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駄犬は群狼に加わりて -前-

 ドゥリンク大陸の北西、大陸から100kmほど西に寄り添い浮かぶ『竜群島』


 そこは300年前より、キュテル国際法にてミルクロワ王国領と定められた土地。

 1年を通して冷たい気候に包まれる雪の国ミルクロワ王国内でも、ひときわ過酷な極寒の環境にある――要するに人が住めない島、最果ての未開の島である。

 

 竜群島の名の通り、中央の山には竜が統治する謎多き都市『ピタージャ』がある。周辺山地は極一部を除いて、ほとんどが竜族たちの縄張りと餌場だ。

 なおその極一部に、先代ミルクロワ国王の別荘地。旧カスィ城があった。竜すら退く魔法領域によって、辛うじて存在を隠しきれている地下深くのシェルターだ。


 島の南部の海岸沿いは、ミルクロワ本国で犯した悪事によって市民権と身の置き場を失った悪魔族の生活拠点が点在している。村や街というほどの規模ではなく、週単位で移住を繰り返す傭兵のような者達だ。

 珍しい素材を求めて、時たま彼らとの交易に訪れる商人はいるが、人間相当の普人族(ヒューマン)は1人も定住してはおらず、また住めるような環境でもない。

 島の住人の99%は人外の魔物。つまりはモンスターの楽園になっている。


 そんな1%という数少ない住人の中に、魔族がいた。ミルクロワ王国の国民だ。

 それも建国当初から名を連ねている、由緒正しい魔族――人狼族である。


「お久しぶりですにゃん。皆さん私を歓迎しに来てくれたのですかにゃん?」


 竜群島東部、竜骨川下流、シロ村にて。

 本国の民たちからは最果ての流刑地、あるいは魔界の入口などと散々な呼び名で噂される小さな狩猟村は現在。ひどく緊迫した空気に包まれていた。


「シロ村の村長さんにゃん。1年ぶりですにゃん。ネコだったイヌですにゃん」

「「「「…………」」」」


 己は猫だと声高に主張する、犬人の異常者を目の前に、警戒状態に入っていた。

 その女は魔物の血にまみれ異臭を放ち、軽薄な語尾に反して、真顔だった。


 見るからにヤバい女だと察した村人の男人狼8名が、彼女を囲むこと1分。

 村人を束ねる村長、人狼族長が姿を見せて、一同の緊張が少し収まった。


「貴女の愛弟子の猫人"猫コップ"ですにゃん。無視しないで欲しいですニャー……」

「……確かにあたいが知ってる弟子は猫人だったさね。渡したタグはあるかい?」


 ミルク色の長髪を靡かせた妙齢の女人狼。名をニフレイラ・シロークという。


「なくなっちゃったですにゃん」


 しょんぼりと申し訳無さそうに肩を落とす女犬人に、ニフレイラ族長は溜息。

 肩を回し、腕を鳴らして、そして拳を握った。周囲の人狼が一斉に距離を置く。


「そうかいそうかい。じゃあ――かかって来な。拳で本人を証明してみせるさね」


 魔族きっての脳筋武闘派集団。それが、人狼という魔族だ。


「受けて立ちますにゃん」


 相対する犬人猫コップも、重心を低く落として格闘の構えをとる。

 己の頭脳をフル稼働させ、導き出した戦いの未来に、フッと笑みを浮かべた。


(……思念波干渉、シールド状態へ移行。脳波オーバークロック開始)


 猫コップ。本名、アバターの中の人は、犬居紅葉(いぬいくれは)。18歳。

 日本国第100都市コロニー付属高等学校所属の現役女子高生(1年生)である。


(アバター情報...更新。Nプログラム-白式戦闘術-ver_4.0210-展開)


