変わり、吸血鬼がネズミ算式に増えていく。

 カオスが更なるカオスになる。もう止められないんですけど?


『選別の夜だ。弱者は滅ぶが、この世の摂理である』


 闇魔術の鎧が消えて、素顔を晒した始祖エスマーガは、笑っていた。

 たいそう嬉しそうに、にこやかに、晴れやかに、猛獣の如き笑みで。


(……ここまでだな。死んでも恨んでくれるなよ?)


 ――【血】よ、羽ばたけ。


 ペンギンボディの約9割を分離。無数の血の鳥に変えて、空へ飛びたたせた。


 ――【血】よ、自律しろ。


 1体500BP計128体分を、半自律型の無人飛行兵器(UAV)に変える。

 脳裏にガーゴイルが蔓延(はびこ)っているせいで、思ってたより軽やかに動く。


 増えた吸血鬼は無視だ。始祖を殺す。単純明快(シンプル)な答えだ。

 というか野放しにしたら終わる。誰かが抑えておかないと駄目だ。

 上空に散っている雹鴉(ヘイルクロウ)を啄み、その血で始祖を襲撃させる――。


『なかなかに、応用が利く魔法であるな?』


 始祖は、まともに防がなかった。備えた能力を行使して回避した。

 〔変化〕の単一の能力だけで、やり過ごしきった。


(――――ッ!!)


 全身ではなく身体の一部分が、連続で霧と化している。

 狂った速度と精度の〔変化〕だ。1体も仕留めきれない。

 おそらくあれこそが奴の最も得意とする能力なんだろう。


【"影"よ。踊り殺せ】


 人影が、一斉に襲い掛かってきた。

 灼熱を纏った無数の剣に斬り裂かれて、ペンギン体が蒸発した。

 血魔法で拡散させて、攻撃用に残しつつ〔変化〕で脱出する。


【――ッ! 注意シな! 気味の悪イ魔力を練ッテるサネ!!】


 入れ替わりに全身を水晶で覆った人狼ニフレイラが始祖を襲撃。警告を発した。


【古き宿敵(とも)共よ。我が"影"を食らえ】


 始祖が謳い、人影が魔力に還り、地表に巨大な魔術陣が浮かび上がった。

 あれは見覚えのある幾何学模様だ。食堂地下で見た、不死者を作り出す――?


【つ、次から次へとッ――ルピス! 地上から距離を取れ!! 湧いて(・・・)くるぞ!!】

『――ッ!!!』


 魔術陣が弾け、黒い魔力が雪原を迸り、地表が蠢いた。

 深い雪の下の墓場で、膨大な数の気配が生まれ始める。


『かつて、()を滅殺せんと挑み、敗れた"ドラクロワ竜王国"の勇士達だ』


 雪と凍土を撒き散らして現れたのは、不死者の軍勢だった。

 完全武装した質の良い不死者が、総勢――4600体?


【はんっ。おかわりね。なるほどね。そういうことね??】

『……あ、主様?』


 頑張って敵を減らしてたらまた増えた。

 なんだ? なんなんだ、このクソゲー!


『宴とは、皆で共有すべき集いである。仲間外れにするには寂しかろう?』

『血も涙もないな。"パワーハラスメント"っていう言葉は知らな……ん?』


 アンデッド達は、なんだか凄い殺意を込めて、一直線にオレを睨んでくる。

 なにかオレが、敵意を買うような真似したっけ? ……何もしてないよな?


『――さぁ宴の続行だ! 屍を興し火を熾せ! こうしている間にも高位眷属らは手近な者らを殺し、眷属を生み出している! 温い攻勢では、宴は終わらせんぞ!』


 すげぇ楽しそうだな、あの迷惑極まる異常不死者(ぼうそうAI)

 徒労感がすんごいが、正真正銘の最後だ。とことんやってやる。


『……ン"の吸血鬼(けいけんち)め。お望み通り、ぶっ潰してやるっ!!!』


 念動を発動して、どこぞかの失礼な吸血鬼が持っていた処刑用の大剣エクセキューショナーズソードを瓦礫から引っ張り出して、両手でキャッチ。

 もぅあんな奴相手に、弓なんて上等な物なんて使ってやるか。


 潰し合いだ!!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