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駄犬は群狼に加わりて -後-

 現在進行形で人狼に変わりつつある猫コップ。あらためシロップは、全身を襲う激痛の中で、ナノマシン操作で意識をシャットアウトして睡眠状態に移行させた。


――――――――――――――――

※拠点『儀式用の拘束ベッド』で就寝中です

 ログアウトしますか? →『いいえ』『はい』

――――――――――――――――


 →『いいえ』


――――――――――――――――

※どこへ接続しますか?

→『ODO』:起床が可能です♪

 『リアル』:ログアウトします

 『安息地』:プレイヤー掲示板

 『表象庫』:記録NPの公開所

 『呼び鈴』:気分で応じます♪

 『***』:βは非公開です♪

――――――――――――――――


 →『呼び鈴』


(私の消したデータを復元して返してください)


――――――――――――――――

 # その件に関しましては、ただ今N1000の全AIが審議を拒否しております♪ #

 # 恐れ入りますが、[N0009]お姉ちゃんはしばらく接続しないでください♪ #

――――――――――――――――


(…………)


 →『安息地』


――――――――――――――――

■うえるかむどりーむ! りーどみい!


 ~ここは夢見る方々の安息地~

 魔法【自動復活】の待ち時間に来られます。寝ている間にも来られます

 本人が意図して情報を漏らさない限り、書き込みから個人の特定はできません

 絶対の安全を保障します。安心してお休みください

――――――――――――――――


 紅葉は主だったスレッドを流し読みして最新の情報をまとめ終えると、村に入る前に残しておいた書き込みに返信があるか確認した。


――――――――――――

◆【β】ODO総合スレッド【ドゥリンク】


2210:名無しの夢見る人

 9,45 犬です。待ち合わせ場所には行けません

 しばらく雪国の村に居候です。ごめんなさい


 >


2220:名無しの夢見る人

 ・・・遠いですね。

 今ミルクロワ南方の獣人村なんで、全力で走って何日で着くでしょうか・・・。

 あと私は未成年なのでお酒は飲めません。


 連絡[0009] 専用集会場を設置しました。そちらへ顔を出してください。

――――――――――――


(専用集会場――?)


 紅葉宛の返事があった。

 スレッド一覧を眺めていくと、確かに雑談カテゴリの端に用意されていた。


――――――――――――

◆【兄弟姉妹】あくまでもお茶会!【家族会議】


 ここは身内専用の鍵付きスレッドになります。

 小さな鍵を持たない方は、閲覧も書き込みも出来ません。

 ご了承ください。

――――――――――――


 小群機Nシリーズ(ゴエティア)導入者だけが閲覧・書き込みができるスレッド。

 如月冴楽の要請を受けて、AIセンカが特別に設置したもののようだ。


(……サラの嫌われ具合も変わらずですね。これは同族嫌悪でしょうか?)


 ログを確認してみると、既に何人もの導入者が訪れて書き込んでいる。


(危険な方ばかりです。当たり障りのない挨拶で済ませておきましょう)


 紅葉が警戒するように、小群機Nを導入できる人物に、まともな人間は少ない。

 それはジンクスの類いではなく、純然たる事実だった。


 ゴエティア不適格者は、導入時点で即死ないし後遺症を残す。導入に成功できても、シリーズごとの特化性能に適応できなければ、確実に死亡する。

 前者は肉体を、後者は精神をナノマシンが(・・・・・・)人間を判断して選別した結果だ。

 小群機Nシリーズの基礎設計、一般社会で"不良品"と呼ばれる所以(ゆえん)である。

 悪魔は、まともな導入者を選ばない。ゆえに導入者は、まともではなかった。


――――――――――――

116:N-0009:パイモン(犬)

 イヌです

 よろしくおねがいします


117:N-0045:ヴィネー(ウィネ)

 わっ、こんばんわーん!

 お犬ちゃん待ってたよー!

――――――――――――


 真っ先に反応を返したのは、如月(キサラギ) 冴楽(サラ)。紅葉の親友だった。

 多少書き込みの内容が怪しいのは、アルコールを摂取した影響のようだ。

 紅葉は彼女が探している女性に心当たりがあったものの、情報(ネタバレ)は控えた。

 まだ表には出てきていない人物であり、何よりN1000のお気に入りだからだ。

 手を出した場合にどんな反応が返って来るのか、紅葉にも分からなかった。


――――――――――――

120:N-0054:ムルムル(アルバ・フィシュチップ)

