5章5話:真祖『side.P』
そろそろ自己蘇生用Nプログラム[No.20:審判]の処理が完了する。
N制臓器に精神を移して意識の連続性を保ちつつ、人体を高速復元するNPだ。
緊急用とはいえ、正直遺灰から復活できるとは思わなかった。
人体修復に必要になる補材が、明らかに不足していたからだ。
(謎リソースのBPで補ったけど、リアルなら良くて骸骨止まりだろうなぁ……)
処理速度を始めとするNPの改良点を幾つか洗い出して、記憶にメモしておく。
そうして、アバター体の復活が完了した。
目が覚めて――大きく息を呑んだ。
瞬時に悟った。『これはマズイ』と。
(――ま、待った……。えっ、このまま戦……ぅっ、ぁ? 嘘でしょ?!)
とてもまずい。非常にまずい。
なにより周囲の状況が最悪だ。
(ンぅ! ち、ちがっ。感覚が、前より悪化しっ、ふー! フッー!!)
想定を遥かに越えている。堪えられない。
そのうえ周りに多すぎる。血、が――!
(血ぁ! 血まッ、ふぅッー! ヤバ…… おちついて集中。まだ慌て……ゅンっ!)
私は今。血液に対して、とめどもなく――!
(んぐっ……ン――~~ッ!?!?)
快感と興奮を感じている……ッ!!
◆
明鏡止水。
という古いことわざが頭に思い浮かんだ。
(――吸血鬼だからセーフ。吸血鬼だから……吸血鬼、なのに、どうして……?)
とても自然な動作で、その場に体操座りする。ロングドレスの裾が救世主。
温かく湿った地面の上で〔凍結〕を発動。そして、少しだけ現実逃避した。
(……うん)
うん。感情抑制用のNプログラムが機能して良かった。ほんとうにね。
無ければ即死だった。愧死と社会的な死の相乗効果で。
欲を言うなら、もうちょっとだけ即効性が高ければ、言うことなかったかも。
(…………うん)
あと職業能力<演技:プリンセス>もあってよかった。ほんとうにね。
酷い状態でも王女ムーブができて表情も取り繕える。死にスキルじゃなかった。
(……職業プリンセス。人権というか……。これが無いと、色々むりじゃ……?)
驚いたことに、記憶にある王女ピーチトゥナも、ずっとこんな感じだった。
5歳の魔法習得時から10年間。全く変わらず……血液に興奮する性癖だ。
そもそもの魔法に目覚めたキッカケが、かなりアレだった。業が深すぎる。
(こんな状態でも王女王女できてたんだから、慣れって凄いなぁ……?)
"王族の血"に対する執念というか、ブランド意識が高かったおかげだろう。
市井に出されていたら、ほぼ確実にサイコキラーになってたと確信できる。
客観的ではなく主観的な評価だ。王女という立場は一種の『歯止め』だった。
そんな風に、しばらく黄昏れていると、ルピスがやって来た。
『おはようございます。そしてお帰りなさいませ、主様!』
夜鬼ルピス・エライ。
たった一晩で夜鬼になって転移も覚えて使い熟してるルピスさんだが、ハッコやフワフラー達と同様に、その思考が一切読めなくなっている。
『子供を安全地帯まで送れ』という命令を拡大解釈して、魑魅魍魎を引き連れて戦場に舞い戻ってきた。それでいて、やり遂げた者特有の笑顔を浮かべている。
どことなく自然体主義者と似た気配がするのは……気のせいだ。
あんな狂信者以上のやばい連中の同類だとは、考えたくもない。
(――認識が甘かった。潜在的な危険度は始祖よりも高いかもしれない)
彼女を吸血鬼に変えたことに対して、後悔はない。
生かすにしても、殺すにしても……責任は持とう。
『……うん。おはよう、ルピス。生きててくれて本当に良かったよ』
差し出された手をとって、立ち上がる。
付与の効果で、ドレスは綺麗になった。
(……んっし)
気を取り直して、決着を付けよう。目標は変わらず始祖だ。
ルピスのお陰で周囲は血袋、もといリソースは山盛り。
プレイヤーは……邪魔だな。最速で排除しよう。
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