 そして彼女の導入しているナノマシンは『小群機N-0009-paimon:パイモン』

 魔道書ゴエティアの悪魔の名を与えられた、全72機種の機能特化型ナノマシン。


『――いざッ。全力で参ります、にゃん!』


 かつて1つの世界を終わらせ、人類を震撼させた力の一端が、解き放たれた。



 ◆



 戦闘の結果。犬居紅葉は、負けた。猫コップは勝てなかった。

 ボコスカ殴られ蹴られ投げられて、ボロ負けした。わずか3分後の出来事だ。


「私もう犬は懲り懲りですにゃん。これからは人狼として生きてゆきますにゃん」


 それはそれは見事なまでの土下座だった。

 相手の力量を思えば、そしてレベル差を踏まえれば、結果は必然だった。

 彼女の行った予測演算も、その通りの結果を出力した。


 もとより紅葉の導入しているナノマシンは、戦闘を想定してない設計だ。

 通信波制御に特化した性能で、型番は1桁。基本スペックは高くも初期ロット。

 同群機シリーズ開発のデータ収集のために設計された、試作ナノマシンである。


「まず、その取って付けたような語尾をやめな。次言ったらぶっ殺すよ」

「分かりました。以降は通常の言動を心掛けます」


 猫コップはスッと口調を改めて、感情を一切廃した声色に変わる。

 まさに人が変わったような変貌だった。


「……出来るのなら、最初からそうしな。相変わらず訳がわからない娘さねぇ……」

「分かりやすくキャラ付けしないと、思い出して貰えないかと不安に思いました」


 族長ニフレイラは再び溜息はくと、猫コップの首根っこを掴んで立たせた。


「イヌのお前さんに、ニャンニャン鳴かれたらあたいらが不安になるよ。新種の堕人かと思ったさね……。それより人狼になりたいってのは本気かい?」

「はい。この2ヶ――1年で、私にとってベストな種族であると確信ができました」


 睨み合うような真剣さで、双方の視線が一直線に交じる。

 ニフレイラの琥珀色の瞳には暗い光が灯り、体からは高濃度の魔力が溢れる。

 虚偽を見透かさんとする殺気混じりの視線を、紅葉は正面から受け止めた。


「……そうかい。だったら他の奴らに関わらせる前に終わらせるさね。家へ来な」

「ありがとうございます……」


 猫コップは、消えた殺気の圧に小さく息を漏らし、人狼ニフレイラの後に続く。

 こうして彼女はβ初日にして、αテスター時代に長らくお世話になったシロ村へ再び迎え入れられることに成功した。





 シロ村に暮らす住人はそう多くはない。


 村人は魔境で生き抜ける鍛えられた若者のみで、全員を合わせても300人ほど。

 狼の名をもつ通りに、村人たちの主食は肉であり、命をかけて島の生物を狩り、狩猟生活を送っている。もちろん人肉ではなく魔物の肉である。


 海を渡った大陸側の対岸には、クロ村という人狼族の集落がある。そちらはシロ村とは違い、老若男女大勢の者が住んでいて、主食も異なっている。夏場は家畜のミルタウロスと凍れる海の海産物。冬場は貯蔵した干肉と穀物類で飢えをしのぐ。