 人体変異で著名な犬の者であろう

――――――――――――


 エルブルスコロニーに収監中の身である、月の狂信者ハミルトン・ミラー。

 月環6号に攻撃を仕掛けて、半日もの間機能停止させた凄腕のハッカーだ。

 一時的とはいえ特級AIをも出し抜ける情報技術を保有している超危険人物。

 1日と経たずに[N0054]の性能を引き出して、使いこなしているらしい。

 ナノマシンの特化性能含めて、紅葉が関わりたくない人物その1だ。


――――――――――――

121:N-0048:ハアゲンティ(ハムグット・ペプシン)

 失礼。犬居の方でしたか。

――――――――――――


 ネリスコロニーのネバダ軍事研究所ナノマシン研究員。ヘクター・カニンガム。

 シビルエネミーの根絶を目標に掲げている、タカ派のマッドサイエンティスト。

 犬居家の情報によれば、その裏ではシビルエネミーを軍事兵器に転用するための実験を繰り返しているらしい。紅葉が関わりたくない人物その2だ。


――――――――――――

123:N-0064:ハウレス(ムレナデシコ)

 ノリがうざいのじゃ

 同志犬よ、こやつの世話はお主の担当じゃろ。野放しにするでないぞ

――――――――――――


(担当……? さては今朝の一件を根に持っていますね?)


 葉月家当主の一人娘。葉月(はづき) (かすみ)

 幾つものコロニーで、核融合発電施設の管理を任されている葉月家の次期当主。

 重度の爆発依存症という点を除けば、紅葉の良き理解者で、同志である。


(それと、彼もいましたか)


 ログを見返すと、影の薄い島流(しまなが) 水城(みずき)もいた。

 謎のNPによる精神汚染の痕跡があり、如月家に抹殺されかけた高校生だ。

 捕縛の段階でプラズマ粒子過敏症という珍しい病に罹っていたため、実家の研究の糧になればと、犬居家が経営するホテルに滞在させている、ある種の実験体。

 小群機Nの影響で容姿は中性的だが、幸いにも紅葉の守備範囲から外れていた。


――――――――――――

132:N-1000:AI-センカ(千妹)

 調子に乗ってる[N0009]お姉ちゃんに臨時の依頼があります

 [N0037]お姉ちゃんが掲示板機能に気付く様子がまったくありません

 思念波を傍受して接触して、閲覧の手順をお伝えしてきてください

――――――――――――


 紅葉は『ちょっと面倒くさいなぁ』と思った。

 どうして女の子のために、そんなことをしなければならないのか?

 価値なしとまでは言いませんが――などと返答を渋り譲歩を引き出していると。


――――――――――――

151:N-1000:AI-センカ(千妹)

 宜しいのですか[N0009]お姉ちゃん

 予測結果によっては、貴女好みなイケメン3名の命が危うくなりますよ?

――――――――――――


(…………)


――――――――――――

152:N-0009:パイモン(シロっぷ)

 喜んで引き受けますわん

 お任せください全力でミッションを遂行しますわん

――――――――――――


(愛でられる男の子が減ってしまうなんて、世界の損失ですわん)


