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5章1話:大晩餐(裏)[キマツル]

◆解析:【血】-『キマツル』


 末姫ピーチトゥナの亡骸を抱えて運ぶ、金髪の女吸血鬼コンソフ。

 片手に杖を持って魔術を乱れ撃ち、追手の3人の王女達を牽制する姿は、余裕に満ちているが、実のところあまり余裕が無かった。


 彼女は熟練の魔術師であり、吸血鬼としても高い能力を備える強者だった。

 しかし、そんな吸血鬼でも、この戦場からは容易に退避できずにいた。


『キヒヒッ……怖い怖い。わんさか怪物共がお出ましか。王都の蝙蝠どもは、遊んでやがるのかよぉ?』


 乱戦の最中、翼を生やした少年が、上空から降ってきた。

 その者は急激に身の丈を伸ばして、青年の姿へと変える。


『あなたも来たのですね。この娘を運びます。手伝いなさい』

『主よ。お言葉ですが、コレを連れ帰るので? 怨念まみれの女ですよ。他の不死族達の関係も最悪になりますよ?』


 コンソフが王女達に集中しながら、己の眷属を一瞥する。


『キマツル? お返事は?』

『ハイよ主様。仰せのままにお手伝いたしますよ――っとッ?!』


 地下から吹きあがった火柱が、瞬く間にキマツルの全身を包んだ。


「エルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフエルフゥーーー!!!!!!!!」

『まあ、楽しそう。キマツル。貴方は元エルフ族でしたね?相手してあげなさい』

『主よぉ……。へい、分かりましたよ……』


 〔変化〕の能力で、霧へ姿を変えていた彼は、主の囮になることを承諾した。


「ケッ、たかが小娘3匹が……吸血鬼を舐めてんのかよ?」


 安い挑発をした所で、怒りを見せる王女は一人もいない――わけでもなかった。

 今の彼女たちの感情は荒れ狂っており、沸点も低かった。


 不可視の力場がキマツルの体を捉え、全身を引き千切ろうと圧力を加える。

 〔念動〕によって抵抗に成功した彼だったが、次の瞬間、高速の何かに喉を割かれた感触を味わった。


「クリスティィィイ! アンタねーッ吸血鬼の弱点分かってないのかよォッ?!」

「わかってる! わかってるわかってるわかってるの!!! アプル姉様は黙っててッッ!!! 私がやるの!! ぜったいにころしてやるんだから!!!!」


 王女達の言動に違和感を感じたキマツルは、すぐにコンソフと情報を共有した。


『どうやらこいつら、はなから遺体回収を度外視してますよ。恐らくあの国王、未熟な小娘たちに亡骸ごと消させて、王族に経験と覚悟を積ませるつもりです』

『そのようですね……。盟主様のご友人だけあって、見込みのある男です』


 地を這う炎の大蛇がキマツルの身を焼いたが、それは偽物だ。

 氷の魔術で作られた虚像だった。

 キマツルが稼いだ時間はごく僅かだったが、コンソフにとっては十分だった。


「【凍えなさい"時空"よ】」


 練られた膨大な魔力によって1つの魔術が紡がれた。

 それは対象の時間を凍結させ、少女たちの生命を奪う、即死の魔術だった。


『…………あの魔術を防ぐのかよ。イカレどもめ』


 魔力が場に満ちるやいなや、凍りついた時間が動き出し、魔術の呪縛が消える。

 栗髪の王女は辛そうに頭を抑えて、吸血鬼達を睨んだ。


『【加速】の魔法ですね。あの子が、欲しくなりました』

『目移りして、盟主の命令を投げ出さないでくださいよ』

『ありえませんよ。私が任務を果たさなかった事は、人生で1度しかありません』

『……それは何より』


 天空から氷塊が、音速を超えた速度で雪崩落ちて来る。