 二十倍を越える人口を抱えているが、シロ村との関係は非常に良好だ。シロ村の住人というのは、いわば人狼族の誇り、憧れそのものなのである。


「師匠のお部屋、ちょっとイカ臭いですね。淫魔族(サキュバス)でも居たのですか?」

「……はぁ。犬人になって鼻が腐ったのかい。輸入品の高級スルメだよ」


 村長邸の執務室に通された猫コップは、おやつにクロ村産の干しクラーケンを受け取り、もちゃもちゃと()みながら直立待機する。


「ほら、人狼化の契約書さね。しっかり目を通した後に、血判を押しな」


 そして彼女は、族長ニフレイラが書き上げた紙片の中身を確認していった。


――――――――――

其方が人狼族である限りにおいて、以下2つの項目に従うべし。

・ミルクロワ王国-現国王より与えられる王命は、其の命を賭しても全うせよ。

・ミルクロワ王国の民は決して見捨ててはならない。

――――――――――


 たった数行の簡潔すぎる契約内容だった。


「これが人狼族の掟さね。この2つを守るんなら、他国へ行っても構わないよ」

「破格の条件ですね。助かります」


 猫コップは爪で手のひらを一文字に裂き、べしっと親指を紙片に押し付けた。

 即断即決。思い切りの良さに、ニフレイラはニマリと笑みを浮かべる。


【其の"影"よ、此の契約を監視しな】


 ニフレイラの詠唱に従って、契約書は黒一色に染まりボロボロと崩れて落ちる。

 そして、目を見開く猫コップの影に溶けるように吸い込まれて、消えていった。


「これで契約は成ったさね」

「……今のは、影魔術ですか?」


 猫コップはしゃがんで自身の影に触れるが、叩いても蹴っても何も起きない。

 もはや紙片の情報はアバターの一部になったのだと、彼女は察した。


「そうさね。影の契約魔術、あたいら魔族の長に伝わる秘術だよ。聖魔術と違って強制力はいっさい働かないけどね、契約が遵守されているかは確実に分かるのさ」


 族長ニフレイラは、猫コップの顔を覗き込みながら、獰猛な笑みと共に告げた。


『人狼なら契約は守りな。死んじまう(・・・・・)程度で、逃げられると思うんじゃないよ?』

『――のぞむところです』


 弟子はただ、真顔で頷き返した。

 彼女にとって、その程度は想定の範囲内だった。


 逃げるどころか、逃げ出せなくなるほど深く深く、ODOの奥底に浸かりたい。

 それが彼女、犬居 紅葉の生態とも呼べるべき願望だった。





 契約手続きを終えた彼女が次に案内されたのは、村長宅の寝室だった。

 月明かりが差し込む大きな丸窓。丁寧に整えられたベッドは丈夫で広く、そして拘束具が備え付けられたアブノーマルな雰囲気を醸し出していた。


「「…………」」


 ベッドに寝ろと、ニフレイラは顎で促す。

 すると猫コップは、しゅんと犬耳と尻尾を垂らして、わずかに頬を染めた。


「……ごめんなさい。お気持ちは嬉しいのですが、私は男の子が好きなのです」

「……馬鹿弟子がぁ。ボケた頭を丸齧りされたいんなら、素直にそう言いな!」


 ニフレイラは猫コップをベッドに投げ飛ばすと、無理やり小さな木樽を持たせ、乱暴に自身の腕を噛み切り、中に血液を注いでいった。 


「……? 村長さんの血を頂いてもよろしかったのですか?」

「構いやしないよ。大して繋がり深い種族じゃないんだ。誰が飲ませたって変わるのは毛色くらいで、能力に違いなんてないのさ」


 猫コップが見ている間にもニフレイラの腕の傷は泡立ち、すぐに完治した。

 人狼が備える〔自然治癒〕自然治癒力を底上げする種族能力の力だった。


「人狼ってのは原初の魔族の1つ。古くて融通が効かない種族だからねぇ……」

「……そういう事でしたら、ご遠慮なくいただきます」


 猫コップは零しかけた様々な言葉と共に、グイっと族長の血を一気飲みした。


「――――」


 見届けたニフレイラは、すぐに作業にはいる。

 猫コップは頭胴体手足に拘束具を付けられて、ベッドに拘束されていく。

 流れるような速さで、無駄なく隙間なく、頑丈に頑丈に固定されてしまった。


「これで、寝て起きれば人狼さね。猫コップなんて似合わない名は捨てて、これからは……そうさね。……しろ……ね、しろっぷ。シロ村のシロップと、そう名乗りな」

「はぃ、わかりまs…………ぐぅ?」


 猫コップは、喉の奥から異様な感覚が上がってくるのを感じながら、頷き返し。

 まもなく急激な眠気に襲われて、意識が遠のいていき――全身の毛が逆立つ。


『――ッッ!?!?!?』


 そうしてその日。シロ村に1体の恐ろしい狼の産声(ぜっきょう)が響き渡った。

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[一言] ショタコンの護衛の人だったけかな
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