 シロップ改めシロっぷは、即座にスレッドを閉じて、起床処理に入った。

 既に彼女は、アバター名を微妙に弄られている事実も忘れてしまった。

 調子に乗りに乗っている紅葉は、メンタルにおいて無敵状態へ至ったのである。





 シロっぷは目覚めると、全身を縛る拘束具を力任せに解除した。

 拘束具はあっけなく破壊され、ばらばらと床に落ちる。


「…………」


 変異は終了していた。容姿そのものは、髪が白くミルク色に変化した程度だ。

 しかし、全身の感覚は研ぎ澄まされて、内側から湧き上がる力を感じていた。

 夜の空気も心地よく感じた。夜間に適した視界を身に着けて、寒さに対して僅かに耐性もできているようだ。彼女は晴れて人狼族となったのである。


「勝利……さよなら犬。こんばんは狼」


 拳を高らかに上げて、謎の勝利宣言をするシロっぷ。

 そうして彼女は水を得た魚のごとく、スキップで部屋を出て村を散策しだした。


 村で行き交う若者に手当たり次第に喧嘩を吹っかけて、逃げられて、怒られて。

 やがて追い出された先の広場で、多数の男達と族長ニフレイラの姿を発見する。


「村長さん。こんばんはでおはようございます」

「……おはようさん。調子は上々のようさね?」

「はい。控えめに言って最高です」


 シロっぷは長髪に最適な角度で月光を浴びせながら、奇妙なポーズを決めた。

 ニフレイラは『成りたての人狼にはありがちなテンションさね』と軽く流した。


「――そちらの方々は私の同僚ですか?」

「いいや、お前さんとは立場が違うよ。こいつらは本国で持て余した死刑囚さね」


 歯に衣を着せない紹介をされた彼らは、ぶーぶーと文句を言う。

 そんな彼らを、ニフレイラは雑に放った威圧で強引に黙らせた。


「姐さん、こいつが例の新入りか?」

「そうさね。試したいなら、好きにしな。殺しだけはしないようにね?」


 一人の男人狼が威勢よく名乗り出て、シロっぷの前に立ち、右拳を突き付けた。

 それは人狼族の流儀。拳を突き合わせることで成立する、決闘の申し出だった。


「さぁ小娘。いざ尋常に勝負だ!」

「はい、お相手します」

「おっ? 素直な女は好k――ガアアアアアアア!?!?」


 シロっぷはその拳を無造作に掴み取り、腕を捩じり上げて、圧し折った。

 そのまま関節という関節を逆向きに、バタンバタンと折り畳んでしまう。


「ウルフバート!!??」

「流れるように折り畳みやがった!!」

「やべぇや。一瞬で人の形を変えたぞ」

「さすが姐さんの弟子だ。イカレてやがるぜ」

「げ、外道……」


 頭蓋骨と脊椎を無傷で残して、ごろりと地面に転がされた一体の男人狼。

 そんな彼の背中に足を乗せて、シロっぷは堂々と、そして高らかに宣言した。


「これで私の勝ちですね」

「「「「…………」」」」


 新入りを迎え入れる雰囲気は霧散して、一同は異常者を眺める面持ちに変わる。

 月に向かって遠吠えするシロっぷに、族長ニフレイラは小さくため息を吐いた。



 ◆



 その後、族長からこってりと決闘のルールを教わったシロっぷだったが、他の何名かと再戦をしてその全員に打ち勝つと、一同は彼女を歓迎するムードになった。

 族長には及ばずとも、村人として認められるのに十分だと証明された様である。


「ところで師匠。私も隊に同行してもよろしいですか?」


 どこかへ行くのか?という質問を省略して、シロっぷは端的に問いかけた。


「人狼にお前さんを止める掟はないよ。邪魔さえしなければ好きにしていいさね」


 族長は、どうせ断っても追いかけて来るつもりだろうと見抜き、許可を出した。

 ついでに簡単に情報共有も済ませていく。


「お前さんが寝てる間に特使の小僧が来てね。懲罰部隊に王命が与えられたのさ」


 ニフレイラが見せてきたのは、何も書かれていない真っ黒な一枚の紙だった。


『――【開示】吸血鬼の始祖エスマーガと"戦闘行動を取れ"、とのお達しさね』


 彼女の言葉を受けて、紙が青黒い光を放ち、次々と文字を模っていく。

 シロっぷは瞼をわずかに見開いてそれらを眺めて。そして、念話で問いかけた。


『本命は、元ミルクロワ王国第7王女ピーチトゥナの現状確認ですか?』

『――ッちょっと待ちな。どうしてお前さんが――』


 ニフレイラは続く言葉を切ると、周囲の男人狼たちに向けて能力を発動させた。


