二話
ベッドに横になり、考える。
アイツ───籠目 夕がわざわざ小説を受け取りに来いとの手紙を出してきた理由を。
私が初めて書いた小説は400字詰めの原稿用紙500枚程のものだった。封筒に入らなければ別の送り方もある筈。
しかし「取りに来い」と書いてある。
俺が昔所属していた大学に。
確か籠目は院に進んだと、そう本人から聞いた。
いや、聞いたというか正確には『知った』というべきか。
私が小説を書き始めたのは丁度彼女と知り合ってからだった。
本の貸し借りをする間柄になり、学内では良く話す関係に成ってから数日の事。
「読んでるばかりでなく書いてみたら?」
そんな彼女の提案に誘われて、初めて書いたのが『イーストハーブの地にて』というタイトルの、ページ数500程の小説だった。
其を籠目に読んでもらうと、その小説を籠目は気に入ったのか。
「また、書いて欲しい」
と、言われたのだ。
私にとって、小説を書くことも読むことも大した苦では無かったので、それからは籠目という一人の読者へ向けて小説を書いていた。
彼女から送られてきた手紙は数十にもなる。大学を卒業してからも1ヶ月に二本は届いていた。
勿論、私が小説を書かなく、いや書けなくなってからも。
初めのうちは自身の近況などを書いては、籠目に手紙をだしていたのだが、ここ半年は籠目からの手紙に返答する事はしなくなっていた。
内容が言い訳じみてきたからだ。
「とりあえず、行ってみるか・・・」
この辺境の土地から大学のある首都まではかなり距離がある。
小型翼機を持っている富裕層ならいざ知らず、庶民が遠出するには馬か、徒歩か、列車を使う他ない。
この中で一番早く目的地に着くのは列車だ。
「首都までだから・・・・・えっと」
大体丸二日は列車の中で過ごす事になる。
明日の昼頃には列車に乗ればいい、そう考えて今日は寝ることにした。
次の日、アラームの音で目を覚ました私は、数日分の服と食料をトランクの中に詰め込んで家を後にした。
駅は山頂にあるのでなるべく荷物は減らしたかったが、二日間の暇潰しに本を何冊か入れたため重くなってしまった。
ふと足元を見ていた視線を上げると、私の住んでいる町を一望できるほどの高さに自分が居ることに気がついた。
今日も今日とて太陽はギラギラと輝く。蜩は楽器を奏でるように鳴いていた。
所々剥げているアスファルトが黒色なのも影響しているのか。遠くを見ていると空気が歪んでいる様にも見える。
道の横には赤茶色に錆びた鉄骨が何本か刺さっている。
30メートル間隔で上部に車輪の着いた柱────リフトがかつてあった跡だろうか。
駅に向かうにはテレピン山の山頂に行く必要がある。
なぜ山頂に駅があるか。それは輸送コストを下げる為だった。
昔、此処には鉱山があったらしい。なんでも油結晶が採れたとか。
そもそもこの土地はテレピン山によって賑わっていた。油結晶はそこそこの需要があり、テレピン山には多くの鉱脈があったので、あと数十年は人口が増え続ける一方だろうと言われていた。
しかし十年前の大戦で需要が高まり、大量に採掘したせいで取り尽くされてしまった。
今では人口は減り続ける一方で、テレピン山には採掘に使われた機械がそこらじゅうに散乱している。
しかし駅はそのまま残った。というかこの駅が無くなったら小型翼機を持っていない中流階級の民はこの土地から出るのに下道を使わなきゃいけなくなる。
駅に行くと、丁度列車は首都に向かって出発した所だった。
ここは首都からかなり離れているため列車がこの駅を通るのはこの時間帯を逃したら、次に出るのは夕方になる。
結局、私が列車に乗ったのは太陽が山の奥に沈んでからだった。