 キマツルは霧に化けて回避。コンソフは自身の"時間"を切り取って、防御した。


『前方に魔力反応。転移――系統の"魔法"かよ?』

『第1王子の魔法ですよ。発動の条件は厳しいようですが、遠方から仕掛けられるのは大変な脅威ですね』


 進行方向の空間が大きく歪んでいき、多数の軍勢が現れた。

 近衛騎士団と魔術師団の者達が乱入してきた。

 血の補充が見込めない状況で、この増援は彼らにとって非常に痛いものだ。


『そうそうキマツル。つい先日、私の来孫が子を産んだのです。闇霊人(シェイド)のメスなのですが、名前は何が良いと思いますか? 参考までに聞かせてください』

『……今、ソレを聞くのかよ。王姫1人殺した後ですよ。あの子らキレますよ?』

『もうキレていますので、聞かれたところで問題ないでしょう』


 キマツルは呆れ果てた。この主は他人の心に徹底的に無関心なのだと、古くから理解はしていたが、さすがに戦いの最中で、こんな話題を出すとは思わなかった。


『――主の名を取って、コンスターチでどうです』

『それにします』

『…………』


 吸血鬼は利己的で、そして死ぬまで貪欲に血を求め続ける生き物だ。

 上と下の繋がりを軽視しないだけ、この主はマシな方だろうと彼は諦めた。


 そうして彼等は騎士を殺し、魔術師を殺し、魔導兵器を残骸に変えていく。

 終わらない戦闘と、逃げられない状況に、ふと頭の中に可能性が湧き出てくる。


『不安が顔に出てますよ。まだ死ぬのは怖いですかキマツル』

『……そりゃあ、当然ですよ』


 吸血鬼は、肉体の年齢を自在に変えられる不老の種族。

 100歳を超えると死への抵抗感が薄れて来るが、それまでは普通の人間と同じように死に恐怖を抱く。キマツルには、生物らしさがまだ残っていた。


『生きて帰れればそれで良いですが、ここで死ぬのもまた、貴方の運命でしょう』

『縁起の悪いことは言わんでくださいよ……浮遊姫が来ますよ。どうします?』

『あの子も貴方に任せましょう。おやりなさい』

『へいへい……人使いの荒い主だよ。まったくよぉ……』


 巨大な氷山や大岩が、恐るべき速度で地面に向かって落ちて来る。

 それを見据えたキマツルは、集中させていた魔力を開放した。

 彼の持つ最大威力の魔術が放たれた。


【集い移ろえ"水"よ】


 収束後、放射された大量のプラズマが、氷山と岩石を蒸発させ空を薙ぎ払った。

 貫いたエネルギーの余波は、天に浮かぶ王女へ向かい――直角に折れて曲がる。


『ケヒっ、俺の魔術すら"飛ばす"かよ?これで生きて帰れりゃ俺は英雄だろうよ』

「お願いだから、ピーチトゥナを、渡しなさい。私たちの手で……消させて」


 物騒な中身の言葉は、たどたどしく弱々しく。

 しかし殺意が籠った魔力には、一片の曇りも迷いもなかった。

 これがミルクロワの王族なのだと、彼女たちは、その身で体現していた。


(最期は家族に消滅を望まれるとはよ。……同情するよ"吸血姫")


 強力な魔法を持つ王族の死体は、いくつもの利用価値がある。

 特に死後。心臓に生成される"魔石"は、魔導具の材料として用いた場合、生前の魔法が一部再現すら可能になる代物である。

 敵の手に渡るくらいであれば、死体を跡形もなく消す。それは国の方針としては一般的で、正しい選択に入るだろう。

 ただそれを、実の姉妹にさせるというのは、吸血鬼であるキマツルからしても、非常に残酷でイカレた行為だった。


(……本物の吸血鬼になれたら、少しは気に掛けてやるよ。先輩としてな……)


 そうして吸血鬼キマツルは、己の切り札〔不滅化〕を行使する覚悟を決めた。

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