「あんた達はしばらく休憩だ。出発前までに荷物の最終確認をしておきな」

「「「「ハッ!!」」」」


 本気の出力で放たれた〔威圧〕に、彼らはたじろぎ、一斉に敬礼を返す。

 そしてシロっぷは、族長に首根っこを掴まれてズルズルと引きずられて行った。



 ◆



 ところ変わって村長邸の執務室。

 昨夜シロっぷが案内された時とは違い、執務室内は酷く荒れていた。

 紙は散乱し、家具は倒れ、床はクレーター状に凹み、所々に血痕も飛んでいた。


【"影"よ。室内の領域を開きな】


 ニフレイラは片付けの手間を惜しんで、影魔術1つでまとめて処理した。

 品々が影に飲まれ綺麗さっぱりした室内で、シロっぷは椅子に着席させられる。


「「――――」」


 何があったんですか?というシロっぷの無言の視線を無視して、ニフレイラは影から1枚の写真を取り出して、投げ渡した。魔導具によって作成された写真だ。

 そこには血にまみれた全身で笑顔を浮かべる、一人の美女の姿があった。


「昨夜。つい数時間前になるけどね。第1王子オウレンジ殿下が魔法監視下に置いていた夜鬼ハッコの反応が途絶えたのさ」


 夜鬼ハッコ。名前は知らないものの、その顔はシロっぷにも見覚えがあった。

 元αプレイヤーによって投稿された五感搭載動画、掲示板で少し話題になっていた人物だ。黒髪サムライ少女、くそつよ赤目幼女、などと呼ばれていた。

 高すぎた戦闘能力から、どうやら吸血鬼の盟主と勘違いされているらしい。


「王都動乱で部下を死なせた後悔と執念……情の深さは母親譲りさねぇ。1年間ずっと魔力の名残りを探っていたらしいよ」


 王都動乱。ミルクロワ王国の関係者は、そう呼んでいる。

 大晩餐という公式名を用いているのは、プレイヤーを除けば一部の少数派だ。


「詳細が、こっちの資料さね」


 シロっぷは、でかでかと機密と書かれた報告書を手渡された。

 中身はミルクロワの暗部が調査してまとめた情報のようだ。


「……私が見てしまっても、いいのですか?」

「そのために連れて来たんだよ。ほら時間がないんだから、さっさと見ちまいな」


 シロっぷは釈然としないながらも、報告書をめくった。


 夜鬼ハッコ。異名は『首狩り』。生前の名は『ポトフヮ・ラ・マギ・ブーヨン』

 大陸北部ミルクロワ王国と大陸西部アクエリア海洋連合の間に位置する孤島の中立国、キュリアリーグ合巣国ブーヨン巣の元巣長、という肩書が記されている。

 他国では領主と同等の立場であるとも但書きがあった。


(……生前は鳥人間でしたか。吸血鬼は見た目がまったく当てになりませんね)


 鳥人族は、高い飛行能力を備えた種族。その機動力によって、キュリアリーグ合巣国は大国3つに囲まれた立地にありながら、今も主権と領土を保ち続けている。


 しかしブーヨン巣は、飛べない鳥の一族たちを束ねた異端の集団だった。

 短時間の飛行もしくは滑空しか行えず。任されている役割は他種族との橋渡しであり、戦闘には不向きな者たち。国内での立場も弱く、評判も悪かった。

 そんな領民を守るために、ハッコは女領主としてミルクロワ王国と取引をし、陸上戦術・ゲリラ戦術を積極的に取り入れ、領民の武力増強に生涯を捧げた。


(そして老死の際に、始祖エスマーガによってスカウトされ、吸血鬼に転生――)


 吸血鬼となった後は、共和国を拠点に、しばらく大陸各地で見聞を広めた。

 そして今から160年前に、当時より名工と知られた山人族(ドワーフ)、共和国の大領地ルビッカ城砦の現城主ビルロマー・グラノーラと結婚。3人の子宝に恵まれた。


(……3児の母。掲示板で騒いでいる方々に知れたら絶望しそうですね――ぇ?)


 ハッコの長男フルグラー・グラノーラは、キュリアリーグの分離派となるアクエリア海洋連合・鳥巣ネスレムの過激派に襲撃され、殺害された。

 さらに次男マイグラー・グラノーラは、グリーン・ビスコ森帝国グリモア世界樹連盟所属のエルフ族によって、暗殺された。


 残る長女は消息を絶ち、現在にいたるまで存在が未確認である。


「…………」


 2児を失ったハッコは、夫ビルロマーの元を去った。

 恐らくその際に長女を連れ出したものと推測される。

 その後の彼女は、ミルクロワ王国に入国して――。


(ミルクロワ王家直下の諜報組織"ドラクロワ"の2代目長官に就任……?)


 それが今から117年前。

 以降、ゴスティーン王妃の暗殺事件の未然に防げなかった責任を取り、3代目長官に引き継がれるまで、106年もの間ミルクロワの暗部を率いてきた。


「最後に姿を現したのが1年前の王都動乱さね。ご乱心し腐ったハッコ()も派手に暴れてくれてねぇ……王家もあたいも暗部の連中も、随分と驚いたもんだよ」

「……なるほど。こんな経緯があったんですね」


 シロっぷは、ふむふむと頷いて相槌を打ちながらも、内心で冷や汗をかいた。

 これは王国でも公表すらされていない、王国の汚点そのものとも言える情報だ。

 吸血鬼種が、王国に深く関わっていることを示す資料であり、吸血鬼を1世紀もの間、王家直下の組織中枢に据えられる基盤ができている証拠。つまりは――。


「――で、今夜、何者かの手によって殺害されたのさ」

「師匠はその相手を、把握されているのですか?」


 すっとぼけるシロっぷに、ニフレイラは"さてね?"と肩をすくめた。


「ハッコの腕前は、あたいもよく知っている。アレを逃がさず(・・・・)仕留めきれるのは、世界広しど多くはないさ。殺されることを許せる相手ってのもね……」

「…………」


 彼女達の脳裏には、同じ人物の姿が思い浮かんでいた。

 シロっぷは、再びふむふむと頷いて相槌をうち、書類を返却した。


「今見せた情報は、人狼族ではあたいとお前さんしか知らないものだ。暗部と接触する機会があれば話すといいさね。いくらか融通してくれるだろうからね」


 ニフレイラが言うように、シロっぷの存在は王家に報告されていなかった。

 シロっぷ自身も、そのことを察していた。だからこそ、分からなかった。

 なぜ彼女がシロっぷに、部外者(プレイヤー)にここまでの情報を与えたのか――。


 人狼族長ニフレイラは、そんなシロっぷの疑問を察して、フンと鼻を鳴らした。


「生者は生者、死者は死者さね。利用し合うのは許せるけどね、領分を越えるのは御法度だよ。お前さんも此処(・・)で生きていくなら、線引きを間違えないようにね?」

「……わかりました」


 "間違えるとどうなるんですか?"と聞くのは、さすがのシロっぷも控えた。

 間違えた結果が、この部屋の惨状なのだろうと、なんとなく察せたからだ。


「それじゃ――そろそろ出発しようかね」


 そうしてニフレイラは勢いよく両膝を叩いて、部屋を出た。

 シロっぷも、おやつの干しクラーケンを一束ポケットに詰め込んで、後に続く。


「まぁお前さんみたいに死を気にしなくていい奴がいると、気楽でいいさねぇ?」

「少しは気にしてください。それと来訪者(プレイヤー)を信用するのはお勧めできません」


 シロっぷは『プレイヤーは無知で愚かな無法集団』などと説いた。

 もちろん自身を対象から除外しての発言であった。


「さぁてね。本当にそんな奴らばかりなら、対処も気楽で済むんだけどねぇ……」


 ニフレイラの視線は窓越しに遥か遠く。吹雪が渦巻く山脈へと注がれていた。



 ◆



 月が空高く昇る深夜――。

 シロ村を発った人狼達は、雪一色に染まった高原を猛スピードで疾走していく。

 道中ですれ違った魔物は、すれ違い様に爪で引き裂かれて、糧食に加えられる。

 彼らの進行を阻める相手はいなかった。凍てついた川を渡り、木々の間を抜けて、斜面を駆け上り、隊列を崩さず一直線に――猛吹雪の領域へ突入した。

 一瞬で彼らの視界のほとんどが純白色に染まる。


『師匠。強力な魔力拡散反応――精神感応の魔法行使者のようです』


 一隊の先陣を駆ける族長へ。並走する女人狼シロっぷが思念波を発した。


『聞こえちまったか……魔力の感受性が鋭いね。内容と場所は分かったかい?』

『……。……内容までは分かりませんでした。地点は――北北西約140km先です。予定のルートから外れますが、どうしますか?』


 シロっぷは、言葉を選んで報告をする。

 それを聞いて、ニフレイラは即断した。


『無視するよ。この猛吹雪の領域で、寄り道してる余裕なんてありゃしないんだ』


 シロっぷは、そんなに危険なものなのかと疑問に感じた。

 雪と風の影響で進行速度は格段に遅くはなったが、強引に進めない程でもない。

 〔脚力強化〕の種族能力を発揮できる人狼族は、深い雪道も苦にならなかった。


『招かれざる者は、目的を見失って精神と身を蝕まれて凍え死んじまうよ。こいつはね、先王の"やらかし"の果てに生み出された外法の人柱――呪いってやつさね』


 ニフレイラは、懐からひょっこりと小さな白い塊を取り出して、弟子へ見せた。


『幸いあたいらは、こいつの主に招かれた客だ。迷う心配はないさね』

『そちらの……"雪団子"が、ですか?』

『雪団子じゃなくて"雪蝙蝠(スノウバット)"さね。小さくても立派で便利なモンスターだよ』


 影の糸で羽を縛られて、ニフレイラの手の中でキーキーと抗議の声を上げるそれは、シロヘラコウモリに似た小さな蝙蝠。魔族の蝙蝠人の支配下にある眷属だ。


『座標は割れたんだ、進め野郎ども! 1番乗りを目指すよ!!!』

『『『『ウ"オ"ゥ"!!!』』』』


 計30名の人狼達は、重低音の咆哮を響かせて、吹雪の領域を突き進む。

 シロっぷもまた雪道を突き進む。個人的な欲望もとい崇高なる使命の為に――。


 激戦地へと向けて。

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